《慰めと励ましの言葉 99》(桜台教会『月報10月号』より)

                 

   『危機の時代を生き抜く為に』(Ⅺ)

 

                  牧師 中川 寛

 

   4月以来夏野菜をプランターで育て始め、同時に桜台教会の創立70周年を覚えて教会の庭にひまわりを70本植えようと提案していたが、すべて失敗に終わった。農家の方々の苦労と共に食物の栽培には四六時中拘わっていなければ野菜も花も植木も徹底的に反撃されることが解った。レンタルで菜園を楽しんでおられる方々も、決して簡単なことではないと言うことも良く理解できた。

 

  約一月間のテキサス訪問は大きな喜びであった。毎日孫たちを含め家族と一緒に過ごすことができた。娘たち夫婦による新しい冒険を楽しませてもらった。オースチンはまだまだ発展するに違いない。投資するなら場所にもよるがオースチンは立地条件、環境共に申し分ない地域である。すべてを忘れて自由に過ごしたわけではないが、結果的に聖書日課のfacebook掲載は継続できなかった。国際時間の違いとWi-Fi設備の都合もあり必ずしも時間が守れなかった。今後はPCもそれに対応する機種が求められる。

 

 あっという間のBeeCave 滞在ではあったが帰国時は本当に苦労した。婿たちがネットでPCR検査所を探してくれて陰性の証明書を確保したが、家内のメールが届かず、翌朝オースチン空港でAAのカウンタースタッフと掛け合ったがスペイン語が出てきて話が通じず、結果的に予定の飛行機には乗り遅れてしまった。翌日はJAL成田着で日本には土曜日に帰国できると考えていたが、これもできなかった。長女と連絡を取りもう一泊止めてもらおうかとも考えたが、折角空港に来ているのでダラスまで行ってホテルに泊まるよう指示された。日曜日までに帰国する為には翌日中に米国を出なければ土曜日には帰れないことになる。家内は米国からJALの日本行きを探してシカゴかサンフランシスコ、或いはミネアポリスかシアトル経由で成田か羽田着を探そうと言ってくれたので、とりあえずダラスに向かいホテルに滞在した。翌朝ダラス・フォートワースJALカウンターに着いたところ、日本国厚労省規定のPCR検査証明書でないため、再度空港内の医師による検査方法と結果の証明書が必要となり、再度二人で検査を受ける事となったので結果的に成田行きには乗れなくなった。その間JALCAは既に搭乗準備をしていてトランクは機内入り口に置いてあるので、検査終了後にカウンターまで来てくださいと親切に対応して下さった。仕方がないのでまず昼食を取ろうとベトナム料理を選びチャーハンをたべてJAL出発ゲートに向かったが、大きな空港でJL011便出発後は搭乗口が他の会社に変っていて、さあ大変。更に食事後店に杖を忘れて大急ぎで取りに戻ったがなくなっていた。幸い店員が奥で預かってくれたていて直ぐに戻ってきた。今度はカウンターにトランクを置いておくと約束してくれたCAが見当たらず、多分、外のJALカウンターの間違いだと思ってまた検査所を出ることにした。ダラスのJAL出国カウンターは午前中の手続き時には確かにあったが、午後になって他の航空会社に変っていた。確かJALの方はベトナム航空に変っているので担当者に話しておくからと言われたのを記憶していてその場にいた担当者に話したが、意味が通じなかったのかもうJAL職員は明日の朝まで来ないからわからないと言われてしまった。さてどうすればいいのか。やっぱり搭乗口の方に置いてあるに違いないと言われてまた長い出国審査の列に加わった。

 

   出入国の手続きは2度目であったが、私は股関節の手術をしているので、裸足でぐるっと回る個室に入りまた同じ質問をされ手持ちカバンを開かされた。家内は一度目にお土産用の食料を取り上げられ、二度目もせっかく買った食料を捨てさせられた。とにかくJALの出国ゲートを探したが航空案内に聞いてもJALの事務所はないと言われ、教えてくれた米国の電話はLAの旅行者案内担当の方で朝からオースチンで電話で話した方がびっくりして事情を聴いて下さった。そしてダラスのJALの所長さんが外のカウンターで待っていると約束して下さった。私達はまた出国審査所を横目に外に出て、今はベトナム航空カウンターになっている脇に寄って、「中川さんですか」と男性の呼ぶ声を聞いた。全く広いダラス・フォートワース空港を何度行き来したことか。JALの方々があまりに親切にして下さったので、ついうれしくなってあれこれ話していたらラグビー部OBのY君の父上がかつて香港支店長をしていて、JAL再建に努力されたことを話した。いまは春秋航空の社長をされている。ダラスから度々の電話で乗り換え機の準備をして頂いたLA在のJAL旅客相談室のご婦人も3日遅れとなる羽田着の便を手数料無して準備して頂いた。最も驚いたのはダラスのJAL・CAで搭乗手続きとCPR検査の正式な必要書類を準備して下さった方は武蔵大学卒業で横倉学長時の卒業生と言われていた。江古田や桜台の話をして大変懐かしがられていた。結果的に2日目もダラス・フォートワースのホテルに宿泊して翌朝一番にJALカウンターで手続きを済ませて出発を待つことにした。二日目の朝は成田着の飛行機で成田から家までどのように帰るか心配したが、羽田着になったので安心した。

 

   ところが結果的には日曜日の午後羽田着になったので教会へは行けなくなったが、羽田第三ターミナルでは三度目のPCR検査が行われ、広い空港内を行ったり来たり、最後はスマホに帰国者管理センターのロゴを入れて以後毎日不定期に三度、二週間に亘って自宅隔離で監視されることとなった。陰性にも拘らず、ワクチン接種も二度済ませ、結果的には都合4回のPCR検査と正式陰性証明書を確保しなければならなかった。羽田からは公共交通機関使用禁止でタクシーで帰ったが、日本に着いて3時間余り、羽田で在日系の若者からあれこれ調査されたのには全くナンセンスだと感じさせられた。

 

   日本の社会が緊急事態宣言発出と共にもう少し融通の利く手立てが取れないか悔しい思いが後を引いている。緊急事態宣言全面解除となり教会活動が再び活発化されることを願っている。夏の間中教会員やCSご父兄、役員有志によって庭の草取りを継続して実施して下さったおかげで、ずいぶんきれいになった。私も早速教会をきれいにしなければならないと考えて、あれこれ手掛けている。ところが先日椿の葉についていた「チャドクガ」にやられて手足背中おなかに至るまで、体中痒い湿疹に覆われてしまった。植木屋さんや職人さんが特別の装束をして作業しているのにはそれなりの意味があることを学んだ。数十年に亘って放置されていたアロエの株も小さくした。しかし放置された幼稚園の木は紅葉が大木になり、入り口のブロックを割って大変な事態になっている。サルスベリも大木になり深剪定が求めえられている。ジャングルジムの銀杏の木は大木になったが幹の腐食がかなり進行し台風の際折れないか心配される。礼拝堂玄関横のモミの木もいつ倒れるか分からないほどに傾斜が拡大している。幼稚園のヒマラヤスギも大木になり、早く短くしなければ害虫の巣になっている。時機を見て剪定しようと思うが一人では完結できない。でも新しいヴィジョンに生きる事は教会の使命である。教会を美しくするために募金を募らなければならない。世の中はコロナ対策のためにあれこれ対策を立てて取り組んでいるが、世界で活躍できる人材を生む教会はもっと積極的に美化に励まなければならない。

 

 私達がテレビや報道で接する欧米の諸外国も教会がきれいに管理されているところは人々も集まるが、草ぼうぼうの所では福音の価値は上がらない。今年のクリスマスがどうなるかコロナの行方は知られないが、子供達が喜び集ってくる教会の形成は優先的に為されねばならない。海外に出て活躍する人々も大勢いるが、その心において誰にでも誇ることができる生き様が求められている。夏のテキサスで教えられたことは、志しが確かで美化に勤しむ組織・団体が世の中を改善して行くものとなるとの事。私達はそのような目標を掲げて成長しなければならない。 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 98》 (桜台教会『月報9月号』より)                 

   

 『危機の時代を生き抜く為に』(Ⅹ)

               

                       牧師 中川 寛

 

    新型コロナ感染症の専門家によればこの流行は年末まで続くと言われる。世界が同様の判断を下しているのか、米国の大都市にある大企業のオフィスは少なくとも来年1月3日までは自宅でのテレワークで出勤禁止との事である。日本も同様の処置が下されると思うが、ある方によるとスペイン風邪は4年に亘ってまん延した経緯があるのでもっと長くかかるとも言う。教会活動も礼拝を休会中だが、献金さえも滞り会堂維持に困難を来している。勤労者の収入が不確かで、失業者続出の中、社会の経済活動が回復しなければ疲弊するばかりである。政府による二回目の国民生活への緊急援助を実行しなければさらに悪い方向へと向かわざるを得ない。

 

    私は6月末にコロナ感染の見通しが立たない中、テキサスの在住の長女からの招待を受け、礼拝を継続できない期間に思い切って渡米する事とした。世界中の旅行者が消えた中、飛行機もまた7割近くの空席でダラス経由、オースチンへ行出かけた。梅雨の最中、蒸し暑い日であったが二度のワクチン接種を終えていたので、専門医によるコロナ陰性の検査証明証をもらい、7月8日朝羽田から出発した。さすがにハワイとは違いダラスまでの直行便でその後オースチンまで飛んだが久々に長い飛行時間であった。幸い揺れも少なく眼下に広大な米国の大地を見ながら空の旅を楽しんだ。長女家族は昨年4月、コロナの最中ハワイからオースチンに転居したが、新しい所で野鹿や野ウサギ、リスが闊歩する庭の整備を行い、家の手入れをして待っていてくれた。ジャングルのような庭だったと言っていたが、敷地を一周するだけで15分は掛かるような広い所を綺麗な芝生の公園のように変えていて、さぞ大変だっただろうと感心した。孫たちも成長していて驚いたが、皆元気に成長していたので感謝した。すべてが久しぶりのアメリカ生活という思いであったが、オースチンは初めての所で、家族が一丸となって整備してきたことに驚きを覚えた。

 

    テキサスは土地が高騰し、近郊の土地もバブルのあおりですべて周囲は分割した区画で購入済みとなり、周囲の山々も建築ラッシュとの事であった。オースチンの市街地までは車で30分ほどだが、コロナの形跡はほとんど見られなかった。マスクをしている人はアジア系か黒人のみで、どこに行っても店の人以外はマスクなしであった。水は自宅の井戸からふんだんに汲み、電気代も税金も安いとの事で全米各方面から引っ越してくる人が多くなっているとの事。その結果孫たちの新学期には転校生も増え、学校周辺では朝の渋滞で普段は5分での登校に20分かかったと言っていた。オースチン近辺はテキサスではヒル・カントリーと呼ばれるところで木々が多く、野鳥の鳴き声も多く聞こえる。川や湖も多く、休日には家族でボートに乗り夕日を楽しむとの事。橋のある川のほとりは行楽客の車が長く連なって止めてあった。

 

    何もかも楽しい体験であったが、ある時射撃場に連れて行ってもらった。テキサスは身分証があれば自由に銃が買える。身の安全は各自が責任をもって確保しなければならないので、街のご婦人も自分で拳銃をハンドバッグに忍ばせているとの事であった。銃を撃った際の衝撃と銃声の大きさに驚いたが、若い女性が隣で友人から指導を受けていた。テキサスは毎年9月1日が拳銃所持の日で男女ともに腰に拳銃を下げて町に出るとの事でした。銃の扱い方や弾丸の装填の仕方、拳銃の打ち方ショットガンの構え方などを学んだ。同時に銃を扱う時は絶対に銃口を人に向けてはいけない事も教えられた。それは自殺行為となるとの事で、悲しいかな日本人には理解しがたいが、銃社会の生活は各自が身をもって責任ある行動をとらなければならないとの事であった。その結果全米中テキサスでは銃による事故が大変少ないとの事であった。

 

   娘婿は実によく働く人でアメリカ人の典型を見ているような生活をしていた。彼はカイルアでは一人で数軒の家を建て、オースチンでも二階建ての事務所とガレージを立てる準備をしていた。二階には寝泊まりできる部屋も作るとの事。テキサスでの俳優業も再開し、国際的事業としてサーフィン用品具販売とクラシックカーの製作販売等々。趣味と実益を兼ねてオースチンサーキットではフェラーリを走らせ仕事に従事している。同時に家の整備と子供の教育。水泳では自由形でLAオールHSで4位の成果を残しているとの事であった。成程プールでの泳ぎはバタフライを含め見事であった。 丁度ステイした時は台所の手入れをしていたが、大理石のカウンターを作り、電気工事と壁塗りと大きなコンロの設置も来ていた職人さん以上に美しく仕上げていた。職人さんの親方はカントリーウエスタン歌手のウイリー・ネルソンの長男で隣の町に住んでいるとの事で親しくしていた。2年前には750万円で購入した向かいの土地の地主は1800万円で売れて引っ越したとの話には驚いた。それだけバブル経済ともいえる現象が起こっているとの事であった。

 

   コロナ不況で四苦八苦する日本と違って、テキサスは持てる人々の目覚ましい成長が始まっていると話していた。向かいの山沿いに立てられた50軒近くの新築住宅もすべて売り切れと言って工事現場を回って見せてくれたが、ちょっと想像できないテキサスの変容ぶりであった。

 

   教会の様子はいくつもの教派による大きな教会が建っていたが、まだどの教会に所属するか決定していないとの事であった。大きな教会でも隣りの墓地や前庭にパイプ椅子を置き、テントを張って礼拝を守っているところも見受けられた。テレビによる礼拝を流しているところもあったが、必ず献金の要請をしていた。桜台教会は献金や教会奉仕はうるさく言わないので自由過ぎて信仰はどうでもよいようになってしまうが、実は生活の根底には魂の情熱が渦巻く信仰的熱意がなければ、人生は輝くことがない。信仰はいわゆる積極的思考(ポジティーブ・シンキング)を生み出す原動力である。赦され愛されている確信はキリストの十字架から発せられるものであるがゆえに、聖書的信仰がなければ人生を否定的にとらえ、消極的生き方となる。

 

 

   昨年の大統領選挙以後、米国のキリスト教も地に落ちたと感じていたが、実は福音の働きは華々しく報道されるメディアの方向にあるのではなく、困難の中にもたゆまず良き業に励む信仰者の日々の証しの中にあることを忘れてはならない。「とうきょう2020」のオリ・パラ開催も終了したが、競技選手の成果の結果やメダルの数による評価ではなく、コロナ禍の中で開催されたオリ・パラ大会が、障害ある方々の障害を克服して努力した競技の姿そのものに癒しと和みを与えられたことに大きな成果があったように思う。この時期のオリ・パラ開催の良し悪しは後に人々によって評価されるであろうが、コロナ鬱を経験している全世界の人々にとって、矢張り大きな希望を抱かせたのではないかと思う。もちろんこの大会開催のためにも休むことなく医療に従事されている多くの関係者の方々には苦悩のはけ口がなかったと思われるが、多くの国民が共に苦労を担って感謝の思いを持っていることも声を大にして表明しなければならない。アフガン問題や菅首相辞任の報道を通じて、その内実の詳細は明らかにされないと思われるが、コロナ関連の人々にとって必死に生きるコロナの下にあって選ばれた一部の人々が権力所持者による特権優先でなく、生きていて良かったと思われる一般人の共感を深く心に留めて良い生き方を選択しなければならないと思う。世界はカオスへの道を直進しているようであるが、目覚めた人々によって善き目標を立て積極的にビジョンを遂行する選択の道を勇気をもって進まねばならない。虚偽と悪の道はやがて暴かれ、裁きの対象とされることを心に刻まなければならない。「木はその実によって分かる」(マタイ12:33)との言葉通り全能の神はすべてを見ておられるのである。

《慰めと励ましの言葉 97》 (桜台教会『月報6月号』より)                 

   

『危機の時代を生き抜く為に』(Ⅸ)

 

                  牧師 中川 寛

 

   6月に入って朝9時に予約してくれていたワクチン予防接種に家内と出かけた。予防接種はインフルエンザを含め何年もしたことがなかったが今回は久しぶりの経験であった。ファイザーのワクチン一回目であったがチクリと刺された左腕に一瞬痛みを感じたが、あっという間の出来事で、何の変化もなく接種後待合所で15分の様子見をして家に帰った。その後教会で普通通りに仕事をして無事に終わったのであるが、二日目になって注射した周囲が不思議に筋肉痛を感じた。夕方頃から多少疲れが出た感じで早く寝たが三日目の朝まで手の動かし方で筋肉痛を感じた。しかし夜には無事にそれらの症状は消えた。高齢者の特権ではあるが割と早く無事にワクチン注射が終わった。次回は3週間後だそうだ。専門医の勧めではやはりコロナ感染症拡大抑制には効果があるようだ。そうはいっても緊急事態が継続しているので勝手なことはできないが、無事に多くの方が早くワクチン投与できることを祈りたい。娘の報告によるとテキサスではワクチン投与も自由にできるテントがあちこちにできているとの事。オースチンではほとんどの人はもうマスクはしていないそうだ。学校も夏休みに入り、飛行機も普段通りになったと言っていた。ただ国際線はそう簡単ではない。日本はまだ渡米できる環境ではないし、帰国後も二週間の監視が求められる。コロナ感染症の陰性とワクチン投与の証明があればもっと自由にしてもらいたいところだが、どう見ても政府・行政の対応が遅いと思われる。政策なのか国民に不安感を持たせることが最優先しているようで、一向に明るい兆しが見えて来ないのは残念だ。

 

   先日今年の季節のめぐりが全体的に低温で推移しているとの報道があった。そのせいか梨農園の成長が著しく遅れ、全滅したとのニュースが流れた。5月の連休から楽しみにしていた花と夏野菜が全滅してしまった。雨ざらしにしていたプランターの苗木が雨の日の低気温で成長がなく、晴れて成長した後はナメクジとダンゴムシによって一夜にして食べられてしまった。薬品を買ってきて処置はしたが、時すでに遅し。彼らは夜の間に鉢の底、草陰から出てきて新芽を食べ尽くし、二日目は茎まで食べて本当に苗は消えてしまった。夜出る害虫として調べてみると一番タチが悪い種類だそうだ。にわか作業ですぐに植えられると思って対策をとらなかったのが災いした。3月に買ったその他の苗木も成長がなくバラは特に気に入った「アンネフランク」を植えていたがヨトムシとうどん粉病であっけなく枯れてしまった。そのまま根は生きていると思って手当はしているが、今のところ変化はない。スナップエンドウも一夜にして食べられてしまった。気温の変化と害虫対策には万全を尽くさなければならないが、初めて経験する事ばかりで悔しさだけが残る。

 

   先月の満月の見事さも驚きであったが、24年ぶりのスーパームーンとの事であった。次回は13年後との事で生きているかどうかはわからない。しかし自然はうるう年もあり揺り戻しと言う現象もあるとの事。普段通りには行かない自然の運行に季節感もズレルそうだ。虫に食べられたヒマワリやスナップエンドウも時期が悪かったとしか思えない。しかし農家の方々には仕方がないでは片付けられないであろう。長年培ってきた生育の知恵を用いて栽培されておられるのであろう。近所の友人の方からは「いよいよ自給生活ですか」と言われていたが、苦労はどの道も同じであることを学んだようだ。とりわけ残念なのは教会創立70周年記念に合わせて準備していたヒマワリ70本が予定通りに行かなくなったことだ。改めて何とか準備したいが、成長には時間もかかるのでいつになるかは分からない。

 

   混沌の時代と言える世界各国は産業革命以来西欧の近代化をもって自国の文化伝統を誇示してきた。しかしコロナと共に経済社会の変動と民主化の波に押され、同時に中国共産党の成長戦略により様々な伝統文化と社会秩序に変動をもたらした。今や中国は様々な分野で世界の最先端を行く企業を有し文明のけん引役を誇示している。多くの場合近代化と共に西欧型民主化の道程を経てきた先進国であったが、中国共産党のやり方には同意できないもどかしさを持っている。共産主義の特徴である一党独裁の方針が強行され、巨大な富と軍事力が米国中心の西洋型近代国家を押さえつけている。真偽のほどは確かではないが、コロナ危機をもたらした張本人ではないかとも疑われている。新しい共感を呼ぶ文明の進展が果たして中国共産党の政策によって打ち立てられるのか。社会構造の変革をもって人間のすべての価値観やいわゆる上部構造が変えられるものなのか、私は決して近視眼的に反共産主義的イデオロギーを批判するわけではないが社会主義国家の結末を見ていても同意できるわけがない。

 

   中国共産党が米国を上回る軍事力を発揮し出したならば将来の不安は増長するが、しかし中国封じ込め作戦としての日米豪印のアジア太平洋構想が英仏を含めて強化されるならば多少の見通しは開けるように思う。しかし世界史における覇権を有したモンゴルの勢力、その後のオスマントルコの勢力を見る限り、西欧型近代化構想だけでは決して一筋縄では行かない世界平和を学ばせられるであろう。中国の子供3人まで容認する国家政策は13億人を超える遥かな人口を擁して世界へと進出するならば、かつてのモンゴルのクビライカアンの世界制覇の野望を彷彿とさせるものになるであろう。1274年文永の役、1281年元寇の役では幸いにして侵略、占領はは免れたが、西欧ではハンガリー、ポーランドに至るまで侵略され、テロに悩まされるロシアにおけるタタール人問題はその後遺症を引きずっていると言える。その後を受けてオスマントルコの支配は東ローマ帝国(ビザンチン国家)を超えてトルコ艦隊による世界攻略へと展開される。今日のトルコ共和国には東ローマ帝国(ビザンチン)の文化が根付いており、古代文明の一つであるヒッタイト文明が栄えた地である。鉄器の発明とクサビ型文字やトロイの木馬で有名なトルコ・チャナッカレ(トロアス)、カッパドキアの洞窟教会に代表される古代キリスト教会とネロ、ドミニアヌス帝時代のキリスト教徒迫害下にあって三位一体論の聖霊論を展開した神学者大バシレウスの活躍等々。オスマン・トルコはイスラム教よりは東方の正教会に代表されるビザンチン文化に基礎付けられていると言う。東方教会は西方のローマカトリックとは違って皇帝教皇主義(カイザル・パパシズム)をとっている。古くは皇帝が教会の教皇であり両者は世俗世界の主権と宗教的主権を共に担っていたのである。西方教会は世俗の皇帝と教会の教皇とは別人物で皇帝は教皇に仕える者であった。有名なカノッサの屈辱は1077年真冬、ローマ王であったハインリッヒ四世が教皇グレゴリウス七世に三日間に亘って許しを乞うた歴史的事件として世俗の長、国王が教会の教皇に懺悔した事件として欧米人の記憶に留められている。

