《今日のみ言葉》

 

LOSUNGEN『日々の聖句』 

   

2020年4月19日 (日)

 

 

◎今日の聖句 ヨハネ福音書20章19-29節

 

◆イエス、弟子たちに現れる

  20:19 その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。 20:20 そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。 20:21 イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」 20:22 そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。 20:23 だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」

  ◆イエスとトマス

 20:24 十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。 20:25 そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」 20:26 さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。 20:27 それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」 20:28 トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。 20:29 イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」

  

◎今日の一言

全世界を覆う「新型コロナ」の脅威に晒されて、命がけで治療に専念する医療従事者の方々の働きに最大の感謝と敬意を表しましょう。

 

LOSUNGEN 『日々の聖句』    

 

2020年4月20日 (月)

 

 

◎今日の聖句 創世記32章22-32節

 

『32:22 こうして、贈り物を先に行かせ、ヤコブ自身は、その夜、野営地にとどまった。

◆ペヌエルでの格闘

2:23 その夜、ヤコブは起きて、二人の妻と二人の側女、それに十一人の子供を連れてヤボクの渡しを渡った。 32:24 皆を導いて川を渡らせ、持ち物も渡してしまうと、 32:25 ヤコブは独り後に残った。そのとき、何者かが夜明けまでヤコブと格闘した。 32:26 ところが、その人はヤコブに勝てないとみて、ヤコブの腿の関節を打ったので、格闘をしているうちに腿の関節がはずれた。 32:27 「もう去らせてくれ。夜が明けてしまうから」とその人は言ったが、ヤコブは答えた。「いいえ、祝福してくださるまでは離しません。」 32:28 「お前の名は何というのか」とその人が尋ね、「ヤコブです」と答えると、 32:29 その人は言った。「お前の名はもうヤコブではなく、これからはイスラエルと呼ばれる。お前は神と人と闘って勝ったからだ。」 32:30 「どうか、あなたのお名前を教えてください」とヤコブが尋ねると、「どうして、わたしの名を尋ねるのか」と言って、ヤコブをその場で祝福した。 32:31 ヤコブは、「わたしは顔と顔とを合わせて神を見たのに、なお生きている」と言って、その場所をペヌエル(神の顔)と名付けた。 32:32 ヤコブがペヌエルを過ぎたとき、太陽は彼の上に昇った。ヤコブは腿を痛めて足を引きずっていた。 32:33 こういうわけで、イスラエルの人々は今でも腿の関節の上にある腰の筋を食べない。かの人がヤコブの腿の関節、つまり腰の筋のところを打ったからである。』

 

◎今日の一言

かつて兄エサウを裏切って逃亡生活を続けていたヤコブ(後のイスラエル)が兄と再会する前夜、不安と恐れの中で神の人と格闘し勝利した。この「ヤボクの渡し」の古事は今も苦難の中に生きる人々の心の支えとなっている。神と戦って勝つ(イスラ・エル)とは最高の平和と平安を得る事なのである。

 

LOSUNGEN『日々の聖句   

 

2020年月21日(火

 

 

◎今日の聖句 ヨブ記42章7-17節

 

42:7 主はこのようにヨブに語ってから、テマン人エリファズに仰せになった。「わたしはお前とお前の二人の友人に対して怒っている。お前たちは、わたしについてわたしの僕ヨブのように正しく語らなかったからだ。 42:8 しかし今、雄牛と雄羊を七頭ずつわたしの僕ヨブのところに引いて行き、自分のためにいけにえをささげれば、わたしの僕ヨブはお前たちのために祈ってくれるであろう。わたしはそれを受け入れる。お前たちはわたしの僕ヨブのようにわたしについて正しく語らなかったのだが、お前たちに罰を与えないことにしよう。」 42:9 テマン人エリファズ、シュア人ビルダド、ナアマ人ツォファルは行って、主が言われたことを実行した。そして、主はヨブの祈りを受け入れられた。 42:10 ヨブが友人たちのために祈ったとき、主はヨブを元の境遇に戻し、更に財産を二倍にされた。 42:11 兄弟姉妹、かつての知人たちがこぞって彼のもとを訪れ、食事を共にし、主が下されたすべての災いについていたわり慰め、それぞれ銀一ケシタと金の環一つを贈った。 42:12 主はその後のヨブを以前にも増して祝福された。ヨブは、羊一万四千匹、らくだ六千頭、牛一千くびき、雌ろば一千頭を持つことになった。 42:13 彼はまた七人の息子と三人の娘をもうけ、 42:14 長女をエミマ、次女をケツィア、三女をケレン・プクと名付けた。 42:15 ヨブの娘たちのように美しい娘は国中どこにもいなかった。彼女らもその兄弟と共に父の財産の分け前を受けた。 42:16 ヨブはその後百四十年生き、子、孫、四代の先まで見ることができた。 42:17 ヨブは長寿を保ち、老いて死んだ。

 

◎今日の一言

義人ヨブについてイエス自身も度々語っている。しかしヨブはその生涯において最も深く人生の悲劇と挫折を経験した人物である。ヨブの友人達もその苦しみを解きほぐすことはできなかった。最後に神が直接ヨブに語りかけ、彼は自ら傲慢であった非を認め、全能者の前に被造物であり罪人であることを深く悔いた。確かにこの世には因果律が存在する。しかし最後に全能者との出会いが彼の魂を目覚めさせた。私達にとっても全能者であり贖罪者であるキリストとの出会いが究極の救済となる 

 

LOSUNGEN 『日々の聖句』

 

 2020年4月22日(水)

 

 

◎今日の聖句 イザヤ書66章6-13節

66:6 都から騒がしい声がする。神殿から声がする。敵に報いを返される主の声が聞こえる。 66:7 産みの苦しみが臨む前に彼女は子を産み/陣痛の起こる前に男の子を産み落とした。 66:8 誰がこのようなことを聞き/誰がこのようなことを見たであろうか。一つの国が一日で生まれ/一つの民が一度に生まれえようか。だが、シオンは/産みの苦しみが臨むやいなや、子らを産んだ。 66:9 わたしが、胎を開かせてなお/産ませずにおくことがあろうか、と主は言われる。子を産ませるわたしが/胎を閉ざすことがあろうかと/あなたの神は言われる。 66:10 エルサレムと共に喜び祝い/彼女のゆえに喜び躍れ/彼女を愛するすべての人よ。彼女と共に喜び楽しめ/彼女のために喪に服していたすべての人よ。 66:11 彼女の慰めの乳房から飲んで、飽き足り/豊かな乳房に養われ、喜びを得よ。 66:12 主はこう言われる。見よ、わたしは彼女に向けよう/平和を大河のように/国々の栄えを洪水の流れのように。あなたたちは乳房に養われ/抱いて運ばれ、膝の上であやされる。66:13 母がその子を慰めるように/わたしはあなたたちを慰める。エルサレムであなたたちは慰めを受ける。

 

 ◎今日の一言

選ばれた残りの民イスラエルが体験した神の救済の姿が描かれる。廃墟の中から神は選んだ民を祝福されるとの記録である。新型コロナ感染症の病魔に晒される日常の中にも教えられた衛生基準を守って生き抜くことが求められる。医療従事者に栄光あれ!

LOSUNGEN『日々の聖句』

 2020年4月23日(土)

 

 

◎今日の聖句 Ⅰペトロ2章1-10節

 

17:9 彼らのためにお願いします。世のためではなく、わたしに与えてくださった人々のためにお願いします。彼らはあなたのものだからです。 17:10 わたしのものはすべてあなたのもの、あなたのものはわたしのものです。わたしは彼らによって栄光を受けました。 17:11 わたしは、もはや世にはいません。彼らは世に残りますが、わたしはみもとに参ります。聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください。わたしたちのように、彼らも一つとなるためです。 17:12 わたしは彼らと一緒にいる間、あなたが与えてくださった御名によって彼らを守りました。わたしが保護したので、滅びの子のほかは、だれも滅びませんでした。聖書が実現するためです。 17:13 しかし、今、わたしはみもとに参ります。世にいる間に、これらのことを語るのは、わたしの喜びが彼らの内に満ちあふれるようになるためです。 17:14 わたしは彼らに御言葉を伝えましたが、世は彼らを憎みました。わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないからです。 17:15 わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです。 17:16 わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないのです。 17:17 真理によって、彼らを聖なる者としてください。あなたの御言葉は真理です。 17:18 わたしを世にお遣わしになったように、わたしも彼らを世に遣わしました。 17:19 彼らのために、わたしは自分自身をささげます。彼らも、真理によってささげられた者となるためです。

 

◎今日の一言

贖罪のキリストが信仰者一人一人を深く慰められるのです。苦しみと痛みの中で執り成しの業を示された十字架の主が救いを求めるすべての人々に慰めと励ましを与え祝福してくださるように祈ります。

 LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年4月24日(金)

 

 

◎今日の聖句 Ⅰペトロ2章1-10節

 

◆生きた石、聖なる国民

2:1 だから、悪意、偽り、偽善、ねたみ、悪口をみな捨て去って、 2:2 生まれたばかりの乳飲み子のように、混じりけのない霊の乳を慕い求めなさい。これを飲んで成長し、救われるようになるためです。 2:3 あなたがたは、主が恵み深い方だということを味わいました。 2:4 この主のもとに来なさい。主は、人々からは見捨てられたのですが、神にとっては選ばれた、尊い、生きた石なのです。 2:5 あなたがた自身も生きた石として用いられ、霊的な家に造り上げられるようにしなさい。そして聖なる祭司となって神に喜ばれる霊的ないけにえを、イエス・キリストを通して献げなさい。 2:6 聖書にこう書いてあるからです。「見よ、わたしは、選ばれた尊いかなめ石を、/シオンに置く。これを信じる者は、決して失望することはない。」 2:7 従って、この石は、信じているあなたがたには掛けがえのないものですが、信じない者たちにとっては、/「家を建てる者の捨てた石、/これが隅の親石となった」のであり、 2:8 また、/「つまずきの石、/妨げの岩」なのです。彼らは御言葉を信じないのでつまずくのですが、実は、そうなるように以前から定められているのです。 2:9 しかし、あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです。 2:10 あなたがたは、/「かつては神の民ではなかったが、/今は神の民であり、/憐れみを受けなかったが、/今は憐れみを受けている」のです。

 

 

◎今日の一言

人間はルターが言ったように日々神のみ言葉を求める赤子であり敗残者なのです。しかしキリストを発見した時、新しく生きる力が与えられます。救い主イエスキリストを知る機会を得た人はかならず困難を克服する道が示されます。キリストは捨てられた隅の親石(礎石)なのです。

  LOSUNGEN『日々の聖句』

2020年4月25日(土)

 

◎今日の聖句 使徒言行録8章26-39節

 

◆フィリポとエチオピアの高官

 8:26 さて、主の天使はフィリポに、「ここをたって南に向かい、エルサレムからガザへ下る道に行け」と言った。そこは寂しい道である。 8:27 フィリポはすぐ出かけて行った。折から、エチオピアの女王カンダケの高官で、女王の全財産の管理をしていたエチオピア人の宦官が、エルサレムに礼拝に来て、 8:28 帰る途中であった。彼は、馬車に乗って預言者イザヤの書を朗読していた。 8:29 すると、“霊”がフィリポに、「追いかけて、あの馬車と一緒に行け」と言った。 8:30 フィリポが走り寄ると、預言者イザヤの書を朗読しているのが聞こえたので、「読んでいることがお分かりになりますか」と言った。 8:31 宦官は、「手引きしてくれる人がなければ、どうして分かりましょう」と言い、馬車に乗ってそばに座るようにフィリポに頼んだ。 8:32 彼が朗読していた聖書の個所はこれである。「彼は、羊のように屠り場に引かれて行った。毛を刈る者の前で黙している小羊のように、/口を開かない。 8:33 卑しめられて、その裁きも行われなかった。だれが、その子孫について語れるだろう。彼の命は地上から取り去られるからだ。」 8:34 宦官はフィリポに言った。「どうぞ教えてください。預言者は、だれについてこう言っているのでしょうか。自分についてですか。だれかほかの人についてですか。」 8:35 そこで、フィリポは口を開き、聖書のこの個所から説きおこして、イエスについて福音を告げ知らせた。8:36 道を進んで行くうちに、彼らは水のある所に来た。宦官は言った。「ここに水があります。洗礼を受けるのに、何か妨げがあるでしょうか。」 8:37 フィリポが、「真心から信じておられるなら、差し支えありません」と言うと、宦官は、「イエス・キリストは神の子であると信じます」と答えた。 8:38 そして、車を止めさせた。フィリポと宦官は二人とも水の中に入って行き、フィリポは宦官に洗礼を授けた。 8:39 彼らが水の中から上がると、主の霊がフィリポを連れ去った。宦官はもはやフィリポの姿を見なかったが、喜びにあふれて旅を続けた。

 

 

◎今日の一言

教会の礼拝で聖書を正しく学ぶことが生きた神の力になります。宗教的古典として聖書を読むだけでは知的好奇心以上のものを満たすことはできません。キリスト信仰を捨てたw??のエチオピア人には自己の欲得を満たせても、真の平和形成の務めは果たせないのです。今、世界は一部の無神論者によって混乱させられていませんか。

  

LOSUNGEN『日々の聖句』

 

  2020年4月26日(日)

 

◎今日の聖句 ヨハネ福音書10章11-16節

 

10:11 わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。 10:12 羊飼いでなく、自分の羊を持たない雇い人は、狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして逃げる。狼は羊を奪い、また追い散らす。 10:13 彼は雇い人で、羊のことを心にかけていないからである。 10:14 わたしは良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている。 10:15 それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである。わたしは羊のために命を捨てる。 10:16 わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない。その羊もわたしの声を聞き分ける。こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる。

 

 

◎今日の一言

一つの共同体が形成されるためには犠牲と痛みが共有されなければならない。危機に際して痛みと犠牲を共有して初めてOneTeamとなる。ラガーマンはこの経験を持っている。愛ある犠牲が継続されるところに栄光が輝く。主の教会はその歴史的手本である。

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

 

    2020年4月29日(水)

 

◎今日の聖句 ヨハネ福音書17章20-26節

 

17:20 また、彼らのためだけでなく、彼らの言葉によってわたしを信じる人々のためにも、お願いします。 17:21 父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしをお遣わしになったことを、信じるようになります。 17:22 あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。 17:23 わたしが彼らの内におり、あなたがわたしの内におられるのは、彼らが完全に一つになるためです。こうして、あなたがわたしをお遣わしになったこと、また、わたしを愛しておられたように、彼らをも愛しておられたことを、世が知るようになります。 17:24 父よ、わたしに与えてくださった人々を、わたしのいる所に、共におらせてください。それは、天地創造の前からわたしを愛して、与えてくださったわたしの栄光を、彼らに見せるためです。 17:25 正しい父よ、世はあなたを知りませんが、わたしはあなたを知っており、この人々はあなたがわたしを遣わされたことを知っています。 17:26 わたしは御名を彼らに知らせました。また、これからも知らせます。わたしに対するあなたの愛が彼らの内にあり、わたしも彼らの内にいるようになるためです。」

 

◎今日の一言

どのスポーツの分野においても、強く正しい正義感をもって指導するコーチのもとに選手は集まる。RWCJ2019で見たジャパンOneteamの成果に酔ったのは、高校時代花園を目指す戦いの中で共有した仲間との激しい練習の日々を想起したからであった。家族も組織も一つとなるために努力する人々によって変えられる。それが福音の教えであり、聖書の知恵である。

 

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

 

  2020年4月30日(木)

 

◎今日の聖句 エフェソ書4章8-16節

 

4:8 そこで、/「高い所に昇るとき、捕らわれ人を連れて行き、/人々に賜物を分け与えられた」と言われています。 4:9 「昇った」というのですから、低い所、地上に降りておられたのではないでしょうか。 4:10 この降りて来られた方が、すべてのものを満たすために、もろもろの天よりも更に高く昇られたのです。 4:11 そして、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を福音宣教者、ある人を牧者、教師とされたのです。 4:12 こうして、聖なる者たちは奉仕の業に適した者とされ、キリストの体を造り上げてゆき、 4:13 ついには、わたしたちは皆、神の子に対する信仰と知識において一つのものとなり、成熟した人間になり、キリストの満ちあふれる豊かさになるまで成長するのです。 4:14 こうして、わたしたちは、もはや未熟な者ではなくなり、人々を誤りに導こうとする悪賢い人間の、風のように変わりやすい教えに、もてあそばれたり、引き回されたりすることなく、 4:15 むしろ、愛に根ざして真理を語り、あらゆる面で、頭であるキリストに向かって成長していきます。 4:16 キリストにより、体全体は、あらゆる節々が補い合うことによってしっかり組み合わされ、結び合わされて、おのおのの部分は分に応じて働いて体を成長させ、自ら愛によって造り上げられてゆくのです。

 

◎今日の一言

贖罪のキリストが信仰者一人一人を深く慰められる。苦しみと痛みの中で執り成しの業を示された十字架の主が、救いを求めるすべての人々に慰めと励ましを与えコロナ感染症と戦う人々を祝福してくださるように祈ります。

LOSUNGEN『日々の聖句』

   2020年720日(月)  

 

 

◎今日の聖句

出エジプト記141522 

 

14:15 主はモーセに言われた。「なぜ、わたしに向かって叫ぶのか。イスラエルの人々に命じて出発させなさい。 14:16 杖を高く上げ、手を海に向かって差し伸べて、海を二つに分けなさい。そうすれば、イスラエルの民は海の中の乾いた所を通ることができる。 14:17 しかし、わたしはエジプト人の心をかたくなにするから、彼らはお前たちの後を追って来る。そのとき、わたしはファラオとその全軍、戦車と騎兵を破って栄光を現す。 14:18 わたしがファラオとその戦車、騎兵を破って栄光を現すとき、エジプト人は、わたしが主であることを知るようになる。」 14:19 イスラエルの部隊に先立って進んでいた神の御使いは、移動して彼らの後ろを行き、彼らの前にあった雲の柱も移動して後ろに立ち、 14:20 エジプトの陣とイスラエルの陣との間に入った。真っ黒な雲が立ちこめ、光が闇夜を貫いた。両軍は、一晩中、互いに近づくことはなかった。 14:21 モーセが手を海に向かって差し伸べると、主は夜もすがら激しい東風をもって海を押し返されたので、海は乾いた地に変わり、水は分かれた。 14:22 イスラエルの人々は海の中の乾いた所を進んで行き、水は彼らの右と左に壁のようになった。

 

◎今日の一言

私はモーセによる葦の海の渡渉、出エジプトの奇跡を信じています。スエズ運河を横断した思い出も然ることながら潮の干満を知り尽くしていた古代人の英知に従って脱出を敢行したモーセの信仰的決断をヤハウエは善しと祝福したのです。信仰による良き決断がなされた時には必ず道が開かれる証なのです。不安を払しょくし困難の中に主の光明を見いだすことが求められます。

 

☆通読聖書 :  ミカ書1116

LOSUNGEN『日々の聖句』

 2020年719日(日) 

 

 

◎今日の聖句

 マタイ福音書281620

 

◆弟子たちを派遣する

28:16 さて、十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。 28:17 そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。 28:18 イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。 28:19 だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、 28:20 あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」

 

◎今日の一言

教会は福音の宣教と教育によって歴史を形成してきた。しかし同時に反キリストの勢力との戦いの中で祈りとみ言葉の研鑽により活動を継続して来たのである。その営みは今日も同様である。世界の教会も常に福音の原点に立ち返ることが求められる。

 

☆通読聖書 :  ローマ書6章3-8 

LOSUNGEN『日々の聖句』

 2020年718日(土) 

 

◎今日の聖句

フィリピ書3章12-16節

 

◆目標を目指して

3:12 わたしは、既にそれを得たというわけではなく、既に完全な者となっているわけでもありません。何とかして捕らえようと努めているのです。自分がキリスト・イエスに捕らえられているからです。 3:13 兄弟たち、わたし自身は既に捕らえたとは思っていません。なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、 3:14 神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。 3:15 だから、わたしたちの中で完全な者はだれでも、このように考えるべきです。しかし、あなたがたに何か別の考えがあるなら、神はそのことをも明らかにしてくださいます。 3:16 いずれにせよ、わたしたちは到達したところに基づいて進むべきです。

 

◎今日の一言

パウロは『なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、目標を目指してひたすら走ることです』と教える。キリスト者は常に地上の目標のみならず天上の勝利を目指して走ることが求められている。この目標がキリストにある自己完成へと導くものである。

 

☆通読聖書 :  列王記上222440

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年717日(金) 

 

◎今日の聖句

Ⅱコリント書12章1-10節

 

◆主から示された事

12:1 わたしは誇らずにいられません。誇っても無益ですが、主が見せてくださった事と啓示してくださった事について語りましょう。 12:2 わたしは、キリストに結ばれていた一人の人を知っていますが、その人は十四年前、第三の天にまで引き上げられたのです。体のままか、体を離れてかは知りません。神がご存じです。 12:3 わたしはそのような人を知っています。体のままか、体を離れてかは知りません。神がご存じです。 12:4 彼は楽園にまで引き上げられ、人が口にするのを許されない、言い表しえない言葉を耳にしたのです。 12:5 このような人のことをわたしは誇りましょう。しかし、自分自身については、弱さ以外には誇るつもりはありません。 12:6 仮にわたしが誇る気になったとしても、真実を語るのだから、愚か者にはならないでしょう。だが、誇るまい。わたしのことを見たり、わたしから話を聞いたりする以上に、わたしを過大評価する人がいるかもしれないし、 12:7 また、あの啓示された事があまりにもすばらしいからです。それで、そのために思い上がることのないようにと、わたしの身に一つのとげが与えられました。それは、思い上がらないように、わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使いです。 12:8 この使いについて、離れ去らせてくださるように、わたしは三度主に願いました。 12:9 すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。 12:10 それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。

