桜台教会月報

 

《慰めと励ましの言葉 65》(桜台教会7月号月報より)

 

 

           牧師 中川 寛

 

 先日千葉にお住いのご夫妻宅を役員の方々とお尋ねし、共に聖餐礼拝を持った。ご主人は今年92歳になられた。「予科練の生き残りですよ」と謙遜に話されたが、終戦と共に明治学院に学ばれキリスト教に触れて山手教会で洗礼を受け、練馬に移って桜台教会開拓期に小林吉保牧師、小林哲夫牧師と共に教会学校教師、教会役員として奉仕された。ご婦人は桜台幼稚園教諭として奉職された。幼稚園廃園の為あまり良い話はできなかったが、自宅にいても聖書を読み、教会を覚え「神さまの御用にお用い下さい、と祈っています」と話された。晴れた日には東京湾を隔てて富士山がきれいに見えると教えられたが、残念ながら雲り空であった。信仰をもって感謝しつつ、ご家族のお世話になりながらも家族、教会を覚えて日を過ごされていることは幸せなことだと私も感謝した。

 

 

 

  去る620日より千葉本町教会で「第44回東北アジア教会宣教協議会」が開催され、久しぶりに韓国台湾の先生方にお会いした。主題は『希望ある終末信仰』で講師は洛雲海(ナグネ)宣教師であった。日本側の参加者は少なかったが、会場教会のK牧師は家族、教会をあげてよい準備をして下さった。また各国の委員の牧師たちも充実したプログラムを準備されていた。韓国から牧師・信徒が25名参加、台湾からは牧師、信徒10名の参加であった。宿泊は市内のホテルで、元気な方は徒歩約10分を歩かれたが、私は参加されていた在日台湾教会のI牧師と車に乗せていただいて会場まで移動した。

 

 

  実はこの会に参加して大きな収穫を得た。講師のナグネ宣教師は日本基督教団からソウルのセムナン教会日本語礼拝牧師として派遣されている方でしたが、私が仕えた大阪教会と長居伝道所に住み、市川恭二牧師に仕えた方であった。私にとっては神学校卒業後最初の赴任した教会で4年間仕えた教会であったので思い出深い教会である。今も牧師は教育実習をさせていただいた岡村牧師で、T氏は役員で上京の際桜台の礼拝に出席して下さっている。平屋の長居伝道所は紛争時礼拝後シュプレヒコールを繰り返し、住宅街をデモして回られたので、教会活動には冷淡であったがその後の牧師たちが良く努力されて、今は長居教会となっている。ナグネ牧師は東京神学大学の後輩ではあるが、よく勉強されて神学者として活躍されている。また韓国からの牧師も若い方々は東京神学大学留学組で、良く活動されていた。 さらに聖学院時代の教え子であるK牧師のご長男はぜひ将来牧師として学んでもらいたいと祈っているが、実によく協力された。ほぼ生活を共にしたI牧師の双子のお孫さん達も聖学院の卒業生で、今は二人とも台湾の大学に留学中とのこと。聖学院時代を思い出してすぐにメールで写真を送信されていた。今後キリスト者として国際的に活躍されることであろう。 

 

 

  久々に足尾銅山の鉱毒事件で著名な田中正造氏の曽孫に当たるK君からメールがあり、ある結婚式場で総支配人として働いているそうだが、司式をされる牧師がかつて聖学院で共に協力していただいたH牧師だったことがわかり驚きであった。田中正造氏は亡くなる前、ズタ袋に村の少女からもらった渡良瀬川の小石と新約聖書を入れていたそうだが、聖書をよく読んでいたことは知られている。K君は野球部で活躍されたが、仲間たちは洗礼を受けて教会生活を送っている。機会があれば教会生活を進めたいと思う。幼少時から教会生活を通して聖書を学ぶことはきっと祝福されて、力強い人生を歩まれるに違いない。

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 64》(桜台教会月報より)

 

                             牧師 中川 寛

 

 今年は「宗教改革五百年」に当たります。

 

1517年10月31日、ドイツ・ヴィッテンベルク城教会の扉に「95か条の質問状」が掲示され、以後瞬く間にヨーロッパ各地に宗教改革の炎が燃え広がったのです。改革者マルチン・ルターの働きは、長い中世ヨーロッパ世界をを打破り、その後近代世界へと大きく切変えられました。カトリック教会もこの動きに対応し、いわゆる対抗宗教改革(カウンター・リフォメーション)として海外宣教に乗り出しました。ザビエルの渡来もその運動の中で理解されます。1582年(天正10年)には、巡察師ヴァリニャーノが引率した「天正遣欧少年使節団」が派遣されています。四人の少年、伊東マンショ(主席正使)、千々石ミゲル(正使)、中浦ジュリアン(副使)、原マルティノ(副使)が参加しています。

 

 

 

 千々石ミゲルは肥前国(長崎県)釜蓋城主大村純忠の甥千々石紀員(のりかず・ミゲル)は帰国後伴天連追放令(1587年)が出されて、棄教したと言われているが、しかしある資料によれば生涯教皇グレゴリウス13世に謁見した事、バチカンで体験したキリスト教文化を思い出して仲間たちを偲んだと言われている。1590年(天正18年)の帰国に至るまで、8年間にわたるルネッサンス華やかなヨーロッパを旅した最初の日本人として心にしみる感動の数々は決して簡単に忘れ去られるものではないであろう。時代の厳しさを思わざるを得ない。以後300年の禁教時代を経て江戸末期にようやくプロテスタントキリスト教が伝達されることとなった。

 

 

 

 教会は神の家族として全教会員共に感謝と喜びをもって豊かな交わりを形成する共同体である。聖書にある通り、『喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。互いに思いを一つにし、高ぶらず、身分の低い人々と交わりなさい。自分を賢い者とうぬぼれてはなりません。だれに対しても悪に悪を返さず、すべての人の前で善を行うように心がけなさい。できれば、せめてあなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさい。』(ローマ書1215-18節)との教えを心にとめてよい交わりを継続したいと願っている。

 

 

 

   4月から大変うれしいことに教会学校の生徒さんが大勢礼拝に出ている。子供たちは私たちの宝です。否、この世の宝です。子供たちは親のものでも家族のものでもなく、本当は神様から預けられているものなのです。古くは学校教育はルターによる宗教改革の結果誕生した制度ですが、子供たちを養育する務めは両親に課せられています。児童、少年少女は義務教育が課せられていますが、学校教育に任せる前に家庭において両親がその生育に責任を持たねばなりません。両親はその心の成長を豊かな愛情を注ぐことによって育ててゆきます。

 

 

 

  J.J.ルソーの『エミール』に教えられる通り、日々成長の段階に応じて両親は子供の成長にとって益する事柄を学ばせなければなりません。忙しい生活の中ではついつい自己判断や感情にゆだねて子供をしつけようとしますが、こどもは親の強制によって品性を身に着けることはないのです。将来子供たちは世のため人の為に働く人となりますが、その最高の目標は神様によって定められた生き方を身に着ける事なのです。ですから教会で聖書を学ぶ機会を多く持つことがよい父となりよい母となります。やさしさ、正しさ、我慢強さ、熱心さ、は感謝する心によって心に根付きます。私達はその根源をキリストの十字架に至る愛と赦しによって学びます。

 

 

 

  小さい時から祈りの訓練をし、自分の為に祈る事、感謝する事、愛する事、赦すことを言葉に出して練習することが、大人になって窮地に陥っても神と共に克服する力を発揮する事が出来ます。神様を知らない人は裏切りとののしり、復讐と反逆をもって対抗する事しか身に着きません。教会学校を通じて心にゆとりを得、友達との融和と激励を身に着けることになります。普通の生活では対抗、攻撃、反抗心が優先され、愛と赦しは時には偽善を生んでしまいます。聖書を通し、キリストの働きを通して本当に神さまが喜ばれることは何かを考えて身に着ける事が出来るのです。子供たちが興味を持つ事、それはまず自然の環境であり、日常生活の中で見聞きすることが中心になります。熱中している事柄を中断させないようにすることが集中力を養うことにつながります。少なくとも小学校の低学年においては言葉をもって話しかけるようにその行動を見守ることが求められると思います。小さい時に十分集中力を身に着けた子供は中学、高校の受験においても一人で集中して学習能力を高めます。物知りのこどもであっても心から集中力をもっていない子は大学受験においても中々成果が上がらないと思います。これらは長年中高生の教育に携わった私の経験から自信をもってお話しできます。

 

 

 

   さて70歳を超えて感じるところは日々経験する事ですが、何事にも適応できる体力を要請する事です。私は家族の教育費に余裕をもって対応できる環境にあったわけではなかったので、赦される限り精一杯働きました。40代ではクラス担任をしながらラグビー部を指導し、チャプレンとして任務を果たし、水曜日と日曜日は教会で働き、さらに神学校で授業も数コマ担当しました。おかげで銀行から沢山借金をしながら家族を支えました。健康で体力があったから可能であったと思います。小学生、中学生、高校生の体の成長期には十分な活動をすることが将来の活力を支えることになります。米国留学中に欧米人は数日徹夜しても頑張れる体力を持っていることに驚きました。食生活と運動量の違いであることを知りました。病気や障害がある場合は別ですが、問題がなければ子供たちにぜひ十分な体力をつけさせてもらいたいと思います。子供たち一人一人は皆違った存在です。しかも将来どのような働き人になるのかもわかりません。教会は一人一人を大事に育てます。

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 63》

 

 

牧師 中川 寛

 

 

 

 

 去る3月19日、礼拝に引き続き教会員であったT兄の

 

記念会が執り行われた。昨年12月23日、引っ越し先の

 

石垣島で膵炎が悪化し亡くなられた。享年61歳であった。

 

記念会には東京在住の親族の方々をはじめ、豊玉中学

 

時代の恩師、同級生の方々が参列され共に故人を偲んだ。

 

T兄は聖学院高校に進学され、その後電子工学を学び、

 

卒業後は種子島に渡りロケット工学を専門に、日本の宇宙

 

開発事業に従事された。聖学院を卒業された後洗礼を受けて

 

クリスチャンとして桜台教会の青年会で活躍された。後に

 

種子島での仕事を終えて長く西表島で自然保護と観光

 

の仕事に就かれていたが、先に召された御母上の介護の為

 

東京に戻られ、教会学校の教師としても協力して下さった。

 

御母上が召された後、昨年2月に石垣島に亘ることを決意

 

され、引っ越し先の近くに教会があるとの事で、あちらでの

 

教会生活を楽しみにしておられた。姉上の話によれば

 

体調を壊して教会生活も不本意ながら十分にできなかった

 

との事であったが、ご家族をあげて教会生活をされた

 

桜台教会でお別れの時を持ちたいとのご希望により、

 

納骨前に記念会を持つこととした。

 

 

 T兄は生前教会の愛唱讃美歌、愛唱聖句の登録を

 

されていて、記念会ではその賛美歌を歌い、残された

 

聖書の箇所から説教をさせていただいた。

 

その聖句から聖学院時代に身につけられ、信仰を温めて

 

生きてこられた足跡を知らされることとなった。高校時代の

 

同級生には献身して牧師になった者、洗礼を受けて

 

クリスチャンになった方々も大勢いたことを知らされた。

 

特に詩編の139編を愛唱聖書とされていたのには大いに

 

教えられた。その聖書の語るところは彼の人生そのものを

 

物語っている思いがした。

 

 

信仰者の目標としてその個所を紹介しておこう。

 

詩編139編より主よ、あなたはわたしを究め わたしを

 

知っておられる。 座るのも立つのも知り遠くからわたしの

 

計らいを悟っておられる。 歩くのも伏すのも見分け わたしの

 

道にことごとく通じておられる。わたしの舌がまだひと言も語ら

 

ぬさきに 主よ、あなたはすべてを知っておられる。前からも

 

後ろからもわたしを囲み 御手をわたしの上に置いていて

 

くださる。その驚くべき知識はわたしを超え あまりにも

 

高くて到達できない。 どこに行けば あなたの霊から離れ

 

ることができよう。どこに逃れれば、御顔を避けることが

 

できよう。天に登ろうとも、あなたはそこにいまし 陰府に

 

身を横たえようとも 見よ、あなたはそこにいます。 曙の翼

 

を駆って海のかなたに行き着こうとも あなたはそこにも

 

いまし 御手をもってわたしを導き 右の御手をもって

 

わたしをとらえてくださる。 わたしは言う。「闇の中でも主は

 

わたしを見ておられる。夜も光がわたしを照らし出す。」 

 

闇もあなたに比べれば闇とは言えない。夜も昼も共に光を

 

放ち 闇も、光も、変わるところがない。あなたは、わたしの

 

内臓を造り 母の胎内にわたしを組み立ててくださった。

 

わたしはあなたに感謝をささげる。わたしは恐ろしい力に

 

よって 驚くべきものに造り上げられている。御業がどんなに

 

驚くべきものか わたしの魂はよく知っている。 秘められた

 

ところでわたしは造られ 深い地の底で織りなされた。

 

あなたには、わたしの骨も隠されてはいない。 胎児であった

 

わたしをあなたの目は見ておられた。わたしの日々は

 

あなたの書にすべて記されている まだその一日も造られ

 

ないうちから。 あなたの御計らいは わたしにとっていかに

 

貴いことか。神よ、いかにそれは数多いことか。 数えようと

 

しても、砂の粒より多く その果てを極めたと思っても 

 

わたしはなお、あなたの中にいる。どうか神よ、逆らう者を

 

打ち滅ぼしてください。わたしを離れよ、流血を謀る者。

 

たくらみをもって御名を唱え あなたの町々をむなしくして

 

しまう者。 主よ、あなたを憎む者をわたしも憎み あなたに

 

立ち向かう者を忌むべきものとし 激しい憎しみをもって

 

彼らを憎み 彼らをわたしの敵とします。 神よ、わたしを究め 

 

わたしの心を知ってください。わたしを試し、悩みを知って

 

ください。 御覧ください わたしの内に迷いの道があるか

 

どうかを。どうか、わたしを とこしえの道に導いてください。』

 

 

 これは偉大なイスラエルのダビデ王が詠んだ歌である。

 

全能なる神のご経綸にすべてをゆだね、その誕生の時から

 

人生の紆余曲折に至るまで、神のご支配に圧倒されつつ

 

信仰の確かさを感謝する詩である。かつてT兄は「咲島諸島

 

からは夜は南十字星が見え、日中は台湾も見えるんです。」

 

と話されたことがあった。中国との政治的問題を除けば、

 

「台風はあっても冬でも暖かく、自然に恵まれた最高のところ

 

す。」と話されていたことを覚えている。まだまだ活躍して

 

もらいたいと願っていたが、天上にある兄弟の霊を覚えつつ

 

善き交わりを感謝した。

 

 

 

 

 

  米国が疲弊した現実を改革するために多方面で

 

新しい方策を取り入れて国造りに着手している事情は、

 

大統領への反発やフェイクニューズに左右される中でも、

 

驚きをもって見直される。ペンス副大統領が自ら『わたしは

 

ボーン・アゲイン・クリスチャンである。』と表明する姿勢に

 

強いキリスト教精神を感じさせられる。中でも新たに選ばれた

 

保険・教育長官のベツィー・デボス女史の働きには大いに

 

期待されるところである。その就任の様子を実況放送で

 

見たが、改めてミシガン州での成功の実績を高く評価

 

されたデボス女史の評価の高さに驚かされた。彼女の

 

ご主人は「アムウェー」創設者の一人、リッチ・デボス氏の

 

長男で成功した実業家ではあるが、熱心な改革派教会の

 

長老として奉仕するミシガン州知事候補にもなった人である。

 

ベツィー自身もミシガン州のカルヴァン大学を卒業しており、

 

数年前までパサデナのフラー神学校の理事として貢献した

 

人物である。先にNHKで放映されたオレゴン州ポートランド

 

市のホームレスに落ちて行く米国社会は、かつて中流であった

 

大学出の家族の現状同様に。ミシガン州では数年前から

 

悲劇的な社会現象として、多くのクリスチャン達が大きな

 

復興への課題として取り組んでいた。彼女は学校に行け

 

ない子供たちの為に、多くのチャーター・スクール(認可学校)

 

を作り、奨学金を保証していたと言う。彼女自身多くの養子を

 

育て、米国再建の為には家族の復興が第一であることを訴え、

 

地域社会に健全なキリスト教的家族愛を育てる努力を

 

続けてきた。彼らの働きが功を奏するにはまだ時間が

 

かかるが、キリスト者としての強い信念に裏打ちされた

 

成果は必ず実現されることと思う。米国がわずか1%の

 

金持ちに支配され、多くの健全な働き盛りの中流であった

 

人々が、ここ20年の内に自殺者やアルコール中毒者、

 

薬物使用者で死者が1,2倍に増していると言う。この実情は

 

一般には報告されない。また日本においてはまだこれから厳しい

 

社会現象が起こると言われる。貧困女子問題、下流老人の

 

年金問題は他人事とは言えない社会問題である。大学生へ

 

の奨学金返済無用があっても、社会構造的に救済可能なのか、

 

地方の格差が著しい今日においては一時凌ぎとしか

 

思われない。私たちにできることは大きくはないが、そして

 

大きなことは望めないが、希望を捨てないで努力し続ける

 