 

 

   産業革命と経済活動の勝利を手にした欧米の近代化であったが中国共産党の勢力は「一帯一路」の政策をもって世界制覇を目論んでいると思われる。今や欧米から盗み取った様々な技術と研究成果によって宇宙の果てに至るまでの覇権を誇っている。 米国元国務長官マイク・ポンペオ氏が西側諸国に警告した事実は決して架空の事ではない。民主主義を標榜することをしない中国共産党の覇権主義はそれを否定する勢力が登場しない限り、或いはその政権が倒されない限り、さらに強力に覇権を振り回すに違いない。神による創造と生命の尊厳は決して忘れられてはならないものである。 私はこれからの世界の希望と新しい再生は「ビザンチン・ハーモニー」と言われるオスマントルコ時代のビザンチン文化(正教会)とイスラム文化の融合・調和に期待されるのではないかと考えている。

《慰めと励ましの言葉 96》 (桜台教会『月報5月号』より) 

                 

   『危機の時代を生き抜く為に』Ⅷ)

 

            牧師 中川 寛

 

今年もまたイースター礼拝を共に守ることができなかった。新型コロナ感染症がこれ程長く続くとは思いもよらない事であったが、しかし今私達にできることは一日も早くコロナ感染症が収束することを願いつつ最善を尽くすことである。最前線で医療救済活動に従事する方々に主の励ましを祈ります。教会活動を行う事も制限され、信仰生活が希薄になることを憂いつつも、日々聖書のみ言葉に触れ、祈りと霊的交わりを継続する事をお勧めしたい。デジタル化が進む中、教会の信仰形成は人間関係の直接的交流がなされなければ閉鎖的信仰に陥ってしまう。或いは信仰は趣味・嗜好の類で終わってしまう。永年信仰生活を続けてきた方々においても高齢化と共に福音信仰が個人的嗜好に埋没してしまうのもはかない事である。神と共に生きる信仰者は死に至るまで首尾一貫してキリストの福音に生かされて生きるものである。

 

 70年の歴史を数える桜台教会の感謝礼拝もコロナの影響で企画さえできないのは悲しい事である。しかしその事業の一環としてパイプオルガンのふいご(風箱)修復工事が無事に行われたことは記念すべき喜びである。二年前の空気の漏れるオルガンの音色を思い出すと見違える再生である。ケルン・オルガンが立派に再生した。復活の記念である。特に修復工事の呼びかけに応えて献金に協力して下さった方々には心から御礼を申し上げたい。また早くその音色を皆様にお聞かせしたいと願っている。

 

   修復工事に携わって下さった望月オルガンの望月一郎さん、下関に工場を持つ中里オルガンバウの中里夫妻の働きには感謝したい。工事中ケルン氏のサインとケルン社のあるアルザスのワイン・ビールのラベルがあったりで楽しい経験、うれしい経験をさせて頂いた。教会員の寺田さん一家が重い生木を乾燥させてつくられている二つの風箱移動に力を貸していただいた。二人の息子たちは学校が終わってから奉仕して頂いた。昔はふいごで風を送る助手が演奏者と共にいたのだが、今は電動で風を三つの風箱に送り、均等の風圧を全てのパイプに送っている。その見事な構造は各オルガン(器官)の集合体として各部門の役割を担っている。風箱に微妙で均等の風圧をかける為に羊のなめし皮が使われている。狭いオルガン内部から大人4人で外に出してまた収納する為に力ある男性が必要であった。その風箱の木の内側にダニエル・ケルンの署名入りで「ふいごは1995年3月ストラスブールのケルン社によって製作された。」とサインしてありました。ふいごはオルガンの中でも空気を送る最初の器官で一番重要な送風装置(神の息吹=聖霊の発出)に記されていることの意味は非常に大きな意味があります。聖霊はヘブル語ではルアッハ(風・息、ギリシャ語ではプニューマ)と言いますが三位一体の聖霊信仰に通じる神の働きです。すべてにおいて神の働きかけがなければ事は生起しません。その働きはやがて各笛を通じたパイプを響かせるのです。イースター直後の一週間を通じてダニエル・ケルンの信仰に目覚まされた思いがしました。

 

   かつてオルガン購入契約の為次女を連れて三人でストラスブールのオルガン工場を訪問した際、アルベルト・シュヴァイツアーが推奨したアルザスの諸教会と共に、ストラスブールのカテドラル、ブッツァーが宗教改革を行いモーツアルトが幼少の頃弾いたサン・トマ教会、ケルンが所属するサン・ピエール教会等々を案内していただいた。サン・ピエール教会は中世の時代は修道院であったが、古い石作りの礼拝堂の中央上部にケルン社の大きなオルガンが設置されていた。教会の庭は荒れたようになっていたが、「今は物質文明優先の世界で人は教会に集まらない。だがやがて霊的なものを求めて人々はまた集まる。その時ジルバーマンのオルガンの音色が再び民衆を神へと導くことになる。その時のために私は働いている。」とダニエルが言っていた。彼の言う通り今は世俗主義が優先的だが、やがて聖なる癒しを求める人々が現れるに違いない。その時ペストが世界を襲ったようなコロナ感染症が流行するとは誰も考えはしなかった。できるだけ早く多くの人々に復活したケルンのオルガンをお聞かせしたいと願っている。

 

   桜台教会創立70周年を迎え、記念の集会はまだ開かれないが2月以来手掛けてきた庭の樹木を剪定したいと願っている。園芸店に委託すれば簡単なことだが、何しろお金がない。隣りの庭は惜しげもなく植木の業者に依頼して伐採をされたが教会は一回60万円(3年前支払った額)もかかる費用を再び出すことができない。そこでヒマワリの花を70本植えようと準備している。これも大仕事だが誰も手掛けようとされないので私一人で準備している。二年後を見据えて小林吉保牧師銅像が見えるように椿を深剪定した。昨年湧いて出たように松毛虫で困った門松も出入り口を見据えて深剪定をした。銀杏の木やヒマラヤスギは大きくなりすぎたが、いづれ枝払いをしないと通行人に迷惑が掛かってどうしようもない。夏になると藪蚊の大群が通行人を襲っている。かつてE婦人から幼稚園の木だから勝手に切らないでと叱られたが、放置していてよいわけはない。ゴミの山となっている職員室を見れば良く分かる。庭の手入れもしないまま幼稚園のものとは言えないであろう。できる範囲で草刈りをしてきれいにしましょうと有志で教会の方々が清掃してくれている。忙しい教会員はせめて運営維持のために多少の献金に協力願いたいが、厳しい事情に活動費すらままならない。しかし教会は貧しいながらもいつでも人の集まる聖なる空間を整えておきたいと願っている。

 

   素人が始めたガーデニングではあるが夏野菜の植え付けをしようと種まきから始めたが、分量の分からないまま見様見真似で発芽させた。近くスナップエンドウの苗木を皆様に分けたいと計画中である。ニンジンの種を発芽させたが余りの多さに驚きつつ多くを枯らせてしまった。茄子、キュウリも肥料が多すぎたり水を多くやりすぎて徒長苗になった。その他のものも育苗時期が遅れて枯れてしまったり。生命ある植物を育成する農業に携わる方々のご苦労が良く分かる。

 

 

   すべて農機具がそろった環境ではなくプランターで育てようと俄か栽培を始めたので結果は当然だが、生命を持つ植物の成長にも微妙な自然の変化が大きな影響を与えるものであることを肌で感じ取った。3月に外で種まきしても寒さと雨で種を芽生えさせることができなかった。植え付けの培養土の準備も無く、以前の土を使ったが再利用の準備が足りず肥料過多になったり栄養不良であったり、水のコントロールができず枯れてしまった。草花を育てるにもその特性を学んで日々目配りをしなければ残念ながら植物は育たない。4月になって暖かくなるとバラの花に虫がつき一夜にして葉っぱが幼虫に食べられてしまった。ニネベに行ったヨナの悔しさが良く理解できる。日よけのためにとうごまの木を植え、木陰で涼もうと期待していたが一夜のうちにその木は虫によって食い荒らされ枯れてしまったと言う。『翌日の明け方、神は虫に命じて木に登らせ、とうごまの木を食い荒らさせられたので木は枯れてしまった。日が昇ると、神は今度は焼けつくような東風に吹きつけるよう命じられた。太陽もヨナの頭上に照りつけたので、ヨナはぐったりとなり、死ぬことを願って言った。「生きているよりも、死ぬ方がましです。」 神はヨナに言われた。「お前はとうごまの木のことで怒るが、それは正しいことか。」彼は言った。「もちろんです。怒りのあまり死にたいくらいです。」すると、主はこう言われた。「お前は、自分で労することも育てることもなく、一夜にして生じ、一夜にして滅びたこのとうごまの木さえ惜しんでいる。それならば、どうしてわたしが、この大いなる都ニネベを惜しまずにいられるだろうか。そこには、十二万人以上の右も左もわきまえぬ人間と、無数の家畜がいるのだから。」(ヨナ4:4-11)

 

《慰めと励ましの言葉 95》 (桜台教会『月報4月号』より) 

                

   『危機の時代を生き抜く為に』(Ⅻ)

 

            牧師 中川 寛

 

 コロナ時代の緊急事態宣言以後感染者数が減少すると期待していたが、変異型ウイルスが発生し、いつの間にか東京より大阪の方が多くなってしまったのには驚き以外の何者でもない。すでに三密を避け自粛生活が日常となってしまったが、相手はウイルス、見えない病原菌なのでどこまで制限しなければならないのか全く先が見えない。多くの方々への問安をしたいところだが、それもできないもどかしさを覚えている。

 

 3月14日(日)礼拝を終えて午後聖地霊園にて昨年10月、11月と続いて他界された故 Iご夫妻の納骨式を行った。ご主人は大正15年生まれで最後の予科練出であった。終戦後明治学院に学ばれ昭和22年霊南坂教会小崎道雄牧師から洗礼を受けられ、その後東京山手教会に転会し、後練馬に住まわれたことにより桜台教会へご夫妻で転入された。ご夫人は東洋英和女学院保育専攻部ご出身で27年東京YMCAにて村田四郎牧師司式により結婚式を挙げられた。若き日に太平洋戦争を経、戦後キリスト教学校で聖書による自由と人間の尊厳を身に着け教会学校教育と幼児教育に従事し、ご夫妻で教会活動に献身的にご奉仕下さいました。30年ほど前、ご夫妻で千葉県富津湊に転居され、ご自宅を開放して教会学校の夏期学校を開催させていただいた。そのころお世話になった方々から葬儀には行けなかったが納骨式には参列したいと希望されていたが、コロナ緊急事態宣言延長となり、残念ながらお断りしなければなりませんでした。4人のご兄妹ご夫妻と牧師夫婦で無事に納骨の儀を終えることができました。ご両親も共に眠る桜台教会墓地にお休み頂けたことは長く教会員と共に信仰を共有しつつ生前の教会へのご奉仕について語り継がれることになると感謝の思いを新たにしました。

 

 コロナ感染症蔓延防止を願いつつ、教会はすべての点で制約を受けていますが、大勢の方々のご協力をいただいてパイプオルガンのふいご修復工事を開始する事となりました。募金呼びかけに応じて下さった方々には心より御礼申し上げます。まだ十分とは言えませんが、引き続き努力して行きたいと思います。先日クラシック・アワーでドイツ・ドレスデン聖母教会に設置されたケルン社のパイプオルガンを再確認しました。ダニエル・ケルン氏が桜台教会のパイプオルガンを設置した後、紀元2000年を祝ってドレスデンの人々はバッハ時代のゴットフリート・ジルバーマンの製作した音色の復元を願ってその伝統を継承するケルン社を選び、第二次世界大戦末期に連合軍によって破壊された教会堂の修復と信仰の再興を成し遂げ、パイプオルガンの設置を決定した。その規模においては大聖堂のオルガンと桜台教会のものとは比較にならないが、桜台教会のパイプオルガンと同じ音色の響きが世界の贖罪と和解を願って建設された教会の信仰の証しにおいて、桜台教会も世界の教会活動の仲間入りさせていただいていることは感謝に耐えない。ダニエル・ケルン氏は二年前の夏事故により突如召されたが、その信仰の力強さは私達の教会活動に大きな刺激を与えて頂いた。ふいご(風箱)の中の柔らかい羊の皮の手触りは繊細な音色を醸しだす最も工夫された素材が用いられている。柔らかく優雅で繊細な美しい音色を発するオルガンの修復はコロナ禍で病む多くの人々に魂に平安を与えるに違いないと確信している。

 

 今回ふいご修復工事を引き受けて下さったオルガンマエストロは望月一郎さんと中里夫妻である。3人ともドイツでマエストロの資格を取り、中里夫妻は山口県に工場を持ち日本の若手オルガンビルダーとして活躍されている。一郎氏は望月オルガン二世として親父の仕事を全て継承されている。楽器の女王であるオルガンを手掛けるのは並大抵のことではない。三人ともオルガンビルダーの後継者としてその使命を担っておられる。教会にとっては厳しい台所事情ではあるがその使命はどんなことがあっても果たさねばならない。今世界中の教会は礼拝堂での活動を禁止されているが、コロナ感染症の治まるころには再びミサも礼拝も鎮魂のために盛んに行われるに違いない。教会の職務は社会にあってみ言葉の宣教と贖罪の告知、和解の使命を果たすことである。世界はグローバリズムによって私利私欲が優先され、権力・武力をもって弱者を蹂躙し、自由の名のもとに頽落と不正、非人間化が優先されている。コロナとは言え世界の為政者たちの横暴が世界の混乱に拍車をかけている。政治家の自己欺瞞が横行し、不法がまかり通り不正が平然と行われている。キリスト者は聖書的真理に基づいて正義と法を優先し、対立を強化するのではなく和解と宥和の実践に励まなければならない。パイプオルガンの音色は人々の病める魂を慰め真理を明確にし、雄大な霊的世界に平安をもたらす力と価値を持っている。共に集うことができないもどかしさはどうしようもないが、一日も早く回復の日の来ることを祈って待ち続けたい。

 

 話は変わるが、先日来鉢に花を植え替えてガーデニングのまねごとをしている。先日書いた「君子蘭」は小さな株も含めて六つの鉢に植え替えたが、そのうち三つの鉢から花の芽が伸びて近日中に朱色の花を咲かせるようである。春の桜も終わったようだが、我が家の八重桜は初々しく咲き始めた。主に花類は家内が育てているがようやくクリスマスローズも種を残し始めた。草木を育てることはそれなりに責任をもって世話をしなければならないが、苗育だけでも簡単にはできない。植物が育つためには当然のことだが土の育成、水、温度、栄養が必要である。芽を出し、茎葉が育ち、花が咲けばそれに見合う手立てを施さなければならない。自然農法を推奨する人は人類の進歩と共に化学肥料を使いすぎて自然の法則に逆らって作物を育成していると批判する。成程と考えさせられるが数日前から興味を持った者には勝手な仕法で間違ったやり方を継続して満足していたようだ。農業に従事する心はまず天地の創造者に感謝し大地の恵みの方策を学び、天空の時間に従って作物を育てることが肝心であると言う。ある自然農法を手掛ける方は、化学肥料や薬品に侵された農地を9年かけて改良したところ、肥料もいらず害虫も発生せず、作物が生起溢れる形で収穫できるようになったと言う。まず麦を育て、夏から豆を育て秋に野菜を育てることを9年間続けて野菜はすべて筋や葉が左右対称のシンメトリーのものが生育するようになったと言う。害虫の発生は肥料のせいで野菜を枯らす虫はそれを食べることによって野菜の毒素を浄化しているとの事。やがて化学肥料によって汚された食物を食べる人間も健康を害することとなると言う。経済優先の農業政策は基本的には人間の命を縮める以外の何物でもないと語られる。自然農法を実践する方には宗教的哲学的側面をもって取り組んでいる方々が多いように感じる。自然の法則に学びつつ生物である草花を育てる人々は一つ一つの草木の命と対話しつつ育成に精進されていることが良く理解できた。

 

 私も一つ何かを育てようと夏野菜のトマト、きゅうり、茄子、ピーマンの種を購入して生育に取り掛かったが、残念ながらまだ朝夕の温度差がありすぎ発芽にも至っていない。水やりは朝のうちにと指導書が教えてくれるが寒いうちは一週間に一度で良いとの事。雨が降った時は翌日加減して水やりを行うとある。

 

 

 様々な努力と研究、学習がなされねばならないが、聖書が語る『わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。』(Ⅰコリント書3:6)との言葉の重みがひしひしと伝わってくる。とりわけ教育も同じ思いを持たなければ人として育成することはできないとの結論に至った。絶えず愛情を注いで最も良い環境を提供し、やがて自立することができるように必要な経験と知識を教授し育てることがなければ人は正しく育たないものだと反省させられる。キリスト教教育はさらに高い次元にある。

《慰めと励ましの言葉 94》 (桜台教会『月報3月号』より)  

               

   『危機の時代を生き抜く為に』(ⅩⅠ)

 

                  牧師 中川 寛

 

  コロナ感染症による緊急事態宣言の2週間に亘る延長が決定されるとは思いもよらぬ事態である。一年前の横浜港に寄港した豪華客船の感染状況が今日にまで及ぶとは恐らく誰一人予測しなかったことであろう。しかし感染鎮静化はまだ先で、今年末にまで及ぶと予測する専門医もいる。悔しい事だが事態は日本だけの事ではない。世界中の人々が同じ状況下で困難を強いられている。長寿時代だとは言え個々人の人生における一年は全世代共通の事であり、失われた時間は取り返すことができない。特に多くの若者にとって悲劇的な惨状となる。ある大学では今年の入学式に引き続いて、昨年4月に行う事の出来なかった入学式を午後に実施すると言われている。しないよりは実施してあげることに意味はあるが、何とも締まらない事態である。受験生や他の生徒にとっても学ぶことのできなかったカリキュラムの補填は並大抵のことではない。

 

  私は50年前に大学院を終えた世代ではあるが、いわゆる70年安保の大学紛争では敢えて全共闘の授業再開反対に対抗していち早く校内に入り学業に取り組んだ。多くの反対派学生から罵声を浴びせられながら、個人で登録して将来の目的実現のために学業を優先し、必要な単位を取得して伝道者となる道を選んだ。紛争それ自体は青春の一思い出ではあったが、貴重な時間を浪費したことはもったいない思いであった。その同じ思いがコロナ禍の中で学業を継続できない若い人々にとって、個人のみならず日本国、延いては全人類の損失であることを思わせられる。人間にとって学びはその時々の大事な存在価値の獲得でもあるが、その機会を持てなかった方々にはやはり大きな損失であることに違いはない。終息のための最大の努力が全人類に求められる所である。とりわけ勤労者にとっては生活の目処が立たない。アルバイトと言っても制約がある。年齢的には70代を迎えるものにとっては即応できる体力や能力もない。教会活動は目に見えて財政的危機を抱えている。悲しいかな社会的諸問題が不安を増長し、犯罪に走る人々の増加や自殺者の数も増えている。今まで安穏と職務をむさぼって来た責任ある人々の自制を促したい。目に見えた町の様相が形を変えている。あの店も閉まった、と言うだけでなく更地が増えている。紛争や騒乱こそない日本ではあるが、コロナ禍による社会の変化は人々の生活を大きく変えてしまった。先日家族と墓参りに行ったが、ポツンポツンと更地になっていて一区画170万円との値札を建てて売りに出されていた。まさかと思う体験であったが先祖の墓が消えてゆく事は嘆かわしい思いで一杯である。

 

  町が変わって行く実態は発展へと向かうならばそれなりに期待が持てるが、かつての繁栄が消滅して行くのは誰にとっても悲しい事である。

 

  ところで桜台教会は今年創立70周年を迎える。教会活動においても不自由を強いられているが、私は2021年度は教会創立70周年のお祝いを共にしたいと願っている。既に3月となっているが、今年中に形あるものを残したいと願っている。特に一昨年来パイプオルガンが使用できなくなり、創立70周年の事業の一つとして風箱の修復工事を実施する事とした。その為に広く支援を求めている所であるが、数名の礼拝出席者しか集まることができず、募金も徐々に協力者を得て4月から工事を開始できるようになった。有り難いことに桜台教会のパイプオルガンを覚えて募金に協力くださる知人友人には改めて御礼申し上げたい。25年前に思い切ってストラスブールに出向き、ケルン社との契約を締結することができたことも神さまの大きな導きであったと感謝している。また欧州を中心に桜台教会のケルン社のオルガンをPRして下さる仲間のいることも有難いことである。確かに維持費は必要だが、神さまが満たしてくださる御業には頭が下がる。広く70周年を機にオルガン文化が根付くよう努力したいと思う。ダニエル・ケルンをはじめシャピュさんは召されてしまったが、キリスト教文化の歴史に貢献された事実は桜台教会の財産になっている。福音的教会の形成の課題はまだまだ大きなものですが、コロナ禍を理由に手抜きすることはできません。

 