 

◎今日の一言

全ての信仰者がパウロのように「第三の天」にまで引き上げられて信仰の確かさを確認できるわけではない。人は皆キリストの贖罪に生かされる時不思議な力が与えられる。それは『力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われる言葉が実感できるからである。それ故にキリスト者は自分の弱さを知って強く生かされる。キリストによる恵みの深さは弱さの中でこそ示されるのものである。

 

☆通読聖書 :  列王記上22123

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年716日(木)

 

◎今日の聖句

使徒言行録15章4-12節

 

15:4 エルサレムに到着すると、彼らは教会の人々、使徒たち、長老たちに歓迎され、神が自分たちと共にいて行われたことを、ことごとく報告した。 15:5 ところが、ファリサイ派から信者になった人が数名立って、「異邦人にも割礼を受けさせて、モーセの律法を守るように命じるべきだ」と言った。 15:6 そこで、使徒たちと長老たちは、この問題について協議するために集まった。 15:7 議論を重ねた後、ペトロが立って彼らに言った。「兄弟たち、ご存じのとおり、ずっと以前に、神はあなたがたの間でわたしをお選びになりました。それは、異邦人が、わたしの口から福音の言葉を聞いて信じるようになるためです。 15:8 人の心をお見通しになる神は、わたしたちに与えてくださったように異邦人にも聖霊を与えて、彼らをも受け入れられたことを証明なさったのです。 15:9 また、彼らの心を信仰によって清め、わたしたちと彼らとの間に何の差別をもなさいませんでした。 15:10 それなのに、なぜ今あなたがたは、先祖もわたしたちも負いきれなかった軛を、あの弟子たちの首に懸けて、神を試みようとするのですか。 15:11 わたしたちは、主イエスの恵みによって救われると信じているのですが、これは、彼ら異邦人も同じことです。」 15:12 すると全会衆は静かになり、バルナバとパウロが、自分たちを通して神が異邦人の間で行われた、あらゆるしるしと不思議な業について話すのを聞いていた。

 

◎今日の一言

初代教会の使徒たちの働きには教えられるところが多い。どの組織も形成期の内部対立をどのように克服したかが後の発展の動向を左右する。教会においては「正統と異端」のすみ分けが大きな影響を与えた。異邦人伝道に出た使徒パウロの働きが後の教会を大きく発展させる契機となった。今日においても福音の根拠を明確にすることが教会の要である。サタンの知恵に走ってはならない。

 

☆通読聖書 :  列王記上211729

LOSUNGEN『日々の聖句』

 2020年715日(水) 

 

◎今日の聖句

エゼキエル書2章3-8節

 

2:3 主は言われた。「人の子よ、わたしはあなたを、イスラエルの人々、わたしに逆らった反逆の民に遣わす。彼らは、その先祖たちと同様わたしに背いて、今日この日に至っている。 2:4 恥知らずで、強情な人々のもとに、わたしはあなたを遣わす。彼らに言いなさい、主なる神はこう言われる、と。 2:5 彼らが聞き入れようと、また、反逆の家なのだから拒もうとも、彼らは自分たちの間に預言者がいたことを知るであろう。 2:6 人の子よ、あなたはあざみと茨に押しつけられ、蠍の上に座らされても、彼らを恐れてはならない。またその言葉を恐れてはならない。彼らが反逆の家だからといって、彼らの言葉を恐れ、彼らの前にたじろいではならない。 2:7 たとえ彼らが聞き入れようと拒もうと、あなたはわたしの言葉を語らなければならない。彼らは反逆の家なのだ。 2:8 人の子よ、わたしがあなたに語ることを聞きなさい。あなたは反逆の家のように背いてはならない。口を開いて、わたしが与えるものを食べなさい。」

 

 

◎今日の一言

反逆の家に行って彼らが聞き入れようと拒もうと恐れず主の言葉を語れと命じられたエゼキエルは主の言葉が記された巻物を食べ幻を語る。壮大なスケールをもって捕囚の民を帰還させ、新しいエルサレム神殿の再建を行う。キリストに先立つ「人の子」として預言者活動を展開する。この書は信仰者の必読の書である。

 

☆通読聖書 :  列王記上21116

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年714日(火)

 

◎今日の聖句

ローマ書9章14-23節

 

9:14 では、どういうことになるのか。神に不義があるのか。決してそうではない。9:15 神はモーセに、/「わたしは自分が憐れもうと思う者を憐れみ、/慈しもうと思う者を慈しむ」と言っておられます。 9:16 従って、これは、人の意志や努力ではなく、神の憐れみによるものです。 9:17 聖書にはファラオについて、「わたしがあなたを立てたのは、あなたによってわたしの力を現し、わたしの名を全世界に告げ知らせるためである」と書いてあります。 9:18 このように、神は御自分が憐れみたいと思う者を憐れみ、かたくなにしたいと思う者をかたくなにされるのです。

 ◆神の怒りと憐れみ

 9:19 ところで、あなたは言うでしょう。「ではなぜ、神はなおも人を責められるのだろうか。だれが神の御心に逆らうことができようか」と。 9:20 人よ、神に口答えするとは、あなたは何者か。造られた物が造った者に、「どうしてわたしをこのように造ったのか」と言えるでしょうか。 9:21 焼き物師は同じ粘土から、一つを貴いことに用いる器に、一つを貴くないことに用いる器に造る権限があるのではないか。 9:22 神はその怒りを示し、その力を知らせようとしておられたが、怒りの器として滅びることになっていた者たちを寛大な心で耐え忍ばれたとすれば、 9:23 それも、憐れみの器として栄光を与えようと準備しておられた者たちに、御自分の豊かな栄光をお示しになるためであったとすれば、どうでしょう。

 

◎今日の一言

パウロは神を焼き物師に譬えて語る。神は製作の秘密と目的をもってすべてのものを自由に創造されたが、怒りの器を憐れみの器として栄光を与えようと準備しておられたと言う。逆説的言い方ではあるが、滅びるべき者が神の栄光の目的に遭いものとして用いられると教える。それはパウロの実体験であるだけでなく、有難いことにキリスト者すべての共通体験でもある。

 

☆通読聖書 :  列王記上191921

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年713日(月)

 

◎今日の聖句

ガラテヤ書1章13-24節

 

1:13 あなたがたは、わたしがかつてユダヤ教徒としてどのようにふるまっていたかを聞いています。わたしは、徹底的に神の教会を迫害し、滅ぼそうとしていました。 1:14 また、先祖からの伝承を守るのに人一倍熱心で、同胞の間では同じ年ごろの多くの者よりもユダヤ教に徹しようとしていました。 1:15 しかし、わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった神が、御心のままに、 1:16 御子をわたしに示して、その福音を異邦人に告げ知らせるようにされたとき、わたしは、すぐ血肉に相談するようなことはせず、 1:17 また、エルサレムに上って、わたしより先に使徒として召された人たちのもとに行くこともせず、アラビアに退いて、そこから再びダマスコに戻ったのでした。 1:18 それから三年後、ケファと知り合いになろうとしてエルサレムに上り、十五日間彼のもとに滞在しましたが、 1:19 ほかの使徒にはだれにも会わず、ただ主の兄弟ヤコブにだけ会いました。 1:20 わたしがこのように書いていることは、神の御前で断言しますが、うそをついているのではありません。 1:21 その後、わたしはシリアおよびキリキアの地方へ行きました。 1:22 キリストに結ばれているユダヤの諸教会の人々とは、顔見知りではありませんでした。 1:23 ただ彼らは、「かつて我々を迫害した者が、あの当時滅ぼそうとしていた信仰を、今は福音として告げ知らせている」と聞いて、 1:24 わたしのことで神をほめたたえておりました。

 

◎今日の一言

使徒パウロの回心後の働きは初代教会の大きな指針となりました。しかしそれ以前はユダヤ教の信者としてキリスト教徒を殺害する敵対者でした。キリストの贖罪の意味を探ると敵対者が信仰者に変えられます。高山右近の父飛騨守はキリシタン審査取調官であったがロレンソの話を聞いて後に家族で洗礼を受けた。幕末に佐賀藩海上警備に当たった村田若狭守矩は届けられた英語聖書を調べつつやがて宣教師フルベッキから洗礼を受けた。武蔵野教会教会員であった政治学者堀豊彦はその孫にあたる。 

 

 

 

☆通読聖書 :  列王記上191921

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年712日(日)

 

◎今日の聖句

ルカ福音書5章1-11節

 

◆漁師を弟子にする

 5:1 イエスがゲネサレト湖畔に立っておられると、神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて来た。 5:2 イエスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった。漁師たちは、舟から上がって網を洗っていた。 5:3 そこでイエスは、そのうちの一そうであるシモンの持ち舟に乗り、岸から少し漕ぎ出すようにお頼みになった。そして、腰を下ろして舟から群衆に教え始められた。 5:4 話し終わったとき、シモンに、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。 5:5 シモンは、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。 5:6 そして、漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。 5:7 そこで、もう一そうの舟にいる仲間に合図して、来て手を貸してくれるように頼んだ。彼らは来て、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった。 5:8 これを見たシモン・ペトロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と言った。 5:9 とれた魚にシモンも一緒にいた者も皆驚いたからである。 5:10 シモンの仲間、ゼベダイの子のヤコブもヨハネも同様だった。すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」 5:11 そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。

 

◎今日の一言

シモン・ペトロの召命物語である。ガリラヤ湖畔ゲネサレトは北西に位置する漁師の集落である。彼らは信仰深い熱血漢の輩であるがイエスの言葉に従い沖に出て網を入れたところおびただしい魚が捕れた。彼らは夜通し漁をしたが何も取れなかったがイエスの言葉に従ったところ二艘の船一杯に捕れたと言う。この後彼らは網を捨ててイエスの弟子となった。 キリストのために命を懸けた生涯には紆余曲折はあったがガリラヤに潜んでいては大胆な福音の働きはできなかったであろう。召命に従う人生は魅力的である。

 

☆通読聖書 :  Ⅰコリント書1章18-25節

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年711日(土) 

 

◎今日の聖句

 ヨナ書4章1-11節

 

4:1 ヨナにとって、このことは大いに不満であり、彼は怒った。 4:2 彼は、主に訴えた。「ああ、主よ、わたしがまだ国にいましたとき、言ったとおりではありませんか。だから、わたしは先にタルシシュに向かって逃げたのです。わたしには、こうなることが分かっていました。あなたは、恵みと憐れみの神であり、忍耐深く、慈しみに富み、災いをくだそうとしても思い直される方です。 4:3 主よどうか今、わたしの命を取ってください。生きているよりも死ぬ方がましです。」 4:4 主は言われた。「お前は怒るが、それは正しいことか。」 4:5 そこで、ヨナは都を出て東の方に座り込んだ。そして、そこに小屋を建て、日射しを避けてその中に座り、都に何が起こるかを見届けようとした。 4:6 すると、主なる神は彼の苦痛を救うため、とうごまの木に命じて芽を出させられた。とうごまの木は伸びてヨナよりも丈が高くなり、頭の上に陰をつくったので、ヨナの不満は消え、このとうごまの木を大いに喜んだ。 4:7 ところが翌日の明け方、神は虫に命じて木に登らせ、とうごまの木を食い荒らさせられたので木は枯れてしまった。 4:8 日が昇ると、神は今度は焼けつくような東風に吹きつけるよう命じられた。太陽もヨナの頭上に照りつけたので、ヨナはぐったりとなり、死ぬことを願って言った。「生きているよりも、死ぬ方がましです。」 4:9 神はヨナに言われた。「お前はとうごまの木のことで怒るが、それは正しいことか。」彼は言った。「もちろんです。怒りのあまり死にたいくらいです。」 4:10 すると、主はこう言われた。「お前は、自分で労することも育てることもなく、一夜にして生じ、一夜にして滅びたこのとうごまの木さえ惜しんでいる。 4:11 それならば、どうしてわたしが、この大いなる都ニネベを惜しまずにいられるだろうか。そこには、十二万人以上の右も左もわきまえぬ人間と、無数の家畜がいるのだから。」

 

◎今日の一言

預言者ヨナと神との対話の圧巻である。神はヨナを最後まで納得させて神ご自身の思いを伝えさせる。人間の目前の喜怒哀楽を超えて神は永遠の姿を啓示される。『お前は、自分で労することも育てることもなく、一夜にして生じ、一夜にして滅びたこのとうごまの木さえ惜しんでいる。それならば、どうしてわたしが、この大いなる都ニネベを惜しまずにいられるだろうか。そこには、十二万人以上の右も左もわきまえぬ人間と、無数の家畜がいるのだから。』逃げ出したくなるヨナの思いを超えて神は破滅に至るニネベの町を悔い改めへと導かれる。伝道者の旨とすべきみ言葉の宣教の意図がここに告げられる。

 

☆通読聖書 :  列王記上18章25-46節

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年710日(金)

 

◎今日の聖句

 フィリピ書2章1-5節

 

◆キリストを模範とせよ

 2:1 そこで、あなたがたに幾らかでも、キリストによる励まし、愛の慰め、“霊”による交わり、それに慈しみや憐れみの心があるなら、 2:2 同じ思いとなり、同じ愛を抱き、心を合わせ、思いを一つにして、わたしの喜びを満たしてください。 2:3 何事も利己心や虚栄心からするのではなく、へりくだって、互いに相手を自分よりも優れた者と考え、 2:4 めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい。 2:5 互いにこのことを心がけなさい。それはキリスト・イエスにもみられるものです。

 

◎今日の一言

十字架によるキリストの犠牲愛を知ることが新しい人生を生きる道です。キリストの愛の犠牲がなければニヒリズムは克服されません。キリスト者は自信をもってキリストの贖罪を誇って生きることができる選ばれた神の民のです。

 

☆通読聖書 :  列王記上18章1-24節

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年7月9日(木)

 

 

◎今日の聖句

Ⅰコリント書12章19-26節

 

12:19 すべてが一つの部分になってしまったら、どこに体というものがあるでしょう。 12:20 だから、多くの部分があっても、一つの体なのです。 12:21 目が手に向かって「お前は要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。 12:22 それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。 12:23 わたしたちは、体の中でほかよりも恰好が悪いと思われる部分を覆って、もっと恰好よくしようとし、見苦しい部分をもっと見栄えよくしようとします。12:24 見栄えのよい部分には、そうする必要はありません。神は、見劣りのする部分をいっそう引き立たせて、体を組み立てられました。 12:25 それで、体に分裂が起こらず、各部分が互いに配慮し合っています。 12:26 一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。

 

◎今日の一言

教会は「キリストの体」と言われる。イエス・キリストの名のもとに一つの共同体として同じ信仰告白に立ち同じ「神の国形成」を目指す。福音により一つの共同体が形成されている。唯物主義の時代に二千年変わることなく福音の交わりを続ける教会が存在することにより世界の希望がある。共産主義はこれを否定するイデオロギーである。

 

☆通読聖書 :  列王記上17章17-24節

LOSUNGEN『日々の聖句』

 2020年7月8日(水)

 

◎今日の聖句

マルコ福音書112026

 

◆枯れたいちじくの木の教訓

 11:20 翌朝早く、一行は通りがかりに、あのいちじくの木が根元から枯れているのを見た。 11:21 そこで、ペトロは思い出してイエスに言った。「先生、御覧ください。あなたが呪われたいちじくの木が、枯れています。」 11:22 そこで、イエスは言われた。「神を信じなさい。 11:23 はっきり言っておく。だれでもこの山に向かい、『立ち上がって、海に飛び込め』と言い、少しも疑わず、自分の言うとおりになると信じるならば、そのとおりになる。 11:24 だから、言っておく。祈り求めるものはすべて既に得られたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる。 11:25 また、立って祈るとき、だれかに対して何か恨みに思うことがあれば、赦してあげなさい。そうすれば、あなたがたの天の父も、あなたがたの過ちを赦してくださる。」 11:26 もし赦さないなら、あなたがたの天の父も、あなたがたの過ちをお赦しにならない。

 

◎今日の一言

 

弟子たちが見た枯れたいちじくの木の体験は大きい。神は神ご自身が必要とされる事態を必ず実現される。イチジクは栄光のイスラエルを象徴している。そのいちじくの木に実がなっていないとは証しにならない。しかし神は必要な時に必ず必要を満たしてその栄光を表される。危機の時代の正しい祈りは必ず聞き届けられ、山が動く。

 

☆通読聖書 :  列王記上17章7-16節

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年7月7日(火)

 

◎今日の聖句

 Ⅱコリント書2511

 

◆違犯者を赦す

 2:5 悲しみの原因となった人がいれば、その人はわたしを悲しませたのではなく、大げさな表現は控えますが、あなたがたすべてをある程度悲しませたのです。 2:6 その人には、多数の者から受けたあの罰で十分です。 2:7 むしろ、あなたがたは、その人が悲しみに打ちのめされてしまわないように、赦して、力づけるべきです。 2:8 そこで、ぜひともその人を愛するようにしてください。 2:9 わたしが前に手紙を書いたのも、あなたがたが万事について従順であるかどうかを試すためでした。 2:10 あなたがたが何かのことで赦す相手は、わたしも赦します。わたしが何かのことで人を赦したとすれば、それは、キリストの前であなたがたのために赦したのです。 2:11 わたしたちがそうするのは、サタンにつけ込まれないためです。サタンのやり口は心得ているからです。

 

◎今日の一言

 

悲しいかな現代は真心が通じない時代。それ以上にフェイクニュースを使って人を平気で批判攻撃する。ネットによる拡散を通じて人を死に追いやる事件が後を絶たない。昔は差出人無名の手紙、携帯が一般化すると無言電話による嫌がらせ、さらに無名のメールからSNSへと拡散する。すべてサタンのやり口である。愛ある人はこんなものに負けてはならない。子供の時からサタンに負けない人間となる生き方を教えなければならない。使徒パウロは「悲しみの手紙」によりコリントの教会の対立を力づけた。

 

☆通読聖書 :  列王記上16章29節-17章6節

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年7月6日(月)

 

◎今日の聖句

 ガラテヤ書615

 

◆信仰に基づいた助け合い

6:1 兄弟たち、万一だれかが不注意にも何かの罪に陥ったなら、“霊”に導かれて生きているあなたがたは、そういう人を柔和な心で正しい道に立ち帰らせなさい。あなた自身も誘惑されないように、自分に気をつけなさい。 6:2 互いに重荷を担いなさい。そのようにしてこそ、キリストの律法を全うすることになるのです。 6:3 実際には何者でもないのに、自分をひとかどの者だと思う人がいるなら、その人は自分自身を欺いています。 6:4 各自で、自分の行いを吟味してみなさい。そうすれば、自分に対してだけは誇れるとしても、他人に対しては誇ることができないでしょう。 6:5 めいめいが、自分の重荷を担うべきです。

 

◎今日の一言

 

アウグスチヌスは4世紀末ローマ帝国の危機を前に『神の国』を書いた。彼は「二つの愛が二つの国を作った。自己を愛し自己を肯定する愛(エロス)が地上の国を作り、自己を否定し他者を愛する愛(アガペー)が神の国を作った。」と説いた。国家と教会の違いである。しかし国家が良くなる為にはアガペーが深く理解されなければならない。

 

☆通読聖書 :  列王記上14章1-20節

 LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年7月5日(日)

 

 

◎今日の聖句

 ルカ福音書63642

 

 

6:36 あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい。」

 

◆人を裁くな

6:37 「人を裁くな。そうすれば、あなたがたも裁かれることがない。人を罪人だと決めるな。そうすれば、あなたがたも罪人だと決められることがない。赦しなさい。そうすれば、あなたがたも赦される。 6:38 与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。押し入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量りをよくして、ふところに入れてもらえる。あなたがたは自分の量る秤で量り返されるからである。」 6:39 イエスはまた、たとえを話された。「盲人が盲人の道案内をすることができようか。二人とも穴に落ち込みはしないか。 6:40 弟子は師にまさるものではない。しかし、だれでも、十分に修行を積めば、その師のようになれる。 6:41 あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。 6:42 自分の目にある丸太を見ないで、兄弟に向かって、『さあ、あなたの目にあるおが屑を取らせてください』と、どうして言えるだろうか。偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にあるおが屑を取り除くことができる。」

 

 

◎今日の一言

キリスト信者の生き方が教えられる。人間関係の基本は親子関係であり師弟関係である。幼少時よりまず人は親からすべきこととしてはならないことを学ぶ。その教えを守り続けることが大事であるが、同時に隣人への愛と奉仕を忘れてはならない。子供の頃トランプ大統領が母親から言われたことは嘘をつかないこと、教会を離れないことであったとエッセーに書いている。さらに求められるのは良き師との出会いである。そうすれば困難に打ち勝って人生を美しく生きることができる。

 

 

☆通読聖書 : ローマ書12章17-21節

 LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年7月4日(土)

 

 

◎今日の聖句

  ヨナ書3110

 

◆ニネベの悔い改め

 3:1 主の言葉が再びヨナに臨んだ。 3:2 「さあ、大いなる都ニネベに行って、わたしがお前に語る言葉を告げよ。」 3:3 ヨナは主の命令どおり、直ちにニネベに行った。ニネベは非常に大きな都で、一回りするのに三日かかった。 3:4 ヨナはまず都に入り、一日分の距離を歩きながら叫び、そして言った。「あと四十日すれば、ニネベの都は滅びる。」 3:5 すると、ニネベの人々は神を信じ、断食を呼びかけ、身分の高い者も低い者も身に粗布をまとった。 3:6 このことがニネベの王に伝えられると、王は王座から立ち上がって王衣を脱ぎ捨て、粗布をまとって灰の上に座し、 3:7 王と大臣たちの名によって布告を出し、ニネベに断食を命じた。「人も家畜も、牛、羊に至るまで、何一つ食物を口にしてはならない。食べることも、水を飲むことも禁ずる。 3:8 人も家畜も粗布をまとい、ひたすら神に祈願せよ。おのおの悪の道を離れ、その手から不法を捨てよ。 3:9 そうすれば神が思い直されて激しい怒りを静め、我々は滅びを免れるかもしれない。」 3:10 神は彼らの業、彼らが悪の道を離れたことを御覧になり、思い直され、宣告した災いをくだすのをやめられた。