ことが大きな証しになると思う。

 

 

 

 子供達への教育はまずキリストの学校において、

 

自信をもって聖書教育を行うことである。見える世界が

 

すべてではなく、見えない神が見ておられることを知らせる

 

ことが求められる。聖書の神は真実であって真理を告げてい

 

ることを教会は広く証ししなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 62》

 

 

  牧師 中川 寛

 

 

 

『皆さんに神のご加護を。米国に神のご加護

 

がありますように。』 これは去る228

 

米国大統領トランプ氏が行った最初の議会演説文

 

の毎日新聞に掲載された翻訳の最後の言葉です。

 

就任40日、大統領がどのような働きをするかは

 

まだ不透明です。軍事費増強により戦争の危機は

 

増したと言わねばなりません。『偉大なアメリカ』

 

を標榜する大統領の意図は世界を平和に導くとは

 

言えません。米国の力の復権のために「神のご加護を」

 

と結ぶのは余りにも傲慢であると言わざるを得ません

 

。一般に「God bless you.」は「神様があなたを祝福

 

して下さるように」との意味であって「神様があなたを

 

ご加護される」との確証ではありません。「アメリカは

 

今後神が祝福されるように努力しましょう。その結果を

 

神が祝福されることを願います。」との意味であって

 

、何でも神のご加護をもって終えるならば人間の努力は

 

不要になります。日本人の宗教意識が問題だと言う

 

べきでしょう。聖書が語る祝福は旧約族長物語にある

 

通り、老いた族長イサクが妻リベカの陰謀により双子

 

の兄エサウに長子の権を与えるべきところ、弟の

 

ヤコブに祝福を与え、兄エサウが父イサクに祝福を

 

願ったけれども与えられなかったのです。Blessing

 

(祝福)は「神のご加護」とは異質のものであって

 

単なる慰めの言葉ではないのです。

 

 

 

 私は米国の再生のために大統領自ら分裂した民主、

 

共和両党の議員たちに努力を呼びかけた最後に、

 

神による祝福を勝ち取りましょうとの宣言として

 

語られた言葉だと理解しています。それはやがて

 

トランプ政権の成果として実現されなければならない

 

事柄で、私自身この成り行きを見守って行きたいと

 

思います。対立するメディア攻撃に見られる通り、

 

また出席議員の服装や反応において確認される通り、

 

反対者の多い中での最初の議会演説ではあったもの

 

の、ウソの情報を流していたと、その動向を許さなか

 

った米国CNNの視聴者の70%を超える人々が歓迎を

 

もって演説を聞いたという結果報告には驚いた。また

 

選挙戦最中のトランプ氏のスピーチと違って好印象の

 

内容であったと思う。それが議会演説の作戦であった

 

としても120%の賛辞を与えた人までいたと言う

 

ことは今後の活動に弾みをつけるものとなったに

 

違いない。米国株価の上昇も3月中に暴落するとの

 

予測はあっても最上昇したことは間違いがない。

 

やがて米国の影響は日本にも及ぶであろうが、

 

良い影響を受けたいものだ。

 

 

 

 「トランプの神は聖書の神ではない」と厳しく

 

批判する米国主流派の神学校教授たちが激しい批判

 

を加えてはいるが、CNNやオバマ勢力に影響を受けた

 

印象を拭いきれない。米国福音派のリバイバル的覚醒

 

がトランプ氏を支持する勢力となっていることは事実

 

である。ノーマン・ビンセント・ピール牧師の

 

『積極的信仰』を不信仰の証しとして裁断することは

 

できないであろう。今や日本のキリスト教会は米国

 

大統領の信仰を否定するほどの余裕はない。自立し

 

自覚的宣教の使命をはたすためには祝福を勝ち取る

 

ために、あれもこれもしなければならない。十字架の

 

キリストが福音そのものである証しは教会においてこそ

 

明らかにされなければならない。ウォール街の議論では

 

なく貧しくとも絶えることのない宣教の努力が継続され

 

なければならないのである。

 

 

 

 暗殺された金正男氏の事件に見るまでもなく、

 

世界は魑魅魍魎(ちみもうりょう)跳梁跋扈

 

(ちょうりょうばっこ)する世である。善なるもの

 

が疎んじられ、不義なるものが跋扈する悲しい時代で

 

ある。人間としての品位と尊厳が軽視される時代は

 

社会の頽落の時代である。人生の目的を自覚し、

 

高貴な人間性を磨くことが求められる。そのためにも

 

教育の再生が促される。

 

 

 

 

 先日ハワイに住む孫達に会いに行った。まだ二歳に

 

なったばかりの孫娘が熱心にiPadをスラッシュして

 

好きな動画を見ていた。この歳の子がもうiPad

 

自分のものにしているのをみてショックを受けた。

 

レストランでの態度もおとなしく、他の客に迷惑を

 

かけないしつけは両親の努力の賜物であろうと感じた。

 

子供のしつけは教会でも同じである。礼拝の間中静かに

 

できる子は初めから静かにしているのではない。親が

 

時に応じて訓練し、讃美歌を共に歌う喜びの中で

 

自然に身に着けるものである。会衆が讃美歌を

 

楽しく歌っている姿を見て子供達も楽しく歌うことを

 

身に着ける。教会学校で訓練された子は将来世界の

 

舞台で自信をもって活躍する事が出来る。聖書の

 

話を通して何をなすべきか、良いことはどのような

 

ことか、しなければならないことは何かを学ぶ。

 

それは親が厳しく教育する事柄ではなく、周囲の環境

 

によって子供たち自身が自覚し見習ってゆくのである。

 

クリスチャンは自分の信仰の証しの為にのみ礼拝に

 

参加するのではない。教会に集うクリスチャンの模範

 

として子供たちが見習うのである。信仰の継承は

 

そのようにしてなされる。残念なことだが自分の

 

都合によって教会生活を送る者は信仰の継承が

 

できない。教会学校の再生と年配クリスチャンの

 

リバイバルが教会を活性化させる。牧師の家庭や

 

教会役員の家庭では信仰の良い証しができにくい。

 

教会員の悪口を言ったり、教会の問題点をさらけ

 

出して、教会は余りにも問題が多い場所である

 

ことを吹聴してしまっている。良い証しができる

 

ためには、人を判断するより天を見上げ、キリスト

 

を賛美する喜びを語らなければならならない。

 

桜台教会はやがて迎える創立70周年を前に

 

それを目指して宣教する。次年度から新しい企画を

 

提示し、ともに信仰の成長を目指したいと願っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 61》

 

 

   牧師 中川 寛

 

 

 

 去る1月20日(金)の第45代トランプ大統領の

 

就任式をCNNの実況中継で見た。予想以上に秩序だった、

 

感動を与えるものであった。トランプ夫人の持つ

 

リンカーンの聖書とトランプ家の聖書の上に手を

 

置いて誠実に大統領の職務を全うすると言う宣誓に

 

多くの人々が感動したようだ。しかし就任式においても、

 

その後の大統領の職務発動においても世界の大手メディア

 

の報道は反トランプに彩られている。日本の多くの

 

マスコミも同様である。様々な世界政治の報道には

 

いずれも報道の意図が表明されるものだが、今日悪意

 

ある報道や偽の情報が放たれ、庶民が聞かされている

 

情報の真偽がさらに深く疑問を抱かせるものになって

 

いる。トランプ政権は既に偽情報を流すものとして

 

大手マスコミを相手にせず、独自のSNSを使っている

 

。これは悲しい深刻な事態である。日本の報道もその

 

真偽は疑わしいものになりつつある。情報こそ正確で

 

なくてならないにも拘らず、メディアの発信する情報

 

が偏っていては国民が危機にさらされる。私は見な

 

かったが、NHKの実況中継も客観性を欠いていたと

 

言われる。議事堂前に広がる公園にはオベリスクの前に

 

至るまで大群衆が詰めかけていたが、あえてまだ空席

 

の目立つ就任式前に撮った写真をオバマ大統領の

 

就任式と比較して参加者が少なかったと公表した。

 

しかしCNNで見た限りやはり空白が目立つなどと

 

いうことはなかった。特に残念だったのは就任式

 

の通訳者の無知と語彙不足はCNNの通訳放送では

 

聞けるものではなかった。途中から通訳をやめて

 

しまったが、その方がよく理解できた。聖書の朗読

 

や引用についての教養の無さは嘆かわしいものであった。

 

 

 

 

 トランプ大統領のクリスチャンとしての有り様に

 

ついては選挙前からの諸演説において、必ずしも

 

手本とされるようなものではなかったが、しかし

 

就任演説ではキリスト教国アメリカの味を十分出し

 

ていた。旧・新教派を超えて牧師、聖職者、ラビに

 

至るまで聖書朗読、祈祷、祝祷を担当し、式後の

 

昼食会においても祈祷をもって開式し祈祷と祝祷を

 

もって閉会する様子は他に見られない教会方式と

 

なっていた。過去の大統領がどうであったかは知ら

 

ないが、就任式前に家族とスタッフ一同が教会に

 

集い礼拝をもって就任式に臨む姿は初めて見た。

 

たとえすべてが形式的であると差し引いてみても、

 

改めてキリスト教国アメリカがなすべき筋道を

 

手本として示していたように思う。保守派キリスト

 

教徒の支援を得たものと言われる中でも、彼が

 

若い時からノーマン・ヴィンセント・ピール牧師

 

の推奨した『積極的信仰』を身に着けてビジネス

 

マンとして努力した人物であることを思えば、

 

就任式でのビリー・グラハム二世の祈りが大きな

 

意味を持ったと思われる。今後どのような

 

キリスト教的手腕を発揮するかは見ものだが、

 

すでに教会人として政治に責任を持つべきである

 

ことを発言している。そのために福音派の政教分離

 

の原則を見直すべきであるとの発言も聞かれる。

 

すでに日本の非キリスト教系保守派は宗教法人法に

 

ある教会の非課税を撤廃せよと発言している。

 

これは他宗教にも関係する事なのですぐに議論される

 

ことではないと思われるが、反戦平和を主張する左翼

 

系キリスト者の活動を敵視する人々の言いがかりとも

 

受け取れる。

 

 

 

 過去8年間のオバマ政権が実施した様々な政策が

 

代えられようとしている。まだ暫くは大変化が起こる

 

と思われるが、しかしEUにおいてもその影響は大きい

 

と言われる。先日欧州を襲った寒気団によりイタリア

 

南部でも大量の降雪があり、アドリア海に面した

 

リゾート地に雪崩が起こり宿泊者をはじめ大勢の方々

 

が亡くなった。多くの国際世論は寒さに凍える難民

 

 

 

にイタリア政府は支援すべきだとの意見が発表され

 

たが、実はイタリア人自身が初めて体験する豪雪の

 

被害で、難民は米国のオバマ政権が生み出したもので

 

あるから米国が積極的に救援すべきだとの意見が発表

 

された。信じがたい報道ではあったが、昨年地震で

 

被災した地域の復興も放置された状態で、難民救済

 

を優先する余裕は全くないとの意見であった。

 

これはインターネットで報道された記事ではある

 

が理解できる。

 

 

 

 今やメディアの報道が信頼されない事実を含む

 

とき、私たちは冷静にその発信源と報道機関を

 

見極めなければならない。日本の国政についても

 

同様のことが問われている。対馬は韓国に近い

 

日本海に位置するが、その多くは韓国からの

 

観光旅行者に依存していると言う。韓国風の

 

旅館が立ち、土産物店や食堂まで韓国人の経営だ

 

そうだ。自衛隊が駐留し、訓練を行う山奥の高台

 

に韓国人の男女3名が観光と称して島全体の写真を

 

撮っていたという。多くは北の工作員が誘致運動を

 

して島の議員たちも韓国旅行社に依存する島の経済

 

では口出しできないそうだ。ある写真を見たが、

 

対馬にある旅行者歓迎の看板はハングルと共に

 

「東海に位置する対馬へようこそ」と書かれていた。

 

やがて「竹島」同様に対馬も占有されかねない実情

 

であるとの事。大手メディアは一切このような記事を

 

報じてはいない。池袋北口近辺がチャイナタウンと

 

化しているように、善良な日本人は犯罪が多発化する

 

中で日本脱出を志向するようになっているのかも

 

しれない。

 

 

 

 トランプ新大統領の本領がどのように発揮される

 

かはなお不透明であるが、わたしはその根底に福音的

 

信仰のあることを信じて大いに期待したいと思う。

 

平和ボケした日本人の事情に誰かがくさびを打ち込む

 

ことであろう。

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 60》

 

    

    牧師 中川 寛

 

 

 

 

 様々な感動を呼んだリオ・オリンピックが閉幕し、

 

引き続きリオ・パラリンピックが開催される。困難を

 

克服して四年ぶりに世界の各アスリートたちが競技

 

を競う。そして四年後には東京・オリンピック、パラリン

 

ピックが開催される。すでにその準備が着々と進め

 

られている。暗い紛争とテロの時代を迎えたが、世界

 

の人々が平和の祭典を成し遂げることには大きな

 

意義がある。人はどのような環境にあっても夢を

 

持ち続け、努力を重ねることが世界平和と発展に

 

結びつくことを覚えたい。同時に様々な不正も

 

暴かれ、時間はかかってもよい進展がみられるに

 

違いない。

 

 

 

 

 1964年の前回東京オリンピック開催時、私は

 

高校2年であったが、前年のプレオリンピックを

 

通じて大阪でマラソンのアベベ選手を見た。

 

またアフターオリンピックでは当時の新設長居

 

競技場で英国の美人ランナー、アン・パッカー

 

選手を見た。日本のアスリート達の熱戦の様子を

 

テレビ観戦したが、同時に直接外国選手の様子

 

を見ることができたのも世界に目を向けるきっかけ

 

になった。ぜひ東京では青少年たちに大きな夢を

 

描かせる大会を開催してもらいたい。教会も世界

 

の人々を招く礼拝の準備をしたいと考えている。

 

 

 

 

 この八月、教会関係のK婦人が亡くなられた。

 

先に亡くなられたご主人の葬儀を行った関係から

 

ご子息が八月初めに相談に来られ、主治医から

 

病状が進んでいるとの話を受けたという。いつも九月

 

の召天者記念礼拝にご家族で礼拝に参加され、

 

お孫さん達も卒園生であった関係から、バザーでも

 

協力して下さった方であった。話を伺って入院先の

 

病院にお見舞いに伺ったが、すでに人工呼吸器を

 

つけて眠っておられた。一週間後に息を引き取られ

 

葬儀を行った。改めて深く身に感じたことであった

 

が、一人一人の人生は推し量ることのできない

 

深く大きな歴史と伝統に支えられている。そして

 

どんな人も豊かに価値あるものとされているという

 

を覚えさせられた。

 

 

 

 

 お元気な頃、お目にかかって言葉を交わす中に、

 

K夫人は常に凛とした気品ある立ち居振る舞いを

 

される方だとの印象を持っていた。ご家族の話から

 

生前、茶道石州流の師範をされ、お茶の仲間と深く

 

親交を持たれたとの事であった。私は茶道に

 

ついては千利休と共に裏と表の関係しか理解して

 

いなかったが、石州流についての知識を深くした。

 

 

 

 

 

片桐貞昌(石州)は関ヶ原の戦い後、小泉藩

 

(大和郡山)の第2代藩主であったが、1665年

 

徳川家綱の時代に茶道指南となり江戸時代の

 

武家社会において、武士道を志す作法の一つ

 

として深く深く武士階級に浸透した流派である。

 

芭蕉の門人であった宝井其角もその流儀の茶を

 

たしなんでいたという。歌舞伎で有名な赤穂浪士

 

討入前夜の忠臣蔵外伝『松浦の太鼓』は私の

 

好きな演目の一つであるが、見事に武士道精神

 

が演出されている。

 

 

 

吉良邸隣の平戸藩江戸屋敷の松浦候が主催した

 

茶会の席で、赤穂藩と親しい俳人其角を罵倒し、

 

松浦候は、仇討ちをせぬ赤穂は、同じ山鹿の門下

 

であっても、赤穂藩は意気地なし、と卑下していた。

 

其角の友人、歌人でもあった赤穂浪士大高源吾

 

忠雄)は前日両国橋の袂で、大晦日のすす払い

 

の竹売りしていたところ、其角に出会い西国への

 

就職が決まり明日旅たちすると話した。宝井其角

 

はそれを聞いて、『年の瀬や水の流れと人の身は』

 

 

と詠んだが、大高源吾はこれに応えて、『あした待た

 

るるその宝船』と返したという。宝井其角が罵倒され

 

た松浦邸の茶会を去ったあと、隣の吉良邸から

 

山鹿の陣太鼓が響き、松浦候もその音を聞いた。

 

やっと赤穂浪士の仇討ちが行われたことを確認し、

 

松浦候は興奮して赤穂藩を褒め、喜んだという

 

内容である。茶道石州流は松江の松平藩、彦根

 

の井伊直弼らにも受け継がれて礼節を知る武士道

 

の精神的人格形成にも大きな影響を与えた。

 

 

 

 

 実はK夫人の家系から他に大きな武士の伝統を

 

学んだ。旧姓恩田と言われ、信州松代藩真田信安

 

に家老として仕えた恩田民親(木工もく)の末裔で

 

あることを教えられた。テレビでは真田幸村物語が

 