  桜台教会創立70周年の課題は学校法人桜台幼稚園閉園に伴う財産処分の取り組みに関する事項です。かつて副園長として厳しく教会とのかかわりを拒否されたE婦人も昨年10月に逝去され、残念ながらご挨拶も拒否された中で、私は愈々明確な一線を引いてもらわねばならないと思っています。園庭も草茫々ですべてを教会にごり押しして話し合いに応じて来なかったことは無責任のそしりを受けるものと思われます。教会の責任を持つ者として無事に次の世代に引き継ぎができるよう準備しなければなりません。これもまた皆様の祈りの支援を受けなければなりません。ある弁護士に相談させていただきましたが、都の学事課は税金による補助をしてきた関係上、教育機関としての公的施設を直ちに閉鎖する裁定は下せないでしょうとの事でした。今や不動産業者が問合せに来る現状ですが、教会が保有する土地財産を直ちに換金して都合の良い活動につぎ込むことは致しません。桜台教会は70年の教会の歴史を通じて大勢の方々の魂の熱意が奉げられている場所なのです。人々が望んでも牧師の信仰的使命が変えられることはありません。ただ現状では課せられている財政的負担は限界を遥かに超えています。ただ祈りによって使命を実現することが私達の証しです。

 

  コロナ禍の中多くの教会は独自の方策で主日礼拝を守っておられます。ネットによる礼拝を提供しているところもありますが、まだ桜台教会はそこまで到達していません。同時に高齢者の方々においては危険を冒して主日礼拝に出席することは信仰を持たない家族からの心配にも応えなければなりません。せめて聖書日課を通じて祈りを共有できればと願っています。この課題は世界中の教会が共通して持っている問題で、これが最上と言う方策はありません。外出制限が出ている現状では如何ともしがたい問題です。

 

  教会の資金がない現状から庭木の剪定をしようと勉強しています。園芸職人の教えるビデオを見ながら色々学ばせられていますが、草木の持つ生命力には圧倒されてしまいます。園芸を行う人には生命としての草木を愛でる心が深いことを教えられます。ただ草木を植えればよいと言う訳ではなく、四季に応じた手入れと水やり、剪定の努力が必要であることを教えられます。体力の限界があり、思うように仕事はできませんが、庭の乱れは心の乱れであると言われるとその通りだと頭が下がります。実は10数年来かつて義母が育てていた「君子蘭」をポスト横に放置していたのですが、秋には綺麗な花を咲かせていました。鉢を整理しようと引っ張り出して調べてみると10株にもなって密集していました。早速他の鉢に植え替えて表に出しましたが、同じように義父が植えたバラが伸び放題になっていたので短くしました。その生命力と毎年綺麗に咲く花の美に誘われて栽培し直すことにしました。義父が元気な頃バラのアーチをくぐって玄関に向かうのですが、近所の方々からも褒められていたのを思い出しました。根気のいる作業ですが、通行人の目に留まる花の手入れも大事な奉仕だと認識を新たにしました。教会の庭木は幼稚園のもので勝手に枝木を切らないでと言われていたのですが、もはや放置できない所に来ています。秋にはイチョウの葉が道路を満たし、向かいのマンションの管理人さんが毎朝掃除して下さっています。

 

  教会が責任をもって掃除しなければならないのですが、放置された幼稚園の管理についても手出しができなかったのは残念なことでした。70周年を迎えて新たに教会の立て直しに努めたいと願っています。

 

皆様からの声を期待しています。

 

  《慰めと励ましの言葉 93》(桜台教会『月報2月号』より)  

              

  『危機の時代を生き抜く為に』(Ⅹ)

 

                  牧師 中川 寛

 

    去る12930日、神奈川県秦野市へ出かけた。毎年母の日に綺麗なカーネーションを届けて下さっていた教会員のI兄が亡くなられ、前夜式と葬儀告別式を行った。ご家族の方には申し訳なかったが、お宅に伺って開口一番『悔しい!』との言葉を発した。そしてお悔やみを申し上げた。I兄は昔武蔵豊岡の製糸工場で栄えた石川家の御親族のお一人であった。正式には「石川組製糸工場」と記銘されるのだが、西武池袋線入間駅にある。明治16年、代々続いた茶園栽培の家であったが長男であった初代幾太郎氏は製糸工場を起こし弟の和助氏がキリスト者であったのでキリスト教的環境が整えられていった。

 

 

    175年から4年間、私は銀座教会副牧師として務めさせていただいたが、その間和助氏のことについて知らされた。今では入間駅からの武蔵豊岡教会はビルに遮られてその立派な会堂は見えなくなったが、飯能方面に向かう時は常にこの教会を車窓から眺めるのが楽しみの一つであった。和助氏は埼玉師範学校を卒業後銀座木挽町にあった一ツ橋商法講義所で学びつつ銀座メソジスト教会福音会英語学校で英語を教えていたが、ご自身キリスト者となり、後に石川組製糸工場でキリスト教に基づく女工さんの教育をはじめられた。関東一円から来られた若い女工さんに英語を初め教会暦に従った祝祭やスエーデン方式の体操も取り入れ、埼玉県では公立学校に先駆けて学校教育を施されたという。特にメソジストのハリス監督をはじめ、青山学院の婦人宣教師たちも協力されて、今日でも驚くほどのカリキュラムをもって指導に当られたようだ。私はある時桜台教会に来てかつて石川組の女工さんだった年配の方の話を聞いたが、英語の讃美歌も習ったと言っておられた。特に感心したのは誇りをもって石川組の環境を話されたことであった。とりわけ一人一人を大事にし、自由を尊重されたという。

 

 

   I兄の母上は桜台教会近くに住んでおられたが、秦野に引越される前に一枚の写真を持ってこられた。そこには石川家一同の家族と母親に抱かれた当時幼子であったご自身が写っていたが、そのほか二人の米国人も写っておられた。お一人はメソジスト教会のハリス監督で毛むくじゃらのもう一人はハーヴェイ氏であった。ハーヴェイ氏は京都に新島襄を尋ねた後ハリス監督と共に入間の石川組製糸工場に来られたとの事。幕末にペリー提督と共に黒船に乗り水兵として日本に来たが、日本贔屓となり新島襄を支え続けられたとの事であった。当時錚々たるメソジスト教会の宣教師たちが女工さん達を支えられ教会を助けられた。私は直接的には知らなかったが、戦後一時武蔵豊岡教会で牧師をされ、L.A.センテナニー教会に戻られた藤田ジョージ正武牧師から武蔵豊岡の話はお聞きしていた。

 

 

   I兄のご兄弟も教会学校に通われていて、お住まいは離れていたが教会の親しい家族のお一人としてお聞きしたいことや話したいこと等沢山あった。同兄は大学卒業後富士フイルムに努められ、御殿場で奥様と出会われたが、ご結婚後大阪、東京へと転勤され、1990年からご家族で香港へ赴任された。2000年に帰国されたが今日の香港とは違って返還前の香港は英国風の良い習慣があり、ご家族とも良い思い出を残されていた。私はお元気なうちに香港の話をお聞きしたいと思っていたが、3年前健康診断でがんが発見され、手術ができない部位であったので以後ご自宅で治療に励まれていたとの事であった。とりわけご家族の介護も篤く、お元気な時にはご夫妻で旅行にも出かけられていたとの事。私は一度お見舞いに伺いたいと電話したのだが、治療初期で感染症の心配があるので誰にも会えないとの事で伺う機会を失してしまった。しかし彼は闘病中でも体調の良い時には綺麗な花の写真を撮ってご自身のfacebookに載せられておられた。コロナ感染症が蔓延する中、ご家族においても細心の注意を払われて春の日を待ち続けられたが最後まで頑張られたとの事を伺った。

 

 

   秦野市は大山を目前に富士山や丹沢の山々に近く実に風光明媚なかつ豊かな自然に恵まれた地である。白梅と共に蝋梅の花が咲く気候の良い日であったが、義兄が栽培されるカーネーションの花の見事さに裏打ちされて自然を愛する良い人生を送られたと思う。

 

 

   目前にする大山はかつて神学生時代に武蔵野教会の青年方と徹夜登山をし、明け方のご来光を楽しんだ経験も甦って来た。花を栽培する義兄によるとカーネーション出荷の忙繁期にはかつて丹沢山系や大山に登山された経験を持つ退職者の方々が手伝いに来られるとの事であった。

 

 

   I兄の前夜式を終えた後、葬儀を担当されたスタッフの方が説教を聞いてご自身の奥様がバプテストの教会員で現在横浜の幼稚園の園長をしていると話された。祭壇の統一された花を選ばれて誠意をもって飾って頂いたのが印象的であった。ぜひ奥様と教会に行かれ早く洗礼を受けられるようにおすすめした。I兄のご家族と共にその信仰を継承して聖書と福音的信仰の恵みに花を咲かせていただきたいと思う。I兄のご長男は警察官で生活安全課に勤務され都会の安全と公安に身をささげておられる。5人のお子様を得て育てておられるが、敢えて告別式の説教は信仰の基本とキリスト者の守るべき規範についてお話をさせて頂いた。キリスト教は聖書に啓示された三位一体(父・子・聖霊)の神を信じる信仰であること、モーセの十戒を教えとし、神を愛し父母に仕え、殺人の禁止、姦淫の禁止、盗みの禁止、偽証の禁止、嫉みの禁止を守る事、さらに主の祈りを覚え人間にとって最も必要な事柄が何であるかを学ぶことなどを話した。神は信じる者を決して見捨てられない事。石川家の家訓の通り教会を離れない事、教会を支えること、献金をすること福音的証しをすること等を話させていただいた。

 

 

   前夜式、告別式共々に約50名の参列者があり、コロナ感染中の事態を理解して係の方々の細心の注意に促されて二日間に亘る式を無事に終えることができた。I兄のご長女はハワイ大学を卒業されており、ハワイの話にも花が咲いた。また星野リゾートに勤務されており、軽井沢の星野家のキリスト教との結びつきにも話をさせて頂いた。先代の星野嘉助氏は桜台の小林牧師とも友人であったので、且つて哲夫牧師と同行した様々な会合で良くお目に掛った。キリスト教信仰をもって共に厳しい時代を生き抜いてこられた信仰の先人たちに感謝しつつ、コロナ禍の時代に労苦する喜びを共有することができて大きな慰めを頂いたと思う。

 

 

   今世界中がコロナと共に信仰的基準が失われ大混乱に陥っているが、決してあきらめてはならない。この困難を越えて希望の光が見えることを信仰者は今体験しなければならないと思う。福音が歪められ、多くの虚偽がなされる中で、神と民衆のために献身的な努力をささげる方々に神の栄光と祝福を祈りたいと思う。

 

 

   贖罪の主が必要とされ、様々な悪が征伐される正義の到来が待ち望まれる時、歴史の神を仰ぐ信仰が求められている。信仰者一人一人に寄り添いながら、神は私達の日常生活を支えておられる。かつて継続された歴史の悪も神ご自身が人々の目にさらされる時が来ている。悔い改めをもって神の真実の前に額ずき、福音のまことをしっかり確信することが必要なのである。世界は次世代を担う子供達に悪の道を踏ませることなく最上の祝福と喜びをもたらす感謝と喜びの人生を歩ませるために、心ある人々によって正義の戦いが継続されていることを覚えるべきだと思う。贖罪のキリストへの感謝の生活が人生におけるもっとも祝福された歩みであることを心に銘記したいと思う。悪の勢力は豊かさの中でさらに猛威を振るう。聖なる環境において罪の誘惑が大きいことを忘れてはならない。葬儀を通して大きなことを学ぶことができた。

《慰めと励ましの言葉 92》(桜台教会『月報1月号』より)

 

『危機の時代を生き抜く為に』(Ⅸ)

 

                               牧師 中川 寛

 

    新年を迎え皆様の上に主にある平安と繁栄を祈ります。

 

    2020年がコロナ感染症に翻弄され、国家のみならず世界中がその罪科を担わされ、多くの犠牲者を出し続けている。東京での感染者数が正月過ぎに千人を超えると言われていたが、その時が大晦日に来るとは予想外であった。教会はなお感染予防の対策を取りつつ少人数で礼拝を守っている。高齢者の感染、持病のある方々の感染は死に至る危険性が高いと言われ、その忠告を素直に守るべき時であると順守している。同時に経済活動悪化の中で、国民への補助金を期待する。各個教会の財政ひっ迫は他人事ではない。すべての活動の萎縮化を招き、教職者が家族を支えるために働きに出なければならない事態である。高齢者には緊縮財政のみが生存の知恵となっている。その意味で寂しい新年である。

 

    今年の干支は「丑」である。インドとは違い、農耕文化を営んで来た古い日本の農業では牛は家族の一員であった。私が育った堺・泉州の田舎でも近所の農家には門をくぐって家に入ると入り口の右側には牛の間(部屋)があった。耕運機が出回るころから牛は姿を消したが、子供の頃は各農家には牛が必ずいた。農耕を助けると共に、成長しある程度年を取ると食肉業者が買い取っていた。夕方には畑から仕事を終えて家に帰る牛を連れた近所の人に出会って挨拶したものだ。時々牛が暴れて暴走するところに出会ったこともあった。そんな時には必ず電柱か家の陰に身を隠した。

 

    家の近所には愛宕神社があり、ある時気味の悪い噂が立った。「丑の時参り」であった。事があった一週間後にその跡を見に行ったが何とも気味が悪かった。恨みを持つ人が藁人形を作り、深夜牛の時刻に五寸釘で神社の裏側にあった大きなくすの木に打ち付けて呪うのだそうだ。その数本の釘跡が残っていた。丑の時参りは男女の不倫を清算する目的だと聞いたことはあったが、村の人の話では人間関係のもつれだとの事であった。

   

   牛に関しては方角について聞かされたこともある。丑寅の方角が鬼門と呼ばれ、風水ではないが関西の田舎では不運を招くとの事で今でも厄除けの基準として大事な物事はその方角を除くようだ。平安朝以来の古い伝承であるが生活に染みついている日本文化の一端である。

 

   欧米でも牛に関する話はいろいろあるが、スペインでは闘牛のみならず、宗教画にその絵が登場する。キリスト降誕図の家畜小屋での聖家族の絵画には必ず牛が描かれている。その理由は明らかではないが、福音書記者ルカのシンボルが牛であり、その記述によることの「しるし」とも言われる。パレスチナでは家畜小屋に羊やロバと共にいた牛については聞いたことがない。しかしエジプトでは農耕に牛が古くから用いられていた。日頃はおとなしく草を食み、食後は悠然と寝そべる姿に人々は安泰の姿を連想したのかもしれない。しかし勇猛果敢なその力はすべてのものを破壊するに等しいものである。闘牛は牛の持つ怪力に魅せられた男の憧れであったのかもしれない。時代の悪しき勢力を破壊する健全な怪力に期待し、平和と安寧をもたらすおとなしい牛の象徴に期待したいと思う。丑年生まれの妹は悠然と構える性格の人で、物事の真相を知り尽くしたかのように振る舞う人である。その意味で牛に関わる暗いイメージは持っていない。私は今年の丑年に期待したいと思う。

 

 

   コロナ禍の渦中ではあるが、若い人々に期待したいことが山ほどある。厳しい時代ではあるが高い目標を定めて高潔な人生を選択してほしい。神学校卒業後今年3月で満50年を迎えるが、18歳までの知徳体の蓄積が今を生きている私には人生の大事な基礎工事期間であったと思う。あとは好きな学問を身に着け、その歴史に学びつつ広い世界で生きる勇気と自信を身に着けることである。今を生きて混乱する世界を前にさらに学ぶ意欲を強く感じている。

《慰めと励ましの言葉 91》 

 

『危機の時代を生き抜く為に』(Ⅷ)

 

(桜台教会『月報12月号』より) 

                

                                 牧師 中川 寛

 

   米国大統領選挙がこれ程までに先行きを暗くすることになるとは想像だにしなかったことだが、「事実は小説より奇なり」と言われる通り、病めるアメリカの実態を垣間見たように思う。11月3日の開票状況を見て、現トランプ氏の優勢は間違いないと思っていたが、一夜明けた翌日に逆転している事態を目撃して、いったいどうしたことなのかと目を疑った。私は2016年の大統領選挙で選ばれたトランプ氏については以前からよく知っていたわけではない。また選挙前からビジネスマンとして派手な生き方と手本にもならない放蕩時代を経てきている噂について支持できる人ではなかった。当時民主党候補のヒラリーの方がクリスチャンらしいと聞かされていたが、政治家としての実績を見ても正直期待する者はなかった。しかし米国キリスト教の背景を知り、福音派の支持を得てトランプ氏が当選したことにより、米国を改革するのはこの人ではないかと思うようになった。

 

   2016年に至るまで米国の悲惨な社会状況をだれがどのように改善するのか、当時は全く期待することもできなかった。長女家族がハワイに住んでいて、主人のケリーから夜間は外に出ないようにと言われ、同時にホームレスの多さと事件の多発化にホノルルの危機を見ていたことが、やがて米本土のニュースを知るようになって西海岸の主要な都市にあふれる家族ぐるみのホームレスの生活の中に、かつて40年前から見聞きしてきた古き良きアメリカが消えたと思わざるを得なかった。ポートランドは美しいバラの町で、かつて名誉市民証を頂いたことがあったので、特別の親しみを覚えていたのに、市民の中から食費がないから隣りの家で食べさせてもらいなさいとか、親子そろって車の中で生活していたり、薬物中毒者が多く、犯罪が多発したりで、かつての美しい町の印象は消えてしまった。それは同時にシアトルやLAにおいても事情は同じだった。不法入国による犯罪多発とメキシコ国境に築かれた高い壁の建設、さらには南米から大挙押し寄せる難民の様子などトランプ氏の大統領就任前に見た米国の姿は、誰かが立ち上がって改革しなければ復興されないどん底に来ていると考えていた。

 

   トランプ氏を支持する他の要因はキャビネットの中にまじめなクリスチャンが大勢いたことにも依っている。ペンス氏はボーンアゲインのキリスト者として支持できたし、教育相に就任したデヴォス夫人は昔留学した時のフラー神学校の理事を長くされていた方で、ミシガン州でチャータースクールを開き、冷え切った自動車・鉄鋼従業員の子供達を教育の分野から実績を上げていたこと、ポンペオ氏の信仰心の篤さにも信頼できる人物であると確信していた。まじめなクリスチャンの大統領府では毎週水曜日に祈祷会が開催され、各委員会の始めには必ず祈祷をもって開会する様子を見聞きし、様々な経済復興の政策を打ち出して改善されることを期待していた。

 

   さらにトランプ氏自身がNYのノーマン・ヴィンセント・ピール牧師の指導を受けたことによりさらに親近感を持った。1965年キリスト教実業家の可能性について、日本ではビジネス界の必読書となっていた『積極的ものの考え方』を読んで、クリスチャン実業家の生き方に興味をもっていたが、すべては計画を立てること、実行すること、人と人との付き合い方、失敗や挫折した時の対処の仕方など手取り足取りで成功する知恵を教えられたことがあった。その著名な牧師の下で学んだ人物と言う事で、挫折しても立ち直る信仰を持った人物と理解していた。同時に大統領選出前に出版されたトランプ氏のエッセー集を読んでいて、それはちょうど聖書の教えに従って守るべきことか記されており、彼は社会人になる前に母親から2つの約束をさせられたと記していた。母親はトランプ氏が将来どこに出かけようとも教会を離れないことと十戒にある通り嘘をつかないことを約束しなさいと言われたことが書かれていた。母親は英国スコットランドの長老派教会の信仰を持っていた。クリスチャンとしてごく当然の、普通の信仰であるがトランプ氏はそれを守り通していると文章にしていた。

 

   フラー留学での体験をもとに聖学院でも興味ある生徒を優先的に大勢の卒業生を古き良き時代のアメリカホームステイに引率した。多くの卒業生は良い体験を持ったに違いない。しかし、今や事態は全く逆転した。2020年の大統領選挙は民主党勢力と大手メディア、SNS関連の企業とディープステイトと呼ばれる闇の勢力、さらには中国共産党の勢力内に囲い込まれて、すべての米国の善きものが覆されてしまった。不正投票とドミニオンによる不正投票機、民主党の様々な裏工作、FBI CIA、オバマ画策のロシアゲート、民主党のみならず共和党の知事や州議会議長に至るまで不正選挙の巣窟となり下がった米国はもはやどこから手を出すべきか、素人には全く予想できない事態に振り回されることとなってしまった。基本的には大統領選挙で選ばれた選挙人の数が次期大統領を選出する基準になるはずであったが、結果的には1月4日の下院選挙による大統領選出となるかも知れない。或いは合衆国最高裁判所判事による多数決で決定される可能性もある。ペンシルヴァニア・ジョージア・アリゾナ・イリノイの各州での選挙監視人公聴会で証言した人々のビデオを見ていても真剣そのものであった。公聴会に証言者として参加した人々は多くの嫌がらせを受け職業住所を変えねばならなくなった人々が大勢いた。ジュリアーニ氏は質問する州議会議員の質問について怒りを露わにしていたのが印象的であった。証言者たちは誓約書を書いて投票所で見た不正を証言しているが、虚偽を語れば禁固刑になる場合もあると言う。民主党員の証言者もいて、彼らは本当の愛国者であることが解る。家族への嫌がらせは恐ろしい程だと言う。政権移行の許可を出す一般調達局(GSP)担当官は家の前に家族の数だけ遺体袋を並べられて脅迫されたと言う。トランプ大統領は見るに見かねて彼女の権限内で手続き開始を許可したと言う。

 

   一般論者は米国の分断の溝は深いと論評するが、次期大統領決定後何処で誰が米国統一を可能とすることができるのかはなはだ疑問である。トランプ氏も最終的な帰結点は憲法に帰ることであると言う。法の下での平等がアメリカ国民の原点である。しかし米国の建国の原点に返るならばピューリタンの流れを汲む原点に返ることが求められる。それは建国の精神に照らして、米国教会が聖書に基づく福音主義の信仰に立ち返って相互に悔い改める以外に一致点は得られないであろう。無神論的共産主義は統一ではなく全体主義であり一党独裁である。同時に排他主義であるゆえに人の融和による国家の統一は成しえない。大統領選出がなされた後においてもこれだけの不正が行われた事実が暴露されれば混乱はそう簡単に収まらないと思われる。かつて日本人にとってあの憧れの国であったアメリカは余りにも醜い第三国となり下がってしまった。ジョージア州での公聴会後州政府の上院年配議員たちは見せられた詐欺選挙の実態を前にして頭を抱えていた。国民を守り国家を守るFBICIAの不正関与をどう克服するのか。同時にこの事件にかかわった犯罪者たちをどう取り締まるのか。民主党候補が選ばれるならば実態は覆い隠されるだろうが、共和党のトランプ氏が選出されればコロナ対策と共に経済回復の課題を抱えて一から国造りに着手せざるを得ない。或いは内乱の可能性もあると言う。現政権が信仰によって努力するならば時間はかかっても明日への希望は見えてくるに違いない。しかし民主党が勝利すれば世界の自由主義諸国が人権の問題を含めてさらに親密な国際関係を樹立しなければ中国に太刀打ちできないであろう。日本はその矢面に立たされている。