 

 

◎今日の一言

 

二ネべはイラク北方、チグリス川上流にあるアッシリア帝国の首都である。クンジク図書館があり空中庭園もあったと言われる。ヨナは巨大な異教徒の町で悔い改めを説いたところ王自ら祖布をまとい灰に座し悔い改めたと言う。それ故神はこの町に災いをくだすことを止められた。イエスもこの物語を用いてヨナの宣教を高く評価された。福音の働きは決して作り話ではない。福音による正義は力をもって必ず悪を退ける。

 

☆通読聖書 : 列王記上13章11-34節

LOSUNGEN『日々の聖句』

   2020年73日(金)

 

◎今日の聖句

  ガラテヤ書3614

  

3:6 それは、「アブラハムは神を信じた。それは彼の義と認められた」と言われているとおりです。 3:7 だから、信仰によって生きる人々こそ、アブラハムの子であるとわきまえなさい。 3:8 聖書は、神が異邦人を信仰によって義となさることを見越して、「あなたのゆえに異邦人は皆祝福される」という福音をアブラハムに予告しました。 3:9 それで、信仰によって生きる人々は、信仰の人アブラハムと共に祝福されています。 3:10 律法の実行に頼る者はだれでも、呪われています。「律法の書に書かれているすべての事を絶えず守らない者は皆、呪われている」と書いてあるからです。 3:11 律法によってはだれも神の御前で義とされないことは、明らかです。なぜなら、「正しい者は信仰によって生きる」からです。 3:12 律法は、信仰をよりどころとしていません。「律法の定めを果たす者は、その定めによって生きる」のです。 3:13 キリストは、わたしたちのために呪いとなって、わたしたちを律法の呪いから贖い出してくださいました。「木にかけられた者は皆呪われている」と書いてあるからです。 3:14 それは、アブラハムに与えられた祝福が、キリスト・イエスにおいて異邦人に及ぶためであり、また、わたしたちが、約束された“霊”を信仰によって受けるためでした。

 

◎今日の一言

 

聖書を通して『信仰義認』の福音を再確認したルターはやはり偉大な宗教改革者であった。全人類に提供される福音の恵みはキリストによって示された十字架の信仰である。有限な人間が義とされる道は贖罪者キリストを受容れる十字架信仰以外にない。使徒パウロが旧約の祖であるアブラハムも主である神を信じる信仰によって義と認められたと教える。勝利の人生はこの信仰を獲得して与えられるものである。

 

☆通読聖書 : 列王記上12章33-13章10節

 LOSUNGEN『日々の聖句』

 2020年72日(木)

 

◎今日の聖句

  マタイ福音書181520

 

◆兄弟の忠告

18:15 「兄弟があなたに対して罪を犯したなら、行って二人だけのところで忠告しなさい。言うことを聞き入れたら、兄弟を得たことになる。 18:16 聞き入れなければ、ほかに一人か二人、一緒に連れて行きなさい。すべてのことが、二人または三人の証人の口によって確定されるようになるためである。 18:17 それでも聞き入れなければ、教会に申し出なさい。教会の言うことも聞き入れないなら、その人を異邦人か徴税人と同様に見なしなさい。 18:18 はっきり言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、天上でもつながれ、あなたがたが地上で解くことは、天上でも解かれる。 18:19 また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。 18:20 二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」

 

◎今日の一言

マタイは誰かが私に対して罪を犯した場合まず二人だけの所で忠告しなさいと言う。聞き入れない場合は二、三人で糺しなさいと教える。それでも聞き入れない場合は教会に申し出なさいと言う。しかしそれでもだめなら異邦人か徴税人同様に呪われた地獄の子と見なしなさいと教える。厳しいようだが正しい教えである。同時に願い事をする場合には二人が心を一つにして求めるならばかなえられると言う。共に祈る仲間がいることは力強い事である。

 

☆通読聖書 : 列王記上12章20-32節

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年7月1日(水)

 

◎今日の聖句

 ミカ書77-91820

 

7:7 しかし、わたしは主を仰ぎ/わが救いの神を待つ。わが神は、わたしの願いを聞かれる。7:8 わたしの敵よ、わたしのことで喜ぶな。たとえ倒れても、わたしは起き上がる。たとえ闇の中に座っていても/主こそわが光。 7:9 わたしは主に罪を犯したので/主の怒りを負わねばならない/ついに、主がわたしの訴えを取り上げ/わたしの求めを実現されるまで。主はわたしを光に導かれ/わたしは主の恵みの御業を見る。

 7:18 あなたのような神がほかにあろうか/咎を除き、罪を赦される神が。神は御自分の嗣業の民の残りの者に/いつまでも怒りを保たれることはない/神は慈しみを喜ばれるゆえに。 7:19 主は再び我らを憐れみ/我らの咎を抑え/すべての罪を海の深みに投げ込まれる。 7:20 どうか、ヤコブにまことを/アブラハムに慈しみを示してください/その昔、我らの父祖にお誓いになったように。

 

◎今日の一言

7章からなるミカ書は12小預言者の一人であるが、その内容はメシアの誕生を予告する。『エフラタのベツレヘムよ/お前はユダの氏族の中でいと小さき者。お前の中から、わたしのために/イスラエルを治める者が出る。』(5:1) BC8世紀北イスラエル王国がアッシリアによって滅ぼされる頃、預言者イザヤと同時代に活躍したミカは『彼らは剣を打ち直して鋤とし/槍を打ち直して鎌とする。』(4:3)と教える。国連ビルに刻まれたこの言葉は平和を希求する全世界の祈りの言葉である。平和は悔い改めと平等の思想がなければ実現するものではない。武力や財力による軍事大国が支配する現状では世界平和は望むべくもない。

  

☆通読聖書 : 列王記上12119

 LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月30日(火)

 

◎今日の聖句

 士師記10616

 

◆イスラエルの罪と罰

 10:6 イスラエルの人々は、またも主の目に悪とされることを行い、バアルやアシュトレト、アラムの神々、シドンの神々、モアブの神々、アンモン人の神々、ペリシテ人の神々に仕えた。彼らは主を捨て、主に仕えなかった。 10:7 主はイスラエルに対して怒りに燃え、彼らをペリシテ人とアンモン人の手に売り渡された。 10:8 敵は、その年から十八年間、イスラエルの人々、ヨルダンの向こう側ギレアドにあるアモリ人の地にいるすべてのイスラエルの人々を打ち砕き、打ちのめした。 10:9 アンモン人はヨルダンを渡って、ユダ、ベニヤミン、エフライムの家にも攻撃を仕掛けて来たので、イスラエルは苦境に立たされた。 10:10 イスラエルの人々は、主に助けを求めて叫んだ。「わたしたちはあなたに罪を犯しました。わたしたちの神を捨て、バアルに仕えました。」 10:11 主は、イスラエルの人々に言われた。「エジプト人、アモリ人、アンモン人、ペリシテ人、 10:12 シドン人、アマレク、マオンがあなたたちを圧迫し、あなたたちがわたしに助けを求めて叫んだとき、わたしは彼らの手からあなたたちを救ったではないか。 10:13 しかし、あなたたちはわたしを捨て、他の神々に仕えた。それゆえ、わたしはもうあなたたちを救わない。 10:14 あなたたちの選んだ神々のもとに行って、助けを求めて叫ぶがよい。苦境に立たされたときには、その神々が救ってくれよう。」 10:15 イスラエルの人々は主に言った。「わたしたちは罪を犯しました。わたしたちに対して何事でも御目にかなうことを行ってください。ただ、今日わたしたちを救い出してください。」 10:16 彼らが異国の神々を自分たちの中から一掃し、主に仕えるようになったので、主はイスラエルの苦しみが耐えられなくなった。

 

◎今日の一言

 

旧約聖書の歴史はユダヤ教のみならずキリスト教の歴史の教本でもある。全能者なる神を捨てた民は目前に事柄に四苦八苦し、やがて亡びる。しかし神と共に歩む民は多くの挫折にも拘らず希望を捨てることなく、悔い改めて再生の道を歩む。聖書は首尾一貫して神を信じる人々の文化と歴史創造の教則本として創作ではなく真実の道を示す。士師記はユダヤの国家形成の前に苦しみながら生きむいてきた指導者たちの記録である。11章に記される士師エフタの物語は感動なくして読めない史実である。

 

 

☆通読聖書 : 列王記上11章26-43節

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月29日(月)

 

◎今日の聖句

  ルカ福音書73650

 

◆罪深い女を赦す

 7:36 さて、あるファリサイ派の人が、一緒に食事をしてほしいと願ったので、イエスはその家に入って食事の席に着かれた。 7:37 この町に一人の罪深い女がいた。イエスがファリサイ派の人の家に入って食事の席に着いておられるのを知り、香油の入った石膏の壺を持って来て、 7:38 後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った。 7:39 イエスを招待したファリサイ派の人はこれを見て、「この人がもし預言者なら、自分に触れている女がだれで、どんな人か分かるはずだ。罪深い女なのに」と思った。 7:40 そこで、イエスがその人に向かって、「シモン、あなたに言いたいことがある」と言われると、シモンは、「先生、おっしゃってください」と言った。 7:41 イエスはお話しになった。「ある金貸しから、二人の人が金を借りていた。一人は五百デナリオン、もう一人は五十デナリオンである。 7:42 二人には返す金がなかったので、金貸しは両方の借金を帳消しにしてやった。二人のうち、どちらが多くその金貸しを愛するだろうか。」 7:43 シモンは、「帳消しにしてもらった額の多い方だと思います」と答えた。イエスは、「そのとおりだ」と言われた。 7:44 そして、女の方を振り向いて、シモンに言われた。「この人を見ないか。わたしがあなたの家に入ったとき、あなたは足を洗う水もくれなかったが、この人は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でぬぐってくれた。 7:45 あなたはわたしに接吻の挨拶もしなかったが、この人はわたしが入って来てから、わたしの足に接吻してやまなかった。 7:46 あなたは頭にオリーブ油を塗ってくれなかったが、この人は足に香油を塗ってくれた。 7:47 だから、言っておく。この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない。」 7:48 そして、イエスは女に、「あなたの罪は赦された」と言われた。 7:49 同席の人たちは、「罪まで赦すこの人は、いったい何者だろう」と考え始めた。 7:50 イエスは女に、「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と言われた。

 

 

◎今日の一言

イエスは罪深い女の赦しを通して神の愛の深さを示された。そして人々の前で『この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない。』と言われた。罪の赦しを得させる神の愛(アガペー)に生きる人は罪の赦しの大きさを知っている。文化の根底にはこの贖罪愛がなければならない。十字架はキリスト者の告白の証しであり飾り物ではない。

 

☆通読聖書 : 列王記上11章1-13節

 LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月28日(日)

 

 

◎今日の聖句

 ルカ福音書15131132

 

 

15:1 徴税人や罪人が皆、話を聞こうとしてイエスに近寄って来た。 15:2 すると、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、「この人は罪人たちを迎えて、食事まで一緒にしている」と不平を言いだした。 15:3 そこで、イエスは次のたとえを話された。

 

◆「放蕩息子」のたとえ

 15:11 また、イエスは言われた。「ある人に息子が二人いた。 15:12 弟の方が父親に、『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。それで、父親は財産を二人に分けてやった。 15:13 何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄使いしてしまった。 15:14 何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。 15:15 それで、その地方に住むある人のところに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。 15:16 彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人はだれもいなかった。 15:17 そこで、彼は我に返って言った。『父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。 15:18 ここをたち、父のところに行って言おう。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。 15:19 もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と。』 15:20 そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。 15:21 息子は言った。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』 15:22 しかし、父親は僕たちに言った。『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。 15:23 それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。 15:24 この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』そして、祝宴を始めた。 15:25 ところで、兄の方は畑にいたが、家の近くに来ると、音楽や踊りのざわめきが聞こえてきた。 15:26 そこで、僕の一人を呼んで、これはいったい何事かと尋ねた。 15:27 僕は言った。『弟さんが帰って来られました。無事な姿で迎えたというので、お父上が肥えた子牛を屠られたのです。』 15:28 兄は怒って家に入ろうとはせず、父親が出て来てなだめた。 15:29 しかし、兄は父親に言った。『このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、わたしが友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。 15:30 ところが、あなたのあの息子が、娼婦どもと一緒にあなたの身上を食いつぶして帰って来ると、肥えた子牛を屠っておやりになる。』 15:31 すると、父親は言った。『子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。 15:32 だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。』」

 

 

◎今日の一言

 

有名な放蕩息子の譬えである。二人の息子の話であるが、勝手に身代を分けてもらって出て言った弟が身を持ち崩して再び家に帰ってきたところ、父は盛大な祝宴を開いて息子の帰宅を祝った。しかし忠実に父に従って責務を果たしてきた兄は父のやり方に不満を漏らしたと言う。誰が読んでも父の不公正な対応には納得できないと思われる。その後の兄弟の確執については語られていないが、父の対応に皆納得したことであろう。そうでなければ家族の平和は回復しない。若い時の過ちは歳を取ればますます深く反省させられる。同時に家族の協力は豊かな一家の繁栄に連なる。兄もまた父の下での安定した生活を感謝したに違いない。弟はさらに深く身勝手な振る舞いを恥じたに違いない。失われた者の回復は神の家族の喜びであり目標である。

 

 

☆通読聖書 : Ⅰテモテ書11217

 

 

 

 

 LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月27日(土)

 

 

◎今日の聖句

  ルカ福音書31018

 

3:10 そこで群衆は、「では、わたしたちはどうすればよいのですか」と尋ねた。 3:11 ヨハネは、「下着を二枚持っている者は、一枚も持たない者に分けてやれ。食べ物を持っている者も同じようにせよ」と答えた。 3:12 徴税人も洗礼を受けるために来て、「先生、わたしたちはどうすればよいのですか」と言った。 3:13 ヨハネは、「規定以上のものは取り立てるな」と言った。 3:14 兵士も、「このわたしたちはどうすればよいのですか」と尋ねた。ヨハネは、「だれからも金をゆすり取ったり、だまし取ったりするな。自分の給料で満足せよ」と言った。 3:15 民衆はメシアを待ち望んでいて、ヨハネについて、もしかしたら彼がメシアではないかと、皆心の中で考えていた。 3:16 そこで、ヨハネは皆に向かって言った。「わたしはあなたたちに水で洗礼を授けるが、わたしよりも優れた方が来られる。わたしは、その方の履物のひもを解く値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。 3:17 そして、手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる。」 3:18 ヨハネは、ほかにもさまざまな勧めをして、民衆に福音を告げ知らせた。

 

 

◎今日の一言

 

キリストの時代から2000年後の今日も人間の日常は変わらない。ゆすり、たかり、不正、忖度、暴力、殺人、詐欺、虚偽等等。正義と尊厳なき時代の悲惨である。だからこそ福音が求められる。悔い改めを求めるバプテスマのヨハネを超えて福音の真理を示すメシアの在り処を証言することが求められる。水を被るだけではすぐに情熱は冷めてしまう。贖罪の主による火と聖霊の洗礼を受けなければならない。

 

 

☆通読聖書 : 列王記上10章14-29節

 

 LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月26日(金)

 

◎今日の聖句

 使徒言行録131525

13:15 律法と預言者の書が朗読された後、会堂長たちが人をよこして、「兄弟たち、何か会衆のために励ましのお言葉があれば、話してください」と言わせた。 13:16 そこで、パウロは立ち上がり、手で人々を制して言った。「イスラエルの人たち、ならびに神を畏れる方々、聞いてください。 13:17 この民イスラエルの神は、わたしたちの先祖を選び出し、民がエジプトの地に住んでいる間に、これを強大なものとし、高く上げた御腕をもってそこから導き出してくださいました。 13:18 神はおよそ四十年の間、荒れ野で彼らの行いを耐え忍び、 13:19 カナンの地では七つの民族を滅ぼし、その土地を彼らに相続させてくださったのです。 13:20 これは、約四百五十年にわたることでした。その後、神は預言者サムエルの時代まで、裁く者たちを任命なさいました。13:21 後に人々が王を求めたので、神は四十年の間、ベニヤミン族の者で、キシュの子サウルをお与えになり、 13:22 それからまた、サウルを退けてダビデを王の位につけ、彼について次のように宣言なさいました。『わたしは、エッサイの子でわたしの心に適う者、ダビデを見いだした。彼はわたしの思うところをすべて行う。』 13:23 神は約束に従って、このダビデの子孫からイスラエルに救い主イエスを送ってくださったのです。 13:24 ヨハネは、イエスがおいでになる前に、イスラエルの民全体に悔い改めの洗礼を宣べ伝えました。 13:25 その生涯を終えようとするとき、ヨハネはこう言いました。『わたしを何者だと思っているのか。わたしは、あなたたちが期待しているような者ではない。その方はわたしの後から来られるが、わたしはその足の履物をお脱がせする値打ちもない。』

 

 

◎今日の一言

イエス・キリストはイスラエルの歴史から誕生した全世界のメシアである。全世界はキリストを受容れる事によって世界史となった。キリスト無き歴史は弱肉強食の民族史であり、人間の栄枯盛衰を表した絵巻図に過ぎない。しかし世界がキリストを受容れる事によって一つの内実ある歴史として形成され、世界史がまさしく神の救済の舞台となる。ユダヤ・キリスト教史がそうであるように世界史は神の救済史と変えられる。この視点を与えたのは初代教会の使徒たちであり福音に生きたキリスト教徒たちであった。どれほど悲惨な歴史を経験しようとも、キリストを見失わないかぎり歴史に希望の火が燃え続ける。

 

☆通読聖書 : 列王記上10章1-13節

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月25日(木)

 

◎今日の聖句

 マタイ福音書102633

 

◆恐るべき者

10:26 「人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはないからである。 10:27 わたしが暗闇であなたがたに言うことを、明るみで言いなさい。耳打ちされたことを、屋根の上で言い広めなさい。 10:28 体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。 10:29 二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。 10:30 あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。 10:31 だから、恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。」

 

 ◆イエスの仲間であると言い表す

10:32 「だから、だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表す者は、わたしも天の父の前で、その人をわたしの仲間であると言い表す。 10:33 しかし、人々の前でわたしを知らないと言う者は、わたしも天の父の前で、その人を知らないと言う。」

 

◎今日の一言

貧しい人が奉げる贖罪の品は二羽の雀であった。二羽30円程度であろうか。その一羽にも神の意志が及んでいると言う。見えないものに対する畏敬の念は人間の尊厳を理解する最も大事な尊崇の念である。その根底には神の愛(アガペー)がある。

 

☆通読聖書 : 列王記上9章1-9節

 LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月24日(水)

 

◎今日の聖句

 ルカ福音書1章57-66、80

 

◆洗礼者ヨハネの誕生

 

1:57 さて、月が満ちて、エリサベトは男の子を産んだ。 1:58 近所の人々や親類は、主がエリサベトを大いに慈しまれたと聞いて喜び合った。 1:59 八日目に、その子に割礼を施すために来た人々は、父の名を取ってザカリアと名付けようとした。 1:60 ところが、母は、「いいえ、名はヨハネとしなければなりません」と言った。 1:61 しかし人々は、「あなたの親類には、そういう名の付いた人はだれもいない」と言い、 1:62 父親に、「この子に何と名を付けたいか」と手振りで尋ねた。 1:63 父親は字を書く板を出させて、「この子の名はヨハネ」と書いたので、人々は皆驚いた。 1:64 すると、たちまちザカリアは口が開き、舌がほどけ、神を賛美し始めた。 1:65 近所の人々は皆恐れを感じた。そして、このことすべてが、ユダヤの山里中で話題になった。 1:66 聞いた人々は皆これを心に留め、「いったい、この子はどんな人になるのだろうか」と言った。この子には主の力が及んでいたのである。1:80 幼子は身も心も健やかに育ち、イスラエルの人々の前に現れるまで荒れ野にいた。

 

 

◎今日の一言

6月24日はバプテスマのヨハネの誕生日である。メシアの先駆けとしてヨルダン川で悔い改めの洗礼を授けていた。後にヘロデ王により斬首され非業の死を遂げるが、イエスも女から誕生した最大の預言者であると呼ぶ。エルサレム西方にある山に囲まれた自然豊かなエン・カレムで育った。そこにはイエスの母マリアが訪問したバプテスマのヨハネの誕生教会がある。緑豊かな自然環境で育った人には社会に出ても物怖じしない魂の強さがあるように思う。

 

☆通読聖書 : 列王記上8章54-66節

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月23日(火)

 

◎今日の聖句

 出エジプト記211-25

 