行われているが、信州に残った江戸中期の松代藩

 

真田家再興に努力された恩田木工については

 

直接歴史を学ぶ人か信州地元の人でしか知らない

 

のではないかと思う。しかし恩田木工の働きは注目に

 

値する。文献によれば次のように記されている。

 

恩田 民親(おんだ たみちか、享保2年(1717

 

- 宝暦121月617621月30))江戸時代

 

中期の松代藩家老百官名は木工。恩田木工

 

(おんだ もく、「杢」とも記される)として知られる。

 

宝暦7年(1757)民親は「勝手方御用兼帯」に

 

任ぜられ藩政の改革を任された。質素倹約を

 

励行し、贈収賄を禁止、不公正な民政の防止など

 

前藩主時代に弛んだ綱紀の粛正に取り組んだ。

 

また、宝暦8年(1758藩校「文学館」を開き文武

 

の鍛錬を奨励した。民親の取り組んだ公正な政治

 

姿勢や文武の奨励は、藩士・領民の意識を改革

 

した。松代藩は幕末期には8代幸貫は佐久間象山

 

を登用した。1847弘化4年)善光寺地震

 

起こり復旧資金の借り入れにより、藩債は10万両に

 

達した。9幸教は、ペリーの浦賀来航時に横浜

 

応接場の警備を命じられ、その後も江戸湾の第六

 

台場等の警備などを務めたことで、藩財政は破綻

 

寸前となった。先代幸貫が計画した新たな藩校

 

文武学校」を1855安政2年)に開校した。

 

1864元治元年)、朝廷から京都南門の警衛を

 

命じられ藩兵を率いて上洛し、禁門の変が起こると

 

参内して朝廷の守りについた。明治維新の際、松代

 

藩は比較的早くから倒幕で藩論が一致し、戊辰戦争

 

には新政府軍に参加して多大な軍功を挙げた。

 

1871明治4年)廃藩置県により松代県となり、

 

その後、長野県に編入された。』とある。夫人の

 

弟君が葬儀に伴われ、「姉が亡くなって寂しく

 

なった」と悲しまれたが、激動期を生き抜いてきた

 

ご家族の伝統は今後も消えるものではないだろう。

 

しかし夫人は決して自らの家系を誇ることはなかった。

 

ご子息によると『母は内助の功に徹して、父に対して

 

あれこれ言うことは全くなかった。』との事であった。

 

 

 

 今日各世界で女性の活躍には目覚ましいもの

 

がある。しかしそれは単なるウーマンリブとは違うもの

 

である。筋の通った立ち居振る舞いができる背後

 

にはそれなりに教育されてきた伝統がある。世の為

 

 

人の為に働くことは一朝一夕でなしうることはできな

 

い。せいぜい続いても三代までと言われるのも無理

 

からぬことである。かつて新渡戸稲造は『武士道』を

 

発表したが、内助の功を語る婦人について次のよう

 

に記している。『娘としては父のため、妻としては

 

夫のため、母としては息子のために尽くすことが

 

女性の役割であった。男性が忠義を心に、主君と

 

国のために身を捨てることと同様に、女性は夫、家、

 

家族のために自らを犠牲にすることが、たいへん名誉

 

なことであるとされた。自己否定があってこそ、

 

夫を引き立てる「内助の功」が認められたので

 

ある。』 かつてはそれが良妻賢母の教えであった。

 

今働く女性を前に同じことは言えない。しかし家族の

 

伝統は様々な場で培われることに違いはない。

 

悲しいかな今日では葬儀も簡単に済まされて

 

しまう時代であるが、冠婚葬祭を通して実は人は

 

精神的に深く養われているのである。物質主義

 

やエゴを主張する新自由主義も実は人間の本当

 

の豊かさを刈り取ることになっていないかを反省

 

しなければならない。多くの友人に恵まれている

 

ことを感謝する。

 

 

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 59》(『月報7月号』より)

 

 

牧師 中川 寛

 

 

 

 英国のEU離脱についての選挙結果には

 

驚いたが、しかし難民を抱えたEU世界の実体

 

を知らされるにつけ、各国の経済的社会的現状

 

が将来の不安を生んでいることが理解される。

 

英国の離脱決議も実行されるのは二年後との

 

事であるが、世界経済がどのように推移するかは誰

 

にもわからない。一時の株価暴落によって300兆円

 

ものお金が消える世界は理解しがたいが、やがて

 

社会にも反映される事であろう。グローバルな

 

世界に縛られている世界の現状では金融業界

 

は一番左右されることになる。或いは持てる者

 

の悩みと言うべきか。その日暮らしの小市民に

 

すぎない私達には尽くす手立てなどないが、

 

せめて日本の将来を考え、世界の未来を志向

 

する政治家に立ち上がってもらいたい。あらゆる

 

利権にあぐらをかいて政治的権力を行使する

 

人々には天罰が降るとあえて予告したい。政治

 

資金規正法による常識を超えた金銭感覚に

 

生きる人々の実体を知らされ、減税を断行せよ

 

と叫ばなければならない。富を持たざる小市民

 

はせめて正義を貫き良心を尊重する生き方を

 

貫きたいと思う。

 

 

 

 

 

 それにつけてもクリスチャンが神を畏れ真実と

 

公平、正義を求めて生きる価値観を身につけて

 

いるはずなのに、その信仰が子孫に継承され

 

ないのは残念なことである。教会との結びつき

 

を曖昧にしてきた結果である。西洋の自由主義

 

と共に信仰の自由を放置したことが家庭崩壊を

 

生み倫理の規範を持たないまま成長して瓦解

 

する結果となる。封建時代への復古主義は是と

 

しがたいが、武士道に裏打ちされた日本人の

 

精神的健全さはそれなりの価値を持っていた。

 

終戦後は天皇制と復古主義は否定されたが

 

キリスト教的精神文化が継承されなくなって

 

混乱を来した。教育勅語は『朕思うに~』から

 

始まるゆえに天皇優先の勅語であるが、モーセ

 

の十戒、山上の説教、主の祈り、キリスト者の

 

生活訓等聖書に基づく教訓を学べば、

 

教育勅語よりはるかに優れた教えであること

 

が分かる。キリスト者はそれらの戒めを軽んじ

 

てきた。信仰は個人の自由との思い込みにより

 

聖書の絶対性を解いてこなかった。『修身』とは

 

まさに身を治めることであるが、中国では君子・

 

貴人・大人の教育の為には『四書五経』【四書

 

とは大学・中庸・論語・孟子、五経とは易経・

 

詩経・書経・春秋・礼記(らいき 儀式作法の

 

書)】を学ばせた。士族の家庭においても

 

「修身」を重んじた。また古くから日本では

 

修身・斉家・国家安寧』(身を修め、家を整え、

 

しかして後に国が安定する)との教えがあった。

 

しかし戦後教育は戦争に結びつくものとして

 

すべて古い教育を否定し、新しい自由主義

 

なる道徳倫理を教えることになった。聖書は

 

最も古い人間教育の書であり人生の教導書で

 

あるが教会もまたこれを軽んじた。

 

 

 

 先日聖学院で開催された『教会と学校との

 

懇談会』に参加した。聖書科の教師が文科省

 

の決定した「道徳」教科の推進に危惧を抱いて

 

いたが、かつて聖学院院長であった小田信人

 

牧師は、戦後義務教育課程においてキリスト

 

学校の道徳教育は「聖書」をもって行う事を

 

主張し、中学校における教科としての「道徳」

 

に聖書の教育を認可させた。それ故に私の

 

教員免許は「宗教」であり、「聖書」を教える

 

のである。私は教科としての聖書を教授して

 

きた。聖書の教授は日本の道徳教育に先立ち

 

世界の人間形成の規範として受容されている

 

ことを確認すべきである。キリスト教の経典を

 

教えることに異議を唱える者がいても。かつての

 

文部省が道徳に代わる教科として「聖書」を認可

 

している事実を認識しなければならない。これは

 

日本文化・教育への戦いの足跡であり、福音の

 

勝利のしるしである。

 

 

 

 

 

 

  《慰めと励ましの言葉 58》(『月報6月号』より)

 

 

牧師 中川 寛

 

 

 

 

 

    先日G7サミットが閉幕し、米国のオバマ大統領が

 

  広島の平和公園に足を延ばし、原爆資料館の見学と

 

  原爆慰霊碑に花輪を飾った。現役大統領としては

 

  71年目にして最初の人となった。戦争の様々な弊害

 

  が今日も多くの人々の人生を狂わせている。どのような

 

  ことがあっても戦争を起こしてはならない。不戦の誓い

 

  を持ち続けたい。米国大統領の広島訪問については

 

  様々な議論が飛び交った。その基本は謝罪はあるか

 

  とのことであるが、現役の米国大統領が謝罪するはず

 

  がない。45年8月6日の朝、祖父を失った私も謝罪を

 

  望んでいたわけではない。今更謝罪されても私たち

 

  の現実は変わらない。それより被爆地に足を運ぶこと

 

  の方が重要なのだ。

 

 

 

 

    米国は日本の終戦後も世界戦争を継続して

 

  いる国である。その国の責任者が71年前とはいえ、

 

  被爆国日本に謝罪するなど、世界の笑い者になる

 

  以外の何者でもない。謝罪するなら初めから戦争

 

  を仕掛けなければ良いのだ。しかしミリタリー優先の

 

  国家形成をしてきた米国がかつての敵国に謝罪す

 

  れば、将来にわたって米国は窮地に落とされてしま

 

  う。それでも謝罪を要求するなら、それは平和的

 

  展望を開くことのできない戦争愛好者になるだろう。

 

  現に各地域で戦う米国の存在が曖昧になるととも

 

  に、被害を受けた様々な国々が当然黙ってはいな

 

  いからである。

 

 

   

 

    まず被爆地を訪問して、かつて普通の人々が

 

  突然その生活を破壊され、地獄の惨状を味わわ

 

  されたか、またかつての惨状から広島長崎の

 

  人々、また日本国民がどのように立ち上がって

 

  きたかを見て、知るべきなのである。多少とも

 

  この残虐な世界をともに共有することが大事

 

  なのである。米国は今後も核爆弾を使用しない

 

  と言う約束はない。しかし広島長崎を訪問すれば

 

  直ちに核戦争を引き起こそうとする野心は制限さ

 

  れるのではないかと思う。

 

 

 

 

 

    オバマ大統領が真剣な表情で献花する映像は

 

  それなりに世界最高の為政者として緊張と決意

 

  に満ちたものであったと思う。その演説の内に核

 

  削減の決意は表明されていたが、勇気だけでは

 

  実現しないだろう。スピーチの後のヒバクシャとの

 

  握手と抱擁においてこそ謝罪と核廃絶の思いの

 

  表れがあったと思う。恨みを超えて敵国のヒバク

 

  シャが大統領を迎え入れるその心情こそ偉大な

 

  ものであった。

 

 

 

 

 

    日本人は被害を受けてもおとなしく、消極的な

 

  人種だと思われているが、もしそうなら戦後の

 

  目覚ましい復興と発展はなかったであろう。他の

 

  人種とは違った高い倫理性と向上心を持つ民族

 

  であることを自覚すべきであろう。

 

 

 

 

   戦時国際法に照らしても民間人への無差別

 

 攻撃であった原爆投下は赦されるものではない。

  

 東京大空襲や終戦間近か地方都市への空襲も

  

 同様である。また東京裁判における戦犯者への

  

 不公平な判定についても断じて許しがたいものが

  

 ある。戦争は軍関係を相互にやり合うことであって

   

 無辜の市民への虐殺行為は許されるものではない。

 

 

 

 

    謝罪は責任が伴うと共に相互に裁き合う結末を

  

 得る。謝罪があったから相互の関係が友好的にな

  

 るとは限らない。本当に赦された経験を持つ者の

  

 みが敵を許すことができるのである。キリスト教国

  

 であったはずの米国内において、大統領の広島

  

 訪問を良しとしない事情は目に見えて貧相な国民

  

 性を表明していることではないだろうか。しかし

  

 米国の国内事情はともかくも、オバマ大統領が

  

 被爆地を訪問し、歴史的なスピーチを行ったこと

  

 は是としたい。戦争の悲劇は終わらないが、反戦

  

 平和運動をもって平和が実現できるものではない。

  

 平和への意思が平和を生むのである。

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 57》(桜台教会『月報5月号』より)

 

 

    牧師 中川 寛

 

 

 千回を超える余震の続く熊本地震は今なお大勢の方々に

 

避難所暮らしを強いている。健康の被害は更に人々を苦しめ、

 

将来に対する不安の度を増している。私達は一刻も早く余震が

 

治まることを祈り続けている。直接的にはヴォランティア支援に

 

出かけることはできないが、様々な形で応援している。21年前

 

の阪神淡路大震災以来、東日本の災害に続いて今回もまた

 

日頃余り地震災害を予想していない地域で起こった。関西で

 

育った私は大きな揺れを経験したことが無かった。三鷹の寮

 

にいて、東京での小さな地震を経験して表に飛び出し、友人

 

達から笑われたことがあった。伊豆の新島では地鳴りのする

 

地震を経験し、動物の悲鳴を聞いて多少の怖さを経験した

 

が、島の人々は日常の事としてさほど慌てた様子はなかった。

 

しかしその後、火山の噴火を経験した大島や三宅島の方々に

 

おいては、離島避難しなければならない困難を経験される事

 

となった。小さな奉仕ではあるが、常に相互扶助の精神をもって

 

人々の救援援助の為に協力することを惜しんではならないと

 

肝に銘じている。特にゴールデンウィークに当たり被災者の

 

方々に平安が得られるように祈りたい。

 

 

 

 

 しかし人の不幸に乗じて泥棒や詐欺を働く輩は赦せない。

 

困難に乗じて悪を働く人々には必ず天罰が降ると明言したい。

 

そんな中、嬉しいことがあった。礼拝に来ていた求道中の青年

 

が牧師と挨拶を交わして別れた後に、自分のマンションの部屋

 

の鍵と自転車の鍵の付いたキーホルダーが無くなったと再び

 

戻ってきた。本人は自転車を固定して礼拝堂に入ったので

 

他に落ちている場所は無いと10分近く探し回ったが、果たして

 

発見できなかった。それは彼が私に受洗を申し出た直後で

 

あったので、私も何とか見つかるようにと必死で祈った。最近

 

のマンションの玄関の鍵は共同なので、住民全体に迷惑がか

 

かる。さらに交換の為に金額も高くなる。全員がほぼ諦めかけ

 

ていた時、念のために交番に届けておいた方がよいと御婦人

 

からアドヴァイスがあり、近くの交番に届けることにした。教会

 

では午後役員会があり協議案に集中したが、約1時間後に

 

ご本人が大喜びで教会へ戻ってきた。開口一番、どなたかが

 

教会の前の通りで鍵を拾い交番に届けておいてくれたと言う

 

のである。彼は自転車を置いた後、向かいの自販機で飲み物

 

を買った際落としたのではないかと自分の足跡を振り返った。

 

どなたか知らないが殊勝な方に皆感謝した次第である。一瞬

 

彼は地獄から天国に入った気分であると感謝して帰って行った。

 

 

 

 

 もう一つの話題も香港からの留学生の嬉しい報告である。留学

 

生の呉君は最近教会へ来た求道者であるが、熊本での地震の

 

実情を知り、中国人旅行者が日本語が分からず困っていた時、

 

SNSを通じて日本語に通訳して日本人に見せるとどこに行けば

 

良いかを教えてくれると言う翻訳のヴォランティアを始めた。

 

実際は日本人がどう伝えて良いのかわからなかったようだが、

 

旅行中の中国人にも安心できる手助けになったと言う。バク買

 

いやモラルの無さで批判されることの多い中国人旅行者では

 

あるが、震災の中でも安心できる情報を提供してあげることは、

 

人間同士の平和への大きな証しである。今後文化交流がさら

 

に進む上で、教会員は少なくとも『善』と言われることについて

 

は積極的に実行したいと思う。

 

 

 

 

 今教会では可愛いベィビー達が次々に与えられている。都会

 

での子育ては若い夫婦に負担がかかり様々な困難に遭遇して

 

いるが、是非、若いカップルの良い交流がなされ、継続して互

 

いに協力し合い、育児の手助けになる機会を提供したいと願

 

っている。

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 56》(桜台教会月報4月号より)

 

牧師 中川 寛

 

 

 

   昨年の秋以来教会の新しい展開を模索しつつ、他方桜台幼稚園

 

の閉園処置が不透明のまま、都税事務所から教会が無償の賃貸契約

 

している幼稚園使用地に対して2年分の固定資産税を課税するとの

 

通知を受けていた。その額約五百万円と言われていたが、今年2月に

 

なって四百七十余万円の請求書が届いた。教会の財政は赤字続き

 

で自転車操業の中、降って湧いた様な多額の税金支払いに困惑し

 

ていたが、逆に幼稚園から園舎を借りているとの無償の契約書が

 

あれば宗教法人は本来無税であるとの民法に従って処置すること

 

が出来るとの話を聞き、幼稚園側に話して契約書を作成した。

 

受難週の出来事であったが、都税事務所から桜台教会に対す

 

る固定資産税の課税は無税扱いとするとの連絡があり、年度末

 

の慌ただしい時であったがホット胸をなでおろした。教会の課題

 