 

 -12月の聖句より-

 

主はこう言われる。泣きやむがよい。目から涙をぬぐいなさい。あなたの苦しみは報いられる、と主は言われる。息子たちは敵の国から帰って来る。あなたの未来には希望がある、と主は言われる。息子たちは自分の国に帰って来る。』 (エレミヤ書311617)

《慰めと励ましの言葉 90》 (桜台教会『月報11月号』より)

                 

   『危機の時代を生き抜く為に』(Ⅶ)

 

                  牧師 中川 寛

 

   先日新聞の書評欄を見ていたら旧制一高の出身者が東京帝国大学へ進み、学問・文化・科学の世界で貢献した人物が大勢出たと記されていた。しかしこの書評者は最後に本書の欠落として旧制東京高校から東京帝国大学に進んだ学者科学者の貢献した人物の多いことが抜けていると物足りなさを書いておられた。戦前に旧制東京高校を出て立派な業績を残された学者も第一高等学校卒業者のみならず大勢おられたことは確かだ。その後YouTubeで国際政治学者藤井厳喜氏の「数学者岡潔」の紹介を見た。そのシリーズで藤井氏は日本の数学会の著名な方々が大勢いることを紹介されていた。岡潔は和歌山県粉河中学の出身で大正8年京都三高に学び同11年京都帝国大学理学部に学びフランス留学ソルボンヌ大学ポアンカレ研究所で数学研究に没頭した学者である。帰国後広島大学などで教鞭をとりその後京都大学、奈良女子大学で1964年の定年まで数学者として研究に没頭された。1960年には文化勲章を受章しておられる。晩年は和歌山県橋本市の山中に起居し研究者としての生涯を終えられた。実は私の高校時代の数学の恩師沢辺(旧姓)先生が奈良女子大出身者で高校時代に岡先生の事をよく聞かされた思い出がある。ただし私は数学よりもラグビーが好きで、スポーツに逃げていたが、一つだけ当時出版されたサン・テグシュペリの「星の王子さま」を授業中紹介されたのをよく覚えている。数学の授業だがフランス文学の話をよくされたのは岡先生の教え子であったからである。随分ロマンがあるとは思ったが、何とか微分積分を学んで直接数学とは縁が切れた。若い女性の先生であったので男子生徒たちからは人気者であった。今となれば惜しい事をしたと思うが、岡先生はその後数学を通して深く日本人の魂を考察されたようだ。

 

   去る10月28日は27年前に亡くなった岳父河田敬義の命日であったが、あえて旧制東京高校出身者のすぐれた学者との日常生活を思い起こさせてくれた。家内と結婚し、晩年同居する中で大学者の日常はこう言うものかと教えられた。もちろんその精神は家族にも受け継がれている訳だが、粗雑なラグビープレーヤーとは似て非なるものであった。夕食時のある時はビールを飲み交しながらプリンストン高等研究所での日常をよく話してくれた。戦後の日本人頭脳流出と騒がれた一人として家族でプリンストンに住んだ。日本から留学した多くの数学者家族と共に、その多くは東京大学理学部の研究者達であったが実に楽しい日常であったようだ。彼は1952年から1954年まで同研究所でアインシュタインと共に数学の研究に没頭したが、長く米国に留まることはせず、しかし日本の数学のレベルを引き上げる為、国際数学会の仕事を引き受け、同時に国の発展の基礎は数学教育にあることを自覚して東京大学大学院理学部数学科中心に1976年の定年まで勤めた。同期の学者には小平先生や伊藤清先生のようにフィールズ賞や文化勲章を受章された仲間がおられるが、できれば長くプリンストンに留まって研究をつづけた方が良かったかなと話したこともあった。しかし東京大学理学部数学科から次々に立派な学者が出、さらに1964年から京都大学数理解析研究所教授・運営委員として東京と京都を行き来していた。優れた頭脳の持ち主で世界の数学者の会合に出かけ、国際学会誌や会合開催に尽力していた。忙しい研究の合間にも、自宅で夕食をとった後夜10時になれば家族が食卓に集合して紅茶を共にするのが日課であった。はじめはなれない環境でただお茶を共にするだけであったが、退職後は自ら家族のために夕食を作ってくれたのも楽しい思い出であった。私にとっては外で食事をとるよりも、有難い団らんと家族交流のひと時であった。

 

 

   旧約箴言に『あなたの友人、父の友人を捨てるな。』(27:10)との言葉があるが、岳父召天後の記念会でわざわざ京都から伊藤清先生がお越しになって、自分の成果は河田先生から教えて頂いたことによって道が開かれたものであると生前の友情を感謝された。また多くの数学者の方々が記念の書として出版した『柔らかい頭と強い腕-河田敬義追想集-』に寄稿して下さった。彼にとっては東高時代の親友で早世された安倍亮氏を懐かしむことが多かった。安倍能成は戦前旧制一高校長で、戦後文部大臣になりその後学習院院長であった。そのご子息で晩年になっても友人を惜しんでいた。同じ数学者の先輩に当たる矢野健太郎は東高の先輩であったが、プリンストンへは丁度河田敬義と入れ替わりで、帰国後今日で言う東京大学大学院研究所設置問題で賛成を得られなかったのが、学問研究で世界に後れを取ったと嘆いていた。矢野にとっては東京大学の象牙の塔が更に幅を利かせることになるので大反対であったと言うが、戦後の東大学閥への偏見の表れでもあったと思う。1968年前後の東大紛争時には安田講堂の裏側にあった理学部研究室の重要書類と書籍を秘書の方々と必死で安全な場所に移動したと話していた。戦後の共産主義的イデオロギーに洗脳された通称インテリたちの勝手無礼な行動が様々なところで国家の発展を削いでいることが良く理解できる。状況は今も変わってはいない。この東大紛争のために入学試験が1年実施されなかったが、その間高校生時代から数学の天才と目をつけていた森重文氏が京都大学へ行かれたのをずっと残念がっていた。しかし1990年京都国際数学者会議に次女中川まり子と出席し、森氏のフィールズ賞受賞と共に多くの友人達、廣中平祐氏等と歓談できたことは大きな思い出となったようだ。

 

 

 

   東京大学理学部数学科の先生方には昔から家族的な親近感があったようだ。特に御長寿であった彌永昌吉先生にお会いした時にはその優しい風貌に大学者とは思えぬ人格者であることを拝察した。教え子の中にも数学者として重鎮の方々の中にクリスチャンの方が多いように思う。彌永先生、小平先生は共に聖公会の会員であられた。彌永先生の著作目録を見て河田敬義の三倍はあるかと思える書物で、早くからフランスへの留学と世界的研究者としての分野で独語、仏語、英語の文献が並べられていた。同期であった小平先生とは戦中長野の滋野への疎開を経験し、戦後の復興を共にした仲間としてプリンストンでも家族的な交流を持っていたことをよく耳にした。生前小平先生から教会関係の事で私に電話を頂いたこともあった。お弟子さんたちの中では東京に限らず全国の諸大学に優れた教え子を送られていたように思う。近くでお世話になった先生方は上智、明治、ICU、恵泉の学長・院長をなさって教育の責任を果たされた方が多い。著名な数学者と共に言論界でも活躍されている先生方もおられる。河田敬義にとっては数学者として長く外国に滞在して研究する道をご自身も選びたかったとの思いを吐露されたが、しかし今や押しも押されもせぬ多くの人材を育成し国家社会に貢献されていることを思えば、数学者としての社会的使命は十分に果たされたように思う。特に京都大学理学部数理解析研究所から天才的若き数学者望月真一教授が「ABC予想」なる数学の超難問題の証明がなされたと言うニュースは地球を上げて喜ぶべき話題で、かつて戦後苦労しながら打ち立ててきた先駆者の努力が大きく報われたことを岳父の墓前に報告した。 全くの門外漢ではあるが、真理探究の数学徒と同様に聖書の教えに人類の真理を見い出すキリスト教会の牧師として、この世の世界が未来永劫に美しく価値ある居住地として共に繁栄する道を模索し続けなければならないと思わせられている。子供達を越えて若者たち、孫たちも大きな夢にチャレンジしてほしいと願っている。

《慰めと励ましの言葉 89》 

                 

   『危機の時代を生き抜く為に』(Ⅵ)

 

                  牧師 中川 寛

 

   次号の月報が発行される頃には米国の大統領選挙の結果が判明しているのではないかと思われるが、なお今日においてはその行方が判断されない。さらに世界ではコロナの第二波パンデミックが起きている。日本はロックダウンこそないが、全く「安心」と言う訳ではない。10月に入り「Go toキャンペーン」が拡張されているが、悲しいかな気が付けば日常生活に支障をきたすほどに財布から紙幣が消えている。悪がはびこり倫理の退廃が横行し、著名人の醜態が報道される度に日本人の倫理観の無さに虚しさを覚える。芸能人の自殺者増加も悲しい事実である。富と名誉の追及にのみ生きてきた品位の無さが、皆音を立てて瓦解している。「人はパンのみに生くるにあらず。」との聖書の言葉が私達の日常を深く問いかけているのである。

 

   今や経済戦争は対中共の全体主義国家と欧米を中心とする民主的資本主義国家の覇権争いである。香港人の民主化運動が中国の「国家安全法」適用により弾圧されているが、それは次第に台湾へと拡大している。チベット、ウイグル、モンゴルでは北京語強化策がとられ、自国語の使用が禁止され、各民族の言葉狩りが行われている。それに従わない者はすべて投獄されている。経済社会では米国の中国締め付け策として、日本企業で中国と取引を行う会社は制裁の対象として厳しい処分に処せられる事となった。

日本人固有の自由貿易は対中国からインド、オーストラリア、カナダ、米国へと切り替えられている。大きな変更が強化されているのである。

 

   世界の経済・社会環境の変化に合わせて、教育の目標が大きく旋回している。良い方向に進めばよいが、現象に合わせて教育方針が変えられる体制では本当の力にはならない。今こそ教育哲学が追及され、教育目標が正しく設定されなければ、国家は委縮するのみである。真の聖書に基づく魂の宗教教育がなければ、激しい社会変動に対抗する人格の育成は不可能である。世界を見通した普遍的価値を如何に見つけるか、それは西欧史を流れるキリスト教的伝統に学ばなければならない。人は何のために生きるか、との問いを持ち、その答えとしての普遍的価値を発見することなしに人生の完成は得られない。

 

   今や欧米の教会が弱体化し、社会的形成の力を福音から学ぶことをしなくなった。宗教的指導者が現世的私利私欲に走り、悪魔的利得の支配に縛られているのが現状である。金銭を提供する諸組織、諸団体に身を任せ、本来の価値を持とうとしない愚かさである。中国が提供する似非財政的支援に騙されてその饗応から抜け出せなくなっている。ウイグル民の血肉から絞り出された安価な物品や臓器により安逸をむさぼってきた世界の親中国主義者達の足元が暴かれる日が近く到来するであろう。その悲劇のあおりを日本は受けてはならない。これは日本人家庭の親の世代に問いかけねばならないテーマである。

 

 

   コロナ感染症の脅威の中で多くの課題が露呈してきた。より安全な道は自分自身で確認しつつ歩む他はない。その為にも正当な歴史を学ぶ必要がある。幸い教会はその伝統の上に立っている。米国の教会も同じ問題を抱えて病んでいる。私達が手本としてきた70年代80年代の良さが失われている。聖書による生きた国造りの理想に燃えた米国のキリスト者達も福音に立ち返ろうと呼びかけている。そのうねりを惹き起こす力は福音的信仰者の活動であり、その現象は米国の大統領選から現れる。たといだれが大統領に選ばれても、この現象は次世代への大きなうねりとなるだろう。福音的教会の活動が期待される。コロナに負けることなく時代を支える福音的指導者の出現を待ちたい。またさらに聖書の深い知恵に耳を傾けたいと思う。

  《慰めと励ましの言葉 88》 

 

       (桜台教会『月報9月号』より) 

                

   『危機の時代を生き抜く為に』(Ⅴ)

 

                  牧師 中川 寛

 

  不謹慎かもしれないが、ここ数日かつて鑑賞した歌舞伎で有名な『松浦の太鼓』を思い出させる。歌舞伎は江戸時代に庶民の娯楽として大いに歓迎され、役者はもとより作品内容に至るまで古事、歴史に由来する演劇である。単なる芸能を越えた伝統文化の芸術に練り上げられた古典文化である。赤穂浪士の仇討ちを題材にしているこの作品は、俳諧の師宝井其角に学んだ四十七士の一人大高源吾の活躍に期待する平戸藩松浦鎮信の仇討ちを待ち望む情景を感動的に描く。松の廊下で脇差を抜いて吉良上野介に切りかかった浅野内匠頭は即刻切腹、赤穂藩断絶となったが、国家老大石内蔵助が秘密裏に仇討ちを計画し吉良を打つ物語である。討ち入りの日は元禄151214日(1703130日)深夜に決行されるが、江戸に潜伏してその機会を待っていた大高源吾は討ち入り前夜松浦家で開かれた句会を機に吉良邸に押し入って上野介を打ち取る。宝井其角は前日両国橋の袂で大晦日のすす払いに扮した源吾を見知り、『年の瀬や水の流れも人の身も』と発句向けると源吾は『あした待たゝるその宝船』と言う付句を返して飄然と去っていく。其角は「宝船」の意味を問いつつ、翌日松浦鎮信邸で開催された句会に出向き、「宝船」とは仇討ちを意味することを知り、松浦に告げて事態は一変する。松浦邸では夜中に陣太鼓が鳴り、仇討ちを行った赤穂浪士を激励する事となった。

 

 

   武士道において仇討ちは武士の果たさねばならない忠義であったが、一年経っても仇討ちをしない赤穂藩に対して「武士の風上にも置けぬ」と愚弄されていた。山鹿素行と同門の松浦候の生き方は武士道そのものであったが、遂にその使命を果たした赤穂四十七士を褒めた。「あした待たゝるその宝船」は封建時代においては復讐を意味するが、今日においては正当な犯罪行に対する裁きである。国際社会は不正な犯罪を見過ごしていては世界の正義と秩序が保たれないことを理解しなければならない。人種差別反対との運動にかこつけて暴動や殺戮を正当化することはできない。自由の権利を主張しつつ暴力や略奪を欲しいままにするギャング集団を放置することは国家の秩序を破壊する以外の何物でもない。一般庶民は無力で抵抗できないが、混乱と暴動を拡大する勢力には断固たる処置が必要であろう。民主的自由社会においては秩序の維持のために多くの努力が要請されるのは当然である。しかし他方事態が変わり、全体主義社会においては国家悪が問われることなく、暴動鎮圧や人間主権を奪って自己正当化する。それは国家的犯罪である。

 

 

  既に受け入れがたい国家犯罪が各組織に蔓延している今日、誰かがどこかで正しい国家回復の力を発揮しなければ暗黒の世界となるだけである。日本人が国際的位置を自覚することは最も重要なことである。人は痛い目に遭わなければ自覚することがないと言うべきか。しかし同時に力をもって制圧することは必ず反発を受け事態を長引かせることとなる。力による制圧は良い成果を生むことはないが、持てる豊かな民主的国家が勇気をもって関係を糺すことは今必要となっている。

 

 

  二年前から金融を中心にして経済制裁が米国主導のもとに実行されていた。IT産業の情報集握は中国共産党と結びついた機関により悪の限りが尽くされている。最近北朝鮮の行き詰まりの中、サイバー攻撃は中国に向けられて事件が発覚し、北朝鮮は益々窮地に追い詰められていると言う。香港の中共国家権力介入により米国が様々な金融と人権の処分を強化していると言う。少なくとも米国の国益にそぐわない諸組織は米国入国ビザは発行されない。その関係家族に至るまで預貯金は丸ごと没収される。米国における各大学や研究機関で開校されている孔子学院は共産党垂下の下部機関であり青年勧誘の責任を担っているとの事で、職員は大使館員、領事館員並みの登録をしなければならなくなった。日本では野放図に放置されているが、中国共産党からの財政的助成を受けた組織として各大学で開講されたままである。

 

 

  中国社会はコロナ禍と共に洪水被害とバッタ被害で食糧危機を招いている。残飯禁止法が制定され食料の無駄を省くよう要請されているが、物価が高騰し学校給食では育ち盛りの中高生が日本の昔のすいとんの様な粗末な食事で、保護者から苦情が殺到しているとの報道を聞いた。ある地区の共産党は党の命令で病院を建てることになったが資金が足りなくなり、幹部の視察で約束が果たされていない責任は市の責任であるから豚を売って税金を払わせ、その金額でノルマを満たせと命じられ、豚肉が高騰し庶民の食卓から豚が消えたと言う。米、トウモロコシ、野菜も十分収穫ができず、この秋日本の新米は既に在日共産党員によって農協を越えて買い占められているとの事である。今年末には数億人の飢餓が問題になるとの事である。

 

 

  香港統一を機に米国は中国の字を使わずにCCP(China Communist Party 中国共産党)と表記する決定をした。中国国民と中国共産党を分けて共産党を破壊する政策を進めるとポンペオ国務長官が演説した。米国はまた台湾を援助する活動を強化している。台湾は東欧チェコとの国交を持ち、8月末から9月4日まで90名に及ぶ国会議員を引率した。これについては王毅外相がチェコに対してその代価を支払わせると発言したところ、EU諸国がこぞって反中国の立場を表明した。彼は英国にこそ行かなかったが、ドイツも他国同様その発言に反対した。自由主義諸国はコロナの被害と共に中国のやり方を受容れなくなってきた。ポンペオ国務長官は中国外相のヨーロッパ訪問に先駆けてEU諸国を歴訪し米国の立場と今後の「5G」に関する取扱いについて中国と決別するよう説得した。しかし残念なことだがチェコの議員団が台湾訪問した際、中国の戦闘機が台湾境界線を回遊したと言う。南沙諸島については益々戦場化しつつあると言う。多くの貿易は米ドル基軸で行われているが、外貨のない中国は偽ドル札や偽金塊をもって決済しようとしたと言われている。李克強首相は中国人民の平均的年間所得は日本円で約一万五千円であると明言し、地方の人民は食生活に苦しんでいるとの事であった。

 

 

  ベラルーシのルカシェンコ大統領と選挙の不正を訴えるハチノフスカヤ氏との対立も大きな問題を孕んでいる。多くの婦人たちが暴力的デモ鎮圧によってけが人が出ている。新疆ウイグルの婦人たちは漢民族男性との強制結婚を拒み、自ら避妊手術を行って抵抗していると言う。多くの強制収容所に入れられたウイグル人の人権は全く無視され、臓器売買の道具として矯正手術が行われ、最近の内モンゴルに先駆けて自国語の使用を禁じて学校教育では北京語を強制的に学ばせているとの事である。

 

 

 

  米国の教会は黒人差別問題について答えるべき論理を持ち合わせていない。白人優位の文化形成を今後どう是正して行くのか。ニューヨークやオレゴン州ポートランドの暴動や紛争をどのように鎮圧して行くのか。ハワイのコロナ対策とホームレスの問題も病めるアメリカの実態である。トランプ大統領の二期目の活躍が望まれるところである。お金にまみれた民主党の過去と現在未来には悪の魔力のみ支配しているようにしか見えない。厳しい国内情勢ではあるがトランプ大統領は今年当初より旧ユーゴのコソボとセルビアの経済的協力関係を樹立させた。彼らは宗教を異にしつつも祈りを捧げて一致の努力を重ねてきた。今後も両国は「キリストは一人、信仰は一つ。和解と協力をもって新時代の発展の為にIT産業を成長させたい」と宣言していた。

《慰めと励ましの言葉 87》 

            (桜台教会『月報8月号』より) 

              

   『危機の時代を生き抜く為に』(Ⅳ)

 

                  牧師 中川 寛

 

 全世界が新型コロナ感染症により病んでいる。各国とも経済の再生の為活動を開始すると驚くほど正確に感染者が増加する。第二波を迎えた東京では感染者が400名を超えた時点で教会の活動を停止するところも出ている。再び礼拝は動画配信しますとの事。くれぐれも日曜日の礼拝のために教会には来られないようにと注意を喚起している。韓国では千名以上の礼拝堂を持つ大教会も数百名に限定して電話受付で礼拝出席者を決めているところもあると言う。テキサスでも葬儀屋が遺体置き場専用の冷凍車を用意して埋葬に努めているとの事。ブラジルの報道も広大な大地に幾千もの墓を掘って埋葬している映像が流されていた。幸い諸外国のパンデミックに比べると日本の事情は感染者数や死者数においてまだ数は少ない方であるが、現場で働く医療従事者の苦労や感染者家族への偏見は想像を絶するものである。政府の専門家委員による説明を聞いていても、現状では感染を縮小させる方策は手洗い、消毒、『三密を避ける』ことと不要不急の外出は控えることに尽きるようだ。第二波第三波の到来による社会的経済的損失にどこまで耐えられるか各企業の最大の課題である。サラリーマンの失業も他人事ではない。知恵を絞って生き抜く工夫が求められている。今やこれと言った特効薬はない。できることは何でもしなければならない。多くの信仰者や仲間の方々に「どうか健康に注意して努力を続けて下さい。」と呼びかけることが私の日々の務めである。

 