◆エジプトからの逃亡

 2:11 モーセが成人したころのこと、彼は同胞のところへ出て行き、彼らが重労働に服しているのを見た。そして一人のエジプト人が、同胞であるヘブライ人の一人を打っているのを見た。 2:12 モーセは辺りを見回し、だれもいないのを確かめると、そのエジプト人を打ち殺して死体を砂に埋めた。 2:13 翌日、また出て行くと、今度はヘブライ人どうしが二人でけんかをしていた。モーセが、「どうして自分の仲間を殴るのか」と悪い方をたしなめると、 2:14 「誰がお前を我々の監督や裁判官にしたのか。お前はあのエジプト人を殺したように、このわたしを殺すつもりか」と言い返したので、モーセは恐れ、さてはあの事が知れたのかと思った。 2:15 ファラオはこの事を聞き、モーセを殺そうと尋ね求めたが、モーセはファラオの手を逃れてミディアン地方にたどりつき、とある井戸の傍らに腰を下ろした。 2:16 さて、ミディアンの祭司に七人の娘がいた。彼女たちがそこへ来て水をくみ、水ぶねを満たし、父の羊の群れに飲ませようとしたところへ、 2:17 羊飼いの男たちが来て、娘たちを追い払った。モーセは立ち上がって娘たちを救い、羊の群れに水を飲ませてやった。 2:18 娘たちが父レウエルのところに帰ると、父は、「どうして今日はこんなに早く帰れたのか」と尋ねた。 2:19 彼女たちは言った。「一人のエジプト人が羊飼いの男たちからわたしたちを助け出し、わたしたちのために水をくんで、羊に飲ませてくださいました。」 2:20 父は娘たちに言った。「どこにおられるのだ、その方は。どうして、お前たちはその方をほうっておくのだ。呼びに行って、食事を差し上げなさい。」 2:21 モーセがこの人のもとにとどまる決意をしたので、彼は自分の娘ツィポラをモーセと結婚させた。 2:22 彼女は男の子を産み、モーセは彼をゲルショムと名付けた。彼が、「わたしは異国にいる寄留者(ゲール)だ」と言ったからである。 2:23 それから長い年月がたち、エジプト王は死んだ。その間イスラエルの人々は労働のゆえにうめき、叫んだ。労働のゆえに助けを求める彼らの叫び声は神に届いた。 2:24 神はその嘆きを聞き、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされた。 2:25 神はイスラエルの人々を顧み、御心に留められた。

 

◎今日の一言

 

エジプトの王女の子として育てられたモーセは成人した後同胞ヘブライ人を助けたが、ヘブライ人から恐れられ同時にエジプト人殺害がファラオの知るところとなり、ミディアンの祭司の住む神の山ホレブの山麓に逃げた。そこで祭司の娘ツィポラと結婚し息子を儲けたという。彼らが住んでいた所にはカテリーナ修道院が立ち多くの観光客が訪れる。岩山の屹立するシナイ山の麓にモーセが汲んだと言われる井戸があり、初代教会の拠点としてシナイ写本も発見されている。イスラムとキリスト教が共存融合する不思議な修道院である。『わたしは在る』と語ったモーセの神を追体験できる聖地である。

 

☆通読聖書 : 列王記上8章41-53節

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月22日(月) 

  

◎今日の聖句

 箴言9110

 

◆知恵の勧め

 9:1 知恵は家を建て、七本の柱を刻んで立てた。 9:2 獣を屠り、酒を調合し、食卓を整え 9:3 はしためを町の高い所に遣わして/呼びかけさせた。 9:4 「浅はかな者はだれでも立ち寄るがよい。」意志の弱い者にはこう言った。 9:5 「わたしのパンを食べ/わたしが調合した酒を飲むがよい 9:6 浅はかさを捨て、命を得るために/分別の道を進むために。」

 ◆格言集

 9:7 不遜な者を諭しても侮られるだけだ。神に逆らう者を戒めても自分が傷を負うだけだ。 9:8 不遜な者を叱るな、彼はあなたを憎むであろう。知恵ある人を叱れ、彼はあなたを愛するであろう。 9:9 知恵ある人に与えれば、彼は知恵を増す。神に従う人に知恵を与えれば、彼は説得力を増す。 9:10 主を畏れることは知恵の初め/聖なる方を知ることは分別の初め。

 

◎今日の一言

『知恵ある人に与えれば、彼は知恵を増す。神に従う人に知恵を与えれば、彼は説得力を増す。』 欧米のキリスト者は子供の家庭教育を聖書の知識をもって始める。同じ西洋人でも日本人との違いは彼らの精神的背景にはキリスト教的聖書の知恵が息づいているのである。世界を相手に生きる人はかならず聖書の知恵に学ばなければ正当に太刀打ち出来ない。

 

☆通読聖書 : 列王記上8章22-40節

 LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月21日(日)

  

◎今日の聖句

 ルカ福音書141524

 

◆「大宴会」のたとえ

 14:15 食事を共にしていた客の一人は、これを聞いてイエスに、「神の国で食事をする人は、なんと幸いなことでしょう」と言った。 14:16 そこで、イエスは言われた。「ある人が盛大な宴会を催そうとして、大勢の人を招き、 14:17 宴会の時刻になったので、僕を送り、招いておいた人々に、『もう用意ができましたから、おいでください』と言わせた。 14:18 すると皆、次々に断った。最初の人は、『畑を買ったので、見に行かねばなりません。どうか、失礼させてください』と言った。 14:19 ほかの人は、『牛を二頭ずつ五組買ったので、それを調べに行くところです。どうか、失礼させてください』と言った。14:20 また別の人は、『妻を迎えたばかりなので、行くことができません』と言った。14:21 僕は帰って、このことを主人に報告した。すると、家の主人は怒って、僕に言った。『急いで町の広場や路地へ出て行き、貧しい人、体の不自由な人、目の見えない人、足の不自由な人をここに連れて来なさい。』 14:22 やがて、僕が、『御主人様、仰せのとおりにいたしましたが、まだ席があります』と言うと、 14:23 主人は言った。『通りや小道に出て行き、無理にでも人々を連れて来て、この家をいっぱいにしてくれ。14:24 言っておくが、あの招かれた人たちの中で、わたしの食事を味わう者は一人もいない。』」

 

◎今日の一言

 

キリストの譬えは実に正確である。人は皆自分の価値判断に従って優先順位をつけて生きている。滅多なことでイエスの招きに応じることをしない。しかしそれでもイエスは神の国への招きをもう止めたとは言われない。教会の活動は苦労の多い働きではあるがそれが無くなると人類の希望が消滅する。魂の救いと喜びの根拠が消えるのである。教会は世の終わりまでキリストと共に神の招きの活動を継続し続ける。福音のともし火を絶やしてはならない。ロシア正教会は旧ソ連の支配下で祈りの内にイコンを隠し続けた信仰者達によって共産主義崩壊後、国家の再建に立ち上がったのである。

 

☆通読聖書 : エフェソ書21122

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月20日(土)

  

◎今日の聖句

 ヨナ書1書1-16節

  

◆ヨナの逃亡

1:1 主の言葉がアミタイの子ヨナに臨んだ。 1:2 「さあ、大いなる都ニネベに行ってこれに呼びかけよ。彼らの悪はわたしの前に届いている。」 1:3 しかしヨナは主から逃れようとして出発し、タルシシュに向かった。ヤッファに下ると、折よくタルシシュ行きの船が見つかったので、船賃を払って乗り込み、人々に紛れ込んで主から逃れようと、タルシシュに向かった。 1:4 主は大風を海に向かって放たれたので、海は大荒れとなり、船は今にも砕けんばかりとなった。 1:5 船乗りたちは恐怖に陥り、それぞれ自分の神に助けを求めて叫びをあげ、積み荷を海に投げ捨て、船を少しでも軽くしようとした。しかし、ヨナは船底に降りて横になり、ぐっすりと寝込んでいた。 1:6 船長はヨナのところに来て言った。「寝ているとは何事か。さあ、起きてあなたの神を呼べ。神が気づいて助けてくれるかもしれない。」 1:7 さて、人々は互いに言った。「さあ、くじを引こう。誰のせいで、我々にこの災難がふりかかったのか、はっきりさせよう。」そこで、くじを引くとヨナに当たった。 1:8 人々は彼に詰め寄って、「さあ、話してくれ。この災難が我々にふりかかったのは、誰のせいか。あなたは何の仕事で行くのか。どこから来たのか。国はどこで、どの民族の出身なのか」と言った。 1:9 ヨナは彼らに言った。「わたしはヘブライ人だ。海と陸とを創造された天の神、主を畏れる者だ。」 1:10 人々は非常に恐れ、ヨナに言った。「なんという事をしたのだ。」人々はヨナが、主の前から逃げて来たことを知った。彼が白状したからである。 1:11 彼らはヨナに言った。「あなたをどうしたら、海が静まるのだろうか。」海は荒れる一方だった。 1:12 ヨナは彼らに言った。「わたしの手足を捕らえて海にほうり込むがよい。そうすれば、海は穏やかになる。わたしのせいで、この大嵐があなたたちを見舞ったことは、わたしが知っている。」 1:13 乗組員は船を漕いで陸に戻そうとしたが、できなかった。海がますます荒れて、襲いかかってきたからである。 1:14 ついに、彼らは主に向かって叫んだ。「ああ、主よ、この男の命のゆえに、滅ぼさないでください。無実の者を殺したといって責めないでください。主よ、すべてはあなたの御心のままなのですから。」 1:15 彼らがヨナの手足を捕らえて海へほうり込むと、荒れ狂っていた海は静まった。 1:16 人々は大いに主を畏れ、いけにえをささげ、誓いを立てた。

 

◎今日の一言

 

旧約最小の預言書ヨナ書に記されたヨナの物語はイエスもその宣教の働きを讃える程に大きな足跡を残した。二ネべに行って預言せよとの言葉を受けた彼はその命令に逆らってヤッファから逃亡するが大きな魚に飲まれて吐き出だされた所がニネベであったという。はじめは疫病神とも思えるヨナであったが、その後に続く彼の働きは悔い改めを説くことにより荒れた町を救う神の使命を果たすものとなった。嘗てヤッファの港に佇んでヨナの生涯を思ったが、大海原に出て逃亡を図っても神の御手から逃れることができなかったヨナの職務を神ご自身が実現される結末を学ばせられた。その思いは今日も変わることなく胸に響いている。      

 

☆通読聖書  : 列王記上8章1-4節

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月19日(金)

 

◎今日の聖句

エレミヤ書20章7-11節 

 

 

◆エレミヤの告白

20:7主よ、あなたがわたしを惑わし/わたしは惑わされて/あなたに捕らえられました。あなたの勝ちです。わたしは一日中、笑い者にされ/人が皆、わたしを嘲ります。 20:8 わたしが語ろうとすれば、それは嘆きとなり/「不法だ、暴力だ」と叫ばずにはいられません。主の言葉のゆえに、わたしは一日中/恥とそしりを受けねばなりません。20:9 主の名を口にすまい/もうその名によって語るまい、と思っても/主の言葉は、わたしの心の中/骨の中に閉じ込められて/火のように燃え上がります。押さえつけておこうとして/わたしは疲れ果てました。わたしの負けです。 20:10 わたしには聞こえています/多くの人の非難が。「恐怖が四方から迫る」と彼らは言う。「共に彼を弾劾しよう」と。わたしの味方だった者も皆/わたしがつまずくのを待ち構えている。「彼は惑わされて/我々は勝つことができる。彼に復讐してやろう」と。 20:11 しかし主は、恐るべき勇士として/わたしと共にいます。それゆえ、わたしを迫害する者はつまずき/勝つことを得ず、成功することなく/甚だしく辱めを受ける。それは忘れられることのない/とこしえの恥辱である。

 

 

◎今日の一言

バビロンによるエルサレムの破壊を知らされ、自国の滅亡を預言するエレミヤは苦悩の預言者であった。勝利ではなく破滅を通してまことの神へと目覚めさせられる彼の信仰はキリストによる十字架の否定媒介の先駆けである。矢内原忠雄は戦争中このエレミヤの信仰に学び日本の軍国主義を批判し、あえてこの国を滅ぼしてくださいと祈ったという。ダビデのひこばえは切り倒されたオリーブの木から生まれるという。イスラエルによるパレスチナ支配によりブルドーザーによってオリーブの木が切り倒された。更地になった農地を見てパレスチナの人々は悲しみの中にも怒りを露わにしなかった。根が残っておれば必ずオリーブの新芽が芽吹くと言った言葉が忘れられない。30年も前の事であった。敗北、挫折を恐れてはならない、嘆いてはならない。

 

 

☆通読聖書 : 列王記上6章1-14節

 LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月18日(木)

 

 

◎今日の聖句

  ヨハネ福音書21章15-19節

 

 

◆イエスとペトロ

 21:15 食事が終わると、イエスはシモン・ペトロに、「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」と言われた。ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの小羊を飼いなさい」と言われた。 21:16 二度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの羊の世話をしなさい」と言われた。 21:17 三度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロは、イエスが三度目も、「わたしを愛しているか」と言われたので、悲しくなった。そして言った。「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます。」イエスは言われた。「わたしの羊を飼いなさい。 21:18 はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」 21:19 ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるかを示そうとして、イエスはこう言われたのである。このように話してから、ペトロに、「わたしに従いなさい」と言われた

 

 

◎今日の一言

イエスを三度知らないと否認した愛弟子ペトロに対して再び三度『わたしを愛しているか』と問われるイエスの言葉にペトロは全面降伏せざるを得ない。イエスはすべてをお見通しだ。さらにペトロの将来に対して『あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。』と明言される。ペトロと同様にキリストと共に生きる事は行き先不明で実に楽しい人生を送ることとなる。これがイエスに愛された者の醍醐味である。

 

 

☆通読聖書 : 列王記上5章15-32節

 LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月17日(水)

 

◎今日の聖句

  エゼキエル書3章22-27節

 

◆エゼキエルの沈黙

 3:22 主の御手が、そこで、わたしに臨んだ。主はわたしに言われた。「立って、平野に出て行きなさい。そこでわたしはあなたに語る。」 3:23 わたしが立って平野に出て行くと、そこにケバル川の河畔で見た栄光と同じ主の栄光がとどまっているではないか。わたしはひれ伏した。 3:24 霊がわたしの中に入り、わたしを自分の足で立たせた。そのとき彼はわたしに語りかけ、わたしに言われた。「あなたは自分の家に入って閉じこもりなさい。 3:25 人の子よ、あなたは縄をかけられ、縛られ、彼らの所へ出て行けないようにされる。 3:26 また、わたしはあなたの舌を上顎につかせ、ものが言えないようにする。こうして彼らを責める者としてのあなたの役割は終わる。まことに彼らは反逆の家だ。 3:27 しかし、わたしが語りかけるとき、あなたの口を開く。そこであなたは彼らに言わねばならない。主なる神はこう言われる。聞き入れようとする者は聞き入れよ。拒もうとする者は拒むがよい。彼らは反逆の家だから。」

 

◎今日の一言

預言者エゼキエルに語られた主の言葉は明白であった。反逆の民の中に預言者を遣わすという。そこでは主の言葉を聞くものと拒む者とが明確に区分されるという。キリストが語った「聞く耳のあるものは聞くがよい」との言葉の旧約版である。混乱の時代にも知恵に満ちたことばを聞くことができるのは幸いなことである。しかし今は福音の言葉に聞く耳を持たない人々が多すぎる不幸な時代である。

 

☆通読聖書 : 列王記上5章1-14節

 LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月16日(火)

 

◎今日の聖句

 Ⅱコリント書1章23節-2章4節

 

1:23 神を証人に立てて、命にかけて誓いますが、わたしがまだコリントに行かずにいるのは、あなたがたへの思いやりからです。 1:24 わたしたちは、あなたがたの信仰を支配するつもりはなく、むしろ、あなたがたの喜びのために協力する者です。あなたがたは信仰に基づいてしっかり立っているからです。 2:1 そこでわたしは、そちらに行くことで再びあなたがたを悲しませるようなことはすまい、と決心しました。 2:2 もしあなたがたを悲しませるとすれば、わたしが悲しませる人以外のいったいだれが、わたしを喜ばせてくれるでしょう。 2:3 あのようなことを書いたのは、そちらに行って、喜ばせてもらえるはずの人たちから悲しい思いをさせられたくなかったからです。わたしの喜びはあなたがたすべての喜びでもあると、あなたがた一同について確信しているからです。 2:4 わたしは、悩みと愁いに満ちた心で、涙ながらに手紙を書きました。あなたがたを悲しませるためではなく、わたしがあなたがたに対してあふれるほど抱いている愛を知ってもらうためでした。

 

◎今日の一言

使徒パウロが書き送ったコリントの教会への手紙は今日においても大きな意味と価値を持っている。教会の党派間の争いや分裂の危機、異教文化との対立や文化伝統の違いを超えてキリストの教会形成への祈りと努力等々が記される。パウロの内から湧き出る教会形成への情熱を学び取ることができる。常に『わたしの喜びはあなたがたすべての喜びでもある』との思いを共有したいと思う。これがキリスト教会の一致の願いであり祈りである。

☆通読聖書 : 列王記上3章16-28節

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月15日(月)

 

◎今日の聖句

 使徒言行録4章8-21節

 

4:8 そのとき、ペトロは聖霊に満たされて言った。「民の議員、また長老の方々、 4:9 今日わたしたちが取り調べを受けているのは、病人に対する善い行いと、その人が何によっていやされたかということについてであるならば、 4:10 あなたがたもイスラエルの民全体も知っていただきたい。この人が良くなって、皆さんの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、イエス・キリストの名によるものです。 4:11 この方こそ、/『あなたがた家を建てる者に捨てられたが、/隅の親石となった石』/です。 4:12 ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」 4:13 議員や他の者たちは、ペトロとヨハネの大胆な態度を見、しかも二人が無学な普通の人であることを知って驚き、また、イエスと一緒にいた者であるということも分かった。 4:14 しかし、足をいやしていただいた人がそばに立っているのを見ては、ひと言も言い返せなかった。 4:15 そこで、二人に議場を去るように命じてから、相談して、 4:16 言った。「あの者たちをどうしたらよいだろう。彼らが行った目覚ましいしるしは、エルサレムに住むすべての人に知れ渡っており、それを否定することはできない。 4:17 しかし、このことがこれ以上民衆の間に広まらないように、今後あの名によってだれにも話すなと脅しておこう。」 4:18 そして、二人を呼び戻し、決してイエスの名によって話したり、教えたりしないようにと命令した。 4:19 しかし、ペトロとヨハネは答えた。「神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか、考えてください。 4:20 わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです。」 4:21 議員や他の者たちは、二人を更に脅してから釈放した。皆の者がこの出来事について神を賛美していたので、民衆を恐れて、どう処罰してよいか分からなかったからである。

 

◎今日の一言

 

使徒言行録は初代教会のイエスの弟子たちによる伝道の記録である。贖罪のキリストと聖霊の教導により目覚ましい福音の宣教がなしとげられた。人は正しい権威に基づいて信念を発揮する時、新しいフェーズが開かれる。ペトロがエルサレム神殿の「美しい門』と呼ばれるところで『わたしには金や銀はないが、ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。』と命じたことばにより癒された男の出来事は福音の権威に従う教会の伝統において今日も新しい奇跡を惹き起している。『神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか、考えてください。』との言葉はキリスト者の決断の判断基準である。神の意図に従う時必ず祝福の道が開かれる。

 

☆通読聖書 : 列王記上3章1-15節

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月14日(日)

 

◎今日の聖句

 ルカ福音書16章19-31節

 

◆金持ちとラザロ

 16:19 「ある金持ちがいた。いつも紫の衣や柔らかい麻布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。 16:20 この金持ちの門前に、ラザロというできものだらけの貧しい人が横たわり、 16:21 その食卓から落ちる物で腹を満たしたいものだと思っていた。犬もやって来ては、そのできものをなめた。 16:22 やがて、この貧しい人は死んで、天使たちによって宴席にいるアブラハムのすぐそばに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。 16:23 そして、金持ちは陰府でさいなまれながら目を上げると、宴席でアブラハムとそのすぐそばにいるラザロとが、はるかかなたに見えた。 16:24 そこで、大声で言った。『父アブラハムよ、わたしを憐れんでください。ラザロをよこして、指先を水に浸し、わたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの炎の中でもだえ苦しんでいます。』 16:25 しかし、アブラハムは言った。『子よ、思い出してみるがよい。お前は生きている間に良いものをもらっていたが、ラザロは反対に悪いものをもらっていた。今は、ここで彼は慰められ、お前はもだえ苦しむのだ。 16:26 そればかりか、わたしたちとお前たちの間には大きな淵があって、ここからお前たちの方へ渡ろうとしてもできないし、そこからわたしたちの方に越えて来ることもできない。』 16:27 金持ちは言った。『父よ、ではお願いです。わたしの父親の家にラザロを遣わしてください。 16:28 わたしには兄弟が五人います。あの者たちまで、こんな苦しい場所に来ることのないように、よく言い聞かせてください。』 16:29 しかし、アブラハムは言った。『お前の兄弟たちにはモーセと預言者がいる。彼らに耳を傾けるがよい。』 16:30 金持ちは言った。『いいえ、父アブラハムよ、もし、死んだ者の中からだれかが兄弟のところに行ってやれば、悔い改めるでしょう。』 16:31 アブラハムは言った。『もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう。』」

 

◎今日の一言

 

福音の論理とこの世の論理とは明確に相容れない。金持ちとラザロの天国でのパラドックスはイエスの福音のこの世に対するチャレンジである。信仰者はその論理を常にわきまえている。キリストによらなければ天国の世界を垣間見ることができない。聞く耳のあるものは聞くがよいと教えるイエスの言葉は真実である。それ故にこそ常にこの世での日々の有り様が問われるのである。

  

☆通読聖書 : Ⅰヨハネ書41321

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月13日(土) 

 

 

◎今日の聖句

 ヨハネ福音書14章7-14節

 