がすべて解決したわけではないが、新しい活動の方針を確定す

 

るためにも今後の決断が求められることとなった。ぜひ皆さんに

 

教会の課題を覚えて祈っていただきたいと願う。

 

 

 

 

 

   イースター礼拝では信仰告白式があった。主イエスが言わ

 

れたように『幼子のようにならなければ天の国に入ることはでき

 

ない。』との言葉の通り、Aさんの立派な信仰告白を聞いて

 

出席者一同心から感謝した。教会員であろうとも各自は

 

信仰の度合いを推し量ることはできない。しかし福音に

 

生かされ、神への信頼に生きる信仰者を神は選び分かち、

 

豊かな祝福をもって支えておられることを知らせてくださった。

 

茅ヶ崎に住むY姉が久しぶりに礼拝に出席され、お目出度の

 

吉報を知らせてくださった。また多くの子供たちが礼拝後

 

エッグハントをし、楽しい愛餐の時を持った。久しぶりに

 

礼拝に参加された求道者の方々や初めて桜台教会に来られ

 

た方々など新しい夜明けを告げるイースターの礼拝を共に

 

することが出来た。年配の方々も礼拝に出たいとの願望を

 

もって日曜日を過しているとの事であった。確かに礼拝出席者

 

が少ないことはある種のさみしさを覚えるものではあるが、

 

できるだけ多くの方々を覚えて、平安と祝福が与えられる

 

ようにと牧会祈祷をささげている。

 

 

   私は日曜日の夜Ustreamを使って米国の日曜朝礼拝の

 

様子を学んでいるが、イースター礼拝で会衆が『キリストは甦

 

られた!』と声を合わせて語り合っている姿に触れ、時代を超

 

えて主の復活を喜ぶ共同体の在り方を学んだ。米国の教会も

 

礼拝の様子は様々で、共通しているところは聖歌隊で歌う方々

 

に高齢化が進んでいることや礼拝出席者が減少しているとこと

 

である。普段の礼拝では空席が目立っている。説教者は絶え

 

その問題を受け止めているようだが、様々な理由で礼拝に

 

参加できない人々が増えていることに変わりはない。

伝統的な賛美歌を歌うところもあれば、ギターを弾いてゴスペルで

讃美しているところもある。黒人教会では手を挙げて体を震わせて

讃美するところも少なくない。改革派や長老教会、メソジスト派

やバプテスト派の教会観の違いも鮮明である。ルーテル派は

信徒が司会を担当している。できることならインターネットで

配信できるような準備もしたいと考えているが、やはり礼拝に

共に集って互いの顔を見、声を掛け合って、初めて生きた

神の家族としての交わりが保たれることを覚えたい。特に桜台

には有難いパイプオルガンの響きがあることを感謝したいと思う。

自然の音が直接五感にひびく美しいオルガンの音色が小さな

子供の時から肌に伝えられることは何と幸せな事かと感謝

したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 54》(桜台教会月報3月号より)

 

        牧師 中川 寛

 

 

 

 今年の2月末、友人知人の死とご家族の死亡連絡を受けた。又自死した若い大学生の母親からも連絡を受けた。彼はうつ病で苦しんだ後電車に飛び込んだとの事であった。特に学校での働きを長く続けた私には普通の方より人間関係が多くあり、感謝と共に責任を感じることも多い。バス事故で多くの大学生の尊い命が損なわれたニュースもあったが、まだ若い多くの可能性を持つ若者の死は特に心が痛む。

 

 

 

3月に入って聖学院関係の方の葬儀が続いた。お一人は学校でくも膜下出血の為倒れ、五日後意識が戻らないまま亡くなられた。現役の数学のS先生で、前夜式には生徒と共に保護者の方々が大勢弔問に参加された。寒い夜であったが同僚の教員達がよく奉仕された。定年まで数年を残しての死は本人は元よりご家族、学校にとっても大きな損失であった。大学卒業後母校に奉職され私も随分世話になった。35年前、中学校は生徒不足で中学担当の教員が、遠く近く生徒募集の案内書をもって公立小学校への訪問を重ね何とか中学校を維持してきた。『やる気、本気、根気』の三気主義を掲げて教員が率先して校外授業に出かけ、その下見には若いS先生が常に率先して自動車を提供された。クラブ活動対外試合などでの生徒引率で担当教員が引率出来ない時も自分の責任のように自ら引受け責任を果たされた。長く進路指導部の責任を持たれたが、3年生が大学合格発表なるときれいな字で短冊に祝合格と大学学部名を書いて廊下を張り紙で一杯にされた。理科大卒の数学担当で、ややこしい会議の議論が行き詰った時には必ず論理の筋を通して事柄の解析をして議事進行に寄与された。同期の卒業生仲間からもその頭脳明晰さには一目を置かれ、裁判官になられた卒業生の保護者から頭の良さを褒められていたことを思い出す。まだまだ学校にとっても重要な役職を担う方であったのに残念でならない。

 

 

 

もうお一人の卒業生はもとNHKのスポーツアナウンサーとして活躍された西田善夫さんである。彼は母校を愛し通された。ある時滝野川教会での説教の奉仕をさせて頂いたが、西田さんは役員として接待して下さり、礼拝前の一時、祈祷室で礼拝の為と聖学院の為に熱心にお祈り下さった。キリスト教学校がこうした卒業生の熱心な信仰に支えられて祈られながら教育活動が進められていることを実感として味わうことが出来て感謝した。ノンクリスチャンの教員の多いキリスト教学校ではあるが、卒業生の祈りが学校を支えている事実は実にすばらしい。聖学院ならではの事であろう。西田さんのアナウンサーとしての働きや横浜サッカー場場長としての働き、話術の巧みさについては私が述べるには及ばないが、ラジオを聞きながら西田さんの声を聞くと安心して実況に耳を傾けた。実業界においてもその働きの広さ深さは葬儀で捧げられた献花のご芳名から納得されるものである。聖学院の卒業生には共通した誠実さがある。皆真面目に精一杯職務にまい進し社会に良い感化を残される。同窓の方々に報道関係の方が多いのも西田さんの存在が大きいものであったと思われる。ご遺族の皆様に主の平安と慰めを祈りたい。

 

 

 

 聖書に基づく生き方は崩れることが無い。常に魂の在りかを神においているためである。先の見えない厳しい時代ではあっても様々な良き知恵に導かれて栄光のために用いられる。先日オルガン委員会で教会の働きが世界の方々に注目されていることを知った。今年もヨーロッパからオルガン演奏の申し込みが続いているとの事。楽しみである。

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 53》  (桜台教会月報2月号より)

 

牧師 中川 寛

 

 

 

 

 

かつて長男が早逝した時、彼の中高生時代の遺品を

 

整理していて西武の清原選手の写真やグッズが

 

沢山出てきた。勿論それらは処分したが、

 

覚せい剤所持の現行犯で逮捕された事件を知り、

 

PL時代から注目していた大物スラッガーで、

 

岸和田出身者でもあったので私も多少の関心を

 

持っていた。

 

薬物に走る人々にはそれなりの理由はあるので

 

あろう。しかし反社会的犯罪であること、

 

またダルクの人々を通じて聖学院中高の教師時代

 

毎年特別講演を実施し、「あなたは人間を止め

 

ますか」との覚せい剤についての恐ろしい誘惑

 

について教えてきたにもかかわらず、有名人の間

 

からこのような事実が明るみに出て、次々と

 

逮捕者を出す現実に教育はいったいどうなって

 

いるのかと思わざるを得ない。今日の社会的虚構

 

をもっと深くあばくことが求められる。個々人の

 

人間は本来孤独なものであるが、その深みに

 

はまらないために魂の教育と信頼できる人間関係

 

の構築が求められる。

 

 

 

 

 

キリスト教学校においてこそもっと積極的に

 

良い手本を示し、若い時から本物に触れる感動

 

の教育を提供して行かなければならない。

 

日本社会には孤独な魂を活性化する福音が無い。

 

宗教においても同様である。人々に注意を喚起

 

することはできても、残念ながら良い模範を

 

体験させる場が無い。大人各自がその精神に

 

生きる努力を失っている。ある年配の評論家

 

は「戦後日本の全てに失望している。日本のみ

 

ならず世界に失望している」と言う。

 

 

 

 

しかし私はそうは思わない。

 

昨年の秋以来昨年の秋以来新しい

 

 目覚めを経験している。一つは昨秋英国で行われた

 

ラグビーワールドカップ2015で不屈の三勝を挙げた

 

ジャパンラグビーの出現である。南アフリカとの対戦に

 

勝利した試合のビデオは何度見ても不可能を可能に変え、

 

我々に新しい生き方を示唆してくれる。もう一つはNHK

 

朝ドラの主人公「広岡浅子」の生き方である。朝のドラマ

 

では展開されないが、60歳を超えて大阪教会で洗礼を

 

受け、クリスチャンとして書き残された著書『広岡浅子

 

人を恐れず天を仰いで「復刊一週一信」』(新教出版社)

 

は百年前の書物とは思えない新鮮さを提供し、ドラマと

 

は比較にならない質の高い内実を私達に語りかけている。

 

企業人としての多忙極める日常生活にあって、彼女は次の

 

ように記している。

 

 

 

『黄塵万丈(こうじんばんじょう)の大都会に居を

 

 占めている者は、色々な社会の暗黒面が目につき、

 

気にかかり、さてはこれがために心痛し、かつ憤慨

 

し、悲哀を催すことがある。多忙の身はようやくに

 

して一週一日の聖日に教会に出席して礼拝すること

 

によって、心の塵やあくたも穢れも洗い清められる。

 

これによって心の雑念を払い、礼拝の間は少なくとも

 

聖別を覚ゆるのであるが、たちまちにして六日の間は

 

また塵にまみれ、穢れに泥み、朝に夕に神に接し

 

キリストに交わらんとしても、あらゆる雑念汚思の

 

ために耐えきれない感じがする。けれども、神は

 

卑しき者の祈りにも耳傾け、かつは心に鴻大なる

 

恩恵を与えてくださる経験をするのである。

 

夏の天地自然の懐は、俗事に忙殺され疲労し切って

 

いる人心を抱擁しようと待っている。そこに神の黙示

 

とインスピレーションを与えんとしておる。かかる

 

天地自然の間にあって、思索し、瞑想にふけり、更に

 

祈祷に思念を凝らすことは、我らクリスチャンにとって

 

いかに楽しく喜ばしいことであろう。』(92頁より) 

 

 

 

 

 

教会生活を通じて『聖なるもの』との触れ合いを

 

経験することが魂の再生の原点である。先日桜台教会

 

で開催された「オルガン弾き合い会」で7名の方々に

 

よる演奏会が催された。直接肌に触れ、響きわたる

 

オルガンの音色は作曲者の目指す曲質と演奏者の

 

真心と傾聴する聴衆の聞く姿勢に大きく共鳴し、

 

聖なる至福の時を提供し、聖霊の祝福を実感する

 

場となった。感謝である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 52》


     牧師 中川 寛



  8月以来書きたいことが書けないでいた。その理由の


第一は約一カ月に亘る入院生活の所為である。変形性股関


節症による痛みを除去するためにラグビー部OBの整形


外科医の勧めに従った。経過は良好で手術した右の股関節


の痛みは消えた。今は手術していない左の痛みが増して


いる。歩きすぎたり、重い荷物を持った後は必ず左足に


神経に痛みが走る。良い機会を得て早い時期に左側の


手術をして頂こうと思っている。実は右足が術後1.5㎝


長くなった。執刀医によればそのうち縮むとの事であるが、


約12センチの大腿骨置換手術で、見た目には約10センチ


に切り傷が残るが、やはり大手術だったそうだ。多少ビッコ


で歩いてはいるが、痛みのない生活がこれほど有難いとは


思いもしなかった。世話になった方々には感謝である。


足の長さの違いに気付いたのは4日目にベッドから降り


て立ち上がった時であった。足の長さの違いによって


以前記憶していた平衡感覚がずれて目眩を覚えるほど


であった。両足で立ってはいるが奇妙な感覚で存在の


不安を経験する事となった。入院中はずっとその感覚


が消えなかった。『しっかり立ちなさい。』と言われた


事態が実は足元が定まっていないことにより、不安と


目眩を惹き起こすことになるとは70歳を前に恥ずかしい


思いを持った。人生を間違いなく生きるために、両方の


足でしっかり立つことがどれほど恵まれていたかを感謝


した。4人部屋に入院したが出入りの激しい部屋で


あった。34日間は長期入院と言えるが、それでも


一度も顔を合わせない同室の方がいた。彼はもっと


長く入院して歩くための治療を受けているようで


あった。また様々な障害をもって入院されていて、


看護師さんが始終呼び出されたり、深夜に検診される


姿を見て医療に従事される方々の努力の一端を垣間


見ることが出来た。

   


  病院の紹介によって今回の手術で障害者の申請を


した。股関節置換手術は以前は「障害度4」であったが


片方だけで「障害度6」となり、両方手術の場合は


「5」になるとの事であった。区役所の職員の方々も


とりわけ優しく対応して下さったように思われた。


杖は用心のために常に持ち歩いている。しかし杖なし


で歩くのであちこちに忘れがちである。医療環境が


進んで大変ありがたい経験をすることが出来た。

 


  11月に入って療養を兼ねてハワイの長女宅へ


出かけた。有難いことにプールに入ってリハビリを


続けることが出来た。しかしハワイの事情も多々知ら


されるにつけて、こちらも努力しなければ強く生きて


行けない現実を思った。ホームレスは相変わらずで、


全米でハワイ州が一番多いそうだ。本土からホームレス


の人々が片道チケットでハワイに来ると言う。温かい


ので暮らし良いとの事だが、ホノルルの子育て中の方


によると、近くの公園では子供たちを散歩に連れて


行けないと言う。ワイキキの並びにはきれいな公園


があるが「ゲイパーク」と呼ばれて夕方から夜間は


同性夫婦が集まってきて気持ちが悪いと言う。


とりわけ大きな問題は4年前の東日本大震災に


よって引き起こされた津波で流されたゴミが半端


でなく、ハワイの各海岸に流れ着いて砂浜の掃除


に合わないとの事であった。温暖化の影響かゴミ


の影響か人食いサメの出現で、オアフ島でも被害に


遭った人が出て注意を呼び掛けているとの事で


あった。それでも美しい虹と夜空の星の輝きは


自然の美しさを誇っていた。またある友人の誕生


パーティーに行く機会を得てハワイの方々の交友


関係の豊かさに与かった。ハワイは狭い社会だと


言うが、人々は世界を相手に広く活躍している人々


が多い。世界の情報を交換し合いつつ、そして多く


の場合クリスチャンの交わりを保ちつつ、彼らは


日常生活を神と国家と家族のために努力している姿を


見せてもらった。ホノルルにある日系人教会の


マキキ聖城キリスト教会も日系人の子連れのママ


達が、子供達への日本語教育と共に情報を交換


しつつ安全に生活ができるよう良い交わりを


続けていた。



さて、新しい日本社会の出発の時が来たように


思われる。直接的には企業に従事しているわけ


ではないが、9月のラグビーワールドカップ


英国大会で果たしたジャパンの成果は今後の


日本人の在り方を示しているように感じた。


まさかと思われる三勝一敗の醍醐味は今後の


日本社会の行方を暗示する刺激的な教訓を


見せてくれた。エディーHCと共に活躍した


ジャパンラガーメンの成果は、世界を驚かせ、


新しい日本人像を明瞭に抱かせたものと


なった。50年前、初めて花園の芝生の上で準


決勝を戦った高校時代には想像もしなかった


新しい時代の幕開けである。古い思い出しか


持っていない私ではあったが、ワールドカップ


にはオリンピック同様、従来通り参加する事に


意義があるとの思いしかなかった。体格、経験、


実力が余りにも違いすぎたラグビーの世界で、


まさかと思う成績を残した。南アを倒し、


サモアを倒し、アメリカに勝利したその善戦


ぶりは古いイメージしか持たない私の思いを


撃破した。スコットランドには敗れたが、しかし


それもまた日本の現状を自覚させるものであり、


合わせて次回につながる戦いであった。どんなに


強くなっても、優れた実力を持つ選手がいても、


15人の集団で三勝挙げることは至難の業で


あるが、チームがまとまり激しい練習を経て


高い目標を持続し、成し遂げた成果はまさに


不可能を可能に変え、新しい風をまき散らした。


「ジャパン・ウエィ」なる方策が世界に認められ


ることとなった勝利の成果である。

 


  中高時代にクラブ活動を通じてラグビーに触れ、


その後聖学院中高でラグビー部創設と仲間たちとの


プレーを共にしてきたことは実に大きな私の人生の


成果であった。キリスト教的、聖書的精神に裏打ち


されたラグビーはその人生においても自己犠牲の精神


をもって社会に貢献する人々を育成し、企業の成功の


秘訣を提供する。高校時代に全国大会出場を狙える


練習を積み重ねた経験から見ても、ワールドカップ


を狙うチームにとってもその激しい練習を二度と


味わいたくないと思わせるものであったようだ。


コーチの姿を見ることも避けたくなるほどで、


しかし勝利を手にした瞬間にはその思いは感謝に


代わっている。高い目標を掲げて限界まで鍛えぬいた


時にその報酬として何ものにも変えがたい宝物が


授けられるのである。それはどのような人生に


おいても大きな財産となって各人を支える


ものとなる。優れたコーチとの出会いも人生を


大きく左右する。教育も同様である。

 