   悲しい報告であるがこの時期訃報通知の連絡をよく頂く。残念ながら葬儀に参列できないが、残された家族への慰めを祈らせていただいている。金曜日夕刻聖学院中高S先生から元事務長の森野光生兄が心臓病で召天されたと電話があった。その後お元気だろうかと案じてはいたが、訃報を聞いて驚いた。同兄はバリトン歌手としても著名な方であったが、1976年銀座教会副牧師時代に楽しく過ごした友人であった。茂原の森野牧師の末弟で当時は明学の学生であった。学ランを着て奥田耕天先生指揮する聖歌隊のメンバーで、彼の兄も青山学院神学部出の声楽家であった。大阪教会時代に彼らの叔母に当たるブラジル・マリンガの宮本純子牧師への援助を通じて森野牧師との関係はよく耳にしていた。神学生時代に茂原の教会でワークキャンプをしてお父上の事も存じ上げていた。丁度銀座での二年目であったか、日曜礼拝後の聖歌隊練習の時であったが、一時二階席で練習風景を聞きながら光生兄が歌うと古い会堂の窓ガラスが響いていたのを覚えている。失礼だが兄よりも声量がありよく響いていた。その後声楽家として活動しつつ聖学院に移られたが短大の事務局に就職され、以後男子中高に移られて久しく親交を続けていた。年長の兄はドイツでヴァイオリン制作者として活動しておられ、良い音色で人気があるとの話を伺ったこともあった。函館遺愛学院にいたご長女は国立音大を出てオルガン奏者であられたが、献身して東神大に学び牧師となられた。4月以後百武牧師に交代され遺愛のチャプレンを退任されたことは聞いていたが、まだ若い光生兄が召されたと聞いて悔しい思いである。プロの声学家として宗教音楽の魅力を多くの方々に開示し、同時にその普及にも努められた光生兄の足跡は各地に受け継がれている。多くの友人知人の方々も彼の死を惜しまれているに違いない。森野牧師の一族はマリンガの『ルツ・アモール』で生涯を捧げられた宮本純子牧師に見るまでもなく教会の宣教と教育、教会音楽にそれぞれ貢献されてきたご家族で日本の牧師家族のお手本でもある。ご家族の皆様の上に主の慰めを祈りつつ、コロナが落ち着いてからお墓参りに伺いたいと思っている。

 

    同じ日に私が尊敬していた台湾の李登輝元総統が97歳で召されたとの報道があった。かつて台湾で開かれた日台韓三国の教会宣教協議会でお目に掛ったことがあったが、今日の台湾民主化の父と言うべき指導者であった。1970年代は高俊明台湾長老教会総主事の投獄問題もあり、民主化と共に多くの台湾長老教会の牧師、信徒の祈りと戦いがあった。その働きは長く歴史に記録されるところであるが、昨年高牧師が召され、体調を壊して入院中とは聞いていたが李登輝総統が召されたことも残念である。彼がキリスト教に受洗したのは30歳の時であったと言われているが、その信仰生活は台湾長老教会と共にあった。数年前に召されたがマカイ病院元チャプレン、台北南門教会牧師であった胡茂生牧師を通して台湾キリスト教指導者たちの働きを学んでいた。胡牧師も元日本兵で台湾統治時代日本語教育を受けられ、日本語が堪能で1965年東京神学大学留学中に後輩であった私をかわいがってくださった。李氏は淡水で育ち淡江高級中学出て後に京大に留学され日本的思考と文化に親しみ、日本人の魂を持っておられた。そのキリスト教的側面は奥様の信仰にもよると思われるが、淡水にある淡江高級中学はマカイ宣教師が始めた著名なキリスト教男子校である。この学校を卒業した多くの長老教会牧師にはラガーマンが多い。台湾で初めてラグビーの試合が行われたのはこの学校である。体格のいい品の良い台湾の牧師は皆この学校でキリスト教教育を受けたジェントゥルマンである。かつて台湾長老教会の牧師たちから日本の牧師とラグビーの試合をしようと持ち掛けられたが、その当時ラグビー部出身の牧師は数えるほどしかいなかった。

 

   李登輝総統は当時国民党蒋経国の死を受けて台湾出身の初代総統になった。彼の記した文書には以下の言葉がある。『人生は真理の追及に終わるだけでなく、より重要なことは信仰を持つ必要があります。』 彼は仏教も試み、唯物論を信じなかった。この時彼の妻の影響で教会に通い洗礼を受けたと言われている。またある著述家は『30歳から35歳までの5年間、牧師の説教を聞くだけでなく、カントの「純粋な合理性の批判」など多くの哲学書を読み、人間の理性の限界を認識し、「道徳と幸福を一致させるためには、魂の不死と神を強調しなければならない」と認識した。 最後に、彼はついに「信仰は合理的に解決できず、心の問題だ」と悟った。 心だけでではなく、心で世界を感じる。受洗の初期、李登輝は多くの疑問を抱いていましたが、人生と聖書の読書によって、彼の信仰はますます堅固になり、彼の将来の人生における信仰の役割は、他の力に取って代わることはできないものとなった。』と語っている。1996年、李登輝は直接選挙を通じて台湾初の民主的に選出された総統となり台湾の民主化に対する信頼を高め続けた。しかし中国本土の弾圧、国内の旧勢力の妨害、国際環境の不利益は台湾をさらに苦しめていた。1997年、パナマでの会議に出席し、講演後演台を降りた時一人の司祭が来てイザヤ書45章1、2,3節を読むよう進言した。それは『主が油を注がれた人キュロスについて主はこう言われる。わたしは彼の右の手を固く取り 国々を彼に従わせ、王たちの武装を解かせる。扉は彼の前に開かれどの城門も閉ざされることはない。わたしはあなたの前を行き、山々を平らにし 青銅の扉を破り、鉄のかんぬきを折り、暗闇に置かれた宝、隠された富をあなたに与える。あなたは知るようになる わたしは主、あなたの名を呼ぶ者 イスラエルの神である、と。』の言葉である。 夫婦は司祭の言葉に従いこの言葉を読んで、『これが「明るい光」であり、台湾の将来が神によって祝福されることを示していると感じています。』 と記しその後の苦境の中で「明るい光」を何度も思い出し力を得たと言う。召された李登輝元総統が残した信仰的遺産は今日の台湾キリスト教会に生きている。

 

 

 

 

慰めと励ましの言葉 86》                  

 

   

        『危機の時代を生き抜く為に』(Ⅲ)

 

 

                  牧師 中川 寛

 

 

 

   気が付けば2020年もコロナの中で半分終ってしまった。7月に

 

入っても世界の感染者数は1087万人、死亡者は52万人で増加の

 

一途を辿っている。東京都も患者数はここ数日百名越えで第二波

 

到来かと思わせられるが、世界はまだ第一波のパンデミック真っ最

 

中である。「感染拡大要警戒」レベルと言われ外出を控えるべきと

 

の思いが強い。7月からは正常に教会活動ができると予想していた

 

が、交通機関を使って遠くから集まられる方々にはご注意くださいと

 

伝えている。まもなく夏を迎えるのに都内の諸教会では再び動画配

 

信による少数者のみの礼拝に戻ったとの事である。夏期学校や夏

 

の集会の予定もたたない。会堂維持費も活動費もままならないのが

 

現状である。これはどこも同じで働く人々が共通に経験していること

 

である。それでも何とかネットを通じてみ言葉の配信を日々継続し

 

ている。厳しい時であるがゆえにみ言葉の配信が勇気を与えるもの

 

となっているのはうれしい事である。事情が許せば教会のホームペ

 

ージを通じて礼拝の配信を行いたいと願っている。

 

 

 

   聖書の言葉を学ばなければ信仰は枯渇する。聖書の福音に

 

触れる機会がないと信仰的情熱もすぐに冷める。また多くの誘惑も

 

あり信仰の価値を損ねることになる。共に教会に集うことがなければ

 

魂の養いは余程の事がなければ薄れてしまう。その意味で教会員

 

には自覚的に聖書日課を読み福音に触れていただきたい。生活上

 

の困難さのゆえにホームページを通じて祈りのリクエストが増えてき

 

ている。家族の事、自身の健康の事、生活保障の事等皆一様に不

 

安を覚えておられる方のために共に祈りを継続している。これもまた

 

教会の務めである。突然の、しかも一方的な社会的変化によって収

 

入の無い方が増えている。元気な内に十分働いて蓄財に努めなけ

 

ればすべてを失う事となりかねない。若い方々には人生の計画をし

 

っかり立てて生きていただきたいと思う。学生時代には食べるだけ

 

で後は勉強することが大事だ。50年は一昔と言うが私にとっては昨

 

日のように思う。何のための人生であったかと問うことがないように

 

目標を定めて生きる事が求められる。コロナ禍による社会活動の制

 

限を受けるとは夢にも思わなかったが、まだまだやりたいことが沢山

 

ある。

 

 

 

   先日教会員のK氏が突然召された。ご夫人からのメールによっ

 

てその死を知ったのだが、まだ69歳で悔やまれてならない。6月半

 

ば朝予約していた眼科医への通院途中倒れて病院に運ばれたそう

 

だ。心肺停止の状態で召されたと言う。ご家族はあまりにも突然の

 

事でまだ実感がないとの事である。コロナ禍の最中で斎場では家

 

族と神父だけでお別れをしたと言う。お住まいが横浜で礼拝にはほ

 

とんど参加されなかったが学生時代は住まいが教会に近かったので

 

桜台に通われていた。

 

 

    K氏はかつて仕事の関係で南アフリカに出張されたことがあ

 

った。1995年かつてラグビーワールドカップで初優勝を遂げた時、

 

南アのキャプテン、フランソワ・ピナールがエリスカップを手にインタ

 

ヴューに答えて「我々はフランス・ユグノーの末裔である」と宣言した

 

ことが事実であるか否かを知り合いに聞いてきてもらいたいと話し

 

た。丁度半年後であったと思うがK氏は南アの知り合いに確認して

 

きてくれた。私は深夜そのゲームを見ていてNHKの通訳さえも訳せ

 

なかった事実を確認して、多くのラガーマンたちに信仰の歴史が息

 

づいていることを伝えた。ご家族の上に主の平安を願うのみであ

 

る。 K兄弟との別離は多くのご友人にとっても驚きであったに違い

 

ない。しかし聖書は人生が突如断ち切られることがあると記す。そ

 

の死を超えて永遠を目指して生きることが信仰者の生き方である。

 

私は16年前に突然召された息子の経験をしている。愛する者の死

 

は何年時を経ても心から消えることはない。今から思えば過労死と

 

は言えインフルエンザに罹って数日後、愛する家族に別れも告げず

 

に息を引き取った。残念で仕方がなかったが大勢の方々の参列を

 

頂いて私が司式をして葬儀を行った。信仰を持つ者の特権であっ

 

たと思う。しかし同じ教会員ならば司式するかどうかは別にしてまず

 

牧師に連絡していただきたかった。残念ながらご家族の思いが至ら

 

なかったのであろう。或いは遠慮なさったのか。

 

 

 

    教会のホームページにユダヤ人の知恵としてシラ書をのせて

 

いる。二千年以上に亘ってユダヤ人のみならずキリスト教会でも読

 

まれてきた書物である。実に多くの人生の知恵が書かれている。も

 

っと早く、若い時からこの書に親しむことができていたら、失敗や間

 

違いをすることも少なかったように思う。しかし今読んでいてもなるほ

 

どと思わせられる書である。プロテスタント教会では聖書外典として

 

ぜひよく読むようにとは勧められなかったが、日本人クリスチャンに

 

は早くから読むことを勧めたい。まず間違いのない価値ある人生を

 

生きる為である。次に知恵の書を取り上げたいと思う。これも信仰

 

者の特権が様々記されている内容ある書物である。

 

 

 

    あるアメリカ人の論者が「今はクレージータイムだ」と言うのを

 

聞いた。コロナ禍に留まらず世界の危機が次々に起きる。今や世界

 

を席巻する「Black Lives Matter」のデモをはじめ奴隷制に加担し

 

た白人の銅像を倒す事件、シアトルの無法地区占拠デモ、南部の

 

歴史的名作・偉人の廃棄等、喫緊の話題は香港の国家安全維持

 

法制定による中共支配の問題。信じられないことだが香港の米国領

 

事館が売りに出ていると言う。同時に旧香港人約320万人に英国

 

入国ビザを与えるとの事。6月末には香港の両替商に米ドル、英ポ

 

ンドの外貨交換に人々が殺到したと言う。中国元を米英兌換ができ

 

ない場合は日本円にすると言う。3割の香港人は脱出を希望し、多

 

くは台湾へ、或いは米国と英国へと手続きをしているそうだ。長江

 

の三峡ダムが決壊すると上海までの町々が水没し6億人の中国人

 

が被災すると言う。既に米国は大学、企業、研究機関の知的財産

 

を確保するために中国からの留学生と研究者を退去させ国連、

 

UNESCO(国連教育科学文化機関)WHO(世界保健機関)脱退を

 

宣言している。これらはすべて中国の支配下に置かれているからだ

 

と言う。中国と手を組んでいるドイツはまだ中国の実態を知らないの

 

で財政確保のため親中国政策をとって貿易と観光客招致に乗り出

 

している。しかしコロナの影響は米国、ブラジル、ロシア、インドに及

 

び中国人による感染拡大影響を認識する国は中共との関係を拒否

 

しているのである。カオスの時代と言われるが中国共産党の政策に

 

よる一帯一路の方針により財政支援を受けた国々や生産工場を中

 

国に移転した企業は財産や資本を持ち出すことができないのでお

 

手上げ状態であると言う。オーストラリアは中国から関係を断つ努

 

力をしているが、すでに南太平洋のフィジー、バヌアツ、ソロモン諸

 

島は中国船が行き来ができる港湾権益を確保している。

 

 

    政府自民党の中には中国からの収益を優先して親中国派が

 

支配権を持っていると言われるが、鉄鋼関係の人材はどっぷり中国

 

漬けにされ、知的財産が中国の手に亘ってしまっていると言う。オバ

 

マ政権時代に中国は米国黒人の留学生を無料奨学生で受け入

 

れ、共産党の教育をして指導者として世界各地に送り込んだと言わ

 

れる。世界各地で起きるデモや暴徒化する集会の背後に金で雇わ

 

れた黒人青年が暗躍していると帰化人の鳴霞さんがYouTubeで報

 

告している。今後時間が立てば歴史の変化と共に真実が明らかに

 

されることとも思われるが、世界中がフェイクニュースで覆われ、事

 

実と真実が問われる時代が当分継続すると思われる。コロナの影

 

響は秋にまで及び、国を結ぶ航空機会社破綻が増加すると言われ

 

る。乗務員の解雇、航空産業に関わる企業の倒産も増えている。悲

 

しいかな娘家族に会う機会も秋以後になりそうである。

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 85》

       (桜台教会『月報6月号』より                

 

 

   『危機の時代を生き抜く為に』(Ⅱ)

 

                 

                         牧師 中川 寛

 

 

      先日礼拝を維持するために消毒液、牧師・奉仕者用フ

 

イス・シールド、ビニール手袋を寄贈頂いた。自粛期間ではあるが

 

発症者数が下がらず、見通しの立たない日々を過ごしている。6月

 

末の西武地区の集会についてもカトリック教会は司教名で集会の中

 

止、聖公会でも同様の通達が来ているとの事で今回は見送りとなっ

 

た。各教会の活動の様子を学び合う時であったが、次回を待ちた

 

い。6月を迎え、キリスト教会で活動を支援していた慰安婦問題、ア

 

イヌ問題などその資金の用途が解明され、少女像設置運動が展開

 

されていたが、朝日新聞の虚報を通じて「従軍慰安婦」なる名称も

 

用いられたが、元慰安婦と称して米国大統領にハグした韓国人婦

 

人(李 容洙)がすべて虚偽であったことを告白し、慰安婦の為に建

 

設された「ナヌムの家」も元慰安婦は一度も使ったことがなく、分かち

 

合いの家ではなく脱北者の寄宿に用いられたと言われている。日本

 

政府のみならず教会関係者、仏教関係者も慰安婦として連行され

 

た婦人たちへの謝罪の思いから資金協力したが、すべて北の活動

 

家に利用され、その手は菅官房長官が用いていたアイヌ活動家と

 

称する人々に利用されていたという。特に北朝鮮拉致被害者救済

 

活動とはかりにかけられ、事態は一向に前進しないまま今日に至っ

 

ている。平然と国際社会で戦争犯罪国日本を掲げつつ、戦後の賠

 

償支援を目的に騙し取られていたことになる。一部の国会議員やク

 

リスチャン活動家までも一体となって教会に虚偽の責任追及を展開

 

していたこととなる。隣人愛にあふれたキリスト者の良き証しが悪用

 

されていたことは残念でならない。この事実は教科書にまで記載さ

 

れ、海外で展開されるコンフォートウーマンの少女像設置により北

 

米、豪州、欧州にまで広がり、在外日本人学童への差別と嫌がらせ

 

へと発展している。勿論その真偽が糺されることは良いことだが、対

 

中共に対しても課題は山積されている。虚偽の南京虐殺記事を書

 

いた本多勝一についても同じ事が言える。嘗て元大阪教会役員田

 

中忠治兄に直接聞いたことではあるが、本多は僕の方が先に現地

 

の人から聞いたのだから殺された人々の数は正しいと主張して譲ら

 

なかったという。全く残念な話だが中国共産党のプロパガンダの信

 

憑性は今日も同様である。彼らにすれば信じる方が悪いということ

 

になる。武漢コロナ感染症についてもようやく米国はスパイ活動をし

 

ていた留学生と共に中国企業の締め出しと貿易の再考に動き出し

 

た。今回の黒人暴動で明らかにされたのはお金をもらって商店の略

 

奪をしていた青年たちが映し出されたことである。略奪に加わろうと

 

していた黒人青年を壮年の黒人が宥め、人生と社会を粗末にして

 

はいけないと説得する動画がYouTubeで流されていた。その説得

 

の様子はアメリカに生まれた黒人の必死の姿で、差別偏見をなくす

 

ためには暴力や略奪ではよくならないと叫んでいた。

 

 

      多くの白人の牧師、宣教師もCNNの記者同様に大統領が

 

放火された教会を尋ねたのは単なるパフォーマンスで、騙されては

 

いけないと解説していた。ホワイトハウス前の監督教会の牧師はど

 

んな人かと思っていたが、ニュースに出てきた牧師はいかにも婦人

 

活動家の様相で、写真だけを取って戻って行った大統領を非難し

 

ていた。しかし大統領は直後自身のツイッターで問安を兼ね祈りに

 

出向いたが、SPにより危険だからと促され直ちに戻ったと釈明して

 

いた。日本でも首相の近辺警護は万全を期しているが、よくも狙撃

 

されなかったことと思う。選挙戦最中の厳しい全米的暴動である

 

が、国家が統一して行く為には憲法に倣い国旗に忠誠を尽くす正

 

義が求められる。あとは教会がキリスト教的正義を聖書からもう一度

 

学び直さねば平和理に分裂を取り戻すことはできないだろう。沈静

 

化は経済の成長に伴う雇用の安定化と将来への可能性を見い出

 

せる政策の確保である。いわゆる略奪集団は既に不法移民問題の

 

際書いたが、MS13のギャング集団が全米各州の主要都市に存在

 

を確保し若者たちを扇動しているので、目をつけられた白人宅は

 

様々な攻撃を受ける可能性がある。アメリカはさらに深く病んでいる

 

ことを思わせられる。経済的不況が長引けば暴力的殺人が更に増

 

え、社会が悪化せざるを得ない。フェイクニュースが日常化する中

 

で正しい情報を得るためには左右両方の事態を見極めなければな

 

らない。願わくば大統領に信仰が正しい伝統に即した福音に向いて

 

いることを期待したい。

 

 

      パンデミックを迎えたロシア、ブラジルにおいては欧米以

 

上に事態は深刻である。ある論者が中共の政策について語ってい

 

たが、今や1億の中共共産党が11億の民衆とアジア・アフリカ・ヨー

 

ロッパの最貧国を支配している構造で、彼らは世界や中国の事で

 

はなく、自分たちの財政的支配と権力確保のため采配を振るってい

 

るとの事であった。それに気付いた英国は直ちに親中国政策を切り

 

替えEUとも離れた。インドは親米政策を取り独自の道を歩んでい

 

る。嘗て日中友好を唄い文句に資金投資を行なって発展させた中

 

国に今は資産すべてを奪われて過去は忘れられた雰囲気である。

 

中共の覇権主義は西に向かってはウイグル・チベットが配下に置か

 

れ、東は香港を手始めに台湾へと進行している。特に米中関係の

 

厳しい貿易戦争においては今後食糧問題、精密機器、人材確保、

 

水問題等中国がこれから解決しなければならない問題が山積して

 

いる。当面ドル基軸の世界経済が維持されると思われるが、軍事力

 

をもって中国元回復を工作するかもしれない。教会を弾圧し自由を

 

蹂躙して民主主義を容認しない現状では如何ともしがたいのが現

 

状であろう。悲しいかな世界からの信用の回復はまだお金のある現

 

状では中国においては問題ではないように見える。流石に英国は

 

香港の元統治国として返還前の住民に英国の永住権を与える準備

 

があると表明した。先の全人代の決定によって香港は既に中共の

 

管轄下に入ったが、香港デモの際鎮圧していた警察官の大半は広

 

東州や深圳の武装警察で、元々の香港警察はあれほどの催涙ガ

 

ス水平直撃弾を発する事や暴力的鎮圧を行うことはできないと言

 

われる、同時に香港の商店略奪団は本土の無国籍農民青年が多

 

く、金で雇われたならず者集団だという。彼らは逮捕されてもすぐに

 

解放され、故郷に送還されてまた戻って来るとの事であった。貧し

 

い田舎では食べて行けないので都会に集まり、善悪の見境なく生き

 

る為に悪事を働くという。米国の場合も同様であるがアンテファと呼

 

ばれる世界統一テロ集団がお金をもらって暗躍していると言われて

 

いる。出没自在でつかみどころのないのが特徴だそうだが、日本で

 

もクルド青年の逮捕に抗議してコロナの渦中、渋谷署前でデモをし

 

たグループの中にアンティファのシャツや旗を持った人々が参加し

 

ていた。 〇〇民主党員の議員まで参加しているのだから、世界の

 

情勢は決して他人事ではないことが解る。私は68~70年代の学生

 