14:7 あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。」 14:8 フィリポが「主よ、わたしたちに御父をお示しください。そうすれば満足できます」と言うと、 14:9 イエスは言われた。「フィリポ、こんなに長い間一緒にいるのに、わたしが分かっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのだ。なぜ、『わたしたちに御父をお示しください』と言うのか。 14:10 わたしが父の内におり、父がわたしの内におられることを、信じないのか。わたしがあなたがたに言う言葉は、自分から話しているのではない。わたしの内におられる父が、その業を行っておられるのである。 14:11 わたしが父の内におり、父がわたしの内におられると、わたしが言うのを信じなさい。もしそれを信じないなら、業そのものによって信じなさい。 14:12 はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからである。 14:13 わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう。こうして、父は子によって栄光をお受けになる。 14:14 わたしの名によって何かを願うならば、わたしがかなえてあげよう。」

 

 

◎今日の一言

ヨハネ福音書が語るメシア・イエスの言葉は深い。キリスト教は贖罪者イエスを通して神を語る教えであることが明示される。「キリスト論的三一論」が中心である。三位一体の神はイエスキリストの業と教えによって歴史の中で受肉し啓示される。教会の歴史的存在意義はここにその使命があるのであってそれ以外のものはすべてヒューマニズムである。福音宣教(ケリュグマ)と教え(ディダケ―)が失われた教会の働きは華やかに見えても福音から外れてゆくものとなる。「神学なき信仰は盲目であり、信仰なき神学は空虚である。」(渡辺善太)との言葉が蘇える。

 

 

☆通読聖書 : 列王記上2章1-12節

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月12日(金) 

 

◎今日の聖句

 Ⅱペトロ書1章16-21節

 

◆キリストの栄光、預言の言葉

 1:16 わたしたちの主イエス・キリストの力に満ちた来臨を知らせるのに、わたしたちは巧みな作り話を用いたわけではありません。わたしたちは、キリストの威光を目撃したのです。 1:17 荘厳な栄光の中から、「これはわたしの愛する子。わたしの心に適う者」というような声があって、主イエスは父である神から誉れと栄光をお受けになりました。 1:18 わたしたちは、聖なる山にイエスといたとき、天から響いてきたこの声を聞いたのです。 1:19 こうして、わたしたちには、預言の言葉はいっそう確かなものとなっています。夜が明け、明けの明星があなたがたの心の中に昇るときまで、暗い所に輝くともし火として、どうかこの預言の言葉に留意していてください。 1:20 何よりもまず心得てほしいのは、聖書の預言は何一つ、自分勝手に解釈すべきではないということです。 1:21 なぜなら、預言は、決して人間の意志に基づいて語られたのではなく、人々が聖霊に導かれて神からの言葉を語ったものだからです。

 

◎今日の一言

 

著者ペトロは12弟子の一人の名を用いてイエスの神によるメシアであるとの確信を得て福音を語る、預言は予言と違って神の福音を語ることである。福音は常に新しい明けの明星としてキリスト者の生活を導く。漆黒の闇の時こそ夜明けが近い。新しいヴィジョンをもってコロナ後の時代をプログラムしなければならない。直面する困難は万民共通である。

 

☆通読聖書 : 列王記上1章28-53節

 LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月11日(木)

 

 

◎今日の聖句

 エフェソ書4章1-7節

  

◆キリストの体は一つ

 4:1 そこで、主に結ばれて囚人となっているわたしはあなたがたに勧めます。神から招かれたのですから、その招きにふさわしく歩み、 4:2 一切高ぶることなく、柔和で、寛容の心を持ちなさい。愛をもって互いに忍耐し、 4:3 平和のきずなで結ばれて、霊による一致を保つように努めなさい。 4:4 体は一つ、霊は一つです。それは、あなたがたが、一つの希望にあずかるようにと招かれているのと同じです。 4:5 主は一人、信仰は一つ、洗礼は一つ、 4:6 すべてのものの父である神は唯一であって、すべてのものの上にあり、すべてのものを通して働き、すべてのものの内におられます。 4:7 しかし、わたしたち一人一人に、キリストの賜物のはかりに従って、恵みが与えられています。

  

◎今日の一言

教会共同体は「キリストの体」と呼ばれる。悔い改めの洗礼を受け、聖餐に与ることにより信仰共同体の一員となる。その中心は贖罪者キリストでありキリストに倣いキリストの業を実践する。そのプロセスの中でキリストの賜物を知りその恵みを獲得する。それは世俗の心では測りがたい魂の恵みである。教会が健全な使命に生きる時世界に安らぎが与えられる。

 

☆通読聖書 : 列王記上1章1-27節

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月10日(水)

 

 

◎今日の聖句

 使徒言行録17章16-34節

 

 

◆アテネで

 17:16 パウロはアテネで二人を待っている間に、この町の至るところに偶像があるのを見て憤慨した。 17:17 それで、会堂ではユダヤ人や神をあがめる人々と論じ、また、広場では居合わせた人々と毎日論じ合っていた。 17:18 また、エピクロス派やストア派の幾人かの哲学者もパウロと討論したが、その中には、「このおしゃべりは、何を言いたいのだろうか」と言う者もいれば、「彼は外国の神々の宣伝をする者らしい」と言う者もいた。パウロが、イエスと復活について福音を告げ知らせていたからである。 17:19 そこで、彼らはパウロをアレオパゴスに連れて行き、こう言った。「あなたが説いているこの新しい教えがどんなものか、知らせてもらえないか。 17:20 奇妙なことをわたしたちに聞かせているが、それがどんな意味なのか知りたいのだ。」 17:21 すべてのアテネ人やそこに在留する外国人は、何か新しいことを話したり聞いたりすることだけで、時を過ごしていたのである。 17:22 パウロは、アレオパゴスの真ん中に立って言った。「アテネの皆さん、あらゆる点においてあなたがたが信仰のあつい方であることを、わたしは認めます。 17:23 道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、『知られざる神に』と刻まれている祭壇さえ見つけたからです。それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それをわたしはお知らせしましょう。 17:24 世界とその中の万物とを造られた神が、その方です。この神は天地の主ですから、手で造った神殿などにはお住みになりません。 17:25 また、何か足りないことでもあるかのように、人の手によって仕えてもらう必要もありません。すべての人に命と息と、その他すべてのものを与えてくださるのは、この神だからです。 17:26 神は、一人の人からすべての民族を造り出して、地上の至るところに住まわせ、季節を決め、彼らの居住地の境界をお決めになりました。 17:27 これは、人に神を求めさせるためであり、また、彼らが探し求めさえすれば、神を見いだすことができるようにということなのです。実際、神はわたしたち一人一人から遠く離れてはおられません。 17:28 皆さんのうちのある詩人たちも、/『我らは神の中に生き、動き、存在する』/『我らもその子孫である』と、/言っているとおりです。 17:29 わたしたちは神の子孫なのですから、神である方を、人間の技や考えで造った金、銀、石などの像と同じものと考えてはなりません。 17:30 さて、神はこのような無知な時代を、大目に見てくださいましたが、今はどこにいる人でも皆悔い改めるようにと、命じておられます。 17:31 それは、先にお選びになった一人の方によって、この世を正しく裁く日をお決めになったからです。神はこの方を死者の中から復活させて、すべての人にそのことの確証をお与えになったのです。」 17:32 死者の復活ということを聞くと、ある者はあざ笑い、ある者は、「それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう」と言った。 17:33 それで、パウロはその場を立ち去った。 17:34 しかし、彼について行って信仰に入った者も、何人かいた。その中にはアレオパゴスの議員ディオニシオ、またダマリスという婦人やその他の人々もいた。

 

 

◎今日の一言

有名なアテネのアレオパゴス評議所で使徒パウロが『知られざる神』について語った個所です。聖書の神は創造主であり贖罪者であると教えます。ギリシャ哲学の社会にユダヤ・キリスト教的神が証しされた重要な説教です。贖罪者なる神はギリシャ的愛(エロス・自己愛)の神ではなくアガペー(犠牲愛)の神であるである証ししました。アテネの評議員も幾人かはパウロの教えに賛同しキリスト者となったことが記されています。

 

 

☆通読聖書 : フィレモン書125

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月 9日(火)

 

◎今日の聖句

 イザヤ書43章8-13節

 

◆イスラエルの贖い

 43:8 引き出せ、目があっても、見えぬ民を/耳があっても、聞こえぬ民を。 43:9 国々を一堂に集わせ、すべての民を集めよ。彼らの中に、このことを告げ/初めからのことを聞かせる者があろうか。自分たちの証人を立て、正しさを示し/聞く者に、そのとおりだ、と/言わせうる者があろうか。 43:10 わたしの証人はあなたたち/わたしが選んだわたしの僕だ、と主は言われる。あなたたちはわたしを知り、信じ/理解するであろう/わたしこそ主、わたしの前に神は造られず/わたしの後にも存在しないことを。 43:11 わたし、わたしが主である。わたしのほかに救い主はない。 43:12 わたしはあらかじめ告げ、そして救いを与え/あなたたちに、ほかに神はないことを知らせた。あなたたちがわたしの証人である、と/主は言われる。わたしは神 43:13 今より後も、わたしこそ主。わたしの手から救い出せる者はない。わたしが事を起こせば、誰が元に戻しえようか。

 

◎今日の一言

BC586年のエルサレムの崩壊によるバビロン捕囚中、BC537年バビロンの敗北とペルシャによるイスラエル解放を経験した第二イザヤは破局から再生に至る神の審判と救済の経綸を目の当たりにした。この記事は混乱の中で次の時代を考える大きなヒントになる。メディアでも予測できない無名の信仰者たちが福音による目覚めをもたらす。欧米の全国民がデモと暴動を支持しているわけではない。回復を願い再建に従事する人々がいる。 

☆通読聖書 : テトス書3章115節

 LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月 8日(月)

  

◎今日の聖句

 出エジプト記3章13-20節

3:13 モーセは神に尋ねた。「わたしは、今、イスラエルの人々のところへ参ります。彼らに、『あなたたちの先祖の神が、わたしをここに遣わされたのです』と言えば、彼らは、『その名は一体何か』と問うにちがいありません。彼らに何と答えるべきでしょうか。」 3:14 神はモーセに、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言われ、また、「イスラエルの人々にこう言うがよい。『わたしはある』という方がわたしをあなたたちに遣わされたのだと。」 3:15 神は、更に続けてモーセに命じられた。「イスラエルの人々にこう言うがよい。あなたたちの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である主がわたしをあなたたちのもとに遣わされた。これこそ、とこしえにわたしの名/これこそ、世々にわたしの呼び名。 3:16 さあ、行って、イスラエルの長老たちを集め、言うがよい。『あなたたちの先祖の神、アブラハム、イサク、ヤコブの神である主がわたしに現れて、こう言われた。わたしはあなたたちを顧み、あなたたちがエジプトで受けてきた仕打ちをつぶさに見た。 3:17 あなたたちを苦しみのエジプトから、カナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の住む乳と蜜の流れる土地へ導き上ろうと決心した』と。 3:18 彼らはあなたの言葉に従うであろう。あなたはイスラエルの長老たちを伴い、エジプト王のもとに行って彼に言いなさい。『ヘブライ人の神、主がわたしたちに出現されました。どうか、今、三日の道のりを荒れ野に行かせて、わたしたちの神、主に犠牲をささげさせてください。』 3:19 しかしわたしは、強い手を用いなければ、エジプト王が行かせないことを知っている。 3:20 わたしは自ら手を下しあらゆる驚くべき業をエジプトの中で行い、これを打つ。その後初めて、王はあなたたちを去らせるであろう。

  

◎今日の一言

 

神の山ホレブでモーセに語られた神は『足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから。』と言われ、自らわたしはある。わたしはあるという者だ』と告げられたという。天皇家が引継ぐ三種の神器の一つ、「八咫の鏡」の裏面にヘブル語でこの言葉が記されている。いつ頃の物なのか不明だが戦前宮内省から依頼されて読み解いたのは元青山学院神学部旧約学者の左近義弼(よしすけ)教授であった。左近家は著名な旧約学者の家系である。私は東神大時代に当時の義慈教授、淑助教授に学んだ。日本人はもっと深く聖書に目を向けるべきであると思う。

 

☆通読聖書 : テトス書2章115節

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

   2020年6月 7日(日)

 

 

◎今日の聖句

 ヨハネ福音書3章1-13節

 

 

◆イエスとニコデモ

 3:1 さて、ファリサイ派に属する、ニコデモという人がいた。ユダヤ人たちの議員であった。 3:2 ある夜、イエスのもとに来て言った。「ラビ、わたしどもは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、だれも行うことはできないからです。」 3:3 イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」 3:4 ニコデモは言った。「年をとった者が、どうして生まれることができましょう。もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか。」 3:5 イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。 3:6 肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である。 3:7 『あなたがたは新たに生まれねばならない』とあなたに言ったことに、驚いてはならない。 3:8 風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」 3:9 するとニコデモは、「どうして、そんなことがありえましょうか」と言った。 3:10 イエスは答えて言われた。「あなたはイスラエルの教師でありながら、こんなことが分からないのか。 3:11 はっきり言っておく。わたしたちは知っていることを語り、見たことを証ししているのに、あなたがたはわたしたちの証しを受け入れない。 3:12 わたしが地上のことを話しても信じないとすれば、天上のことを話したところで、どうして信じるだろう。 3:13 天から降って来た者、すなわち人の子のほかには、天に上った者はだれもいない。

 

 

◎今日の一言

夜の訪問者ニコデモがイエスに問うた質問はおもしろい。しかしイエスの答えは明確である。『はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である。』 水に依るとは悔い改めの洗礼を受ける事である。霊とは働く神の力、すなわち神への方向転換である。歳をとって頑固に自分に固執し、この世の因果に生きている限り新生はない。しかしニコデモはその後回心しイエスの弟子になった。歳をとって回心できる人は偉い。幸か不幸か、人は歳と共に古い自分に固執するものである。キリストへの道は死の直前にまで引き延ばされている。

 

 

☆通読聖書 : ローマ書113236

 LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月 6日(土)

 

◎今日の聖句

 使徒言行録」18章1-11節

 

◆コリントで

18:1 その後、パウロはアテネを去ってコリントへ行った。 18:2 ここで、ポントス州出身のアキラというユダヤ人とその妻プリスキラに出会った。クラウディウス帝が全ユダヤ人をローマから退去させるようにと命令したので、最近イタリアから来たのである。パウロはこの二人を訪ね、 18:3 職業が同じであったので、彼らの家に住み込んで、一緒に仕事をした。その職業はテント造りであった。 18:4 パウロは安息日ごとに会堂で論じ、ユダヤ人やギリシア人の説得に努めていた。 18:5 シラスとテモテがマケドニア州からやって来ると、パウロは御言葉を語ることに専念し、ユダヤ人に対してメシアはイエスであると力強く証しした。 18:6 しかし、彼らが反抗し、口汚くののしったので、パウロは服の塵を振り払って言った。「あなたたちの血は、あなたたちの頭に降りかかれ。わたしには責任がない。今後、わたしは異邦人の方へ行く。」 18:7 パウロはそこを去り、神をあがめるティティオ・ユストという人の家に移った。彼の家は会堂の隣にあった。 18:8 会堂長のクリスポは、一家をあげて主を信じるようになった。また、コリントの多くの人々も、パウロの言葉を聞いて信じ、洗礼を受けた。 18:9 ある夜のこと、主は幻の中でパウロにこう言われた。「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。 18:10 わたしがあなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」 18:11 パウロは一年六か月の間ここにとどまって、人々に神の言葉を教えた。

 

◎今日の一言

パウロの『この町にはわたしの民が大勢いる』という言葉は大きな教会の支えである。神は正義をもって真実を暴かれる。また人を動かされる。しかしうまく嵌められて騙されることもある。韓国慰安婦問題は今後どう展開するのか、アイヌ活動資金はどうなっているのか、アンティファはどうなのか等々。混乱と破壊の時代にかつての善意が空(あだ)である事実に呆然とさせられる。手ずから働いて得た結果は決して嘘をつかない。しかし人の成果を騙して得た結果はかならず歴史が暴いてくれる。戦後日本人は戦争責任を負う国民としてまじめ過ぎたようだ。福音の精華を見誤ってはならない。

 

☆通読聖書 : テトス書1116

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月 5日(金)

  

◎今日の聖句

  ガラテヤ書3章1-5節

 

◆律法によるか、信仰によるか

 3:1 ああ、物分かりの悪いガラテヤの人たち、だれがあなたがたを惑わしたのか。目の前に、イエス・キリストが十字架につけられた姿ではっきり示されたではないか。 3:2 あなたがたに一つだけ確かめたい。あなたがたが“霊”を受けたのは、律法を行ったからですか。それとも、福音を聞いて信じたからですか。 3:3 あなたがたは、それほど物分かりが悪く、“霊”によって始めたのに、肉によって仕上げようとするのですか。 3:4 あれほどのことを体験したのは、無駄だったのですか。無駄であったはずはないでしょうに。 3:5 あなたがたに“霊”を授け、また、あなたがたの間で奇跡を行われる方は、あなたがたが律法を行ったから、そうなさるのでしょうか。それとも、あなたがたが福音を聞いて信じたからですか。

  

◎今日の一言

使徒パウロの信仰義認の教えである。律法とは「~すべし、~すべからず」の命令規定である。言われたことを全てやり遂げる人は立派な人、丈夫な人である。しかし言われたことさえやり遂げられない凡人、弱者には救いの手が必要である。行いによってではなく信仰によって救いの道が開かれる。「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」(歎異抄)の境地とも言える。

  

☆通読聖書 : Ⅱテモテ書4章9-22節

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月 4日(木)

 

◎今日の聖句

 Ⅱコリント書3章2-9節

 

3:2 わたしたちの推薦状は、あなたがた自身です。それは、わたしたちの心に書かれており、すべての人々から知られ、読まれています。 3:3 あなたがたは、キリストがわたしたちを用いてお書きになった手紙として公にされています。墨ではなく生ける神の霊によって、石の板ではなく人の心の板に、書きつけられた手紙です。 3:4 わたしたちは、キリストによってこのような確信を神の前で抱いています。 3:5 もちろん、独りで何かできるなどと思う資格が、自分にあるということではありません。わたしたちの資格は神から与えられたものです。 3:6 神はわたしたちに、新しい契約に仕える資格、文字ではなく霊に仕える資格を与えてくださいました。文字は殺しますが、霊は生かします。 3:7 ところで、石に刻まれた文字に基づいて死に仕える務めさえ栄光を帯びて、モーセの顔に輝いていたつかのまの栄光のために、イスラエルの子らが彼の顔を見つめえないほどであったとすれば、 3:8 霊に仕える務めは、なおさら、栄光を帯びているはずではありませんか。

 

◎今日の一言

キリストの贖罪に生かされ、身も心も新たにされて新しい人となることは悔い改めの洗礼を受ける事によって与えられる信仰者の恵みです。聖書のみ言葉に教えられて勝利の人生を生きる事が私達の目標です。暗い時代にこそ聖書の知恵が生かされます。

 

☆通読聖書 : Ⅱテモテ書4章1-8節

 LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月 3日(水)

 

◎今日の聖句

 エフェソ書1章11-14節

 

1:11 キリストにおいてわたしたちは、御心のままにすべてのことを行われる方の御計画によって前もって定められ、約束されたものの相続者とされました。 1:12 それは、以前からキリストに希望を置いていたわたしたちが、神の栄光をたたえるためです。 1:13 あなたがたもまた、キリストにおいて、真理の言葉、救いをもたらす福音を聞き、そして信じて、約束された聖霊で証印を押されたのです。 1:14 この聖霊は、わたしたちが御国を受け継ぐための保証であり、こうして、わたしたちは贖われて神のものとなり、神の栄光をたたえることになるのです。

 

 

◎今日の一言

米大統領が日曜日の夕方聖書をもってホワイトハウス前の放火された教会を尋ねたところ、SPにより危険だとの判断から身を引いたことが福音派クリスチャンへのパフォーマンスとしか報道しないメディアは見るに値しない。それをそのまま放送する日本の地上波に騙されてはいけない。キリストに希望を置く者は命がけで正義と秩序を守る使命を持つ。

 

 

☆通読聖書 : Ⅱテモテ書3章10-17節 

 LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月 2日(火)

  

◎今日の聖句

Ⅰコリント書14章1-5、27-40節

  

◆異言と預言

 

14:1愛を追い求めなさい。霊的な賜物、特に預言するための賜物を熱心に求めなさい。 14:2 異言を語る者は、人に向かってではなく、神に向かって語っています。それはだれにも分かりません。彼は霊によって神秘を語っているのです。 14:3 しかし、預言する者は、人に向かって語っているので、人を造り上げ、励まし、慰めます。 14:4 異言を語る者が自分を造り上げるのに対して、預言する者は教会を造り上げます。 14:5 あなたがた皆が異言を語れるにこしたことはないと思いますが、それ以上に、預言できればと思います。異言を語る者がそれを解釈するのでなければ、教会を造り上げるためには、預言する者の方がまさっています。

14:27 異言を語る者がいれば、二人かせいぜい三人が順番に語り、一人に解釈させなさい。 14:28 解釈する者がいなければ、教会では黙っていて、自分自身と神に対して語りなさい。 14:29 預言する者の場合は、二人か三人が語り、他の者たちはそれを検討しなさい。 14:30 座っている他の人に啓示が与えられたら、先に語りだしていた者は黙りなさい。 14:31 皆が共に学び、皆が共に励まされるように、一人一人が皆、預言できるようにしなさい。 14:32 預言者に働きかける霊は、預言者の意に服するはずです。 14:33 神は無秩序の神ではなく、平和の神だからです。聖なる者たちのすべての教会でそうであるように、14:34 婦人たちは、教会では黙っていなさい。婦人たちには語ることが許されていません。律法も言っているように、婦人たちは従う者でありなさい。 14:35 何か知りたいことがあったら、家で自分の夫に聞きなさい。婦人にとって教会の中で発言するのは、恥ずべきことです。 14:36 それとも、神の言葉はあなたがたから出て来たのでしょうか。あるいは、あなたがたにだけ来たのでしょうか。 14:37 自分は預言する者であるとか、霊の人であると思っている者がいれば、わたしがここに書いてきたことは主の命令であると認めなさい。 14:38 それを認めない者は、その人もまた認められないでしょう。 14:39 わたしの兄弟たち、こういうわけですから、預言することを熱心に求めなさい。そして、異言を語ることを禁じてはなりません。 14:40 しかし、すべてを適切に、秩序正しく行いなさい。