  ジャパン・ウエィなるジャパンラグビーを通して


教えられたことは「7Sの目標設定」である。


フィジカル&マインドストレングネス、スピード、


スタミナ、スキル、ストラタジー(戦術的に賢く


戦えるチームになる)、スピリット(何を目指すか)。


これらを総合的に組み合わせて引っ張ってくれる


実力あるコーチがいたならば、必ず成果は得られる。


小国日本が正しい存在を世界に披瀝する為には、


今後ジャパンラグビーが大きなカギを握っていると


言えるのではないか。私はこの秋なお大きな


ヴィジョンを与えられて感謝している。


一人一人が日本を担う気概をもって日々努力する


ことが今求められているのである。









 


《慰めと励ましの言葉 》 (桜台教会「7月号月報」より)


                     牧師 中川 寛

 

    自国防衛の為に集団的自衛権の論議が繰り広げられている。


報道機関を批判の対象として言論の自由の論戦が張られている。


民主国家としての権利と責任が問われる政治的状況であるが、


戦後民主主義教育()を受けてきた者として、日本国憲法に即して


平和国家建設の義務教育を経、教えられるままに学んできた教育


機関で、様々なねつ造と偏向の上に反戦平和と教えられてきた


ような気がする。政治的諸問題については70年安保の時代、


革マル全共闘のデモに参加を呼びかけられたことがあった。


神学生がとも思ったが友人の呼び掛けに応えた。


体が大きく頑丈なガタイであったので最前列に加わって


『反帝反スタ』と書かれたヘルメットをかぶりデモをした。


すると一緒にスクラムを組んだ全共闘執行委員らしき人物から、


『そんなに強くにぎるな』と言われた。もし機動隊が出動したら


すぐに逃げられないからだと言う。正統なデモをしながら、また


どんな事態になっても自己責任を果たす覚悟で命を賭けて


デモに参加しているのだと思っていたにも拘らず、いつでも


逃げる準備をしていた連中と知って腹立たしくなった。


スクラムを組むのはラグビー部上がりの練習を積んでいた


ので最後まで逃げないようにギュッと体をつかんで、最後まで


離さないようにデモに参加した。終了後彼は逃げるように


私から離れて行った。以後活動家の本心を知ってデモに


参加するのは馬鹿らしくなって政治的活動は止めた。



    最近はパソコンで政治的活動の実態を見ることが出来る


ようになった。 様々な学者・評論家の討論を見ることが出来る


ようになり、いわゆる反日活動家の実体を見るにつけ70年


時代の同じグループが同じように罵声とシュプレヒコールを


繰り返しているのを見て嘆かわしく思った。平和運動の


美辞麗句を並べながら、その実態は嫌悪すべきものである。


歴史の有難さはその虚偽と作為がやがてあばかれ、その責任


が公平に問われることである。種々のイデオロギーに支配され、


人道主義なる美辞麗句に振り回されながら、最後は生活の為に


生存が確保されればよいとのエゴイズムが暴露される。


悲しいかな人間の罪の実体である。



    私は母方の祖父たちが広島原爆で一瞬にして消えた実話


を持っている。爆心地の近くで住んでいて、家もろとも消滅した


のだと言う。母は2週間後家族を捜す為廃墟と化した広島に


戻り、先に家族を探していた兄たちに『ここにいてはだめだ。


早く大阪へ帰れ。』と叱られてなくなく大阪に戻ったと言う。


その当時放射能の危険をどの程度教えられていたのかは


知らないが、私たち家族は無事戦後を生きて来た。その後


学生時代から私は「被爆者の救済無くして戦後はない」と


平和運動にも参加した。聞くところによると沖縄では軍の命令


と称して集団自決で家族を殺害した家族に、一人に付き毎年


200万円程の補償金が出ていると言う。4人の死者がいたら


毎年800万円の補償金で教育資金にも十分にあったと言う。


東京では大空襲で死んだ家族への補償はない。戦災で


無碍に殺戮された一般国民への補償は聞いたことが無い。


確かに声を出さなければ保証もされない戦後政策である。


しかし私は『人はパンだけで生きる者ではない』との聖書の


教えを教訓としつつ、平和社会実現の為に使命を果たしたい


と願っている。今日の不安な社会風潮にも心しなければ


ならない。何の責任もない一般市民に思わぬ危害を加える


事件事故が多すぎる。先日向かいのアパートの住民が


自殺していたようで消防士と警察官が来て窓を割って侵入、


確認した。残念!








《慰めと励ましの言葉49》 (5月号桜台教会月報より)

                    

牧師 中川 寛

 

  4月初め、イースターを終えてハワイの長女宅へ行った。娘は2月に二番


目の子、女児を出産したのでお祝いに出かけた。私にとっては3人目の孫


であるが、嬉しいことこの上ない体験である。勿論当事者は日々育児の


戦いで私が訪問することは痛しかゆしであろう。短い期間ではあったが孫


との対応で日常を忘れて有意義に過ごすことが出来た。観光でもなく研修


でもなく、育ちゆく孫との生活に次世代への希望をつないだ。海しかない


ハワイではあるが、夜空の美しさは格別である。一日の仕事を終えて娘が


外に連れ出してくれた。満月ではないが、東から昇る十六夜の月が大きく


見事に輝いていた。火星、土星も美しく、北極星もすぐに確認できた。


美しい夜空を仰ぐことが出来たのも喜びの一つであった。

 

  

  帰国前日KellyがワイキキのELKSCLUBに招待してくれた。ハワイの


由緒ある会員制のクラブでワイキキの浜辺に近く、専用プールにダンス


フロアー、バーなどだ揃っていた。夕日を望む最高の場所で、日没の太陽


が沈む海の彼方に『グリーン・フラッシュ』を見ることが出来た。ハワイに住ん


でいてもめったに見られないそうで、その場にいた人々の歓声と拍手が


巻き起こった。美しいハワイの海に沈んた直後、太陽が緑の光線を放つ


その瞬間は自然現象とは言え圧巻であった。携帯とカメラが電池切れで


写真は撮れなかったが、じっとその瞬間を目に焼き付けた。虹の多さも


ハワイの特色ではあるが、太陽が緑の光線だけを放つその瞬間はこの世


のものとは思えないほど神秘的体験であった。

 

  

  夏を前にサーフィングッヅを輸出している彼は南ア、ヨ―ロッパ、


ニュージーランド、オーストラリア、米本土と忙しく製品を梱包して発送して


いたが、初めてサーフィンの世界大会の実況放送を見た。それは


オーストラリアのゴールドビーチで開催されたもので、特に世界チャンピオン


の競技は最高であった。競技時間30分以内で良い波を捉え、さまざまな


パフォーマンスを繰り広げて波乗りを行うスポーツである。ハワイ出身の


6連覇を遂げたベテラン選手がオーストラリアの20歳の新人に優勝を


奪われた試合は不運としか言いようがなかった。自然に打ち寄せる波は


常に大小が決まっているわけではない。またいつ良い波が来るのかも


わからない。一度目の試技を終えた競技者は判断を見極めてジェット


スクーターに迎えの合図を送り、高速で競技範囲の領域に連れて行って


もらい、次の良い波を待つ。サーファーの肉体は強い体幹で鍛えられ、


大きな波の泡を潜り抜け、手でこいで次の試技に向かう。見ている分には


楽しそうだが、大変な運動量であることが分かる。日本にいる時には、


サーフィンとはみな波打ち際でやっているのだと思っていたが、実際はそう


ではなかった。上級者は沖合に出て、更に大きな波を相手に腕を磨いて


いた。ワイキキの海の沖合でも上級者たちが盛んに素晴らしい波乗りを


やっているのが見えた。もはや私にはできそうにないが、大海原で


チャレンジする若者たちが誕生してほしいと思った。

 

   

  今回の旅行で改めて体験したことだが、庶民には値の張る飛行機での


ハワイ旅行は誰でも行けるものではない。飛行機代もばかにならないもので


ある。しかし4月初めの安い時期に飛行機の予約ができたのも感謝であっ


た。旅客も少なく座席も3人分独り占めにできた。しかし娘たちの住む


カイルアにもホームレスが増えたと残念がっていた。観光客が増えると


浮浪者も増えるのはサンタモニカで十分体験したが、ハワイも同様である。


まだ救われるのは、カイルアの住宅街では観光バスやレンタカーが駐車


できないので、多少の俗化が制限されていることである。しかしオバマさん


がやって来る12月クリスマスシーズンは、SPと護衛車の隊列で住民には


大迷惑なことだそうだ。人が安心して生きてゆけるために、今や世界中で、


更なる経済生活の進展が求められていることを深く感じた。









《慰めと励ましの言葉 48》

 

              牧師 中川 寛

 

 不思議な経験であったが、今年1月末母が95歳を待たずに死んだ。妹の

 

話によればその日も朝からケアセンターへ出かけての事であったと言う。死

 

因は心不全による心臓発作であったが、眠るように死んだらしい。ホームドク

 

ターに看取られ、何の心配もなく最後の救命措置をしたが戻らなかったと言

 

う。亡くなる前夜も好きなものを食べ、介護する妹と無駄口をたたきながらい

 

つものように漫才のようなやり取りをして普通に過ごしていたと聞いた。母は

 

戦前広島市内水主(カコ)町で生まれ育った。祖父は県庁に勤める役人で

 

あった。二人の兄たちは大学を出て二人とも教員となり学校長を歴任して生

 

涯を終えた。1920年生まれの母はモダンガールとしてハイカラな環境で

 

育った。彼女はその頃の詳細を私達には語らなかったが、残された写真を

 

見て広島県立女学校を卒業した秀才であることを知った。しかし彼女は

 

ナイチンゲールにあこがれ日赤の看護学校に進んだ。昭和15年には甲種

 

看護婦として赤紙をもらったが、祖母が亡くなり、友人の多くが従軍看護婦と

 

して各地の病院へ派遣される中、松山の日赤で勤務した後に、兄たちの反

 

対を押し切って祖父が持ち込んだ父との見合い結婚をした。もし結婚してい

 

なかったなら、父と共に爆心地に近い場所で行くえ不明者となっていただろ

 

うと妹が語っていた。大阪にいたことは昭和20年8月6日をまぬかれる事と

 

なったが、戦後の母の生活は祖父と共に原爆により消滅した親族友人達へ

 

の後ろ髪を引かれる郷愁の日々であったと思われる。彼女は生前体が動く

 

限り一月はやい7月6日には広島詣でを続けていた。

 

 

 

 生前の母は昔の広島生活を私には話さなかった。しかし家の改築などで

 

彼女の持ち込んだ結婚時の箪笥・長持ちの中からめずらしいものが発見さ

 

れた。古い物の中には白鞘に納まった小柄(小柄)や県女卒業時の卒業アル

 

バム、それに私が始めて見る祖父母との家族写真、テニスや卓球に興じる

 

女学生時代の写真等。町から村に嫁いできたので戦後晴着を持っていない

 

村の娘たちに結婚の晴れ着を何度も貸してあげたと言う着物などもあったと

 

言う。大阪での生活は聞いていた事情とは異なり大家族の借家住まいで、

 

隣近所は牛やヤギを飼う百姓家ばかり、兄たちとの学問の話や野球・サッ

 

カーに興じた娯楽に話はまるで通じない異文化を経験したらしく、すべて

 

去の事は封印する事となったと妹が話していた。祖父の顔写真は広島の

 

原爆記念館へ行き『研井九右衛門』とコンピューターに打ち込めば写真を見

 

ることができると聞かされていたので、いつか見に行こうと思っていたのだ

 

が、母の残したアルバムで確認することができた。 戦後は生活苦から再び

 

大阪日赤へ勤めに出たが、彼女はレントゲン科婦長としての職務をもって

 

定年退職した。京大、阪大卒の医師たちと自由に話すことができて知的

 

満足を得ていたとは妹の弁である。

 

 

 日常生活を変える大きな出来事は大阪の田舎で父が洗礼を受けて

 

クリスチャンとなったことである。母も忙しい当直勤務を終えて教会に通い

 

32歳で洗礼を受けた。彼女にとっては聖書とキリスト教の話は魂の息吹を

 

感じる安らぎのひと時であったようだ。自宅で行われた納骨式の際、牧師が

 

読み上げた教会の機関誌に寄稿した証しの文章からその信仰の喜びが述

 

べられていた。聖書の語る「からし種の譬え」は桜台教会に来た際、玄関

 

口に植えられていたからし種の木を見て事実であると知って感動した

 

との事であった。父の死後も母は教会を支え続け、85歳を過ぎるまで役員

 

として礼拝の司会役を担当し、祈祷会を休まなかったと言う。教会堂改築に

 

際しては私も驚く額を献金して改築の事業を支えたと聞いた。すべて母が

 

亡くなって聞かされたことであるが、善かつ忠なる僕として教会に仕え、

 

天国へ凱旋していったと思われる。

 

 

 実は彼女の信仰生活は介護を受ける環境になってからさらに深められた。

 

実に不思議なことであるが、私の生まれ育った所は昔『大阪府泉北郡

 

東陶器村大字福田』と呼ばれた地である。通称西高野街道筋にあり、

 

大阪から河内長野・橋本を経由して高野山に向かう旧高野街道筋に位置

 

する。江戸時代に『氏家』と名乗る京都の材木商が開墾した村で、北は

 

大阪平野を一望し、神戸六甲の山並みを見、西は大阪湾を超えて淡路島

 

が眺望でき、東は金剛・葛城・二上山の山並みと南には岩湧山を見る

 

南河内の高台に位置するところである。今は実家の周辺に高い背丈の家屋

 

が立てられ眺望は悪くなったが、私の高校時代までは大阪湾を行き来

 

する大型タンカーが確認できたのである。『氏家』家は干ばつで食糧に窮し

 

た時、大阪から転居して「福田」で一時を過したと言う地主であった。私の

 

子供時代は「大きなお屋敷の家」と教えられていた。しかし今後継者が

 

亡くなり、同家の家人を看取ったドクターがその後を譲り受け、ケアセンター

 

を設立され、母と妹が世話になっていた。母の葬儀にも参列して下さった

 

そうであるが、実は私が東京練馬の桜台教会の牧師であることを耳にされ、

 

理事長のお妹夫婦が桜台教会で教会生活をされ、理事長ご自身も度々

 

教会の礼拝に出席したとの事であった。私は兄と妹からその話を聞かされ、

 

早速会員名簿を調べた結果、そのご夫妻の名前を発見した。当時国際

 

電電に勤務されていた「梶原信吾兄ご家族」で、その夫人の妹が福町

 

ケアセンターの理事長であった。癌の手術後、今も妹が世話になっており、

 

まさかあのド田舎の福町に桜台教会の関係者の方がおられ、私の家族が

 

世話になっているとは全くの驚きであり、神様の業の不思議さに感謝せざる

 

を得ない思いに至らされた次第である。

 

 

 

 不思議なご縁は広島の従兄弟の長女が校長となった経緯についても

 

祈りを新たにした。「広島音楽高等学校」は戦後本願寺系のお寺によって

 

被爆地ヒロシマに設立された学校で、既に大勢の著名な音楽家を輩出して

 

いる。桜台では迫田先生、木野先生は大先輩に当たる方である。付属高校

 

でない音高の厳しさから生徒数が激減し、閉校の話まで出たそうだが、

 

同校の理事さんの説得で研井貴馨子が校長を引き受けることになったと

 

言う。わざわざ母親が納骨式に広島から参加下さり、親しく母の話を聞き

 

親交を温めた。時代は常に厳しい裁きを行うが、信仰をもって努力する人に

 

は神は必ず道を開かれる。教会はそのように生きる努力をする人々と共に

 

歩んでいることを深く感謝したい。宗派を超えて生かされている信仰者の

 

働きは必ず祝福される。それが復活の主の祝福である。

 

 

 

 日本においてキリスト者は少数者ではあるが恐れてはならない。たじろい

 

ではならない。誠実に生きる者には必ず道が開かれる。これは復活の主の

 

約束である。復活された主は弟子たちに出会い『平安あれ』と言わ

 

れた。歴史的経緯はともかくも京都の平安神宮はこの聖書の言葉から

 

来ていると言われている。復活の力は古い日本の文化に大きな影響を与え

 

ていることをキリスト者は自信をもって宣伝すべきではないかと思う。 

 

新年度が更なる飛躍の年となるよう感謝と祈りをもって前進したい。












《慰めと励ましの言葉 47》          牧師 中川 寛

 