生活を送ったが、イデオロギー運動の偽善と末路を見てきた。デモ

 

に参加しても活動家は逃げることしか考えていないし、男女の関係

 

は汚いし、一方的に闘争戦略を命じるだけで、その本心はエゴイズ

 

ムでしかなかった。聖書の福音に目覚めることがなかったなら多くの

 

神学生と共に教会を離れていたことと思う。今かつての活動家たち

 

が沖縄で日当をもらいながら日帝阻止、反スタ反米等と叫んでいる

 

のを見ると嘆かわしい限りである。

 

 

      聖書を通して福音の知恵を身に着け、正義と宥和を求め

 

る運動を展開することは教会の教育的使命であると確信している。

 

生活の為福音を二番手にする若者が多いが、大きな夢をもって青

 

春を生きなければならない。個人でできることは小さいが、信仰を

 

同じくする者が集う所には新しい道が開かれる。

 

 

《慰めと励ましの言葉 84》

            (桜台教会『月報5月号』より)                               

         

 『危機の時代を生き抜く為に』

 

             牧師 中川 寛

 

     3月29日の礼拝から教会の諸集会は休会中である。毎日曜日9時

 

から礼拝堂で一人教会学校礼拝を守り、10時半から主日礼拝を守る。礼拝

 

は休会するとの掲示を出しているので訪ねてくる人は誰もいない。4月12日

 

のイースターには男性役員お一人が来られ、共に聖書を読んで祈り合って

 

散会した。通常自粛が求められているのでマスク越しとはいえ長時間引き留

 

めることはしなかった。5月を迎え特措法による緊急事態宣言は5月末まで

 

延長されると言う。残念だが仕方がない。

 

     かつて近隣の二つの病院は教会と深く関係していた。今もそれぞれ

 

に関係が続いているとの事だが、院内感染で多くの感染者を出し、死亡者も

 

出た。御気の毒だが祈って平穏になるのを待たざるを得ない。各地では嫌

 

がらせや風評が広まり、コロナ感染者家族や会社、医療従事者の家族にま

 

で偏見や差別的言動が飛び交っているという。教会は風評を恐れるわけで

 

はないが、わざわざ社会的偏見にさらされる必要もない。やはり各自の健康

 

管理と日々の動向の責任が第一である。一時教会も外国から帰国された方

 

の健康を案じたが、陰性との結果が出て安堵した。

 

      パンデミックを惹き起した諸外国の様子は尋常のものではない。今

 

や世界の感染者数は三百万人を超え、死亡者数も二十五万人に及んでい

 

る。米国でも死者七万人を超え、英国、イタリア、スペイン、フランスも二万人

 

を超えている。多少外出緩和が進んだとは言え、世界はなお非常事態であ

 

ることに変わりはない。世界の教会も礼拝やミサは同様に関係者だけのイン

 

ターネット礼拝である。世界のキリスト者が一様にイースター週間は寂しいも

 

のであったと報告している。特効薬の開発が待たれるところだが、各国ともに

 

利権が絡み、複雑な思いを抱かせる。特に経済的不況はさらに深刻であ

 

る。仕事を奪われた人、金繰りに行き詰まっている会社、破綻した大手有名

 

会社が報告されている。今後更に増えてくる。戦後育ちの私は幾つかの不

 

況は体験したが、今後起きてくるであろう事態については自殺こそしないま

 

でも金繰りについては、見通しは全くない。その道は主が備えて下さるであ

 

ろうと腹を決めている。

 

       聖書はいかに生きるかを良く教えている。使徒パウロは初代教

 

会の形成の為、若い弟子たちを良く教えた。テトスは初期伝道旅行中に仲

 

間に加えた若者だが、その指導においては手紙をもって親しく指導をした。

 

今日教会を形成する者においても同じ心掛けが求められる。日頃読まない

 

箇所だが、短い書なので『テトスへの手紙』を抜粋して紹介したい。

 

 『1:5 あなたをクレタに残してきたのは、わたしが指示しておいたように、残

 

っている仕事を整理し、町ごとに長老たちを立ててもらうためです。1:6 長老

 

は、非難される点がなく、一人の妻の夫であり、その子供たちも信者であっ

 

て、放蕩を責められたり、不従順であったりしてはなりません。1:7 監督は神

 

から任命された管理者であるので、非難される点があってはならないので

 

す。わがままでなく、すぐに怒らず、酒におぼれず、乱暴でなく、恥ずべき利

 

益をむさぼらず、1:8 かえって、客を親切にもてなし、善を愛し、分別があり、

 

正しく、清く、自分を制し、1:9 教えに適う信頼すべき言葉をしっかり守る人で

 

なければなりません。そうでないと、健全な教えに従って勧めたり、反対者の

 

主張を論破したりすることもできないでしょう。1:10 実は、不従順な者、無益

 

な話をする者、人を惑わす者が多いのです。特に割礼を受けている人たち

 

の中に、そういう者がいます。1:11 その者たちを沈黙させねばなりません。

 

彼らは恥ずべき利益を得るために、教えてはならないことを教え、数々の家

 

庭を覆しています。1:12 彼らのうちの一人、預言者自身が次のように言いま

 

した。「クレタ人はいつもうそつき、/悪い獣、怠惰な大食漢だ。」 1:13 この

 

言葉は当たっています。だから、彼らを厳しく戒めて、信仰を健全に保たせ、

 

1:14 ユダヤ人の作り話や、真理に背を向けている者の掟に心を奪われない

 

ようにさせなさい。1:15 清い人には、すべてが清いのです。だが、汚れてい

 

る者、信じない者には、何一つ清いものはなく、その知性も良心も汚れていま

 

す。1:16 こういう者たちは、神を知っていると公言しながら、行いではそれを

 

否定しているのです。嫌悪すべき人間で、反抗的で、一切の善い業につい

 

ては失格者です。

 

  ◆健全な教え

 

2:1 しかし、あなたは、健全な教えに適うことを語りなさい。2:2 年老いた男に

 

は、節制し、品位を保ち、分別があり、信仰と愛と忍耐の点で健全であるよ

 

うに勧めなさい。2:3 同じように、年老いた女には、聖なる務めを果たす者に

 

ふさわしくふるまい、中傷せず、大酒のとりこにならず、善いことを教える者と

 

なるように勧めなさい。2:4 そうすれば、彼女たちは若い女を諭して、夫を愛

 

し、子供を愛し、2:5 分別があり、貞潔で、家事にいそしみ、善良で、夫に従

 

うようにさせることができます。これは、神の言葉が汚されないためです。 2:6

 

-7同じように、万事につけ若い男には、思慮深くふるまうように勧めなさい。

 

あなた自身、良い行いの模範となりなさい。教えるときには、清廉で品位を

 

保ち、2:8 非難の余地のない健全な言葉を語りなさい。そうすれば、敵対者

 

は、わたしたちについて何の悪口も言うことができず、恥じ入るでしょう。2:9

 

奴隷には、あらゆる点で自分の主人に服従して、喜ばれるようにし、反抗し

 

たり、2:10 盗んだりせず、常に忠実で善良であることを示すように勧めなさ

 

い。そうすれば、わたしたちの救い主である神の教えを、あらゆる点で輝か

 

すことになります。

 

 3:1 人々に、次のことを思い起こさせなさい。支配者や権威者に服し、これ

 

に従い、すべての善い業を行う用意がなければならないこと、3:2 また、だれ

 

をもそしらず、争いを好まず、寛容で、すべての人に心から優しく接しなけれ

 

ばならないことを。3:3 わたしたち自身もかつては、無分別で、不従順で、道

 

に迷い、種々の情欲と快楽のとりことなり、悪意とねたみを抱いて暮らし、忌

 

み嫌われ、憎み合っていたのです。3:4 しかし、わたしたちの救い主である

 

神の慈しみと、人間に対する愛とが現れたときに、3:5 神は、わたしたちが行

 

った義の業によってではなく、御自分の憐れみによって、わたしたちを救って

 

くださいました。この救いは、聖霊によって新しく生まれさせ、新たに造りかえ

 

る洗いを通して実現したのです。3:6 神は、わたしたちの救い主イエス・キリ

 

ストを通して、この聖霊をわたしたちに豊かに注いでくださいました。3:7 こう

 

してわたしたちは、キリストの恵みによって義とされ、希望どおり永遠の命を

 

受け継ぐ者とされたのです。3:8 この言葉は真実です。あなたがこれらのこと

 

を力強く主張するように、わたしは望みます。そうすれば、神を信じるように

 

なった人々が、良い行いに励もうと心がけるようになります。これらは良いこと

 

であり、人々に有益です。3:9 愚かな議論、系図の詮索、争い、律法につい

 

ての論議を避けなさい。それは無益で、むなしいものだからです。3:10 分裂

 

を引き起こす人には一、二度訓戒し、従わなければ、かかわりを持たないよ

 

うにしなさい。3:11 あなたも知っているとおり、このような人は心がすっかりゆ

 

がんでいて、自ら悪いと知りつつ罪を犯しているのです。』

 

      テトスはキリキヤ出身でパウロが信頼していた弟子の一人だと言

 

われる。彼はパウロの信頼を得てコリントの教会(Ⅱコリント8章)やエルサレム

 

への献金の担当者で後にはクレタ島の教会を建て総主教として長寿を全う

 

したと言われる。使徒パウロの立派な薫陶を受け教会の基礎を築いた人物

 

である。混乱の時代にも正義を弁え真理に生きる人を神は決して見捨てら

 

れることはない。

 

 

《慰めと励ましの言葉 83》                  

 

   『2020年のイースターを前に』

 

                  牧師 中川 寛

 

    

 

2020年4月7日(火)夕刻5時、遂に安倍首相によって日本国初の「緊急事態宣言」が発せられた。8日午前0時から5月6日まで7都道府県を対象に不要不急の用件がない限り自宅に留まるというものである。国内の増加しつつある新型コロナウイルス感染症蔓延を阻止し、細菌を封じ込める為の法的規制である。目に見えない敵といかに戦うか、治療のための薬品も未確定の中で対処し得る最善の策が「三密回避」である。「密閉空間」「密集場所」「密接場面」を避ける事が細菌伝染を阻止する最上の方法だと言う。またマスクをつけて飛沫伝染を避ける事、手をよく洗う事が重要であると語られる。東京都が出した自宅退避の要請により教会も3月29日の礼拝以来中止を余儀なくされている。自宅でのテレフォンワークが要請され、一部の保育園を除いて学校業務が中止され、家庭環境が激変し、社会の不安動揺が日常生活にまで及んでいる。どこを探してもマスクとアルコール消毒液は売り切れ、さらにトイレットペーパーやティッシュ類も品不足となり、あるスーパーでは買い溜めの為か保存用食品が半減している。

 

 

 

    2月から始まった自粛要請が3月4月と続いて「緊急事態宣言」に至った。やかた船騒動からクルーズ船ダイアモンド・プリンセス号事件、ライブハウスや院内感染やがてパンデミックになる予測が立てられ今日に至っている。しかしその間ヨーロッパにおいてはイタリア、スペイン、フランス、ドイツ、英国、遂には米国に至り世界の様相を一変させた。既に世界は140万人の感染者と8万人を超える死者を出した。信じられないことだがイタリアのロンバルディア州では夜中に軍隊の大型トラックが隊列を成して遺体を焼却できる他の町に輸送している映像が流された。同時に各教会には棺が次々に持ち込まれ、置き場がすでに無くなっていた。

 

 

 

    歴史を変えるペストの大流行やスペイン風邪の猛威を振るった事象については記録を通してみることはあるが、いま同じ時代にかつて起きたことと同様の事態が起きていることはだれの目にも信じがたい事件である。多くの海外に住む日本人からの動画の提供は、しかしまだ日本人には他山の石のような感覚である。ハワイに住む長女からのメールにはこの事態の非情さを乗り越える為の処し方が書かれていた。治療薬が見つからない現状では各自が日常に注意し、感染しない、させない努力をする以外にない。

 

 

 

病気そのものの重大性もさることながら経済生活の厳しさが更なる不安をそそる。収入の得られない環境にあっては当然他人事ではない。せっかくの新学期、新年度を迎えても生活が保障されない環境ではせめて故里への帰郷が生きる頼みとならざるを得ない。事実これは生き抜く為の戦争であると言うべき事態である。各業種においても責任ある方々はその苦労が人一倍双肩に掛る。それでも将来の夢を捨ててはならない。道は必ず開かれるものである。一人ではなかなか道は開かれない。しかし真実と正義の中に良き人間関係に励まされて知恵を傾注するならば、必ず光明が輝くチャンスを得る。聖書は歴史の書として私たちの思いを導く教導書である。日頃から聖書を神の教えの書として読み親しむことがなければ、いざと言う時に知恵を得ることはできない。私は暗黒の時代にも聖書の知恵が間違いなく人の心を照らす救いの光であることを体験している。

 

 

 

  

 

預言者ハバククはこう神に訴え、祈る。

 

  『 主よ、あなたが馬に乗り/勝利の戦車を駆って来られるのは/川に向かって怒りを燃やされるためか。怒りを川に向け/憤りを海に向けられるためか。あなたは弓の覆いを取り払い/言葉の矢で誓いを果たされる。/あなたは奔流を起こして地をえぐられる。 山々はあなたを見て震え/水は怒濤のように流れ/淵は叫び、その手を高く上げる。 あなたの矢の光が飛び/槍のきらめく輝きが走るとき/日と月はその高殿にとどまる。 あなたは、憤りをもって大地を歩み/怒りをもって国々を踏みつけられる。

 

   いちじくの木に花は咲かず/ぶどうの枝は実をつけず/オリーブは収穫の期待を裏切り/田畑は食物を生ぜず/羊はおりから断たれ/牛舎には牛がいなくなる。 しかし、わたしは主によって喜び/わが救いの神のゆえに踊る。わたしの主なる神は、わが力。わたしの足を雌鹿のようにし/聖なる高台を歩ませられる。』

 

                  (ハバクク書3:7-19)

 

 

 

    預言者は虚無の中から神の働きが希望と勇気となって信仰者をさらに励まし生かすものとなると言う。多くの人々が国家の滅亡を予告する時、神と共に預言者は新しい神の力が働いていることを民に伝える。信仰を持たない人には見える事柄がすべてであり、敵の勢力が人々を恐怖と死へと陥れるように見えるが、神の霊を有する者には人知を超えた神の力が働くと言う。世界は悪と不義に満ちていても、新しい義の神が真実をもたらすと約束する。

 

 

 

    今年の受難節(レント)は復活祭(イースター)が遠退いたように感じた。しかし春の到来と共にイースターの喜びは信仰者一人一人の心を満たす。福音の喜びは全宇宙を照らす信仰者の希望の喜びである。キリストの復活信仰に生きるキリスト者の喜びはあらゆる死と虚無の勢力を打ち破るものである。復活の事実を生きる者は見える世界に栄光を見るのではなく、見えない世界に勝利を確信して生きるのである。キリストの納められたゴルゴダの墓には『彼はよみがえられた。』との言葉が記されている。もはや肉の思いをもってこの世にキリストを探しても、彼の姿を見る事はできない。霊の人として全人格と魂を復活の主と共に仰ぐことにおいて私たちに神の力が示されるのである。これはキリストの秘儀と言うべきものであり、ただ信仰によってのみ確認される事柄である。「祈り」と「賛美」と「キリスト告白」は聖書を学ぶことによってその真理の確かさを確認できるのである。人はその人自身の魂の在り処を復活のキリストの愛と赦しの中で獲得した時に、すべての悪しき勢力をはねのけて真実の神を発見する事が出来るのである。十字架と復活の主を仰ぐことがなければ人間を深く縛っている悪と罪の力から解放されることがない。 人々の日常を不安に貶める新型コロナ感染症による罪過を払しょくする力はキリストの贖罪を知る信仰に起因するものなのである。

 

 

 

    私は2月以来二人の親しい方を天に送った。お一人は日蓮宗の葬儀をされたが、お経を唱えられる僧侶の言葉に耳を傾けその言葉を学びながら、人の世の虚しさと苦悩が語られつつ極楽浄土の救いの御手にすがらなければ救われないと言う救済の教えを学び取った。もうお一人は私を育てた教会学校の先生であった。こちらの葬儀はキリストの復活に与かる希望と平安の恵みを思わせられた。牧師も僧侶も共にこの世と救いのリアリティを生きて来られた聖職者であられるので、その説くところを理解するならば大きな生きる力を得る事となると感じさせられた。亡くなられたお二人とも新型コロナ感染症ではなかったが、共に戦争経験者で戦後を立派に生きて来られた方であった。教会での葬儀は新幹線で新大阪を日帰りしたが、コロナ対策で各車両とも一席空けての座席であった。しかもスピードアップしたのぞみ号で片道2時間少々の旅であった。換気も十分との事でコロナ対策が呼びかけられていた。かつて岳父河田敬義が京大数理解析研究所で講義を始めたころ、集中講義で東京・京都間を新幹線で往復していたが、ある時同じひかり号に乗り合わせた。数学者の数式だけの講義録を垣間見たことがあった。今京大数理研から立派な学者を輩出していることに大きな喜びを感じている事だろう。

 

 

《慰めと励ましの言葉 82》より

 

                  牧師 中川 寛

 

 

      年末から新年にかけて自宅にこもりながら昨年を振り返りつつ、新しい年への展望を思いめぐらせていた。夏には東京オリンピック・パラリンピックが開催されるが、昨年のワールドカップラグビー以上の盛り上がりがもたらされることを期待したい。ラグビーの場合開催前の空気はまだ一部の方々に限られていたが、その成果は年末から新年へと引き継がれ、ジャパンの選手たちが有名芸能人扱いとなっている。その空気は新しい時代のものであるが、ラグビーのみならずさらにスポーツ文化が日本全体を押し上げる起爆剤となって行けばいい。ラグビーはその一つの事例を示しつつあると言える。ラガーマンたちの必死の攻防はほとんど日常目にするものではなかったが、決勝リーグ進出とともにその関心を持ち上げた。厳しい鍛錬の賜物と言うべきであろう。彼らの成果を見て誰も見かけのパフォーマンスだとは思わない。その成果も妥協の産物ではないと認識され受容されるであろう。私もラグビーの一端をかじった者として多くの事柄を教えられた。ベスト8に留まった結果は同時に多くの新しい文化的、社会的課題を投げ掛けたものであって、さらなる前進へのワンステップであったと捉えたい。ジャパンチームの目標は世界一であるが、そこにまで向かう道のりはさらに厳しい。これはワールドラグビーの世界一を経験した者にのみ語りうる事柄であって、その経験を持たざる者には各競技種目が違っても語りうるものではないと思われる。然しジャパンはぜひそこを目指して前進してもらいたい。

 

 

 

    大学選手権決勝戦はこれから行われるが、今大会は明治と早稲田の対決となった。両チームともに強力な外国人を入れているわけではないが、久々に正当な日本人的規律に見合う試合が観戦できると思われる。或いは早稲田の作戦に明大が後れを取るような思いもするが、強力フォワードの明大がウイングを走らせて得点する機会を持つかもしれない。明大選手の中にフォワード3番笹川大吾君が活躍している。彼は聖学院中学に入り一時菅平の合宿で一緒に過ごした時期があった。父親の勧めであったが1年生として練習試合に出した。体格は人一倍大きかったが、心の優しい生徒であった。言われた通りの働きはしたが、ハーフタイムで一人泣いていたのが印象的であった。父親も明治出身のラガーマンで二世誕生の思いであっただろう。コーチの言葉に従う誠実さを持ちつつ彼の涙は思い通りに行かない悔しさから出る涙であったように見えた。その後私は学校を定年退職し、彼は父親の勧めにより明中に進み明大4年生として活躍する事となった。久しぶりに明治の準々、準決勝を見ながら懐かしい顔を見つけて驚いた。そのパワフルな当たりと押しは見事なものであった。体格を生かしたスピーディーでパワフルな身の処し方だが、その走り方は中1時代から変わっていなかった。

 

 

 

     今日のスポーツマンには親御さんの理解と協力が不可欠である。さらに良いコーチ、指導者に出会うと間違いなく成長し大成する。60年前の私の時とは全く違っていた。高度成長経済の時代にただ働く事のみ優先された環境は、それでも実業団に入り、会社のPRの一役を担う者だけが持てはやされていた。親の理解が得られなかった私には、その道は親に対する反抗心としての部活にすべてをかけるしかなかったと振り返る。それでも私がラグビーを続ける事が出来たのは、仲間たちの支えがあり、スポーツとしてのラグビーの持つ荒々しさへの共鳴心であったように思う。今思うともう少しラグビーを学びつつ楽しめばよかったのだが、その余裕を持ってはいなかった。もし楽しんでいたならば同志社か関学に進んでラグビーを楽しんで牧師にはなっていなかったに違いない。

 

 

 

     確かにジャパンの選ばれた選手たちはワンチームとして素晴らしい成果を残してくれたが、メディアの狂演に左右されることなく、引き続き生活としてのラグビーが保証される環境が確立され、更に目標として誰でも世界に誇れる新しい文化を作り上げていってもらいたい。英国のラグビー発祥の理由の一つに、立派な社会のリーダーを育成することにあった。キリスト教的宗教文化とスポーツ文化が一体となる時、世界に誇れる国家の発展が見えてくると考えている。ラグビーに関わった経験を持つ若者は良い手本を自由に見る事が出来るので、高い目標を掲げて頑張ってもらいたい。

 

 

《慰めと励ましの言葉 78》 (桜台教会『月報12月号』より)

 

                      牧師 中川 寛

 

 

  秋以来ラグビーの話で恐縮だが、11月2日に南アフリカの圧倒的な勝利によって2019年度のジャパン・ワールドカップ・ラグビーが終わった。あの熱狂の後、多くのラグビーファン達はラグビー・ロスになったに違いない。毎週繰り広げられた各国のチームの熱い戦いは多くの俄かファンを産んだ。しかし多少ラグビーに関わった者も多くのロスを経験した。それは単に日本での大会がついに終了したと言う事ではなく、あの興奮を今後どのような目標に向かって練り上げて行くかという大きな課題を背負ったまま終わって、いま次の課題がまだ具体的に見いだせないでいるとの思いである。ラグビーファンが増えることはうれしい事だが、この歳では魅力的な展開を見せた世界の代表者と同じようにもう一度競技をすることは私にはできない。