  

◎今日の一言

異言と預言の違いを知る事が正しい教会形成につながる。どちらかというとホーリネス的伝統の教会は異言を重視する。預言とは福音の証しである。教会形成の道は異言より預言であるとパウロは語る。聖なる熱狂が無秩序を産むようでは教会が誤解されると教える。確かに信仰の自由は保障されてはいるが、福音的教会形成は福音の証しによって積み上げられてきたものです。熱狂的恍惚状態は宗教的に熱心に見えても無理解と誤解を生むものとなります。パウロが14:19で「五つの言葉を理性で語る」と言ったことを学ぶべきではないでしょうか。

  

☆通読聖書 : Ⅱテモテ書3章1-9節

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年6月 1日(月)  

 

◎今日の聖句

 ヨハネ福音書20章19-23節

 

◆イエス、弟子たちに現れる

 20:19 その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。 20:20 そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。 20:21 イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」 20:22 そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。 20:23 だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」

  

◎今日の一言

「裏切りと赦し」 キリストの復活のテーマは平たく言えばこの二語である。しかしこのことは密度の高い人間関係に生きたものにしか理解されない。裏切りによって人を死に追いやったとの事は赦されざる事柄であるが、裏切られた者からの赦しが発せられるのは聖書の告知である。若い時代にこの赦しの体験を持つ事が人生を強く生きる力となる。

  

☆通読聖書 : Ⅰコリント書12章4-11節

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月31日

 

◎今日の聖句 

ヨハネ福音書14章15-27節

 

◆聖霊を与える約束

 14:15 「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る。 14:16 わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。 14:17 この方は、真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。しかし、あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。 14:18 わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。 14:19 しばらくすると、世はもうわたしを見なくなるが、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる。 14:20 かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる。 14:21 わたしの掟を受け入れ、それを守る人は、わたしを愛する者である。わたしを愛する人は、わたしの父に愛される。わたしもその人を愛して、その人にわたし自身を現す。」 14:22 イスカリオテでない方のユダが、「主よ、わたしたちには御自分を現そうとなさるのに、世にはそうなさらないのは、なぜでしょうか」と言った。 14:23 イエスはこう答えて言われた。「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。わたしの父はその人を愛され、父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住む。 14:24 わたしを愛さない者は、わたしの言葉を守らない。あなたがたが聞いている言葉はわたしのものではなく、わたしをお遣わしになった父のものである。 14:25 わたしは、あなたがたといたときに、これらのことを話した。 14:26 しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。 14:27 わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。

 

◎今日の一言

罪の負い目は清算されなければならない。しかし自ら犯した罪の重荷は負いきれず、その責任を転嫁し平常心を装い自己暗示に賭けて罪を解消しようとする。それでも心のわだかまりは消えることがない。歳を重ねれば人生とはそう言うものだと自己を正当化して過去を断ち切ろうとする。残念ながら人は老人になれば成るほど若い時の負い目古傷に心痛め、自ら黙り込んで偽善を生きる事となる。しかし信仰者は洗礼を受け、悔い改めをもってより高い高潔な人生を目指す。その為には弁護者である聖霊が働いて下さらねばならない。ペンテコステはイエスを裏切った人々の再起新生を促す日である。

 

☆通読聖書 :   使徒言行録2章1-21節

 LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月30日(土)

 

今日の聖句

 ヨハネ福音書16章5-15節

 

16:5 今わたしは、わたしをお遣わしになった方のもとに行こうとしているが、あなたがたはだれも、『どこへ行くのか』と尋ねない。 16:6 むしろ、わたしがこれらのことを話したので、あなたがたの心は悲しみで満たされている。 16:7 しかし、実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る。 16:8 その方が来れば、罪について、義について、また、裁きについて、世の誤りを明らかにする。 16:9 罪についてとは、彼らがわたしを信じないこと、 16:10 義についてとは、わたしが父のもとに行き、あなたがたがもはやわたしを見なくなること、 16:11 また、裁きについてとは、この世の支配者が断罪されることである。 16:12 言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。 16:13 しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。 16:14 その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである。 16:15 父が持っておられるものはすべて、わたしのものである。だから、わたしは、『その方がわたしのものを受けて、あなたがたに告げる』と言ったのである。」

 

今日の一言

復活祭の後50日目にキリストの約束通り聖霊が降った。ペンテコステ(聖霊降臨日)は50日を意味するギリシャ語である。弁護者(パラクレートス)は真理の霊と呼ばれる。聖霊は風(プニューマ)とも言われ、目には見えないがその現象を確認することができる。サタンの霊は人を破壊と死へと追いやるが聖霊は命と調和へと人々を導く。悪霊は人々を恐怖へと追いやるが聖霊は感謝と喜び、平和へと人々をいざなう。霊は見えないがその力が生に向かう働きか死へ向かう動きなのか、形成に向かうか破滅に至るかをよく見極めなければならない。

 

通読聖書 : Ⅱテモテ書2章14-20節

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月29日

 

 

◎今日の聖句 

  エフェソ書1章15-23節

 

◆パウロの祈り

 1:15 こういうわけで、わたしも、あなたがたが主イエスを信じ、すべての聖なる者たちを愛していることを聞き、 1:16 祈りの度に、あなたがたのことを思い起こし、絶えず感謝しています。 1:17 どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の源である御父が、あなたがたに知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることができるようにし、 1:18 心の目を開いてくださるように。そして、神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように。 1:19 また、わたしたち信仰者に対して絶大な働きをなさる神の力が、どれほど大きなものであるか、悟らせてくださるように。 1:20 神は、この力をキリストに働かせて、キリストを死者の中から復活させ、天において御自分の右の座に着かせ、 1:21 すべての支配、権威、勢力、主権の上に置き、今の世ばかりでなく、来るべき世にも唱えられるあらゆる名の上に置かれました。 1:22 神はまた、すべてのものをキリストの足もとに従わせ、キリストをすべてのものの上にある頭として教会にお与えになりました。 1:23 教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です。

 

 

◎今日の一言

使徒パウロの信仰的確信は歴史に誕生したキリスト教会の働きにおいて明確に認識される。ローマ帝国の迫害下においても屈しなかった信仰者の告白が見事に教会建築において結実している。『神はまた、すべてのものをキリストの足もとに従わせ、キリストをすべてのものの上にある頭として教会にお与えになりました。教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です。』とのパウロの信仰が日本にも息づいていることを感謝しよう。私達は大きな福音に生かされて常に希望をもって生きているのです。

 

 

☆通読聖書 :  Ⅱテモテ書2章1-13節

  

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月28日

   

◎今日の聖句

使徒言行録1章12-26節

 

◆マティアの選出

 1:12 使徒たちは、「オリーブ畑」と呼ばれる山からエルサレムに戻って来た。この山はエルサレムに近く、安息日にも歩くことが許される距離の所にある。 1:13 彼らは都に入ると、泊まっていた家の上の部屋に上がった。それは、ペトロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレ、フィリポ、トマス、バルトロマイ、マタイ、アルファイの子ヤコブ、熱心党のシモン、ヤコブの子ユダであった。 1:14 彼らは皆、婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟たちと心を合わせて熱心に祈っていた。 1:15 そのころ、ペトロは兄弟たちの中に立って言った。百二十人ほどの人々が一つになっていた。 1:16 「兄弟たち、イエスを捕らえた者たちの手引きをしたあのユダについては、聖霊がダビデの口を通して預言しています。この聖書の言葉は、実現しなければならなかったのです。1:17 ユダはわたしたちの仲間の一人であり、同じ任務を割り当てられていました。 1:18 ところで、このユダは不正を働いて得た報酬で土地を買ったのですが、その地面にまっさかさまに落ちて、体が真ん中から裂け、はらわたがみな出てしまいました。 1:19 このことはエルサレムに住むすべての人に知れ渡り、その土地は彼らの言葉で『アケルダマ』、つまり、『血の土地』と呼ばれるようになりました。 1:20 詩編にはこう書いてあります。『その住まいは荒れ果てよ、/そこに住む者はいなくなれ。』/また、/『その務めは、ほかの人が引き受けるがよい。』 1:21 -22そこで、主イエスがわたしたちと共に生活されていた間、つまり、ヨハネの洗礼のときから始まって、わたしたちを離れて天に上げられた日まで、いつも一緒にいた者の中からだれか一人が、わたしたちに加わって、主の復活の証人になるべきです。」 1:23 そこで人々は、バルサバと呼ばれ、ユストともいうヨセフと、マティアの二人を立てて、 1:24 次のように祈った。「すべての人の心をご存じである主よ、この二人のうちのどちらをお選びになったかを、お示しください。 1:25 ユダが自分の行くべき所に行くために離れてしまった、使徒としてのこの任務を継がせるためです。」 1:26 二人のことでくじを引くと、マティアに当たったので、この人が十一人の使徒の仲間に加えられることになった。

 

 

◎今日の一言

エルサレムの二階の部屋は弟子たちが生前イエスと最後の晩餐を祝った場所である。かなりの大広間である。実は一階にはダビデの棺が置かれていて伝統的にトーラーが備えられている。神殿の南に位置するダビデの町である。いわばキリスト教が誕生した由緒ある記念の場所と言って良い。二度の聖地旅行を通じて初代教会の息吹を味わった場所でもある。イスカリオテのユダの悲惨な死後弟子たちが新しい使徒マティアを加え聖霊降臨(ペンテコステ)の祝福に与かり福音宣教にいで立つ備えをした。わずか120人の信者たちにより世界大の教会へと発展したことは神の奇跡である。世界の教会この時を迎えてコロナに打ち勝つ勝利の信仰を味わう事となる。

  

☆通読聖書 : Ⅱテモテ書1章13-18節

  

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月27日

 

◎今日の聖句  

  イザヤ書32章11-18節

 

32:11 憂いなき女たちはおののく/安んじている女たちは慌てふためく。衣を脱ぎ、裸になって/腰に粗布をまとえ。 32:12 ぶどう畑のために、胸を打って嘆け/美しい畑、実り豊かであったぶどうの木のために 32:13 茨といらくさに覆われたわが民の畑のために/喜びの家、陽気な町のために。 32:14 宮殿は捨てられ、町のにぎわいはうせ/見張りの塔のある砦の丘は/とこしえに裸の山となり/野ろばが喜び/家畜の群れが草をはむ所となる。

 ◆神の霊の働き

 32:15 ついに、我々の上に/霊が高い天から注がれる。荒れ野は園となり/園は森と見なされる。 32:16 そのとき、荒れ野に公平が宿り/園に正義が住まう。32:17 正義が造り出すものは平和であり/正義が生み出すものは/とこしえに安らかな信頼である。 32:18 わが民は平和の住みか、安らかな宿/憂いなき休息の場所に住まう。

 

◎今日の一言

荒れ野は園となり園は森と見なされる。そのとき、荒れ野に公平が宿り園に正義が住まう。』 破局の中でイザヤは新しい神のアイオーン(相)を垣間見る。危機の時代に次の活動を計画できる人は幸いである。コロナが終息する時、私は新しいヴィジョンを生きる者となる。WRCJが2019年最高の成果を収めることができたのはラガーマンたちにとって無窮の歓喜であった。この経験から新しいアイオーン(歴史の相)が開かれないはずがない。オリンピックが悲惨なものとならないよう祈りたい。

  

☆通読聖書 : Ⅱテモテ1章1-12節

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月26日

 

◎今日の聖句 

Ⅰヨハネ書4章1-6節

    

◆偽りの霊と真実の霊

4:1 愛する者たち、どの霊も信じるのではなく、神から出た霊かどうかを確かめなさい。偽預言者が大勢世に出て来ているからです。 4:2 イエス・キリストが肉となって来られたということを公に言い表す霊は、すべて神から出たものです。このことによって、あなたがたは神の霊が分かります。 4:3 イエスのことを公に言い表さない霊はすべて、神から出ていません。これは、反キリストの霊です。かねてあなたがたは、その霊がやって来ると聞いていましたが、今や既に世に来ています。 4:4 子たちよ、あなたがたは神に属しており、偽預言者たちに打ち勝ちました。なぜなら、あなたがたの内におられる方は、世にいる者よりも強いからです。 4:5 偽預言者たちは世に属しており、そのため、世のことを話し、世は彼らに耳を傾けます。 4:6 わたしたちは神に属する者です。神を知る人は、わたしたちに耳を傾けますが、神に属していない者は、わたしたちに耳を傾けません。これによって、真理の霊と人を惑わす霊とを見分けることができます。

 

◎今日の一言

初代教会は誕生の時からすでに多くの偽預言者、偽伝道者、偽信徒たちに惑わされていました。その中で彼らが獲得した正しい福音は①キリストの十字架(自己犠牲)に基づく教えか、②人間の思いではなく、神の霊から出たものかを識別する信仰の目を持ったことです。不安と困窮の時代は偽預言者が跳梁跋扈する時です。甘い言葉に惑わされないよう真理の霊を求めて真理の目をもって生きましょう。

 

☆通読聖書 : Ⅰテモテ書6章17-21節

  

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月25日

  

◎今日の聖句 

  エゼキエル書11章14-20節

 

11:14 主の言葉がわたしに臨んだ。 11:15 「人の子よ、エルサレムの住民は、あなたの兄弟たち、すなわちあなたの親族である兄弟たち、およびイスラエルの家のすべての者に対して言っている。『主から遠く離れておれ。この土地は我々の所有地として与えられている。』 11:16 それゆえ、あなたは言わねばならない。主なる神はこう言われる。『確かに、わたしは彼らを遠くの国々に追いやり、諸国に散らした。しかしわたしは、彼らが行った国々において、彼らのためにささやかな聖所となった。』 11:17 それゆえ、あなたは言わねばならない。主なる神はこう言われる。『わたしはお前たちを諸国の民の間から集め、散らされていた諸国から呼び集め、イスラエルの土地を与える。 11:18 彼らは帰って来て、あらゆる憎むべきものと、あらゆる忌まわしいものをその地から取り除く。 11:19 わたしは彼らに一つの心を与え、彼らの中に新しい霊を授ける。わたしは彼らの肉から石の心を除き、肉の心を与える。 11:20 彼らがわたしの掟に従って歩み、わたしの法を守り行うためである。こうして、彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。

  

◎今日の一言

バビロン捕囚の民に対して預言者エゼキエルは神の霊によって捕囚の中から新しい民を起こし荒廃に帰したエルサレムに新しい聖所を作ると預言する。彼らの肉から石の心を除き、肉の心を与えると言われた。聖書の民は常に石の心ではなく肉の心をもって生きる事が求められている。それは隣人愛に生き、絆を大事にする生き方である。

  

☆通読聖書 :  Ⅰテモテ書6章11-16節

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月24日

 

 

◎今日の聖句 

  ヨハネ福音書6章5-15節

 

16:5 今わたしは、わたしをお遣わしになった方のもとに行こうとしているが、あなたがたはだれも、『どこへ行くのか』と尋ねない。 16:6 むしろ、わたしがこれらのことを話したので、あなたがたの心は悲しみで満たされている。 16:7 しかし、実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る。 16:8 その方が来れば、罪について、義について、また、裁きについて、世の誤りを明らかにする。 16:9 罪についてとは、彼らがわたしを信じないこと、 16:10 義についてとは、わたしが父のもとに行き、あなたがたがもはやわたしを見なくなること、 16:11 また、裁きについてとは、この世の支配者が断罪されることである。 16:12 言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。 16:13 しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。 16:14 その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである。 16:15 父が持っておられるものはすべて、わたしのものである。だから、わたしは、『その方がわたしのものを受けて、あなたがたに告げる』と言ったのである。」

 

◎今日の一言

キリストが昇天前に弟子たちに約束された真理の霊は弁護者(パラクレートス)と言われる。パラとカレオーからなるギリシャ語で、ひざまずいて聞くと言う意味を持つ。涙する幼子に幼稚園の先生が「どうしたの、大丈夫よ」と跪いて話を聞いてくれる様子を表す。助け主、弁護者とは常に私達の傍らにいて信仰者を弁護して下さる。聖霊の風が早く大きく世界を覆うように祈りたい。

 

☆通読聖書 : エフェソ書3章14-21節

 

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月23日

 

 

◎今日の聖句

  ヨハネ黙示録4章1-11節

 

◆天上の礼拝

 4:1 その後、わたしが見ていると、見よ、開かれた門が天にあった。そして、ラッパが響くようにわたしに語りかけるのが聞こえた、あの最初の声が言った。「ここへ上って来い。この後必ず起こることをあなたに示そう。」 4:2 わたしは、たちまち“霊”に満たされた。すると、見よ、天に玉座が設けられていて、その玉座の上に座っている方がおられた。 4:3 その方は、碧玉や赤めのうのようであり、玉座の周りにはエメラルドのような虹が輝いていた。 4:4 また、玉座の周りに二十四の座があって、それらの座の上には白い衣を着て、頭に金の冠をかぶった二十四人の長老が座っていた。 4:5 玉座からは、稲妻、さまざまな音、雷が起こった。また、玉座の前には、七つのともし火が燃えていた。これは神の七つの霊である。 4:6 また、玉座の前は、水晶に似たガラスの海のようであった。この玉座の中央とその周りに四つの生き物がいたが、前にも後ろにも一面に目があった。 4:7 第一の生き物は獅子のようであり、第二の生き物は若い雄牛のようで、第三の生き物は人間のような顔を持ち、第四の生き物は空を飛ぶ鷲のようであった。 4:8 この四つの生き物には、それぞれ六つの翼があり、その周りにも内側にも、一面に目があった。彼らは、昼も夜も絶え間なく言い続けた。「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、/全能者である神、主、/かつておられ、今おられ、やがて来られる方。」 4:9 玉座に座っておられ、世々限りなく生きておられる方に、これらの生き物が、栄光と誉れをたたえて感謝をささげると、 4:10 二十四人の長老は、玉座に着いておられる方の前にひれ伏して、世々限りなく生きておられる方を礼拝し、自分たちの冠を玉座の前に投げ出して言った。 4:11 「主よ、わたしたちの神よ、/あなたこそ、/栄光と誉れと力とを受けるにふさわしい方。あなたは万物を造られ、/御心によって万物は存在し、/また創造されたからです。」

 

 

◎今日の一言

エーゲ海のパトモス島に幽閉されていた長老ヨハネが見た天の玉座の様子が描かれる。白い衣を着た人々が人の子に仕え、二十四人の長老と四つの生き物がいたと言う。ドミティアヌス帝の迫害の下、多くのキリスト者がその信仰を確認した様子が描かれる。四人の福音書記者たちの賛美の歌声が響く。「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能者である神、主、かつておられ、今おられ、やがて来られる方。」 賛美の歌声に続き、 「主よ、わたしたちの神よ、あなたこそ、栄光と誉れと力とを受けるにふさわしい方。あなたは万物を造られ、御心によって万物は存在し、また創造されたからです。」との信仰告白がなされる。苦境の渦中でも信仰の勝利を歌い上げることは敗北ではなく栄光の教会の伝統である。

 

 ☆通読聖書 :   Ⅰテモテ書6章1-10節

 

             LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月22日

 

 

◎今日の聖句

ヨハネ福音書18章33-38節 

 

18:33 そこで、ピラトはもう一度官邸に入り、イエスを呼び出して、「お前がユダヤ人の王なのか」と言った。 18:34 イエスはお答えになった。「あなたは自分の考えで、そう言うのですか。それとも、ほかの者がわたしについて、あなたにそう言ったのですか。」 18:35 ピラトは言い返した。「わたしはユダヤ人なのか。お前の同胞や祭司長たちが、お前をわたしに引き渡したのだ。いったい何をしたのか。」 18:36 イエスはお答えになった。「わたしの国は、この世には属していない。もし、わたしの国がこの世に属していれば、わたしがユダヤ人に引き渡されないように、部下が戦ったことだろう。しかし、実際、わたしの国はこの世には属していない。」 18:37 そこでピラトが、「それでは、やはり王なのか」と言うと、イエスはお答えになった。「わたしが王だとは、あなたが言っていることです。わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。」 18:38 ピラトは言った。「真理とは何か。」

 

 

 

◎今日の一言

『わたしが王だとは、あなたが言っていることです。わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。』 総督ピラトの尋問に対してイエスが答えた有名な言葉である。これに対してピラトは『真理とは何か。』と言って責任を放棄し、判定を民衆に委ねた。いつの世も責任を放棄する人にキリストの言葉は理解されない。正義と愛に生きる人のみが深く福音の真理を受け留める事となる。

 

 

☆通読聖書 : Ⅰテモテ書5章17-25節

 

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月21日

 

 

◎今日の聖句

  ルカ福音書24章44-53節 

 

 

24:44 イエスは言われた。「わたしについてモーセの律法と預言者の書と詩編に書いてある事柄は、必ずすべて実現する。これこそ、まだあなたがたと一緒にいたころ、言っておいたことである。」 24:45 そしてイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて、 24:46 言われた。「次のように書いてある。『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。 24:47 また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる』と。エルサレムから始めて、 24:48 あなたがたはこれらのことの証人となる。 24:49 わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい。」

 

 ◆天に上げられる

 24:50 イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。 24:51 そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。 24:52 彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに帰り、 24:53 絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた。       

 

 

◎今日の一言

 