 困難な時代を確かな思いをもって生きることが求められる。21世


紀に何を期待すべきか。既に残忍なテロによる殺戮が繰り返され


る中、「IS」集団への恐怖は高まっている。エジプトのコプト・キリス


ト教徒21名の殺害は彼らの活動がさらに激化されたことを裏付け


ている。イタリアはついにリビア大使館を閉鎖した。欧州諸国が


早々と大使館を閉鎖した後最後まで旧宗主国として留まっていた


が、さらに危機が迫ったと判断した。「IS」外国人戦闘員2万人の


中で3400人が西側諸国出身者であると言われ、彼らは殺害され


た住民の遺体から臓器を摘出して密売し、資金源にしているとも


言われる。イラク共同墓地に埋葬されている遺体から臓器を摘出


せよとの命令を拒否した医師12名が殺された、とイラク国連大使


が述べたと言う。テロリスト達はイタリアへの難民渡航に交じって悪


事を企んでいるとも言われる。残忍な彼らは神出鬼没であることを


表明し、「以前はシリアの丘陵地帯だったが、今、自分たちはロー


マ南方のリビアにいる」との宣言を出した。もしイタリアにまで事件


が及ぶなら想像を絶する事態を招来する。彼らの資金源を断ち、


武力による抑え込み以外に方途はないと言うべきか。



 かつて平然と武力をもって世界を譴責した欧米諸国はその逆襲


を受けることとなっている。残念だが、日本も歴史的にその一役を


担った。恒久の平和主義とは言えない欧米の戦争に加担してきた


日本も、この新しい事態に深く学ばせられる事となる。日本人が平


和活動を目的として紛争地に向うことは、たとい自己責任でも命は


保証されない。将来国際貢献できる敗戦国日本の道は、まず「生


命の尊厳」が基礎に据えられた上での行動であるべきである。命


は神が与え給うたものであるが故に、人はこれを奪ってはならな


い。A.シュヴァイツアー博士が教えた生命哲学をもう一度心に銘


記されねばならない。



聖書の語る『十戒』の教えが共通に規範とされる世界を造ること


が我々の共通目的となる時、真の平和がもたらされる。十戒の


教えには人間の守らなければならない倫理的規範が網羅され


いるからである。第一戒から第四戒までは創造者であり全能者で


ある神を第一とすべきことが教えられる。第五戒から倫理規範とな


る。


第五戒 あなたの父母を敬いなさい。


 第六戒 殺してはならない。


 第七戒 姦淫してはならない。


 第八戒 盗んではならない。


 第九戒 隣人に関して偽証してはならない。


 第十戒 隣人の家を欲してはならない。


 社会生活の守るべき規範であるが、これらは既に旧約聖書以前


のバビロニア古代において教えられていた道徳である。人は宗派


を超えて、各家庭でこの教えを子供のころから覚えさせなければ


ならない。社会の安定は人間の倫理・道徳の高低によって決定す


るものである。社会を改善する第一の事業は人間教育においてこ


の戒めを子供の時から身につけさせることによって実現する。或い


は人が人生の破局に立たされようとも、この戒めと神への信頼が


人を再び立たせる力となる。同時にこの戒めが人生の危機から


人々を守る。人が経験する人生の失敗は、すべてこの戒めを守ら


ないことから起きている。



 新しい日本の再建は戦後七十年の経過によって保守反動の国


家主義が横行するであろう。しかし建国の為の自由な生き方は


シュヴァイツアー博士の語った『生命への畏敬』の教えと『十戒』の


戒め順守によって開かれるものであることを私達は主張する。




《慰めと励ましの言葉 46》


          牧師 中川 寛



 早、2月を迎えた。今年の正月はスポーツ観戦に明け暮


れた。大学箱根駅伝の実況はすべて見たわけではないが、


青山学院大学の初優勝は圧倒的であった。新たな「山の


神」の誕生と共に復路の大手町ゴールに記録破りの優勝を


もたらした。かつての常連上位校には大きな課題を与える


ものとなった。今後往復10時間50分を切る選手たちを


どのように育成して行くのか、優勝した大学が来年どのよ


うに走るのか、また日本陸連の選手層の恵まれた将来も楽


しみでもある。



もう一つは帝京大学ラグビー部の6連覇達成である。し


かも準優勝の筑波大学に大差をつけた大勝利であった。今


後どこまで連勝が続くのか楽しみでもある。総じて指導さ


れる監督やコーチ、組織の援助も昔と違って専門のチーム


である。スポーツは文化の祭典であるので、凡人の願いで


はあるが、人類文化の発展のためにさらに寄与してほしい


ところである。プロの世界に入っても健全な金銭の流れの


中で努力してもらいたい。2020年の東京オリンピック


開催決定を受けて、青年のためにはもっとも意義ある祭典


であると思うので、この機会に青年たちには大きく成長し


てもらいたいと思う。特にスケートにおいてもテニスにお


いてもトップスターの活躍は興味津々である。ぜひ、日本


人として生まれて来てよかったと思われる活躍を期待した


い。



 同時に「イスラム国」による二人の日本人拉致、惨殺事


件も大きなショックである。イスラム教徒の多くの方々が


マホメットとコーランの教えに基づいて、隣人をもてなす


愛に長けた方々であることを思う時、このような事件に巻


き込まれたことは本当に残念である。この陰惨な事件の背


景には何があったか、人はこの事態をどのように考えるべ


きか、識者の教示に待たねばならないが、同時にキリスト


教的にどのように理解すべきか、問題の論拠が明らかにさ


れねばならない。



拉致された方々の救済については北朝鮮に連行された


方々も同様である。身代金をもって問題を解決することは


可能であろう。しかし、かつて政府は人命尊重の立場から


連合赤軍等の主要な活動家を超法規的措置と称して解放


し、ダッカ事件のような爆破事件を次々に惹き起こさせ


た。殺人鬼と呼ばれる人々を人命救済の立場から保釈する


ことは絶対に許してはならない。



多くの場合犯罪者の再犯事件に例を見る通り、被害が倍


加して行くのである。私はかつて東京拘置所を何度も訪問


し、前科十数犯と言われた窃盗犯の回生のために努力し


た。彼はお金に困り、生活ができなくなると事件を起こ


し、刑務所に戻って行った。私も若かったので度々回生で


きないA氏について検事と論争したが、最後は刑務所に留


め置くには限界があり、娑婆に知り合いがいたら早く世に


出して世話をしてもらわねばならないと言われた。人間教


育の基本は幼少年期からであって、50歳過ぎたA氏には


遅すぎると言わねばならない。もし彼が生きていたら既に


80歳を超えているであろう。



 「愛」がいかに大事であるか、各人の人格形成に不可欠


であることは言うに及ばず、国家間においても同じであ


る。私は西洋史を学びつつ、ある識者が、人類は紀元前


15世紀から紀元1945年の約三千四百年に亘る歴史の


中で、戦争の無い年月は僅か数百年であったと聞いた。通


常三百年に一年の平和の期間があったに過ぎないと言う。


それほど世界は戦争に明け暮れている。戦後70年に亘っ


て戦争が無く平和であった日本は奇跡の国であると言われ


る。

 

聖書の教えはキリストによる平和主義である。平和のた


めの基本原理は聖書の語る通り、愛によって平和がもたら


されるのである。理念としてのみならず原理として『神の


国』の平和を理想とする。これは実に大事な理念である。


この理念がなくなれば、人は弱肉強食となり、動物同様に


なる。人類にとって平和実現は不可能であっても、戦争を


回避する道をもっと模索しなければならない。戦争は必ず


報復を生む。人を殺せば必ず殺される。その連鎖をどのよ


うに断ち切るか。それが一番の課題である。



1862年、幕末の『生麦事件』を思い返せば国際関係


の厳しさは理解されよう。その事態は翌年の薩英戦争にま


で発展したのである。殺された英国セイラ-達は諦めた


か、そうではなかった。その後の戦争によって砲火を浴び


て殺された薩摩の人々はその恐ろしさを忘れたか。直接事


件に関係した一族にとっては決してそうではない。争いは


必ず報復を生むのである。真珠湾攻撃、広島・長崎への原


爆投下を含めて戦争は過去の事ではない。何をもって報復


の連鎖を断ち切ることができるか。根本的には人を信頼


し、愛をもって再生すること以外にない。



その点では特に明治22年のトルコ艦船エルトゥールル


号遭難沈没に救援の手を差し伸べた串本の人々の歴史は深


く心に刻まなければならない。愛の救援によって和解と信


頼の絆が生まれる。戦争の終結は人を赦し、愛の犠牲と


なって、各人の心底が通じることによってもたらされる。


怒りや反感、勝者・敗者の決着をつけた暁に実施される証


書調印による和解決議は、殺された遺族や傷ついた敗者に


は何の効果ももたらさない。復讐心を燃やして次の機会を


狙う。それが人間の心理である。国際関係は戦争の結果に


依拠しつつ、醜い相互排斥の機会をうかがう私利私欲に


よって構成されていると言わなければならない。平和憲法


を有する日本人にとって、太平洋戦争の敗北は過去の事で


はない。広島、長崎の被爆犠牲者は言うに及ばず、東京大


空襲の犠牲家族も心の整理はついていない。同じことを欧


米は中東での戦争で行っている。イラク戦争後、欧米諸国


が残されたイラクの一般人への救済をしなかったゆえに、


新たな『イスラム国』なる過激派が誕生したのである。戦


争終結後いくら力をもって抑え込んでも、結果は戦後日本


の平和社会形成と同じようにはいかないのである。日本人


においても、一度体験した戦争への怒りと不条理な死の経


験は消え去るものではない。欧米並みの近代国家ではない


中東においては、親兄弟たちは悲しいかな、幼い子供たち


に復讐の精神を教え込むのである。 



日露戦争後のロシア人捕虜待遇において、ある手本が示


されている。戦争捕虜たちは松山の道後温泉に自由に入っ


たともわれ、帰国した捕虜たちは松山を懐かしんで日露戦


争終結後夫婦で松山に来た人もいたと聞いた。兵士たちの


間では『捕虜になるなら松山へ』との言葉が合言葉になっ


たと言う。しかし残念なことに終戦の昭和天皇による終戦


詔勅の後に旧ソ連は北方領土を支配下に置き北支を襲い、


日本人を殺戮、略奪し、兵隊を捕虜としてソ連奥地に連行


したのである。旧ロシアと社会主義革命を成し終えた後の


旧ソ連とは全く対応の仕方が違っていた。もちろん日露戦


争に対する復讐の意識が強力に働いたと思われるが、四国


松山の温泉体験が旧ソ連の軍人には浸透していなかったの


かもしれない。人や国家を簡単に信じてはいけないという


ことを教えられたのが太平洋戦争であった。しかし平和を


希求する日本人の真心を忘れてはならない。









 

《慰めと励ましの言葉 44》

 

                牧師 中川 寛

 

 先日行き付けの床屋で『克己心-一歩を踏み出す勇

 

気と挑戦』(來間克己著・文芸社)なる書物に出会っ

 

た。出雲出身の著者が成し遂げた理容師45年の集大

 

成と言える本である。既に20年近く通う床屋の経営

 

者であるが今年東京、埼玉、千葉、新潟に45店舗を

 

構え300名のスタッフを擁しているという。さらに

 

学校法人の美容・理容専門学校二つを経営し、健康・

 

環境機械製品の研究開発と販売を手掛ける一大グルー

 

プを形成している。貧しい農家の八人兄弟の末っ子で

 

高校進学を断念し、叔父の勧めで中学卒業後理容専門

 

学校に学んで独立を志したという。私はたまたま店に

 

おいてあった書物を通して著者を知ったのだが、通い

 

始めてから店で働く職人さんたちの雰囲気が良いの

 

で、恐らくは特別に訓練を受けた方々なのだろうと想

 

像していた。

 

 店長はソフトバンクの勇退する秋山監督のような方

 

だが、常に店内の様子に目配りし、お客はもちろん、

 

スタッフの手順や会話のタイミングに至るまで気配り

 

する方で、洗髪後はお店の全員が声を揃えて『お疲れ

 

様でした』と声を掛け合う。気持ちよく応対される心

 

意気は中々のものだと感心していたのであるが、苦労

 

して立て上げた経営者の方針をそのままよく身につけ

 

て実践されている。本のタイトル『克己心』はご本人

 

の名前からとったものだと思われるが、「真心経営の

 

ノウハウ初公開 自分を磨き世を照らせ」とあり、裏

 

面には『愛[人が人を呼ぶ経営] 心をもって 人を育み

 

次代を拓く』と印刷されている。様々な苦労を重ねら

 

れた様子が記述されているが、その名の通り克己心を

 

もって今日を開かれたのであることがよく理解され、

 

なるほどと納得させられる。人は志をもって仕事に就

 

く時、必ず道が開かれるとの勇気を与えられる書で

 

あった。

 

 

先のバザーで教会学校の父兄である三平和男氏から


『年金 医療保険 介護保険のしくみがわかる本』(


書院出版)を頂いた。帯には「老後に損をしないため


に!!気になる年金と医療保険と介護保険のことがこ


の一冊で理解できる!」とある。若い時には年金制


度にもあまり関心が無かったが、この本にはわかり


やすく年金の仕組みと申請の方法まで丁寧に紹介さ


れている。医療保険についても同様である。今まで


関心を持っていなかったが、それぞれに深く準備され


ている福利厚生の内容がよく理解できる。介護保険制


度についてはそのうちお世話になるのでさらによく学


んでおきたい項目である。既に家族の事でお世話に


なっている方々も大勢おられることであるが、さまざ


まなケースについて紹介されているので知っておくべ


き事項である。訪問入浴介護の利用の仕方、利用料、


衛生管理に至るまで紹介されている。

 

 

三平氏は二人の共同執筆者と共にこの書を上梓され


たが、普段は社労士事務所を持たれて様々な社会の不


条理と戦っておられる。とりわけ障害者の福祉に取り


組みヴォランティア活動にも力を注がれている。この


ような方の働きによって社会が支えられ、多くの人々


が安心して生きることができているのである。

 

 

私はかつて息子が過労死した時、残された家族のた


めにどの様にすべきか、三平氏から様々なお知恵を頂


いた。死んだ息子は帰っては来ないが、残された家族


が安心して生きることができるためには様々な支えが


必要となる。社会的な知恵を頂いたことに感謝してい


る。近日、卒業生で恵比寿に和食レストランを開店す


る者がいる。実にたくましいOBだが、堂々と社会に


対峙しつつ、自己の生き方をアッピールする事業を展


開する。彼の決断と実行力を祝したいと思う。

 

 

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 43》

 

                牧師 中川 寛

 

 

 

桜台教会と私個人のFacebookを通じて強く生きる人生の知恵を掲載している。もうすでに旧約外典の『シラ書』を終え、旧約の『箴言』掲載も終わった。多くの読者の方々より良い意見を聞いた。日頃意識しない後、何かあった時に聖書の知恵が役に立ったとか、子供の教育に役立てたいとか、夫婦関係の在り方とか女性問題について痛い所を突かれたと言う方、また負債を背負いこんだ人々の自覚や半ばアル中毒気味の方から酒は恐ろしいと言う反省の意見などあった。

 

  

  私自身は若い時から豊かな生活の知恵を身につけることは、その人の人生を成功に導く道案内の役目を果たすものと考えている。もっと早く何が大事な事柄であるかを知っていたら、失敗も最小限に抑えることができたのにと思う。特に中高生時代に強力にこれを学べと真剣に教える教師や先輩がいたら、そして明確に聖書の使信を教える牧師に出会っていたらもっと早く目が開けたに違いないと思う。それ故により良い教育環境を確保することは大切である。これらは外的環境であるが、内的要因として自信をもって積極的に学び取る勇気が必要であったとも反省する。それらは幼少年時代から育成される家庭環境にもよるが、愛をもって積極的に育てられた子供たちに自覚的に養成されるものである。小さい時から積極的に大きな心で生きる夢を持つことが求められる。

 

 

私は今子育てを終えて、孫の成長を観察する時代になってようやく人間の成長には何が必要であるかが理解されて来たのである。既に遅いとは思わないが、愛に満ちた教育哲学が一人一人の人格を育成し、同時に広い世界の教訓に豊かな知恵を得るのではないかと思わせられる。世界を知ることも大事である。発明家が全てそうだとは思わないが、小さい時に種々の興味関心を持つことは大事なことである。それを支える親の子供への信頼がもっと大切であると思われる。親は神を畏れつつ、聖書的な教育哲学をもって、断固たる教育を子供に躾ける義務がある。その為に自己研さんは欠かせない。何のための人生であるかをわきまえない親にはどうでもいい人生を送る子供を教育する事になる。社会規範に照らしてどう生きるかが年齢を超えて誰にでも問われている大切な課題である。聖書とキリスト教を拒否してきた日本の近代文化はその根本において考え直さねばならない。また欧米の先進諸国もキリスト教国家と呼ばれる歴史にあぐらをかいていては激しい文明の進歩についてゆくことができない。もちろんそれらの国々は時代に取り残されているとは言えないが、圧倒的な新興国の人口と経済力により多くの国で危機的な未来が語られるものとなる。

 

 

先日行われたスコットランドの独立を問う選挙戦は今に始まったことではないが、常に英国の将来を見据えつつ、スコットランドの在り方に警鐘を鳴らす一つの先導的シグナルであったと言えるであろう。しかしすぐには独立を勝ち取ったとしても、英国の歴史的つながりにおいて、我々が創造するような全く独立した国家を形成するようなものにはならない。彼らはそれ以上に豊かな知恵を絞って自国の将来を見据えているのである。翻って島国日本はどのように将来選択するか。長い時間が掛かるが私は人間教育による国家の再創造以外にないと考えている。そのためにはキリスト教学校や諸教会の教育活動の働きが重要視されることとなる。教会は常に改革発展されねばならない。しかし原点は罪ある人間の育成ではなく、罪から解放された新しい人間の育成が求められているのである。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

《慰めと励ましの言葉 42》

 