 

 

 

  強くなるための練習は並大抵のものではない。勿論自ら進んで努力し強くなることは必要だが、ラグビーに関わるものはどれだけ自分自身と勝負し、どこまで目標を達成する事が出来るかが問われる。昔コーチをしていて初心者にラグビーの3Sなるものを教えたが、日々心して続けなければ大けがをする。スピード、スタミナ、スキル(技術・対処方法)である。

 

  

 

  私は子供時代から田舎育ちで良く野原を走り回っていたので足は早い方であった。小6年時には健康優良児候補として選ばれたこともあった。代表には私より太っていたK君が選ばれたが、中学時代には駅伝選手に選ばれ、練習中に赤いシャツを着て走っていたので野良仕事を終えた牛に追いかけられたこともあった。河内長野の田舎はのどかな田園風景が満ち満ちていた。おかげで順位はビリであったが私は区間賞なるものを始めてもらった。駅伝も面白いなと感じたが高校入学と共にラグビーに入った。中学からやっていたと言うだけで、スパイクもジャージもバッグに詰めて先輩に誘われるままランパスやキックを楽しんだ。入部した当初は知らなかったが先輩達の活躍を見ていてそれなりに強いチームだと感じた。事実夏合宿に入って公式戦のために激しい練習を続け、何度もフラフラになりながら頭にバケツの水を掛けられて我に返り練習を続ける激しさも体験した。今では考えられないことだが熱中症か熱射病か、木陰に佇んで水を掛けられて元気になった覚えがある。高2年の時から同志社ラグビー部現役の卒業生が来て百メートルのフォワードランパスを30分休みなくやらされたことを覚えている。人を憎むなと言われるが、黙って監視しながら走らせる威圧感には手応え出来なかった。スクラムも50回を数える程組ませられた。リーチ・マイケルが語っていたいわゆる根性練なるものであったが、おかげで練習より短い時間で終わる試合をしたくて仕方がなかった。たとい地方戦でも芝生の花園ラグビー場で試合が出来たのも、思い返せばOB達の経験による指導の賜物と感謝している。声を出すことと仲間への信頼を篤くすることは今も同様に指導されるが、それらはいつの間にか身に着いたラグビーの基本の一つであった。

 

 

 

  青春時代に激しい練習に耐える経験をしたことはその後の自信につながっている。常にいちばんを目指すことはなかったが継続してことを成す重要性を学んだようだ。無我夢中ではあったがラグビーをやるからには自分を鍛える為にも走り続けなければならない。ジャパンの稲垣選手が6年間代表でいてもアイルランド戦で初めてトライしたと話していたが、実に立派な態度であったと思う。仲間を信じて練習を続けることが思わぬ成果を生むこととなるのである。

 

 

 

  先日聖学院中高のOB達がラグビーアカデミーなるものを立ち上げて、合同チームではなく一校で公式戦に出場できるように現役生徒を指導してゆきたいと活動を開始した。20名を超える部員が確保されているのだが指導できる教員がいないとの事で、学校に迷惑が掛からないように芝生のグランドを確保して始めることとなった。すでに卒業生たちの息子の世代であるが、おやじたちが受けた指導に従って楽しく安全に活動を開始してもらいたい。

 

 

 

  実はラグビーの基本は仲間同士の連帯と信頼によって成果を勝ち取るゲームであることを身に着けることにある。華麗にステップを切るバックスの選手に注目が集まるが、ジャパンが掲げた「ワン・チーム」の標語の通り、ラグビーは15名の一人一人が各自のポジションの役割を責任をもって荷うことがなければ得点を得る事が出来ない。これは社会の各組織についても同じと言える。成功する会社はその各自の働きが良く理解され実践されて初めて成果を得る。互いに助け合う相互の信頼がなければ組織も成果も成功しない。社会人はまず目標を掲げて組織造りをし、その成果を共有する中で成長を遂げることとなる。各自はその為に自分の体力、能力、感性をどのように生かす事が出来るかを考え自覚すべきである。人がやっていることを同じようにすることは反って組織を破綻することとなる。人一倍働ける人はそれなりに感謝しつつ努力を継続しなければならない。手抜きや怠慢を排除しなければ良い成果を得ることはできない。突き詰めて言えばそれら一つ一つの成果はすべて各自の倫理観や思いやりに支えられているのである。その意味でも企業の大きな課題は人造りを最優先に考えなければならないと言う事であろう。

 

 

 

  日常的には子供への教育が重要である。IT化が進む中、子供たち自身が個人主義的環境に慣れ、一人で物事を行うことが多くなり、自己中心的にならざるを得ない。子供への教育は家族による集団の中で物事を体験させ、他者への配慮を身に付けさせる。絆を結ぶことが求められるが、他者のために喜んで手伝い、奉仕する習慣を持たない者は真に友情の絆を結ぶことはできない。台風後の釜石で試合が中止になった後、だれが指導したのかは告げられてはいないが、カナダのラガーマンたちが自主的に町の清掃に協力したボランティア活動は見事であったと思う。同様に千葉で活動したジャパンの著名な選手たちの働きも見事なものであった。それは勝ち負けを議論するスポーツ談議を超えた人間性に基づく美学である。

 

 

 

  日本人は昔からお客様でいることが当然と考えているが、本当の交わりは痛みを共有することにおいて結実し、成果を得るのである。私にとってのワールドカップ終了後のラグビー・ロスはゲームの続きが鑑賞できないと言う事ではない。試合を共に観戦した観客たちがその後各自の持ち場に戻って、あの共有した感動をどのように日常的に継続すべきであるかとの戸惑いを感じる所にある。トップクラスの世界のラガーマンたちが示してくれた魂と情熱のほとばしり出た大会期間中に示してくれた「All for one , One for all」の精神、「ノーサイド」のスピリットがどのように継続できるか、実践できるか、今一度日本文化の原点に立ち戻って深く志向する必要があるのではないかと思わせられている。

 

 

 

  11月半ば、私を育ててくれた恩師の葬儀のため大阪に出かけた。大勢の懐かしい方々にお会いしたが、家族ぐるみで親交を続けてくれたH家の方々にお会いした。中でも50年ぶりにお会いしたご次兄は私の高校の大先輩で恩師も同窓との事から話題のラグビーの話をしたところ、私が入学する10年前から富田林はラグビーが強かったと話された。翌日新大阪駅でまた不思議なことにジャパンのルーク・トンプソン選手にお目に掛り、図々しく高校時代花園の芝生のグランドで試合をした話と当時名ラガーマンであった宮地選手の話をさせてもらった。彼はにこにこしながら話を聞いてくれて、「また頑張るよ」と話してくれた。他の乗客は彼が誰であるのかわからなかったのか全く無関心であったが、確かにジャパンRUGBYの歴史が変わった。しかしそれが内実をもって社会に広く貢献できるためにはまだまだ長い歴史を必要としている。選手たちを讃えるならば彼らがラグビーを続けながら生活できる財政的保障が約束されなければならない。今後なお企業の財政的支援と貢献が深く望まれるところである。

 

 

 

 

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 78》 (桜台教会『月報11月号』より)

 

                  牧師 中川 寛

 

 

 

   920日から始まったラグビーワールドカップも残すところイングランドと南アフリカの決勝戦のみとなった。何れのチームも世界トップクラスの決戦にふさわしい試合を展開するに違いない。直接会場で試合を観戦するわけではないが、激しい肉弾戦と見事なパフォーマンスを展開してくれるに違いない。正直のところ中学生の時から高校卒業までラグビーの基本を身に着け、パス、タックル、セービング、スクラム等を教わるままに身につけただけであった。大阪の地方予選に過ぎないが、花園の芝生のグランドで試合を経験する事が出来ただけの事であった。56年後の日本で世界の強豪の試合を見る事が出来るとは想像だにしなかった。それでも男子校のチャプレンとして拘ったことで多くの生徒たちとラグビーを共にする事が出来たのは有難い事であった。無名のチームではあったが自分自身も大きな怪我をすることもなく楕円球と戯れる機会を持てたことは感謝の他はない。

 

 

   日本大会を通じてラグビー関係者の方々が様々な貢献を重ねられたこと、また大会期間中の今日まで世界中から賞賛の言葉を耳にする事が出来るのも直接的には無関係であるが関係者のご尽力に感謝を捧げたい。ラグビーというスポーツに拘った者から言えば誰にでもできるスポーツではないと言いたいところだが、興味があるなら中高生の時から楕円球に触れてみるのも良いと思う。他のどのスポーツよりもねちっこく、練習の厳しさは尋常のものではない。勿論試合ができる程になるためには体を鍛え、ルールを覚え、仲間と共に激しい練習に挑むことが求められる。実際経験を積んだ者にして初めて実感できるものであるが、練習の積み重ねが大きな感動を呼び起こすこととなる。その為には中学校高校と6年の継続が求められる。大学生にはほぼ大人の格闘技であるから余程の真剣さがなければ危険なスポーツである。しかし同好会程度なら楽しむこともできるだろう。

 

 

   言うまでもなくラグビーは英国のラグビー高校から始まったスポーツである。しかもその背景はキリスト教の倫理に裏打ちされてゲームが展開される。ルールは明確になっており、サイドラインの白線を踏むだけでアウトとなる。トライはゴールラインの上に手又は体をもってボールを置くだけで得点を得る。ゲームはたといボールを前に落とすノッコンの反則がなされてもアドバンテージのルールが適用され次の反則が続かなければ試合は有利なチームによって継続される。一回ごとの反則によってはゲームはストップしないこともある。自己犠牲を厭うことなくボールを有効に生かすことが優先される。さらに仲間を信じてトライに至るまでつなぎの継続がなされる。

 

 

   楕円球そのものがどこに転がるかわからないもので良く人生に譬えられるが、互いに信じてプレーを続けることもまた人間的つながりの大切さを暗示するものとなる。目標は唯一つ、トライを重ねて勝利する事であるが、各自の任務を果たしつつ、互いに協力し合って共通の目的を達成する事を目指す。これらは会社や団体の組織の有り様そのものであると言える。また試合が終わればノーサイドでゲーム中の激しい戦いは敵味方なく互いに褒め合い称え合う。勝つためには最大限の持ち味を分かち合う事が必要となる。不正を働いていてはとても続けられない。また悪意ある暴力も実力のなさであるがゆえにその力量がすぐに暴かれる。練習に耐え、規律に従ってゲームを展開する者には不思議と自信が支配する。激しいスポーツであるがゆえにスタミナの続かないと恥をかく。同様に技術や守備攻撃の戦略にはチームの知性が試される。勝つためにはあらゆる鍛錬を重ねなければならない。青年期ではあったがラグビーを通じて様々な経験を積む事が出来たように思う。

 

 

   高校に入って先輩から聞かされていたことは、ラグビーは英国の紳士のスポーツだという事であったがはるかにテニスの方が紳士的ではないかと思わせられもした。しかし英国のロイヤルファミリーが観戦に来る事実は歴史上それなりの上流階級の紳士に限定された紳士育成の要素があったのかもしれない。

 

   

 

   ラグビーは5項目にわたる特徴を掲げて憲章で明記している。守るべき規則として挙げられたものであるが、最近は良く取り上げられるようになった。1.品位(Integrity) 2.熱意(Passion)3.結束(Solidarity) 4.規律Discipline) 5.尊重Respect) である。私はラグビーを始めた60年前には一つ一つ教えられた記憶はないが、経験を積む中でなるほど欧米のプレーヤーたちは明確なラグビー哲学を掲げてスポーツに取り組んでいたのかと教えらた。

 

     最初の「品位」は人間が備えるべき人格の目標である。たとい一人で生活することがあっても品位を失した生活は人間失格である。社会生活における品位は特にラガーマンが心掛けるべき徳目である。ビールに溺れることがあってはまず人として失格である。聖書的には高潔な人生が良とされる。その完全な姿はイエス・キリストに模範を見る。

 

     第2の「熱意」は情熱と共にキリストの苦難を意味する。単なる情熱ではない。不思議なことだがすべてのラグビー経験者は苦しい戦いを通してこの熱情のとりことなる。この熱情は半ば病的なものである。しかし経験者だけが知る人生の歓喜を獲得する事が出来る。同時に同じ釜の飯を喰った同志は生涯に亘る無二の親友となる。これは同じ痛みと苦しみを経験した者のみが知りうる特権である。

 

     3番目の「結束」はチームの形を表す。「連帯」とは死を共有することにおいて語られる言葉である。それ以外は意味をなさない。昔70年代の学生運動でよく使われた言葉だが、体の大きい私はデモの最前列にいたことがあった。多分全学連の活動家の一人であったと思われるが、皆スクラムを組んで気勢を上げていた時、横にいた学生活動家が強く握るな、機動隊が来たら逃げられないではないかと激しく言われたことがあった。その時以来私は活動家を信用しなくなった。またデモに行くことも運動の尻馬に乗ることも止めて自分の道を進んだ。しかし共に苦しい練習を積み上げたラグビーの仲間は生涯の友人として尊敬している。彼らは決して逃げない。いま家族においても日本社会否世界で求められているのは平和と自由を勝ち取るためのこの「結束」であると言える。信仰も一時の気休めでは力にならない。これは苦しみを共有することによってしか得られない法則である。

 

      第4番目の「規律」はキリスト教教育の本質を語っている。規律を身に着けつける基本は「モーセの十戒」である。幼児期から正しい戒めと掟を知る者は後の人生を自らの手中に収める事が出来る。キリスト教精神がなければ規律は名目だけになり実質が伴わない。日本社会がどれ程崇高な憲法を有していても、日本人の心が伴わない時、多くの偽善者を輩出する社会に成り下がってしまう。創造者への目覚めと尊厳をもって初めて規律による社会維持が形成されるのである。ラグビーの世界最高のゲームにおいても規律が守れない時ペナルティーが発せられる。これを若い時に身につけなければ最も活動しなければならない時に足元をすくわれて失敗する事となる。多くの場合、人はその心に倫理的道徳的価値基準を持ち、その意志判断によって行動を決するが、その真偽の確かさを知っているのは自分自身である。「規律」の正しさは若い時からその意志を持ち続けて自分のものとし確認することが求められる。これは人生や組織を勝利に導く鍵となるものである。これらが整った時必ず人は勇気を得て勝利を獲得する事となる。ラグビー・ジャパンはようやくその入り口を歩き始めたと言えるであろう。

 

     第五番目の「尊重」は後から付いて来るものであって一からそれを求めても勝利につながらない。試合の最中は死に物狂い、猪突猛進でなければならない。

 

 

 

 

ー転載記事ー

 

「ラグビーを超えた出来事」、南アのレジェンドもW杯制覇に感無量

 

2019113 12:50 発信地:ロンドン/英国

 

 

 

113 AFP】ラグビーW杯日本大会(Rugby World Cup 2019)で南アフリカが優勝したことについて、スプリングボクス(Springboks、南アフリカ代表の愛称)のレジェンドであるブライアン・ハバナ(Bryan Habana)氏が、母国にとってはラグビーを超えた出来事だと話した。

 

 南アフリカは2日に行われた決勝で、イングランドに32-12で勝利して3回目のW杯制覇を達成。数十年にわたって黒人選手をラグビー界から締め出してきた国で、初の黒人主将であるシヤ・コリシ(Siya Kolisi)がトロフィーを掲げたことも印象的だった。

 

 同じく優勝した2007年のフランス大会でイングランドを下したハバナ氏は、英民放のITVで、コリシがチームを引っ張る姿を見て多くの国民が勇気をもらったはずだと話した。

 

「すべてをのみ込むには少し時間がかかりそうだ。最高の夢っていうのは、こういうことを言うんだろう」「トロフィーだけでなく、南アフリカの全ての人の心に永遠に刻まれる瞬間だ」「南アフリカに希望を与え、国民を勇気づけたシヤ・コリシにありがとうと言いたい」

 

 南アフリカは1995年のW杯で初めて優勝した際、同国初の黒人大統領である故ネルソン・マンデラ(Nelson Mandela)氏から白人主将のフランソワ・ピナール(Francois Pienaar)へトロフィーが手渡されたが、その歴史をなぞるかのように、コリシがこの日まとっていたのはピナールと同じ背番号6のジャージーだった。

 

 ITVのインタビューに少しだけ登場したコリシは、ハバナ氏とがっちり抱擁を交わしてから、「この優勝は希望を与える。自分がこんな経験をできるなんて夢にも思わなかった」「子どもの頃は、次の食事にどうありつくか考えるので精いっぱいだったんだ」とコメントした。

 

 また父親を試合に招待したことについては「人は自分の育った場所や、助けてくれた人のことを決して忘れられないものだと思っている」と、一種の恩返しだったことを明かした。

 

 ハバナ氏は、この優勝が南アフリカとラグビーの転換点になってほしいと話している。

 

「ラグビーをはるかに超えた出来事になるだろうし、国で試合を見ている新しい世代のためにもなる」「シヤのストーリーと、彼のこの7年間の旅路を目にすることができて、本当に格別だ」

 

1年半前には(優勝が)難しいように見えたチームを、一人の男がよみがえらせるのを見られたのは、またとない経験だった」「彼を先頭に、このストーリーが長く続くことを願っている」 (c)AFP/Pirate IRWIN

 

※1995年、エリスカップを持ってマイクの前で全世界に向けて最初に『我々はフランス・ユグノーの末裔であるぞー」と興奮した言葉で発したキャプテンがフランソワ・ピナールでした。私は深夜テレビ中継を見ながら驚きをもってこの言葉を心に留めた。その後南アに出張すると言う教会員で元日銀下関店長に真偽を確かめてもらって確証を得た。今年南アに新しい歴史の一ページが開かれたことをともに喜びたい。

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 77》 (『桜台教会月報9月号』より)

 

               

 

                         桜台教会牧師 中川 寛

 

 

 

   旧暦七十二候によれば九月一日は第四一候「処暑次候」にあたり、天地始粛(てんちはじめてさむし)と呼ばれ、暑さも落ち着き虫の音が響くとされている。異常気象と言われる夏も終わりを告げ、秋の爽やかな気候が待ち遠しい。しかし秋はまた物価高と増税実施で経済の先行きが懸念される。不況の継続が人間関係を歪め人生を狂わせているとしか思えない。八方塞がりの時代ではあるが希望を捨ててはならない。日々の積み重ねが新しい道を開く。高齢化と共に活力の無い日々を送るようでは希望も喜びも減退するであろう。季節の変わり目と共に新しい決意をもって再出発する時である。

 

  米国の教会では九月第一日曜日を振起日Rally Day(ラリーデイ)と呼び、信仰を奮い起こし教会生活を回復する特別の日曜日として礼拝を守る習慣を持つ。ラリーは目的をもって呼び集め、結集することを意味する。米国では広い意味で用いられているが、大統領選挙に先駆けて各地で開催される各党の集会をラリーと呼んでいる。キリスト教会ではキリスト者の再出発の時として信仰を再度奮い起こすべき時としてこの習慣を取り入れている。

 

   

   この夏久しぶりに菅平に出かけた。中学ラグビー部員激励の為であったが、OB達も協力してくれて良い合宿となった。9月20日からラグビーワールドカップが開催され、日本各地で試合が展開される。ラグビー愛好者にとっては夢のような感動の時であるが、ジェイミー・ジョセフHCのもと、前回以上に日本中を湧かせる成果を上げてくれると期待したい。私も中学時代の担任からはじめてラグビーを教わったが、高校時代の成果を基礎に聖学院中高で多くの仲間を得た。どのスポーツにも若者を育成する要素があるが、この歳になり、人生を振り返ってラグビーから多くのものを学んだことに感謝している。おそらくスポーツの中ではトップクラスの激しさを持つ競技であろうが、高校時代に曲がりなりにも花園の芝生のグランドではじめて試合を経験したことは忘れられない体験であった。おまけに試合の後シャワールームで入浴までさせてもらったのは試合に負けても忘れられない思い出である。

 

 

  

   クリスチャンはすべてを神まかせに生きる盲信的信仰者ではない。受洗と共に入信の感動は忘れてはならないが、日々信仰の学びを継続するものでなければ魂は枯渇する。良き仲間と切磋琢磨することが信仰者として恵みに生きる成功の秘訣である。異教の地日本においてはキリスト者としての人生を貫徹することは余程の意思が無ければ成し遂げることはできない。その為にはやはり教会生活を継続する事が求められる。信仰生活は趣味や一時の関心では得られない。その情報も世界史的視野に立って欧米の教会史に学ばなければならない、海外であちこちの教会や絵画を見学してその国の信仰の歴史を感じ取ってもらいたい。南仏ニースのシャガール美術館には聖書を題材にした沢山の絵画がある。私はまだ行ったことがないのだが、家内が土産に持って帰った美術館のパンフレットにシャガール自身が”聖書のメッセージ“と題して次のような文章を載せている。少し長いが引用しよう。

 

    『まだほんの子供の頃から私は聖書に夢中でした。私にはそれがいつの時代にも一番大事な詩の源泉のように思えていたし、今でもそう思うのです。この頃から私は人生と芸術の中にその反映を探すようになりました。聖書は自然の響きのように思え、だから私はこの秘密を伝えようとしたのです。人生には、私の力に応じて、時折自分が全く別の何者かのような気がすることがあります。まるで私が空中に生まれたかのような、そして世界は私には広大な砂漠のようなもので、その中を私の魂は松明のように漂っているという風に。私はこんなはるかな夢に結び付けて、これらの絵をかきました。人々が安らぎや精神性、宗教心、そして人生の意味を見い出せるように、私は作品をこの「家」に残そうと思いました。

 

    私の考えとしては、これらの作品には、一つの民族の夢ではなく、人類の夢を描いているのです。作品を解説するのは私ではありません。芸術作品はそれ自身が表現していなければならないのです。人々はよく作風について、どんなフォルム、どんなムーヴメントで色を置いたかというようなことを話しますが、この色というのは生まれながらのものです。作風や色をのせるフォルムによるものではありません。筆づかいでもありません。それはあらゆるムーヴメントを超越したものです。すべてのムーヴメントの中から、生まれながらの色をもった非常に稀なものだけが歴史に残ります。・・・そしてムーヴメントは忘れられるのです。