エルサレム神殿の東側、キディロンの谷を越えベタニアに向かうオリブ山の一辺にキリスト昇天の岩がある。その岩の上に立ち昇天をまねて飛び跳ねたが大きな変化はなかった。しかし弟子たちが喜びに満たされてエルサレムに戻ったように大きな喜びに満たされたことは確かだ。若かりし日の旅の思い出である。若い時から本物の体験をすることは確かに人生を豊かにする。キリストを信じて生きる事に嘘はなかった。

 

 

☆通読聖書 : フィリピ書2章6-11節

 

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月20日

 

 

◎今日の聖句 

  マルコ福音書9章14-29節

 

 

◆汚れた霊に取りつかれた子をいやす

 9:14 一同がほかの弟子たちのところに来てみると、彼らは大勢の群衆に取り囲まれて、律法学者たちと議論していた。 9:15 群衆は皆、イエスを見つけて非常に驚き、駆け寄って来て挨拶した。 9:16 イエスが、「何を議論しているのか」とお尋ねになると、 9:17 群衆の中のある者が答えた。「先生、息子をおそばに連れて参りました。この子は霊に取りつかれて、ものが言えません。 9:18 霊がこの子に取りつくと、所かまわず地面に引き倒すのです。すると、この子は口から泡を出し、歯ぎしりして体をこわばらせてしまいます。この霊を追い出してくださるようにお弟子たちに申しましたが、できませんでした。」 9:19 イエスはお答えになった。「なんと信仰のない時代なのか。いつまでわたしはあなたがたと共にいられようか。いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか。その子をわたしのところに連れて来なさい。」 9:20 人々は息子をイエスのところに連れて来た。霊は、イエスを見ると、すぐにその子を引きつけさせた。その子は地面に倒れ、転び回って泡を吹いた。 9:21 イエスは父親に、「このようになったのは、いつごろからか」とお尋ねになった。父親は言った。「幼い時からです。9:22 霊は息子を殺そうとして、もう何度も火の中や水の中に投げ込みました。おできになるなら、わたしどもを憐れんでお助けください。」 9:23 イエスは言われた。「『できれば』と言うか。信じる者には何でもできる。」 9:24 その子の父親はすぐに叫んだ。「信じます。信仰のないわたしをお助けください。」 9:25 イエスは、群衆が走り寄って来るのを見ると、汚れた霊をお叱りになった。「ものも言わせず、耳も聞こえさせない霊、わたしの命令だ。この子から出て行け。二度とこの子の中に入るな。」 9:26 すると、霊は叫び声をあげ、ひどく引きつけさせて出て行った。その子は死んだようになったので、多くの者が、「死んでしまった」と言った。 9:27 しかし、イエスが手を取って起こされると、立ち上がった。 9:28 イエスが家の中に入られると、弟子たちはひそかに、「なぜ、わたしたちはあの霊を追い出せなかったのでしょうか」と尋ねた。 9:29 イエスは、「この種のものは、祈りによらなければ決して追い出すことはできないのだ」と言われた。

 

 

 

◎今日の一言

 

幼い時から病気に苦しめられる子供達またその家族の重荷は今も昔も変わらない。特に世の偏見と差別で多くの家族は二重三重の苦しみを負っている。イエスの福音はすべての生きとし生きる方々に平等の平安をもたらすものである。教会はすべての人々に開かれた祈りの場である。イエスは権威をもってこの子を癒され、家族に驚きと平安を与えられた。弟子たちはこの事実を理解できなかったと言う。イエスがもたらす神の権威は悩む者苦しむ者の道を開く。また弟子たちの無理解と不信仰を厳しく糺されたとある。ヨハネ福音書9章には盲目の人への癒しは神の業が現れるためであると教えている。祈りのあるところに奇跡は起こる。

 

 

 

☆通読聖書 : Ⅰテモテ書5章3-16節

 

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月19日

 

 

◎今日の聖句

  ルカ福音書18章1-8節 

 

 

◆「やもめと裁判官」のたとえ

 18:1 イエスは、気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教えるために、弟子たちにたとえを話された。 18:2 「ある町に、神を畏れず人を人とも思わない裁判官がいた。 18:3 ところが、その町に一人のやもめがいて、裁判官のところに来ては、『相手を裁いて、わたしを守ってください』と言っていた。 18:4 裁判官は、しばらくの間は取り合おうとしなかった。しかし、その後に考えた。『自分は神など畏れないし、人を人とも思わない。 18:5 しかし、あのやもめは、うるさくてかなわないから、彼女のために裁判をしてやろう。さもないと、ひっきりなしにやって来て、わたしをさんざんな目に遭わすにちがいない。』」 18:6 それから、主は言われた。「この不正な裁判官の言いぐさを聞きなさい。 18:7 まして神は、昼も夜も叫び求めている選ばれた人たちのために裁きを行わずに、彼らをいつまでもほうっておかれることがあろうか。 18:8 言っておくが、神は速やかに裁いてくださる。しかし、人の子が来るとき、果たして地上に信仰を見いだすだろうか。」

 

 

◎今日の一言

 

聖書は『気を落とさずに絶えず祈れ』と教える。不思議なことだが絶やさず祈り続けるうちに心が整理され、必要なことは何か、手順はどうか、プライオリティ-はどうか等々逆に問いかけられる。信仰をもって祈る時神はかならず祈りに答えて下さる。さらにマルコでは『祈り求めるものはすべて既に得られたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる。』(11:24)と約束されている。

 

 

 

☆通読聖書 : Ⅰテモテ書4章6節-5章2節

 

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月18日

 

◎今日の聖句

 マルコ福音書1章32-39節

 

 

1:32 夕方になって日が沈むと、人々は、病人や悪霊に取りつかれた者を皆、イエスのもとに連れて来た。 1:33 町中の人が、戸口に集まった。 1:34 イエスは、いろいろな病気にかかっている大勢の人たちをいやし、また、多くの悪霊を追い出して、悪霊にものを言うことをお許しにならなかった。悪霊はイエスを知っていたからである。

 

 ◆巡回して宣教する

 1:35 朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた。 1:36 シモンとその仲間はイエスの後を追い、 1:37 見つけると、「みんなが捜しています」と言った。 1:38 イエスは言われた。「近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである。」1:39 そして、ガリラヤ中の会堂に行き、宣教し、悪霊を追い出された。

 

 

◎今日の一言

 

なぜ人々は夕方、日が沈んでから病人や悪霊につかれた者をイエスの下に連れて来たのか。ユダヤでは安息日は主の日であって癒しを行うことができなかった。同時に日没は新しい一日の始まりで、人々はその時を待ってイエスの所に押し掛けたのである。イエスは病める人々を救うために夜遅くまで働き、朝早くから宣教の為に活動されたことが偲ばれる。イエスの働きと福音宣教に手抜きは見えない。

 

 

 

☆通読聖書  :  Ⅰテモテ4章1-5節

 

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月17日

 

◎今日の聖句

 ルカ福音書11章1-13節

 

 

◆祈るときには

 1:1 イエスはある所で祈っておられた。祈りが終わると、弟子の一人がイエスに、「主よ、ヨハネが弟子たちに教えたように、わたしたちにも祈りを教えてください」と言った。 11:2 そこで、イエスは言われた。「祈るときには、こう言いなさい。『父よ、/御名が崇められますように。御国が来ますように。 11:3 わたしたちに必要な糧を毎日与えてください。 11:4 わたしたちの罪を赦してください、/わたしたちも自分に負い目のある人を/皆赦しますから。わたしたちを誘惑に遭わせないでください。』」 11:5 また、弟子たちに言われた。「あなたがたのうちのだれかに友達がいて、真夜中にその人のところに行き、次のように言ったとしよう。『友よ、パンを三つ貸してください。 11:6 旅行中の友達がわたしのところに立ち寄ったが、何も出すものがないのです。』 11:7 すると、その人は家の中から答えるにちがいない。『面倒をかけないでください。もう戸は閉めたし、子供たちはわたしのそばで寝ています。起きてあなたに何かをあげるわけにはいきません。』 11:8 しかし、言っておく。その人は、友達だからということでは起きて何か与えるようなことはなくても、しつように頼めば、起きて来て必要なものは何でも与えるであろう。 11:9 そこで、わたしは言っておく。求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。 11:10 だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。 11:11 あなたがたの中に、魚を欲しがる子供に、魚の代わりに蛇を与える父親がいるだろうか。 11:12 また、卵を欲しがるのに、さそりを与える父親がいるだろうか。 11:13 このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる。」

 

 

◎今日の一言

 

イエスが弟子たちに教えた『主の祈り』は人間にとって平和に生きる事を願う最高の祈りである。キリスト教学校に学ぶ者は日本語英語の両方で暗記させられる。この祈りは人生の危機に際しても必ず聞かれる最善のものである。残念ながら、困った時の神頼みの祈りは聞かれない。しかし信仰者は常に神と共に生きる者であるゆえに困難な時にこそよく祈る。十字架上のキリストの最後は祈りであった。前半は神を信じ地上に御国が来るように願い、後半は食物の確保と罪の赦し、サタンの誘惑からの回避である。キリスト者は再度この祈りを覚えて苦難を乗り切ることが求められている。

 

 

☆通読聖書  :  コロサイ書2章6-7節

 

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月16日(土)

 

◎今日の聖句

 ヨハネ福音書6章60-69節

 

 

◆永遠の命の言葉

 6:60 ところで、弟子たちの多くの者はこれを聞いて言った。「実にひどい話だ。だれが、こんな話を聞いていられようか。」 6:61 イエスは、弟子たちがこのことについてつぶやいているのに気づいて言われた。「あなたがたはこのことにつまずくのか。 6:62 それでは、人の子がもといた所に上るのを見るならば。 6:63 命を与えるのは“霊”である。肉は何の役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、命である。 6:64 しかし、あなたがたのうちには信じない者たちもいる。」イエスは最初から、信じない者たちがだれであるか、また、御自分を裏切る者がだれであるかを知っておられたのである。 6:65 そして、言われた。「こういうわけで、わたしはあなたがたに、『父からお許しがなければ、だれもわたしのもとに来ることはできない』と言ったのだ。」 6:66 このために、弟子たちの多くが離れ去り、もはやイエスと共に歩まなくなった。 6:67 そこで、イエスは十二人に、「あなたがたも離れて行きたいか」と言われた。 6:68 シモン・ペトロが答えた。「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。 6:69 あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています。」

 

 

◎今日の一言

 

霊的な言葉を受容れる人は少ない。霊とは聖霊であり見えざる神の働きである。しかしこの働きを受け容れる事がなければ日々の命は無に帰する。聖霊の働きは信仰を得ることによって見えてくる神の勝利の成果である。それ以外のものは悪魔の働きであって人の魂の救済にまで至ることがない。この世の霊は人を破滅に導くものであって、人を惑わせ死に至らせる。うわべの事だけで事柄を判断してしまうと必ず失敗する。上なるものとの結びつきが人生を正しく導く。それが永遠の命の言葉である。

 

 

 

☆通読聖書  :  Ⅰテモテ書3章14-16節

 

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月15日

 

◎今日の聖句

 ヨハネ黙示録5章6-14節

 

5:6 わたしはまた、玉座と四つの生き物の間、長老たちの間に、屠られたような小羊が立っているのを見た。小羊には七つの角と七つの目があった。この七つの目は、全地に遣わされている神の七つの霊である。 5:7 小羊は進み出て、玉座に座っておられる方の右の手から、巻物を受け取った。 5:8 巻物を受け取ったとき、四つの生き物と二十四人の長老は、おのおの、竪琴と、香のいっぱい入った金の鉢とを手に持って、小羊の前にひれ伏した。この香は聖なる者たちの祈りである。 5:9 そして、彼らは新しい歌をうたった。「あなたは、巻物を受け取り、/その封印を開くのにふさわしい方です。あなたは、屠られて、/あらゆる種族と言葉の違う民、/あらゆる民族と国民の中から、/御自分の血で、神のために人々を贖われ、 5:10 彼らをわたしたちの神に仕える王、/また、祭司となさったからです。彼らは地上を統治します。」 5:11 また、わたしは見た。そして、玉座と生き物と長老たちとの周りに、多くの天使の声を聞いた。その数は万の数万倍、千の数千倍であった。 5:12 天使たちは大声でこう言った。「屠られた小羊は、/力、富、知恵、威力、/誉れ、栄光、そして賛美を/受けるにふさわしい方です。」 5:13 また、わたしは、天と地と地の下と海にいるすべての被造物、そして、そこにいるあらゆるものがこう言うのを聞いた。「玉座に座っておられる方と小羊とに、/賛美、誉れ、栄光、そして権力が、/世々限りなくありますように。」 5:14 四つの生き物は「アーメン」と言い、長老たちはひれ伏して礼拝した。

 

 

◎今日の一言

 

四つの生き物とは獅子、若い雄牛、人間、鷲に象徴されるマルコ、ルカ、マタイ、ヨハネの四福音書記者たちである。小羊は贖罪の主イエス・キリスト、玉座に座っておられる方は全能の神。黙示録の記者長老ヨハネはローマ帝国の迫害の中にもキリストにおいて示された信仰の勝利と栄光を宇宙的スケールにおいて描写します。苦難の中で勝利を見る事の出来る人は幸いな人です。聖書の信仰を侮ってはいけません。

 

 

☆通読聖書  :  Ⅰテモテ書3章1-13節

  

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月14日 (

 

◎今日の聖句

 Ⅰコリント書14章6-19節

 

14:6 だから兄弟たち、わたしがあなたがたのところに行って異言を語ったとしても、啓示か知識か預言か教えかによって語らなければ、あなたがたに何の役に立つでしょう。 14:7 笛であれ竪琴であれ、命のない楽器も、もしその音に変化がなければ、何を吹き、何を弾いているのか、どうして分かるでしょう。 14:8 ラッパがはっきりした音を出さなければ、だれが戦いの準備をしますか。 14:9 同じように、あなたがたも異言で語って、明確な言葉を口にしなければ、何を話しているか、どうして分かってもらえましょう。空に向かって語ることになるからです。 14:10 世にはいろいろな種類の言葉があり、どれ一つ意味を持たないものはありません。 14:11 だから、もしその言葉の意味が分からないとなれば、話し手にとってわたしは外国人であり、わたしにとってその話し手も外国人であることになります。 14:12 あなたがたの場合も同じで、霊的な賜物を熱心に求めているのですから、教会を造り上げるために、それをますます豊かに受けるように求めなさい。 14:13 だから、異言を語る者は、それを解釈できるように祈りなさい。 14:14 わたしが異言で祈る場合、それはわたしの霊が祈っているのですが、理性は実を結びません。 14:15 では、どうしたらよいのでしょうか。霊で祈り、理性でも祈ることにしましょう。霊で賛美し、理性でも賛美することにしましょう。 14:16 さもなければ、仮にあなたが霊で賛美の祈りを唱えても、教会に来て間もない人は、どうしてあなたの感謝に「アーメン」と言えるでしょうか。あなたが何を言っているのか、彼には分からないからです。 14:17 あなたが感謝するのは結構ですが、そのことで他の人が造り上げられるわけではありません。 14:18 わたしは、あなたがたのだれよりも多くの異言を語れることを、神に感謝します。 14:19 しかし、わたしは他の人たちをも教えるために、教会では異言で一万の言葉を語るより、理性によって五つの言葉を語る方をとります。

 

 

◎今日の一言

コリントの人々に対して語る使徒パウロの明晰さはずば抜けている。信仰と理性を十分に使い分けて、宗教的異言を多く語ってもギリシャ人には通じないと言う。彼はむしろ理性によって五つの言葉を語ると言う。『イエス・キリスト・神の子・救い主』との言葉が教会で説教される時、教会はこの世の救いの拠点となる。魚(イクトゥス)をもってキリストを証しする信仰の歴史が今の世を救う力となるなるのです。旗幟を鮮明にしてラッパを吹くことが常に指揮官に求められるところである。

 

 

☆通読聖書  :  Ⅰテモテ書2章8-15

  

LOSUNGEN『日々の聖句』

      2020年5月13日(        

 

◎今日の聖句

 ローマ書15章14-21節

 

 

◆宣教者パウロの使命

 15:14 兄弟たち、あなたがた自身は善意に満ち、あらゆる知識で満たされ、互いに戒め合うことができると、このわたしは確信しています。 15:15 記憶を新たにしてもらおうと、この手紙ではところどころかなり思い切って書きました。それは、わたしが神から恵みをいただいて、 15:16 異邦人のためにキリスト・イエスに仕える者となり、神の福音のために祭司の役を務めているからです。そしてそれは、異邦人が、聖霊によって聖なるものとされた、神に喜ばれる供え物となるためにほかなりません。 15:17 そこでわたしは、神のために働くことをキリスト・イエスによって誇りに思っています。 15:18 キリストがわたしを通して働かれたこと以外は、あえて何も申しません。キリストは異邦人を神に従わせるために、わたしの言葉と行いを通して、 15:19 また、しるしや奇跡の力、神の霊の力によって働かれました。こうしてわたしは、エルサレムからイリリコン州まで巡って、キリストの福音をあまねく宣べ伝えました。 15:20 このようにキリストの名がまだ知られていない所で福音を告げ知らせようと、わたしは熱心に努めてきました。それは、他人の築いた土台の上に建てたりしないためです。 15:21 「彼のことを告げられていなかった人々が見、/聞かなかった人々が悟るであろう」と書いてあるとおりです。

 

 

◎今日の一言

 

異邦人の使徒としてパウロはローマに向かう決意をしました。キリスト者として福音の真理に触れ、一人でも多くの異邦人を救いたいと願ったのです。肉体の癒しは医学の果たすところですが、魂の霊的救済はキリストの福音によらなければ得られません。キリストの働きに神の救済のすべてが明らかにされているのです。それは同時に人生の究極の目的を明らかにします。生か死か、勝利か敗北か、パウロが示した福音、すなわちキリストによる贖罪があって初めて明らかにされることなのです。

 

 

☆通読聖書  :  Ⅰテモテ書2章1-7節

 

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

 

2020年4月23日(木)

 

 

◎今日の聖句 ヨハネ福音書17章9-19節

17:9 彼らのためにお願いします。世のためではなく、わたしに与えてくださった人々のためにお願いします。彼らはあなたのものだからです。 17:10 わたしのものはすべてあなたのもの、あなたのものはわたしのものです。わたしは彼らによって栄光を受けました。 17:11 わたしは、もはや世にはいません。彼らは世に残りますが、わたしはみもとに参ります。聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください。わたしたちのように、彼らも一つとなるためです。 17:12 わたしは彼らと一緒にいる間、あなたが与えてくださった御名によって彼らを守りました。わたしが保護したので、滅びの子のほかは、だれも滅びませんでした。聖書が実現するためです。 17:13 しかし、今、わたしはみもとに参ります。世にいる間に、これらのことを語るのは、わたしの喜びが彼らの内に満ちあふれるようになるためです。 17:14 わたしは彼らに御言葉を伝えましたが、世は彼らを憎みました。わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないからです。 17:15 わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです。 17:16 わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないのです。 17:17 真理によって、彼らを聖なる者としてください。あなたの御言葉は真理です。 17:18 わたしを世にお遣わしになったように、わたしも彼らを世に遣わしました。 17:19 彼らのために、わたしは自分自身をささげます。彼らも、真理によってささげられた者となるためです。

  

◎今日の一言

贖罪のキリストが信仰者一人一人を深く慰められるのです。苦しみと痛みの中で執り成しの業を示された十字架の主が救いを求めるすべての人々に慰めと励ましを与え祝福してくださるように祈ります。

 

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月11(月)

 

◎今日の聖句 出エジプト記15章1-21節

 

 

◆エジプトでのイスラエル人

 

 1:1 ヤコブと共に一家を挙げてエジプトへ下ったイスラエルの子らの名前は次のとおりである。 1:2 ルベン、シメオン、レビ、ユダ、 1:3 イサカル、ゼブルン、ベニヤミン、 1:4 ダン、ナフタリ、ガド、アシェル。 1:5 ヤコブの腰から出た子、孫の数は全部で七十人であった。ヨセフは既にエジプトにいた。 1:6 ヨセフもその兄弟たちも、その世代の人々も皆、死んだが、 1:7 イスラエルの人々は子を産み、おびただしく数を増し、ますます強くなって国中に溢れた。 1:8 そのころ、ヨセフのことを知らない新しい王が出てエジプトを支配し、 1:9 国民に警告した。「イスラエル人という民は、今や、我々にとってあまりに数多く、強力になりすぎた。 1:10 抜かりなく取り扱い、これ以上の増加を食い止めよう。一度戦争が起これば、敵側に付いて我々と戦い、この国を取るかもしれない。」 1:11 エジプト人はそこで、イスラエルの人々の上に強制労働の監督を置き、重労働を課して虐待した。イスラエルの人々はファラオの物資貯蔵の町、ピトムとラメセスを建設した。 1:12 しかし、虐待されればされるほど彼らは増え広がったので、エジプト人はますますイスラエルの人々を嫌悪し、 1:13 イスラエルの人々を酷使し、 1:14 粘土こね、れんが焼き、あらゆる農作業などの重労働によって彼らの生活を脅かした。彼らが従事した労働はいずれも過酷を極めた。

 

 ◆男児殺害の命令

 1:15 エジプト王は二人のヘブライ人の助産婦に命じた。一人はシフラといい、もう一人はプアといった。 1:16 「お前たちがヘブライ人の女の出産を助けるときには、子供の性別を確かめ、男の子ならば殺し、女の子ならば生かしておけ。」 1:17 助産婦はいずれも神を畏れていたので、エジプト王が命じたとおりにはせず、男の子も生かしておいた。 1:18 エジプト王は彼女たちを呼びつけて問いただした。「どうしてこのようなことをしたのだ。お前たちは男の子を生かしているではないか。」 1:19 助産婦はファラオに答えた。「ヘブライ人の女はエジプト人の女性とは違います。彼女たちは丈夫で、助産婦が行く前に産んでしまうのです。」 1:20 神はこの助産婦たちに恵みを与えられた。民は数を増し、甚だ強くなった。 1:21 助産婦たちは神を畏れていたので、神は彼女たちにも子宝を恵まれた。