                牧師 中川 寛

 

 先日原稿を書こうと準備していたら以下のメールを頂いた。私は改めて教会は正しい情報を発しなければならないと思いを新たにした。嬉しい内容であったので感謝をもって原文のまま掲載したいと思う。

 

 

桜台教会 牧師 中川 寛様

 

  突然メールを差し上げますことお許し下さい。

 

  私は現在、神奈川工科大学の教育開発センター顧問として勤務している松本邦男と申す者です。この3月までは教員として勤務しておりました。

 

 もう少しお話しいたしますと、企業に約30年ほど勤めたのち、大学教員になりました。当年72歳の老人です。

 

  本日メールを差し上げました理由は、私のライフワークでもあります、抗生物質ペニシリン関係の研究に端を発します。バイオテクノロジーを利用した、β-ラクタム系抗生物質(ペニシリンやセファロスポリン)の合成やその原料生産の研究開発に携わってきました。これらは企業で行いました。

 

  大学に来ましてからは、むしろ科学史的なことに取組み、ペニシリンの発見や実用化開発の歴史、特に日本における開発史について取組んでいます。ご存知のように、角田房子氏の「碧素・日本ペニシリン物語」にはその詳細な内容が克明に記されています。

 

 私が特に注目していますのは、ペニシリン開発に携わった研究者の人となりです。特にリーダーシップを発揮しペニシリン委員会を立ち上げて終戦までの間、世話役として活躍した「稲垣 克彦氏」や戦後、日本大学の医学部長になられました「相沢 憲氏」には注目しています。ペニシリン委員会の一人であった「田宮猛雄氏」は後の日本医師会会長になられましたが、私の先生である田宮信雄氏(故人)のお父上です。

 

 

 

 角田房子氏の「碧素・日本ペニシリン物語」の中に相沢 憲氏に関する記載(p.229)には、大変感銘を受けました。学生に対しても授業の中で幾度となくお話をしました。

 

 ただ、相沢先生とペニシリンに関する文献や資料がないため、そのままにしておりました。そうこうしているうちに、桜台教会便りに、中川先生記載による相沢先生のことに関する記事を見つけました。

 

 大変厚かましいとは思いましたが、中川先生のところに、相沢先生とペニシリン開発に関係する資料があるのではないかと思い、メールを差し上げました次第です。

 

 相沢先生が語っている下記の言葉は、本当に重たくしかも科学者倫理に通じることだと、いつも心に刻んでおります。

 

 昨今の、小保方さんの問題(STAP細胞)においても、小保方さんが学生時代に相沢先生のこの言葉を聞いておれば、もっと違った行動がとれたのかもしれないと思っております。

 

 私も長く科学者・教育者として学生に対する教育を行ってきましたが、昨今のあまりにも「成果主義」が蔓延っていることに対して、戦時中の「ペニシリン開発」に携わった多くの研究者の心を学んでもらいたいと、日々思っている次第です。

 

 相沢憲先生の言葉(「碧素・日本ペニシリン物語」より抜粋)

 

 「……戦後の抗生物質のめざましい発展に,戦中のペニシリン研究はその基礎になったという意味で,非常に役だったと思います。もう30年余り前の昔話になりましたが,空襲下の極度に貧しい条件の下で,みなが自分の名誉など問題にせず,一致協力してあそこまで研究をやりとげたことは,高く評価されていいと思います。

 

 その後,二度とあれだけの研究体制がとられないのは残念です。その理由はいくつか挙げら  

 

れましょうが,私はそれを承知の上でなお,なぜできないのかと問いかけたい気持ちです 抗がん剤の研究も,それぞれが自分の城にたてこもってやっていますが,戦中のペニシリン研究のように,互いに研究内容を知らせあい,助け合って進めていけば,アメリカのように大金を投じなくとも立派な成果が挙がるはずです。あのころは,今にも日本が負けるというギリギリの状況だったから共同研究もできたが,今のような豊で平和な時代にはできない……ということでは,研究者として情けない話です。

 

 確かに,学問は非常に進みましたが,人間もまた進歩した……といえないのが,実に残念です」…… 

 

  桜台教会では、教育にも力を入れているとのことですが、これからの日本を眺めてみると、やはり将来の日本を支えてくれる人作りです。そのためには「教育」が非常に重要です。教会といえども、これからの日本を支える青少年に対する教育は大切だと思います。陰ながら応援しております。

 

 神奈川工科大学 松本邦男

 

  追伸:

 

 私は現在、静岡県三島市に住んでおりますが、今から約40年ほど前に、三島のある教会(今はなくなりました)で、月に1回ですが日曜日の夜(19002100)に、色々な話題についての勉強会をやっておりました。人数は10人足らずでしたが、私は飛び込みで聞かせて頂きました。お茶を飲みながらのお話会で、今でいえば、「・・・カフェ」と称して喫茶店等で行われている先駆けの様でした。教会は間もなく移転してしまい、お話会が無くなり残念な思いが今でも蘇ってきます。』

 

 

 

どこでどのようにお読み下さったのかはわからないが、このつながりは有難い。かつて北海道日独協会の鈴木会長も『シュヴァイツアー博士ドキュメンタリー映画』についての問い合わせを受けた。桜台教会の活動は小さな証しにすぎないが、しかしその活動が日本と世界を考える人の輪を広げていることに大きな喜びを感ずる。大学教授として若い魂を育てる教育に従事する者にとってはより良く社会に貢献できる人材の育成が使命となるのは当然の事と思う。STAP細胞についてはなお期待して良い成果を待ちたいところだが、既に有能な研究者を死に追いやった魔力を防ぐことができなかったかと残念でならない。

 

 

 私自身は理化学分野の門外漢であるからその詳細について論じることはできないが、かつてUCLAの歯科研究室で研究に従事させて頂いていた娘を訪問した際、インプラントの最新医学の研究所の在り様を見て大きく教えられることがあった。チームワークの素晴らしさと研究に対する取り組みの信頼関係は羨ましくも見えた。責任者である指導教授の采配振りはもちろんであるが、国籍を超えて研究者の互いに尊敬しあう姿には素晴らしい感動を覚えた。ヒューマンな事柄に対する責任と自覚が研究者各自に深く自覚され、その崇高な使命感がチームを支えていることを感じ取った。桜台教会の働きの中で医学研究者として偉大な成果を残された梅澤濱夫先生と相澤憲先生の足跡が今日様々な研究者たちの中でも再認識されていることは大きな喜びである。私はかつて岳父が勤務した東京大学理学部数学科にも同じようなエートスが漂っていたように思う。直接的に体験したわけではないが、岳父河田敬義の葬儀に際し、多くの数学者たちも同様に連携をとりサポートされた。それは高木・弥永先生以来の伝統であったか。

 

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 41》

 

                 牧師 中川 寛

 

キリスト教教育を手掛ける者は聖書がいかに楽しく面白い書であるかをまず子供たちに伝える事から始めなければならない。

 

特に旧約聖書はその登場人物においてひときわ興味をそそる。

 

創世記の創造神話を最初に教えるのはかなりの熟練が必要である。

 

『天地創造の7日間』の意味を理解させ、なぜ神がこの世を創造し、最後に人間を創造したか。

 

或いは『アダムとエバの楽園物語』や堕罪の物語は最初に記されているので大切であると考えるが、それよりは聖書の神を信じて生きた人々の話を学ばせるのが効果的である。

 

 

 

かつて創造神話は高校2年生で教えていたが、人間的な成長と、男女問題、この世の創出についての科学的興味と共に聖書の歴史観を教えた。

 

中学生にはアブラハムから始まる族長物語とモーセの出エジプト、王国成立前の士師たちの活動、サウル、ダビデ、ソロモンの時代とその後、さらに預言者の出現とバビロン捕囚の時代を年間をかけて語った。

 

50分の聖書の時間はあっという間に終わった。

 

生徒たちの中には小学校時代から学んだ者、教会学校で学んだ者などが授業を盛り上げてくれる。

 

初めて聞く生徒達も目を丸くして興味を持って聞いていた。

 

 

 

残念ながら私のやり方が時代遅れと言わんばかりに後から来た聖書科教師がカリキュラムを変えてしまった。

 

私は彼には聖書への興味関心が薄かったのか、或いは正面から聖書を語る自信が無かったのだと思っている。

 

ビデオや音楽でまるで映画館に行くような授業ではキリスト教教育は身に付かないだろうと思うのだが・・・。

 

礼拝も同様でコンサートで間に合わせている特別礼拝では福音は伝わらないだろう。

 

或いはそれが福音派のやり方なのだろうが、薄っぺらい信仰で終わってしまい、教会生活は青春の思い出に留まるのではないかと思われる。

 

 

 

『言葉』が人を動かし人を支える。聖書と直接向き合う経験がやがて人を育てる。

 

人は言葉によって生きる存在であるから、言葉をもってまず教育体制を整えるべきである。

 

『言葉』は人間の存在と行動の原理である。価値観、哲学、感情その一つ一つが言葉によって養われて人となる。

 

その意味でも『言葉』の乏しい人は不安な人生を送る事になる。

 

ユダヤ・キリスト教社会ではまず家庭において聖書を学ばせ、「トーラー」を学ばせる。

 

これは人間としての基礎を固め、将来への生きる希望を抱かせる。

 

父母、祖父母を持つ家庭環境で育った子供は実に柔軟な考えを持ち、困難に対処する忍耐力を身に備えている。

 

私の場合は褒められたものではないが、短気でカッとなりやすい性格である。

 

両親共働きで「鍵っ子」と呼ばれた子供時代であった。

 

今から思えば大事なことをもっと早く学んでおくべきであったとも思う。

 

しかし家を離れてから人一倍勉強できたことは幸いであった。

 

聖書が面白くなったのは実は神学校へ行ってからであったが、それまでの国語的興味は文学小説に明け暮れた中高時代が役に立ったと思っている。

 

実際手当たり次第に小説をあさったが、人生を肯定的に捉える作品の手引きをしてくれる人がいたら遠回りしなくて良かったのにとも思う。

 

人間観においてはある時期ニヒリズムに惹かれ、シニカルに人を見、お金があればデカダンに陥っていただろうと反省する。

 

しかし福音を知ってのち聖書の持つ意味と価値が新しい人間形成の原理であることに目覚め、この道が与えられた伝道者の正道であると自覚した。

 

 

 

『福音の言葉』が自分の生活原理となり人間形成の力となる体験はさらなる成長へと自己を駆り立てる。

 

深く広く聖書を身につける事は喜びとなり確信となって行く。これを広く多くの方々に体験してもらいたいと方策を練っている。

 

即座に良い言葉に出会うことを願うのならば聖書の『知恵書』を読む事であろう。

 

しかし信仰優先的な語調に鼻を衝く人には人生の教訓となる言葉を学べばよい。

 

桜台教会HPで7月から『ベン・シラの書』(外典)を紹介し始めたが、意をついた文言に出会い気づかされることが多い。

 

ぜひ広く読んで頂きたいのでこの論考でも再度載せさせていただく。

 

 

 

-ベン・シラの書について-

 

 この書は『ソロモンの知恵(箴言)』や『コヘレトの言葉(伝道の書)』と同じ知恵文学に属する。我々が持つ聖書正典66巻から外されているが、カトリック教会ではラテン語訳により古くから「教会の書」として用いられ会員も良く読んでいる。プロテスタント教会では「旧約聖書続編つき」を購入しなければ読む機会が無い。『外典』と位置付け、66巻の正典から外している為、信仰義認など魂の救済に関する教義が教えられていないことにより教会でも積極的に学ぶことを勧めて来なかった。そのために一般の信者には読む機会が失われている。しかし、カトリック教会はもとより長いキリスト教伝統に生きる欧米社会では、この書は信仰者の生活の知恵として愛読され、倫理的規範としての子供への躾け書としても用いられてキリスト教的常識を形成している。キリスト教的歴史の浅い日本のキリスト者が世界的に活躍する時代を思えば、早い段階でこの書物に触れることがキリスト教世界を生きる知恵を得るためにも重要であろう。

 

 

 

本書は序文にその著述の意図と背景が書かれている。原書名は『シラクの子イエスの知恵』であるが、一般に『ベン・シラの書』と呼んでいる。このように呼ぶ書名そのものに意味がある。『ベン・シラ(シラの子)』とはこの書を学んで『道を究めて生きる人』とも解釈される。ヘブル語でベンは子、シラは人名であると共に、道、いばら、シロアム(遣わされた者)などの意味がある。著者は「シラ・エレアザルの子、エルサレムに住むイエス」(50:27)とあり、その孫がBC132年、プトレマイオス7世の時、アレキサンドリアでギリシャ語に翻訳したとある。ヘブル語による実際の著作年代は紀元前190年から180年ごろである。当時イスラエルはエジプトとシリアの大国のはざ間にあった。後にイスラエルはシリアのアンティオカスエピファネス王の下に蹂躙されるが、ギリシャ化(ヘレニズム)が進む中、祭司の職にあった著者がイスラエルの伝統を回復するために英知を結集して著作した文書である。

 

 

 

アレキサンダー大王によるヘレニズム化はイスラエルの歴史文化にも大きな影響を残している。アレキサンドリアは紀元前3世紀以来ディアスポラ(離散した)ユダヤ人が多く住み、異文化ではあったがその文化レベルは図書館にも代表される通り、世界最大の繁栄を誇っていた。著者はイスラエルの信仰と宗教を誇りとしつつ、ヘレニズムの退廃する生活圏の中でヤーウエへの信仰を保持する生き方を教示する。それは神と共に生きる生き方であり、旧約の歴史を学び直して民族のアイデンティティを回復する事にあった。それ故にシラ書の44章以下には創世記から始まる歴史的人物について言及している。これもまたクリスチャンには有益な学びとなる。 クリスチャンがさらに豊かな知恵を得て、この時代を賢く、元気よく生きるために読んで頂きたい文書である。(以下本文は桜台教会新ホームページをご覧いただきたい)

 

 

 

最後に今の時代を強く、正しく、価値ある人生を送る為に一言述べておきたい。

 

人生は孤独だと言うが、決してそうではない。

 

努力した人々の足跡があちこちに残され、私たちに声援を送っていることを覚えていただきたい。

 

教会はその意味で出会いの場であり救いの場となっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

7月号《慰めと励ましの言葉 40》

 

                               牧師 中川 寛

 

キリスト教教育を手掛けるためにはまず教師自身がその聖書の豊かさ触れて、感動を体験していなければ福音の喜びは伝わらない。聖書の持つ豊かさをどう伝えるかは教育的カリキュラム作成に基づいて準備される。中学生には人々に感動を与えるイエスの生き様をまず教えることが大事である。各キリスト教学校の聖書科は独自の工夫をもって学校の教派的背景と学校創設の歴史を教えるが、良く考えれば教派的背景によってミッションスクールを受験する生徒はほんの僅かにすぎない。それにこだわるならば、福音の魅力に絆されて信仰者となり、宣教師となって来日した人間のダイナミックな決断と行動を教えるだけで十分である。

 

旧約新約聖書の違いは別として、始めから聖書を系統的に教えることにも無理がある。それらは知的成長が進んだ高学年で良い。それよりは面白い福音書の譬え話をまず教えるべきである。聖書の譬え話は単なるお話しではない。聞く者に強い決断と行動を迫る。最初はルカ福音書が適当であると思う。有名な物語である「善きサマリヤ人」の話は聖書に初めて触れる方々にも最適であろう。以下に引用する。

 

 

『 ◆善いサマリア人

 

  10:25 すると、ある律法の専門家が立ち上がり、イエスを試そうとして言った。「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか。」 10:26 イエスが、「律法には何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか」と言われると、 10:27 彼は答えた。「『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい』とあります。」 10:28 イエスは言われた。「正しい答えだ。それを実行しなさい。そうすれば命が得られる。」 10:29 しかし、彼は自分を正当化しようとして、「では、わたしの隣人とはだれですか」と言った。 10:30 イエスはお答えになった。「ある人がエルサレムからエリコへ下って行く途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。 10:31 ある祭司がたまたまその道を下って来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。 10:32 同じように、レビ人もその場所にやって来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。 10:33 ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、 10:34 近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。10:35 そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』 10:36 さて、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」 10:37 律法の専門家は言った。「その人を助けた人です。」そこで、イエスは言われた。「行って、あなたも同じようにしなさい。」  』 

 

 

 

この物語の結末は『あなたも行って同じようにしなさい。』と言われていることである。聖書の話は聞くだけではない。話を聞いた人々に決断と行動を要求する。最初は祭司であるが、追いはぎに襲われ、半殺しになった人のそばを宗教家が見捨てて通り過ぎたと言う。レビ人も神殿に仕える宗教的特権階級の人である。彼もまた遠回りして行ってしまった。しかし三番目に通りかかったサマリヤ人は、ユダヤ人を嫌悪し敵対する人であった。その人サマリヤ人が、傷ついた人を介抱し、宿屋に連れて行って翌朝宿屋の主人に費用が余計にかかったなら、帰りがけに支払います、と言って出かけたと言う。実に感動する話である。この話を聞いた律法の専門家にイエスは『あなたも行って同じようにしなさい』と言われた。人を愛する隣人愛の最も具体的な話をしたイエスの生き様が我々の心を刺激する。若い時にできるだけ多く、このような話を聞く人は祭司やレビ人のような生き方はしない。もし祭司やレビ人と同じように助けないで遠回りする人がいるならば、親の教育が間違っている。たとい世間はどうであれ、人は助けあって生きるべきものである、との聖書の教えは間違ってはいない。

 

 

 

 次の譬え話も深く考えさせられる。マタイ福音書20章の「ぶどう園の労働者」のたとえである。一般に理解不可能な話のように思われるが、重要な視点を我々に提供する。かつて教会学校の教師をしていると言うクリスチャン教師がこの物語の意味が解らないと話したのには呆れてしまった。神がなさる社会的弱者へのご配慮は如何にすばらしいか、一般社会で理想とすべき天の国の労働者の姿がここに描かれている。物語を記そう。

 

 

『 ◆「ぶどう園の労働者」のたとえ

 

  20:1 「天の国は次のようにたとえられる。ある家の主人が、ぶどう園で働く労働者を雇うために、夜明けに出かけて行った。 20:2 主人は、一日につき一デナリオンの約束で、労働者をぶどう園に送った。 20:3 また、九時ごろ行ってみると、何もしないで広場に立っている人々がいたので、 20:4 『あなたたちもぶどう園に行きなさい。ふさわしい賃金を払ってやろう』と言った。 20:5 それで、その人たちは出かけて行った。主人は、十二時ごろと三時ごろにまた出て行き、同じようにした。 20:6 五時ごろにも行ってみると、ほかの人々が立っていたので、『なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか』と尋ねると、 20:7 彼らは、『だれも雇ってくれないのです』と言った。主人は彼らに、『あなたがたもぶどう園に行きなさい』と言った。 20:8 夕方になって、ぶどう園の主人は監督に、『労働者たちを呼んで、最後に来た者から始めて、最初に来た者まで順に賃金を払ってやりなさい』と言った。 20:9 そこで、五時ごろに雇われた人たちが来て、一デナリオンずつ受け取った。 20:10 最初に雇われた人たちが来て、もっと多くもらえるだろうと思っていた。しかし、彼らも一デナリオンずつであった。 20:11 それで、受け取ると、主人に不平を言った。 20:12 『最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。』 20:13 主人はその一人に答えた。『友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。 20:14 自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。 20:15 自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。』 20:16 このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。」  』

 

 

 

「一日一デナリオン」は当時民衆が得る日給分であるが、人々は一日中働いた労働者とわずか一時間しか働かなかった人とが同じ報酬だったことに腹を立て不公平だと言う。しかし今日の人間社会でも、働きたくとも働けない方々、障害ある方や高齢者が相手にされない環境を考えると、人間の価値を能力で差別するあり方が公平であると見てはならないとの聖書の戒めがある。賃金は正統に支払われるが、労働力に差をつけるこの世のやり方と神の前に生きる人々の生き方とは大きく違う。結果は直ちに判断される。翌日働かなければならない人々は、それぞれどう判断するかだ。「先の人が後になり、後の人が先になる」現実を再び見るであろう。恐らく打算に走って楽をしたい人は早くから働かないであろう。サボる人が増えるに違いない。しかし今まで人前で一人前に扱われなかった人は、おそらく喜び、感謝し、謙遜に、或いは報酬をド返してぶどう園で働くことを申し出るに違いない。人には神の視点が必要であリ、神の前に人が平等であるとはどういうことか、愛を基本に教えることがなければならない。

 

 

 

6月号《慰めと励ましの言葉 39》

 

                                牧師 中川 寛

 

『人は、自分の蒔いたものを、また刈り取ることになるのです。自分の肉に蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、霊に蒔く者は、霊から永遠の命を刈り取ります。たゆまず善を行いましょう。飽きずに励んでいれば、時が来て、実を刈り取ることになります。』(ガラテヤ6:7-9)

 

   かつて青年時代信仰をもって神の不公平さに憤りを感じたことがあった。神学生の貧乏暮らしがそのように感じさせたのであろう。世の中には生活の苦労を経験しない金持ちもいる。私は自分の境遇に不満を抱き、神の不公平さに不信の念を持った。一生懸命努力を重ねても生活は楽にならなかった。何とか食費を稼ぎ、アルバイトにも勤しんだ。しかし今思えば神は必要をすべて満たして下さったと言える。かつてのエリートたちが借金苦に苛まれ、家庭不和、離婚、孤独、大病と苦労しているのを見聞きするにつけ、人生は終わりまで分からないものだと感じさせられる。大金持ちの地主が税金が払えないとあくせくしている。時には遺産相続で兄弟仲違し、互いの不満を言い合っている。話題に事欠かないほどかつて勇ましかった人々が、密かに孤独死を遂げている。生涯幸せな日々を過ごした方々も居るに違いないが、残された家族が分裂しているのも無残な姿である。

 

パウロが語るように『めいめいが、自分の重荷を担うべきです。』とは実に深い言葉である。しかし残念なのは信仰者がその証しを十分にできず、信仰生活が中途半端に終わってしまうことである。教会生活が続かず、年を取るとその多くが童子かえりに戻リ、あとは家族や介護施設の世話になり、信仰の熱心さは消えてしまう。そうなる前に聖書を良く学び、キリスト教の歴史を深く知リ、家族に福音を伝える努力をしなければならない。

 

  日本のキリスト教は学校教育によって活性化しなければならない。キリスト教学校が聖書を教え、礼拝に取り組み、福音を語り、信仰を共有しなければキリスト教教育は成功しない。戦後キリスト教学校は日教組の配下にあり、賃上げと労働者としての教員の職務時間確保で学校理事者との団交に終始した。組合運動の中でキリスト教信仰は二の次になり、私が勤めた時代はほとんど教員に信仰が要請されることはなかった。ひどいキリスト教主義だと思ったが自由にやらせてもらった環境には感謝している。しかしクリスチャンの割合は三割以下、宗教活動はクリスチャン教員で行ってくれと言わんばかりであった。幸い校長が牧師でもあり、キリスト教教育の立て直しのために中・高学年に応じたカリキュラムの編成と宗教教育の要である礼拝の確保、PTA保護者への聖書研究や委員会活動の活性化のために施設訪問や奉仕活動を独自に実行できた。しかし忙しい教員達はクリスチャンであっても日曜日に礼拝に出ることは年に数回であったかと思われる。日本社会が土・日に様々な行事を盛り込み、安息日としての日曜日確保が難しい事情であった。教科やクラブ活動、生徒指導に熱心な教員ほど休みが取れない実情である。教員としての熱心さは言うに及ばず、クリスチャンとしての日曜日の過ごし方はどこの学校でも同様ではないかと思われる。

 

 聖書科教員はもちろんの事クリスチャン教員が教会生活を重視し、日曜日には皆教会に行くことを積極的に勧める事が必要である。その為クリスチャン教員はできるだけ自分の教会の礼拝に真面目に出席することが求められる。

 

生徒はクリスチャン教員の動向をよく見ている。口先だけのクリスチャンか信用できる教員かは日常の生活を通して生徒たちは既に評価を下している。人並みに教員としての使命を果たしていても、当然のことながら信仰生活がだらしない人には信頼を寄せない。もちろん教員相互においてノン・クリスチャン教員から信頼され、共同の仲間としてチームワークが任されるようでなければ更に事態は悪化する。日頃勇ましい論戦を張っていても、信頼されることはない。しかし誠実に仕事をこなしていくならば長い勤務体制の中で人は大きく評価するものである。私はかつて多くのノン・クリスチャンの同僚に支えられたことを感謝している。

 

教員の多くがクリスチャンである場合は環境が確保されているので教育効果は高いと思われる。しかし教育に賭ける熱意が生徒たちの意識を目覚めさせる。聖学院中高はその意味でキリスト教学校として多くの牧師を輩出している学校である。また受洗者の数も他校に比べて多いと言える。それは牧師の師弟が多いこととクリスチャンの保護者が多いことにも関係している。私はかねがね『牧師の子は牧師になれ。医者の子は医者になれ。クリスチャンの子は早く親の信仰に倣って洗礼を受けろ。牧師でも医者でもクリスチャンでもない生徒は親父を超える生き方をせよ。』と語ってきた。これは私自身の体験による檄である。数少ない日本のクリスチャン人口の中で牧師として宣教に努力されている方々には大きな責任が負わせられている。それを継承する事は息子として将来を考える宿題になると思う。私は息子が生きていて牧師になってくれたら大いに喜んだことである。日本の教会の牧師は生活が苦しいと言われるが、恵みもまた大きい。医者になるにはあまりにも大きな資金が必要である。娘を歯科医にさせるだけでも私は一人ではできなかった。家族親族の援助を受けてようやく実現できたからである。娘も頑張ったに違いないが、この職業を一代で終わらせるには余りにもモッタイナイ。その子弟にはまず親の職業を継がせる使命を持たせたいと思ったからである。今後どうなるか不明であるが娘はマルチタイプのアメリカ人と結婚して、今は子育てに専念している。音楽家の場合は良くわからないが、偉大な芸術をトップレベルで身に着けた環境を生きているだけでも価値ある人生だと認識している。子供達は夫々に紆余曲折の中高時代を過ごしたが、信仰の継承は有難いことに自覚的に受け入れてくれた。親が要求しないで子供が従うはずがない。特に若い日にその姿勢を正しく打ち出すことが求められる。

 

 キリスト教学校の使命は福音の宣教と聖書の信仰がバックボーンになければならない。その為に教師は聖書を直に良く学ぶことが求められる。福音の遺産に目を向けつつ、さらに自分の証しが無ければ信仰は伝わらない。映画の話やネットからの借用では生徒の方が詳しい。キリスト教教育はレンタルでは成り立たないことを学ばなければならない。今はやりのコピペまがいの話題を揃えても信仰は伝わらない。キリストにじかに触れて初めて福音の有難さや大切さが会得されるのである。

 

 日本の教会が更に活性化されるためにはキリスト教学校と教会との結びつきが深く求められる。右も左も弁えない子供たちに正しい聖書の福音を真正面から語る先生が一人でも多く出ることを期待したい。保障された環境で給料泥棒と言われるクリスチャン教員であってはならない。時代が変わっても変わらない福音に立って教育者としての使命を果たし、教会の展望をもって信仰者を産み出すならば日本の教会もまた大きく変わる事となる。次号はキリスト教教育の実際を書くこととしたい。

 

 

 

 

5月号《慰めと励ましの言葉 38》より

 

                               牧師 中川 寛

 

先日ある方からイースターに卒業生の母親が洗礼を受けられたとの話を聞いた。初めてお会いしたのは既に20年も昔の事だが、縁あって近くの教会に通われ、ようやく受洗にこぎ着けられた。ご子息はわが教会員であるがビジネスに忙しく世界を飛び回っている。私は折あるごとに洗礼を受けるように勧めている。聖書との深い結びつきを持って生きる事は必ず大きな生きる力を得るからである。95歳になる私の母親も介護を受けながら50年前にクリスチャンとなったことを感謝して、日々元気に過ごしている。行き先はキリストのもとであることが明確に自覚される。聖書はそれを「神の種(スペルマ)がまかれた」と言う。どのように成長して実を結ぶかは人にはわからない。信仰をもって過去を振り返った時、それは聖霊による導きの人生であった事を悟るのである。

 

洗礼は信仰者の神との真剣なかかわりの初めである。『口でイエスは主であると公に言い表し、心で神がイエスを死者の中から復活させられたと信じるなら、あなたは救われるからです。』(ローマ:10:9) と使徒パウロが語る通り、その信仰が人を生かす力になるのです。みんな魂の野垂れ死にになってはいけない。しかし皆が天国、天国と言うが、死んだらすべての人が天国へ入るわけではないだろう。やがて最後の時、キリストと共に救いにいる約束が与えられている。これはキリスト者の特権である。だから将来に不安を持つことなく全力で今を生きることができるのである。苦労の多い人生であっても、神はすべてをみそなわし、一人一人を贖ってくださると聖書は約束する。それを受け入れるキリスト者は単純バカと呼ばれても恥じることはない。もっと力を得ることができる。キリストと共に前向きにチャレンジできる。

 

先日ソフトバンクの孫正義氏のYouTubeを見た。彼の生まれは佐賀県鳥栖市の無番地と言われるところで、在日の苦難を受けながら、彼は家族を食べさせるためにアメリカへ行くと決断し、16歳で渡米したと言う。赤貧の中でその努力は並大抵のものではなかったが、今や押しも押されもしない大企業を先導する起業家として活躍する。その苦闘は人一倍、並大抵のものではない。祖母が14歳で日本に亘り、20歳上の祖父と結婚し、豚を飼い、密造のマッコリを作って生計を立てたと言う。彼は幼少時、おばあちゃんの引くリアカーに散歩に行くかと誘われ、乗せてもらい駅前の店で残飯をもらって帰るのが楽しみだったと言う。

 

在日の方々が受けている差別と偏見の苦しみの深さは計り知れないが、青年時代に夢を持ち、ビジョンを掲げて努力した成果が今のソフトバンクを形成していることは確かだ。彼の弟もジャパンヤフーを作り、今や起業家青年を育てている。ビル・ゲイツもジョブズ同世代で渡米時代からの友人であった。孫氏はビジネスにおいて戦略や戦術、計画立案はビジョンの下にあるものであって、頂点には理念が無ければならないと言う。理念とは夢であり理想の世界である。聖書的に言えば「神の国」思想に相当する。これを地上において生きる信仰がすなわちビジョンである。欧米流のキリスト教価値観に支えられていると言える。彼にキリスト教信仰があるかどうかは知らないが、その起業精神と人生哲学はキリスト教的であると思われる。彼は若者には『脳が腐る程に考えよ』と語る。それが彼の体験であり、努力の結果である。若者には若さと言う宝がある。金が無くとも若いエネルギーがある。これを無駄にすることなく深く学び取り組むことが求められる。

 

かつてグーグルの創始者ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンの事を書いたが、彼らの場合は明らかにユダヤ教に裏付けられた終末信仰の哲学から世界を変えるビジョンをもって創業したことが見て取れる。世界の人々が努力さえすれば道が開け、生活を維持できる環境を持つことができると言う。今後さらにキリスト教教育の真価が問われる時代となった。興味ある方は孫正義氏のYouTubuを見て下さい。

 

http://www.youtube.com/watch?v=DYjooacju_8

 

 人は早い時から自分の将来を考えるに越したことはない。定年を迎える年になっても体力のある限リ、世界の状況を見極め、若者に良いアドヴァイスを与えられるようになりたいと思う。世界が大きく変化し、昔の価値観では生きていくことができない。唯物主義ではないが、聖書の信仰を根底におくことが更に急務である。日本社会の現状は早やアメリカ社会と同時並行で進行している。NHKドキュメントでネットカフェに寝泊まりする母と二人の娘のことを知った。ネットカフェに親子家族で住まなければならない社会とは何かを深く考えさせられた。誰も好き好んでそこにいる訳ではない。しかしそこから出る手立てをどうするのか。アメリカ社会のホームレスの様子は以前書いた通りだが、それは今、日本の現実となっている。どこで寝泊まりしているのか知らないが、朝9時過ぎに必ず向かいのマンションの木陰で身を正してゆく人がいる。両手に大きな手提げ袋を持ち、先日は数冊の全集ものの本が詰め込まれていた。どこかにごみ出ししてあったのであろうか、彼はそれを売りに行くのであろう。身支度は整えるが、髪の毛は伸び放題である。ごみの中でも金目の物はそっと目を付けて袋に入れて持っていく。寒い冬はどう過ごしていたのかと他人事ながら心配もしたが、長年の生活感覚か、良く歩くためか元気である。

 

教会は信仰と同時に生きる術を教え学ぶことが求められる。若い人々が行き詰まらないように、支えてあげることが求められる。貧富の格差はなかなか縮まらない。若い元気な青年にはよく勉強して世界を見る目を養うことが求められる。信仰者として頑張っている教会の若者には少しの援助でも良いから笑顔で励ましてほしい。世界で活躍する若者を育てる事が教会の使命でもある。

 

桜台教会は幼稚園の閉園と共に新しい活動を展開しようとしている。急にもたらされた施設維持の為に蓄えのない財政の中で困窮してはいるが、皆新しいビジョンを考えている。先日のイースター礼拝で経験したように70名を超える方々が参加された。中でも子供たちが多く参加してくれた。安心して教会で子育てができるように、明るく安全なマットを敷いた子供の部屋があれば安心だとの声を聞いた。旧幼稚園ホールは様々な集会に活用できる。せめて礼拝堂に障害ある方や高齢者が車椅子で上れるように大型リフトがあれば教会も近くなると言われた。それよりも台所の改修やトイレもきれいにしたいとの意見が出された。庭の手入れもしましょうと有志の方が働いてくれる。新しい看板も付けられ、教会もわかりやすくなった。これらの声を聞いて、私はお金集めにも熱心でありたいと思う。キリスト者は全収入の10分の一を神さまに献げることが求められている。若い時はなかなかできないが、献げる心があれば可能である。黒田(如水)官兵衛はキリシタンであった。一説に依れば如水の名は旧約のヨシュアから来ていると言う。戦乱の軍師はモーセの後継者でカナン侵入の先駆者ヨシュアに学んだのかも知れない。彼は58歳で死ぬ時、教会に320石を献げる遺言を残したのである。