 

 

 

◎今日の一言

 

出エジプトの指導者モーセ誕生の中に不思議な神の守りと導きがありました。聖書の神は信じる人々の未来を必ず開いてくださいます。神無しに生きるか神と共に生きるか。その結末は大きく分かれます。ユダヤキリスト教世界の展開が一貫して歴史と文化の眼を開かせるのです。世界の歴史は武力・権力・財力を持った者の栄枯盛衰で満ちていますが、本当の歴史は神と共に生きた無力の市井の人の働きによって形作られるのです。聖書はそのことを常に語ります。神を畏れる人こそ歴史を糺す人なのです。

 

 

 

☆通読聖書  :  Ⅰテモテ書1章1-11節

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月0日(日)

 

◎今日の聖句 ルカ福音書19章37-40節

 

19:37 イエスがオリーブ山の下り坂にさしかかられたとき、弟子の群れはこぞって、自分の見たあらゆる奇跡のことで喜び、声高らかに神を賛美し始めた。 19:38 「主の名によって来られる方、王に、/祝福があるように。天には平和、/いと高きところには栄光。」 19:39 すると、ファリサイ派のある人々が、群衆の中からイエスに向かって、「先生、お弟子たちを叱ってください」と言った。 19:40 イエスはお答えになった。「言っておくが、もしこの人たちが黙れば、石が叫びだす。」

 

 

◎今日の一言

歴史を超えて、正義に生き、神と共に歩む者はかならず復興のための奇跡を起こす。たとい先頭に立つ者が倒れても、神は次に立つ者を起こされる。石が叫び、山が動く。

 

 

☆通読聖書  :  コロサイ書31217

 

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月日(

 

◎今日の聖句 創世記2章1-3節

 

2:1 天地万物は完成された。 2:2 第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。 2:3 この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神は祝福し、聖別された。

 

◎今日の一言

 

BC5世紀、バビロン捕囚帰還により国家再建の事業に着手したユダヤ人は、神殿再建、祭司制度制定、聖書(トーラー)編纂に重点を置いた。歴史的救済神ヤハウエへ信仰を基本に神第一主義の立場に立って創造物語を編纂した。それゆえに信仰的(神学的)視点をもって創造物語を学ばなければ、その意図を理解することはできない。古代人にとって、神とは7(超越者・神)=3(三界)+4(四方)すなわち世の全領域を統べ治める全能者を象徴する。それ故第7日目は独占的神の日であって、神の為の安息の日である。7は神の存在を表す聖なる数なのである。

 

☆通読聖書  :  Ⅰペトロ書5章8-14節

  

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月8日(金)

 

◎今日の聖句 創世記1章24-31節

 

1:24 神は言われた。「地は、それぞれの生き物を産み出せ。家畜、這うもの、地の獣をそれぞれに産み出せ。」そのようになった。 1:25 神はそれぞれの地の獣、それぞれの家畜、それぞれの土を這うものを造られた。神はこれを見て、良しとされた。 1:26 神は言われた。「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」 1:27 神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。 1:28 神は彼らを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」 1:29 神は言われた。「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。 1:30 地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。」そのようになった。 1:31 神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。

  

 

◎今日の一言

 

第6日目に地上の動物が誕生し、最後に人間が創造される。神は「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」と言われた。更に人は「男と女に創造された」と記す。人は海と地に生きるすべての生命あるものの管理者としての使命を与えられたと教える。ここに神にかたどった人間(人格を持つ責任的存在)の創造と、自然と人間とのかかわり(エコロジー)が示される。

 

 

☆通読聖書  :  Ⅰペトロ書5章1-7節

 

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

 2020年5月7日

 

◎今日の聖句 創世記1章20-23節

 

1:20 神は言われた。「生き物が水の中に群がれ。鳥は地の上、天の大空の面を飛べ。」 1:21 神は水に群がるもの、すなわち大きな怪物、うごめく生き物をそれぞれに、また、翼ある鳥をそれぞれに創造された。神はこれを見て、良しとされた。 1:22 神はそれらのものを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ。」 1:23 夕べがあり、朝があった。第五の日である。

 

 

◎今日の一言

 

第5日目は水中生物と鳥類の創造である。地上の動物より先に水中生物と鳥類が取り上げられ、「産めよ、増えよ、海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ。」と言われる。今日的にも海より上がった生物の進化の先取りではないかと思われる。しかし創造者が創造したものすべてを祝福する言葉が続いて語られる。

 

 

 

☆通読聖書  :  Ⅰペトロ書4章12-19節

 

 

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

 2020年5月6日(水)

 

◎今日の聖句 創世記1章14-19節

 

1:14 神は言われた。「天の大空に光る物があって、昼と夜を分け、季節のしるし、日や年のしるしとなれ。 1:15 天の大空に光る物があって、地を照らせ。」そのようになった。 1:16 神は二つの大きな光る物と星を造り、大きな方に昼を治めさせ、小さな方に夜を治めさせられた。 1:17 神はそれらを天の大空に置いて、地を照らさせ、 1:18 昼と夜を治めさせ、光と闇を分けさせられた。神はこれを見て、良しとされた。 1:19 夕べがあり、朝があった。第四の日である。

 

 

 

◎今日の一言

 

古代バビロニアの天文学が脳裏をかすめる。天体の運行が古代人の旅路を導いた。昼と夜、季節、日や年のしるしは日常生活の基準となったものである。「人類の歴史はシュメールに始まる」(エリアーデ)と言われるが、ユダヤ教聖典以前の歴史的知恵が凝縮されているのは確かだ。

 

 

☆通読聖書  Ⅰペトロ書4章1-11節

 

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月5日(火)

 

◎今日の聖句 創世記1章9-13節

 

1:9 神は言われた。「天の下の水は一つ所に集まれ。乾いた所が現れよ。」そのようになった。1:10 神は乾いた所を地と呼び、水の集まった所を海と呼ばれた。神はこれを見て、良しとされた。 1:11 神は言われた。「地は草を芽生えさせよ。種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける果樹を、地に芽生えさせよ。」そのようになった。 1:12 地は草を芽生えさせ、それぞれの種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける木を芽生えさせた。神はこれを見て、良しとされた。 1:13 夕べがあり、朝があった。第三の日である。

 

 

◎今日の一言

なぜ三日目に天の下の水に地を生じさせられたのか。さらに種を持つ草木をもって地上を飾られたのか。自然の働きは神の御手の業であり、人間生活の礎である。第一に水を取上げ、続いて食物を取上げる。人が生きる為の不可欠の糧。それらすべて神からの賜物である。

 

 

☆通読聖書:Ⅰペトロ書3章18-22節

  

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月4日(月)

 

◎今日の聖句 創世記1章6-8節

 

1:6 神は言われた。「水の中に大空あれ。水と水を分けよ。」 1:7 神は大空を造り、大空の下と大空の上に水を分けさせられた。そのようになった。 1:8 神は大空を天と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第二の日である。

 

 

◎今日の一言

 

7日間に亘る天地創造物語には多くの示唆が告げられる。なぜ前書きもなく創世記始めに創造物語があるのか。なぜ神は言葉によってすべてを創造されたのか。なぜ神による創造が7日間のなのか。なぜ第一日目が光と闇の創造なのか。なぜ第二日は水を分け天と呼ぶ大空を創造されたのか。またなぜ創造後に「夕べがあり朝があった」と記すのか。実はこのすべてに深い意味が隠されている。一言で言えばこの物語には偶然を超えた神の必然の世界が告げられているのである。

 

 

☆通読聖書  Ⅰペトロ書3章13-17節

  

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月3日(日)

 

◎今日の聖句 ヨハネ福音書15章1-8節

 

◆イエスはまことのぶどうの木

15:1 「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。 15:2 わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。 15:3 わたしの話した言葉によって、あなたがたは既に清くなっている。 15:4 わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。15:5 わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。 15:6 わたしにつながっていない人がいれば、枝のように外に投げ捨てられて枯れる。そして、集められ、火に投げ入れられて焼かれてしまう。 15:7 あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる。 15:8 あなたがたが豊かに実を結び、わたしの弟子となるなら、それによって、わたしの父は栄光をお受けになる。

 

◎今日の一言

『しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。』 ぶどうの木であるキリストに繋がり豊かな実を結ばせるために神は剪定されると言う。実を結ばない枝は集められ、火に投げ入れられて焼かれる。厳しい言葉だが逃げてはいけない。目前の試練を耐え忍ぶ人にはやがて祝福の実が約束される。聖書は決してキリスト信者を裏切らない。

 

☆通読聖書 : 使徒言行録17章22-34節

 

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月2日(土)

 

◎今日の聖句 ヨハネ福音書14章1-6節

 

◆イエスは父に至る道

14:1 「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。14:2 わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。14:3 行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。14:4 わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。」 14:5 トマスが言った。「主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか。」 14:6 イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。

 

◎今日の一言

魂の行方を探求する事は人生の価値を多様に色分ける。イエスは『わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。』と言われた。この言葉によって疑い深いトマスは後に南インドにまで赴く使徒となり、後に西洋建築家の守護聖人となった。東方教会の影響か古く日本では法隆寺建立に由縁する聖徳太子が大工の守護神と崇められるのは歴史的因果を暗示させる

 

 

☆通読聖書 ; Ⅰペトロ書3章8-12節

 

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年5月 1日(金)

 

◎今日の聖句 マタイ福音書26章30-35節

 

26:30 一同は賛美の歌をうたってから、オリーブ山へ出かけた。

◆ペトロの離反を予告する

26:31 そのとき、イエスは弟子たちに言われた。「今夜、あなたがたは皆わたしにつまずく。『わたしは羊飼いを打つ。すると、羊の群れは散ってしまう』/と書いてあるからだ。26:32 しかし、わたしは復活した後、あなたがたより先にガリラヤへ行く。」26:33 するとペトロが、「たとえ、みんながあなたにつまずいても、わたしは決してつまずきません」と言った。26:34 イエスは言われた。「はっきり言っておく。あなたは今夜、鶏が鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう。」26:35 ペトロは、「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」と言った。弟子たちも皆、同じように言った。

 

◎今日の一言

ペトロはイエスの第一弟子であった。年長者で誰が見ても頼りになる男であった。しかしイエスが捕縛された夜、予告された通り鶏が鳴いた午前2時、三度私は知らないとイエスを否認した。聖書は常に人間の罪、咎を深く問い詰め回心させる書である。

 

 

(☆通読聖書 ; Ⅰペトロ書3章1-7節)

LOSUNGEN『日々の聖句』

  2020年721日(火)  

 

◎今日の聖句

 使徒言行録23240

 

2:32 神はこのイエスを復活させられたのです。わたしたちは皆、そのことの証人です。2:33 それで、イエスは神の右に上げられ、約束された聖霊を御父から受けて注いでくださいました。あなたがたは、今このことを見聞きしているのです。 2:34 ダビデは天に昇りませんでしたが、彼自身こう言っています。『主は、わたしの主にお告げになった。「わたしの右の座に着け。 2:35 わたしがあなたの敵を/あなたの足台とするときまで。」』 2:36 だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。」 2:37 人々はこれを聞いて大いに心を打たれ、ペトロとほかの使徒たちに、「兄弟たち、わたしたちはどうしたらよいのですか」と言った。 2:38 すると、ペトロは彼らに言った。「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。 2:39 この約束は、あなたがたにも、あなたがたの子供にも、遠くにいるすべての人にも、つまり、わたしたちの神である主が招いてくださる者ならだれにでも、与えられているものなのです。」 2:40 ペトロは、このほかにもいろいろ話をして、力強く証しをし、「邪悪なこの時代から救われなさい」と勧めていた。

 

◎今日の一言

使徒ペトロは「邪悪なこの時代から救われなさい」と語る。キリストの十字架と復活を信じる信仰によって人は虚無に支配された罪の世界から解放されます。キリストの復活信仰がなければ死の支配から解放されることはありません。人は誰一人死の桎梏から解放されることはないのです。それ故に甦られたキリストの復活信仰が新しい生き方となります。混沌の時代に死を考えるのは心病む人だけではありません。悔い改めの洗礼こそが唯一の希望となります。キリスト者はその先にある新しい希望の光に感謝しましょう。

 

☆通読聖書 :  ミカ書2113

LOSUNGEN『日々の聖句』

     2020年722日(水)   

 

◎今日の聖句

 使徒言行録162334

 

16:23 そして、何度も鞭で打ってから二人を牢に投げ込み、看守に厳重に見張るように命じた。 16:24 この命令を受けた看守は、二人をいちばん奥の牢に入れて、足には木の足枷をはめておいた。 16:25 真夜中ごろ、パウロとシラスが賛美の歌をうたって神に祈っていると、ほかの囚人たちはこれに聞き入っていた。 16:26 突然、大地震が起こり、牢の土台が揺れ動いた。たちまち牢の戸がみな開き、すべての囚人の鎖も外れてしまった。 16:27 目を覚ました看守は、牢の戸が開いているのを見て、囚人たちが逃げてしまったと思い込み、剣を抜いて自殺しようとした。 16:28 パウロは大声で叫んだ。「自害してはいけない。わたしたちは皆ここにいる。」 16:29 看守は、明かりを持って来させて牢の中に飛び込み、パウロとシラスの前に震えながらひれ伏し、 16:30 二人を外へ連れ出して言った。「先生方、救われるためにはどうすべきでしょうか。」 16:31 二人は言った。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」 16:32 そして、看守とその家の人たち全部に主の言葉を語った。 16:33 まだ真夜中であったが、看守は二人を連れて行って打ち傷を洗ってやり、自分も家族の者も皆すぐに洗礼を受けた。 16:34 この後、二人を自分の家に案内して食事を出し、神を信じる者になったことを家族ともども喜んだ。 16:35 朝になると、高官たちは下役たちを差し向けて、「あの者どもを釈放せよ」と言わせた。 16:36 それで、看守はパウロにこの言葉を伝えた。「高官たちが、あなたがたを釈放するようにと、言ってよこしました。さあ、牢から出て、安心して行きなさい。」

 

◎今日の一言

 

福音宣教の最中フィリピで投獄されたパウロとシラスは大地震の中でも逃亡することなく自害しかけた看守家族に福音を証しした。「先生方、救われるためにはどうすべきでしょうか。」。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」 キリストの愛の働きは家族をも生かす。 『 まだ真夜中であったが、看守は二人を連れて行って打ち傷を洗ってやり、自分も家族の者も皆すぐに洗礼を受けた。』と言う。かつて関東大震災の際有馬某所長の下にいた囚人たちは逃亡する者がなかったと聞いたことがある。所長はクリスチャンであった。

 

☆通読聖書 : ミカ書3112

LOSUNGEN『日々の聖句』

     2020年723日(木)   

 

◎今日の聖句

マタイ福音書1816

 

◆天の国でいちばん偉い者

18:1 そのとき、弟子たちがイエスのところに来て、「いったいだれが、天の国でいちばん偉いのでしょうか」と言った。 18:2 そこで、イエスは一人の子供を呼び寄せ、彼らの中に立たせて、 18:3 言われた。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。 18:4 自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ。 18:5 わたしの名のためにこのような一人の子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。」

 ◆罪への誘惑

18:6 「しかし、わたしを信じるこれらの小さな者の一人をつまずかせる者は、大きな石臼を首に懸けられて、深い海に沈められる方がましである。

 

◎今日の一言

イエスは『心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。』と言われた。子供の特徴は「無心」であろう。子育てを通して親は人として成長する。気高さ、高貴、尊厳を教えられる。子供の純真さは大人にはない。子供の心には大人が到底思いつかないピュア―な真心がある。信仰とは幼心である。

 

☆通読聖書 :  ミカ書418

 

LOSUNGEN『日々の聖句』

     2020年724日(金) 

 

◎今日の聖句

 Ⅰコリント書121218

 

◆一つの体、多くの部分

 12:12 体は一つでも、多くの部分から成り、体のすべての部分の数は多くても、体は一つであるように、キリストの場合も同様である。 12:13 つまり、一つの霊によって、わたしたちは、ユダヤ人であろうとギリシア人であろうと、奴隷であろうと自由な身分の者であろうと、皆一つの体となるために洗礼を受け、皆一つの霊をのませてもらったのです。 12:14 体は、一つの部分ではなく、多くの部分から成っています。 12:15 足が、「わたしは手ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。 12:16 耳が、「わたしは目ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。 12:17 もし体全体が目だったら、どこで聞きますか。もし全体が耳だったら、どこでにおいをかぎますか。 12:18 そこで神は、御自分の望みのままに、体に一つ一つの部分を置かれたのです。

 

◎今日の一言

パウロは教会をキリストの体と呼ぶ。体はすべての部分が有機的に結合している。一つの部分がすべての機関に結びついている信仰共同体である。しかし残念だが現代は各部が分裂し痛みを共有することができない。神の正義に照らして教会の再結集が求められている。世界では目覚めた信者による信仰復興が起きている。

 

☆通読聖書 :  ミカ書49節-54  

LOSUNGEN『日々の聖句』

     2020年725日(土)   

 

◎今日の聖句

 ヨハネ黙示録316

 

◆サルディスにある教会にあてた手紙

3:1 サルディスにある教会の天使にこう書き送れ。『神の七つの霊と七つの星とを持っている方が、次のように言われる。「わたしはあなたの行いを知っている。あなたが生きているとは名ばかりで、実は死んでいる。 3:2 目を覚ませ。死にかけている残りの者たちを強めよ。わたしは、あなたの行いが、わたしの神の前に完全なものとは認めない。 3:3 だから、どのように受け、また聞いたか思い起こして、それを守り抜き、かつ悔い改めよ。もし、目を覚ましていないなら、わたしは盗人のように行くであろう。わたしがいつあなたのところへ行くか、あなたには決して分からない。 3:4 しかし、サルディスには、少数ながら衣を汚さなかった者たちがいる。彼らは、白い衣を着てわたしと共に歩くであろう。そうするにふさわしい者たちだからである。 3:5 勝利を得る者は、このように白い衣を着せられる。わたしは、彼の名を決して命の書から消すことはなく、彼の名を父の前と天使たちの前で公に言い表す。 3:6 耳ある者は、“霊”が諸教会に告げることを聞くがよい。」』

 

 

◎今日の一言

 

黙示録にある七つの教会の中第5番目に書かれたサルディスの教会に送られた警告文である。生きているとは名ばかりで実は死んでいると厳しくその生き方を告発し、福音に生きるキリスト者の生き方に立ち返ることを呼びかける。教会へのわずかな希望は罪を犯さず誠実に生きる少数の信仰者がいることであると言う。悔い改めて信仰を保持するキリスト者には命の書にその名が刻まれていると教える。クリスチャンの特権である。

 

☆通読聖書 :  ミカ書5414

LOSUNGEN『日々の聖句』

       2020年726日(日)    

 

◎今日の聖句

  ヨハネ福音書6章1-15節

 

◆五千人に食べ物を与える

 6:1 その後、イエスはガリラヤ湖、すなわちティベリアス湖の向こう岸に渡られた。 6:2 大勢の群衆が後を追った。イエスが病人たちになさったしるしを見たからである。 6:3 イエスは山に登り、弟子たちと一緒にそこにお座りになった。 6:4 ユダヤ人の祭りである過越祭が近づいていた。 6:5 イエスは目を上げ、大勢の群衆が御自分の方へ来るのを見て、フィリポに、「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」と言われたが、 6:6 こう言ったのはフィリポを試みるためであって、御自分では何をしようとしているか知っておられたのである。 6:7 フィリポは、「めいめいが少しずつ食べるためにも、二百デナリオン分のパンでは足りないでしょう」と答えた。 6:8 弟子の一人で、シモン・ペトロの兄弟アンデレが、イエスに言った。 6:9 「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」 6:10 イエスは、「人々を座らせなさい」と言われた。そこには草がたくさん生えていた。男たちはそこに座ったが、その数はおよそ五千人であった。 6:11 さて、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた。また、魚も同じようにして、欲しいだけ分け与えられた。 6:12 人々が満腹したとき、イエスは弟子たちに、「少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい」と言われた。 6:13 集めると、人々が五つの大麦パンを食べて、なお残ったパンの屑で、十二の籠がいっぱいになった。 6:14 そこで、人々はイエスのなさったしるしを見て、「まさにこの人こそ、世に来られる預言者である」と言った。 6:15 イエスは、人々が来て、自分を王にするために連れて行こうとしているのを知り、ひとりでまた山に退かれた。

 

◎今日の一言

五千人の饗宴は驚くべき奇跡である。しかしこの奇跡物語はパン5個と二匹の魚を持つ少年によって引き起こされた。イエスが弟子のフィリポにどのようにして大勢の群衆に食事を与えるべきかを問うたがフィリポは不可能であると答えた。他の弟子アンデレはイエスにパンと魚を持つ少年のいることを教えた。イエスが少年の持つパンと魚を祝福して分けたところ男約五千人が共に満腹して食べ、残ったパンは12の籠一杯になったと言う。不思議なことだが少年の分かち合う精神が大人の心を動かした。大人たちは心が責められ次々に持っていた食物を差し出し皆に分け与えたのである。今日では信じがたい事だが少年の愛ある行為が奇跡を起こした。イエスの教える愛の行為は必ず同様の奇跡を産む。

 

☆通読聖書 :  使徒言行録2章41-47節