 

   絵、色、こういったものは愛から生み出されるのではないでしょうか。絵は我々の内部にある我々自身を反映し、筆づかいを越えてしまいます。筆づかいなんて何でもありません。色は線を伴ってあなたの性格、あなたのメッセージを表現するのです。 もし人生が終焉へ向けて進んでゆくのが必然なら、その間に我々は愛や希望という色で自分の人生を彩らなければなりません。この愛の中には、人生の社会的道理や、それぞれの宗教の本質が存在します。私にとっては、芸術と人生における完成は聖書を源泉としています。この精神がなければ、芸術にあっては必然の創造のメカニズムも、人生と同じように実りをもたらしません。おそらく、私の色や線が夢想しているような愛や博愛の理想を求めて、若者やいろんな人がこの「家」を訪れる事でしょう。私が何に対しても抱いているこの愛の言葉を多分ここでつぶやくでしょう。もはや敵もいなくなることでしょう。愛から、やっとの思いで子供をこの世に誕生させる母のように、人々は新しい色合いの愛の世界を築くでしょう。そしてどんな宗教を持っていてもだれもがここへ来て、悪意や扇動には程遠いこの夢を語ることができるでしょう。私はまたあらゆる民族の高い精神性が表現された芸術作品や資料を展示し心が書き取った詩や音楽が聞けることを願っています。この夢は可能でしょうか?芸術の中では人生と同じようにすべてが可能なのです。もしそこに愛があるならば。』(マルク・シャガール)

 

 

  

   流石に著名な大家の文章であることを思わせるが、信仰者の生き様も同様である。神に愛されて愛に生き、愛に目覚めて人生が成熟し成就する。その基本は幼少期の教会生活にある。宗教的なものというだけでは足りない。人生の終極が亡霊をもって浮遊する日本的宗教やプリミティーブな自然宗教にはアガペーに相当する犠牲的贖罪愛、無償の愛は存在しない。聖書的犠牲愛は固有のものであって早い時期からその根本的愛に馴染むことが求められる。人生経験が豊かになればなるほどその有り難さが自覚される。シャガールの文章には永遠の愛に全幅の信頼を寄せて生かされている確信が述べられている。差別と偏見、歴史の重圧の中で生きてきたユダヤ人の魂の誇りが脈々と波打っている。日本人は早くこの永遠なるものに目覚め、この福音の中に自己の存在を位置づけて生きる人生観を確立しなければならない。

 

  

   ラグビーワールドカップは主に欧米の伝統文化に生きた民族の祭典であると言える。南米、アジア、オセアニアの国々も欧米の指導者たちによって今日の基礎が築かれた。単なるフィジカルの強さだけでなく、緻密な計画性をもってトライを取りに行く各選手の相互のモチベーションが勝敗に結びつく。どのような組織も共同体も、同じ目標をもって生きる団体であるならば、この競技の持つ特性はかならず各組織に大きな成果を与えることとなる。日本はその特質をどこまで自家薬籠中のものとしているか。それを見る機会が自国開催の日本に与えられているのは最高の機会である。この有り難さに感謝したい。

 

桜台教会月報

 

《慰めと励ましの言葉 76》 

 

                 

        牧師 中川 寛

 

 

 

    昨年から左股関節の痛みが激しいので新年を迎えたらぜひ右足と同様に手術を受けようと予定していた。ところが今回も血糖値が高い、心臓に雑音がある、血圧も高いとの事で手術入院前に10日間の検査入院を命じられた。特別にインシュリン注射をする訳でもなく、食事制限と運動強化の日々でヘモグロビンa1cの値も血圧も下がった。心臓の異常も手術には大きな影響はなさそうであるとの事で、再度整形外科の名医の手術を受ける事となった。すでに2001年9月に緊急入院して以来5度目の入院である。忙しい病院内のドクターからは私たち以上に病院内に詳しくなったでしょうと言われる。それほどでもないと思いつつ、今回は大きな発見があった。

 

 

 

寒い雪と雨の翌日朝食をとりながらふと北の山々を眺めていたら遠くに高い山が二つ見えた。筑波山は方角が違うし、武甲山はもっと北西だと思っていたが、地図と見比べて日光男体山とその北に位置する女鋒山であることが分かった。ともに2500m程の高さで、まさか板橋から見えるとは思わなかった。晴れた一日であったので夕方までうっすら見えていた。入院中ではあったが次々に部屋に来る看護師さんたちに紹介した。すでにご存じだと思っていたが、皆さん初めて見たと興奮された。私も半ばビルしか見えない都会の病院だとあきらめていたが、北の雄大な山々であることを発見して大いなる感動に支配された。子供たちを連れてよくドライブしたこと。皆成長して立派になっていること、家族の悲しみもあったが無邪気な子供たちとともに春夏秋冬の原野をめぐり、歴史に学び、自分の来し方を振り返ってしばし感謝にあふれた。病院は孤独に耐え、痛みに耐え、回復を願いつつ医師の処置に身をゆだねて頑張っている方々ばかりである。夜になると奇声を発するご婦人、「お父さーん」と繰り返すご婦人,癌の手術を受けて互いに症状を報告しあう患者さんたち。食後の談話室では看護したドクターの対応の悪さをなじって電話で家族に訴える立派な紳士。突如恐怖におびえる寝言を大声で発する同室の患者さん。食事を今か今かと待ち続ける老婆の患者さん、在日のご婦人の怒鳴るような大声…。まったく社会の縮図そのものである。そんな中黙々と看護にあたる奉仕者たち、若いドクターたち、全く頭が下がる思いである。

 

 

 

苦しみの中にいる方々へ

 

【2月24日説教用紙から】

 

 

 

青天の霹靂-ヨブの場合

 

   聖書に於ける大文学書はヨブ記である。人生の根本的な真理と道理が描かれている。この文学書を早くから読み、理解する者は必ず人生の苦難に勝利する。ヨブ自身は創作上の人物であるとはいえ聖書においては全き義人、神を信じ、神に全幅の信頼を置いて生きる信仰者である。彼は人の幸不幸をすべて経験した。人間とこの世の成り立ちを全て見極めた。彼の友人達もまた遠くからやって来て彼の不幸を慰めた。

 

 

 

2章末には『ヨブと親しいテマン人エリファズ、シュア人ビルダド、ナアマ人ツォファルの三人は、ヨブにふりかかった災難の一部始終を聞くと、見舞い慰めようと相談して、それぞれの国からやって来た。遠くからヨブを見ると、それと見分けられないほどの姿になっていたので、嘆きの声をあげ、衣を裂き、天に向かって塵を振りまき、頭にかぶった。彼らは七日七晩、ヨブと共に地面に座っていたが、その激しい苦痛を見ると、話しかけることもできなかった。』と記している。友人の名前はそれぞれ啓示、伝統、常識を意味する名称であると言う。強い絆で結ばれた友人関係、人間が築き上げた知恵の宝もヨブの苦難を解決できなかったことを表す。それでもヨブは神への問いかけを止めない。人生の様々な出来事は苦難を含めて永遠に個人を苦しめるものではない。人を生かす力がある。それを見極めることが良い人生を生きる力になり、究極の宝の発見なのである。ヨブ記は人生を悲劇とは見ていない、無価値であるとも言わない。神の発見が人を生かすものとなると教える。あさはかな知恵、教訓に騙されてはいけない。消えゆくものに価値を見いだしてはならない。人を亡ぼすものに頼ってはならない。

 

 

 

たとい多額の借金を負うことがあっても。神の存在はなお新しい価値を提供する。もちろん体力がなければ神を求めることもできないが、ある成功者は良い人生を歩むためには体力、信仰(哲学)、絆である語っていた。その通りである。教会生活は人生哲学を学ぶことが無くては力にならない。私は今痛みに耐えてリハビリに励んでいる。私の心配はただ一つ今年度教会会計が満たされることである。教会生活は他人事ではやってゆけない。キリストの恵みを体得して世界史に負けない教会生活をすることが私たちの目標でなければならない。役員の方々も苦労してくださっているが、予算は必ず満たされると確信して祈っている。多くの教会生活をほったらかしにした偽善者に目を向けることはやめなければならない。新年度も大きな希望を抱いて教会活動を前進させましょう。祈りとみ言葉の研鑽を続けて努力しない者は、残念ながら人生の落後者にならざるを得ない。それは誰も振り向かない失格者の道である。しかしたとい少数者であっても信仰生活を全うするキリスト者は『善かつ忠実なしもべ』として永遠に讃えられるのである。 

 

 

 

 

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 74.75》 

 

                  牧師 中川 寛

 

 

 あっという間に木枯らしが吹く季節となった。今年の教会の庭は草取りが出来ずに雑草が茂っていたが、それもほぼ枯れてしまった。体調が思わしくなく、昔ほどの元気が出なかったので草取りの意欲もショゲテしまった。教会も働ける人が少なく、礼拝に来たついでに草取りや掃除をして下さるのはありがたいが、日曜日の礼拝を守る意識が消えて、熱心に汗びっしょりになって奉仕して下さる。これは本末転倒なので、日曜日の礼拝を守る事に集中していただきたいと話した時もあった。しかし高齢化と多忙さのゆえに礼拝出席者も限定されて様々の分野で教会形成にガタが来ている。そんな中、友人の誘いもあり思い切って家内と「スペイン研修旅行」に出かけた。私にとっては全く未知の世界なので家内の準備したスケジュールに従って各地を歩いた。

  

    一口に「スペイン」と言っても行く先々は元独立王国であった地域で、その古い歴史を垣間見る事が出来た。アジアの極東日本からイベリア半島の西の端スペインまで、かつて支倉六右衛門常長は180名の随行員を従えて太平洋からメキシコを横断し、アカプルコから大西洋を越えてイベリア半島迄約一年の船旅をしたことを思えば13時間でマドリッドに就くことは大したことはないと言えるかもしれない。しかし私にとっては久々の長旅であった。飛行機や新幹線、バスで回ったスペインは改めて大きな国であると感じた。友人のスケジュールに従って109日に南のグラナダで会うこととなり、マドリッドに着いた翌日朝8時半市内のアトーチャ駅から高速列車に乗り、コルドバからバスでグラナダに向かった。その間広大な大地にオリーブ畑が延々と続き、改めてオリーブを中心にした農業国であることを知った。

 

    約束通りに午後2時半彼女はグラナダのバスターミナルで待っていてくれた。高速道路を走るバスでありながら、途中各町に降りて行くので各停バスを間違えて選んだと後から知らされた。しかし高いシェラネバダ山脈を遠望しながら山の上にある要塞型の大教会、修道院に興味を持った。これらはすべて14世紀に繁栄したレコンキスタ(国土再支配)運動の結果生まれたものである。12世紀まではイスラム教徒の支配下にあり、イスラム文化が支配していた地域である。今もモスクがあり、またユダヤ人が多く、シナゴーグが置かれている。友人が世話してくれた宿はアルハンブラ宮殿のすぐ下にあり、古くから石畳の狭い道が連なり、小型タクシーでなければ通れない、しかし城壁を再利用して作られた静かな石作りの素晴らしい宿舎を準備してくれていた。

 

    丁度2時から5時まではシエスタ(昼休み)であったため宿舎入り口はロックされていたが、事前にもらった数桁の番号を打ち込むとドアが開き、受付カウンターに部屋の鍵と案内書が置いてあった。ホテルというより学者の保養所の雰囲気で、屋上の共同テラスでは皆静かにパソコンをしたり読書をしたりする人々が他の人に迷惑をかけないように過ごしていた。部屋に入ると居間にキッチン冷蔵庫には赤白のワインと果物が準備されており、行き届いた宿泊者への配慮に感心させられた。小窓を開くと涼しい風と共に、壁に掛ったアルハンブラの絵画のようにきれいな本物の宮殿の様子を見る事が出来た。少し休憩し、夜又待ち合わせることにしたが、グラナダの王室礼拝堂やカテドラルを一部見学し、ミサにも参加した。世界中からの観光客で大通りも人でいっぱいであった。日本人もアルハンブラ見学を兼ねて大勢来ていた。古いイスラム文化とローマから入ったラテンキリスト教文化が融合し、独特なアンダルシア・イベリア地域の芸術を楽しむことができた。イスラム教の深遠な宇宙観と精巧な幾何学の文様はやはりその色彩と共に感動を呼ぶ美しいものであった。翌日朝からアルハンブラ宮殿を見学してその混合の文化的価値を体験する事となった。

 

    実は家内の叔父が東北大学建築科教授であった時、彼はフェノロサの研究家であったが、アルハンブラ宮殿に行った話を聞いたことがあった。家の建築の為の設計してくれた人だが、木造でありながら二階のベランダは柱が多く、アルハンブラ様式を想像させるものである事を発見した。玄関から居間に入る扉は上部が半円形で、玄関の外の壁にはギリシャローマの裸体彫刻を模した小さなタイルの彫像が張ってある。これらはすべて叔父が見てきた西洋の建築印象の一部を取り入れたものではないかと思われる。イスラムの造形を見て、バルセロナのサグラダファミリアの建築にガウディが基本的なところで継承している様子も良くわかる。天上に輝く太陽や天空や空中を支える柱の用い方の原型が古いアルハンブラの伝統芸術であることがよく分かった。高台にありながら水路を利用した庭園や畑の水利もヨーロッパの宮殿が後にまねたものであることも推測される。世界の著名な建築家たちが深くアルハンブラ宮殿を訪れて思索したことも知られている。ここを訪れて新しい発見を、工夫をした人々が世界で天才的な働きをしているのは言を俟たない。

  

グラナダの大聖堂もスペインが支配するようになった600年前から信仰の深さと共に作り上げられてきた大聖堂である。絵画、彫刻、パイプオルガン、ステンドグラス等々歴史を経てもその伝統的な美は今日においても堂々としている。パイプオルガンも桜台教会のものと比較できない大きさであり、音色を発する。王家がそこで冠婚葬祭をする大きなものである。

 

    感動の内に高速バスでセビリヤに移動した。この町は大西洋側のポルトガル・リスボンを超えたジブラルタル海峡に近いグアダルキビール川の中域にある。かなり川幅のある大きな川で、セビリヤの町はこの川の海運業によって栄えた。コリア・デル・リオの造船業、漁師の住む小さな町であるが、1613年支倉常長一行もこの川を遡ってセビリヤに滞在した。6年後11名の随行の家来たちはこの町に留まり、ハポン(Nihon)名でその子孫たちが活躍している。大航海時代の世界の戦利品が集められ、セビリヤはスペインで最も栄えた町となっていた。夕方4時であったが、セビリヤから15キロ南に下ったところに支倉の銅像が立っているので、バスターミナルに出かけてリオ行きの高速バスに乗った。運転手は川まで行かないと言ったが、それ以後はタクシーに乗っても大したことはない。リオに一番近い停留所で降りたが、そこから川沿いまで延々約30分、汗びっしょりになりながらスマホ片手に歩いた。その銅像を見た時には、無言のうちに『400年後、プロテスタントの日本人牧師があなたに会いに来ましたよ』と呟いた。本物のキリスト教に触れ、洗礼を受けたにも拘らず、キリスト教禁教令で苦労されたあなたに代わって、私は宣教の使命を全うします、と約束した。2013年現皇太子徳仁親王殿下が植樹されたと言う記銘碑は残されていたが、タイルで囲われた桜の木の植樹跡だけがあった。訪問する人もほとんどない支倉像を写真に撮り、繁々と観察する私たち夫婦に興味を持ったのか、12,3歳のスペインの女の子が近寄って来て何をしに来たのと話し始めた。女の子たちはスペイン語で話していたが、家内がフランス語がわかると言うと楽しそうにフランス語で自分たちのことを話しかけてきた。将来はパリかロンドンに留学すると言って自慢していた。帰りはタクシーでバス停までと思っていたが、幸いセルビヤ行きのバスのあることが解りバス停でそのバスを待って、まるで観光バスのように周囲を楽しく観察してセルビヤの町に着いた。終点の合図があるだろうとずっと座っていたら、来るときに見た景色を又見て不思議に思っていたら、巡回してリオの方へ戻ると言われ、しばらく行って飛び降りた。修道院を兼ねた大きな教会をバスの中からではあるが4度見る事になった。でも無事に宿に戻った。

  

 

 

 

 

 

 

 スペイン旅行で2千枚以上の写真を撮り、その整理に時間が書かている。写真と共にスペインの歴史を学びつつ、彼らは「世界はわが海」との自覚をもって大航海時代以来の植民地政策を続けてきた人々であることが良くわかる。歴史的にはセビリヤの町北方20キロに位置するイタリカの町かで発見された遺跡の発掘によりその存在が明らかになった。紀元前2世紀ごろローマ人がこの地に移り住んでローマ帝国時代にはローマ五賢帝の内2人の皇帝を出している。トラヤーヌス帝と彼に続くハドリアヌス帝である。彼らは紀元94年から138年までローマを統治した。キリスト教徒を迫害したネロ皇帝やドミトリアヌス帝時代の悪政ではなく、共和制をもって平静を保ったと言われている。すなわちイベリア半島はローマ帝国は西の端にはあったが未開の野蛮人が住む地域ではなかったのである。その証拠に中東に多くあるローマの遺跡が同じように発掘されている。昔カイザリアの町で見た円形劇場やコロセアム、兵士たちの住宅後、大浴場や農園・庭園などきれいに整備された区画が発見されている。使徒パウロがイスパニアへの伝道を願っていたことがローマ書の末尾に記しているが、そこは昔「地の果て」と言われた地であった。しかしローマは一つ。ローマ帝国内の建築物は英国・フランス・スペイン・中東・コンスタンチノープル(イスタンブール)においても同じ様相である。二人の皇帝を輩出している歴史から、彼らの魂には誇り高い世界人の意識が溢れている。

 

  スペイン王国はその紋章に記録されている通り、カスティリャ王国(城壁の紋章・「カステラ」の語源とも言われる)、レオン王国(ライオンの紋章)アラゴン王国(縦赤色のカーテン風紋章・スペイン東部に位置し、地中海に面してバルセロナ・カタルーニャを含む地域)、ナバロ王国(鎖の紋章・北東スペイン、ピレネー山脈に近く、フランス国境に接している。19世紀にセビリヤ大聖堂内にキューバから移転されたクリストファー・コロンブスの遺骨を覆う棺がスペイン四連合王国の紋章を付けた王たちによって担われている。実に大きく立派な鋳金像であったので大変驚いた。しかしスペイン王はその事実の偉大さを各地にたたえて、コロン物の偉業を継承している。

 

     欧米のルーツが多くはスペインに起因していることが良く分かったのは歴史と文化の足跡を見れば明らかであるが、とりわけフランスのブルボン王朝を発展させ、ナントの勅令をもってフランス国内のプロテスタントとカトリックの和解を実施したナバロ国王アンリ(フランス国王アンリ―4世)であった。後にルイ王朝を築き、ルイ14世は太陽王として君臨した。彼が始めたヴェルサイユ文化は今日も第一級のフランス文化財である。因みに桜台教会のパイプオルガン製作者ダニエル・ケルン氏はあえてオルガン上部の金の飾りとしてルイ14世の用いた桜の紋章を取り付けてくれた。

  

英国やドイツはスペイン繁栄後の文化を誇っているが、米国や南米の文化の多くはスペイン文化の継承であると言って良い。「世界を我が海」と称して一帯一路政策を掲げる新興国は、その野望において恐怖を覚えるが、その政策は借金地獄にして統治権を奪い、国土を拡大する卑怯なやり方であって、新興諸国はその餌食にされている。それは武力をもって植民地化を狙う大国の凶暴主義と同じだと言えなくもないが、全く違うところは健全な宗教無く政策優先で覇権主義を振る舞うところである。レコンキスタの再征服と理解されるが、キリスト教文化の優位性を覆し、また否定して大国意識を振りかざすのは愚の骨頂である。福音に裏打ちされて歴史と文化が育成される時、世界は希望に満ちた社会となる。その福音が人を生かすまことの力とならねばならない。それは教会の務めに掛っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 73》 

 

            (桜台教会月報9月号より)

                         

                                                  牧師 中川 寛

 

   先日あるニュースで知ったことだが、日本のメディアも大変な偏向によりフェイクニュースが垂れ流されている。嘗て米国大統領選に際して、CNNを中心とするメディアの経営者は視聴率を上げることが会社の使命であると明言し、反トランプのキャンペーンを張った。今もなおその姿勢は随所に示されているが、大統領はかつての指導者たちを批判しつつ、虚偽の報道を厳しく批判しつつ、自らのSNSを通じて直接国民に語りかけ、政府の広報をもって政策を開示している。国際関係においてもその姿勢は直接的二国間協定を打ち出し、貿易不均衡の是正を強力に推進している。関税の不公平を是正するために古い多国間で決めた協定をあえて破棄する米国の方針は、必ずしも同盟国に受け入れられている事ではないが、しかしこの姿勢は公正に国際関係を打ち立てようとする新しい指導者たちによって世界で支持されてきていると言う。核削減の協定も矛盾のある件については敢てその同盟から脱退する。イラン問題もその流れに沿って、陰でこそこそ闇貿易や闇取引で経済を潤すことを遮断するために、同盟国を離れて単独で制裁を加える方式をとっている。「国連(UN)」についても手厳しい。資金の援助は断ち切り、正当な努力をしないで援助を求める国々を許さない。その意味で世界は再編されつつある。「NATO」問題も米国依存一辺倒を是正するためにいち早く十分に資金を出さない国々を批判した。また陰で甘い汁を吸おうとする指導者を厳しく糾弾している。ある意味世界の指導者たちに直接的に変革を迫っているのである。

  

   現在一番ホットなニュースは北米自由協定(NAFTA)に関することであり、メキシコの経済が大きく成長し、米国との関係改善が最大限に進んでいると言う。メキシコの新大統領エンリケ・ペーニャ・ニエト(通称アムロ)は7月の大統領当選以来、ギャング、殺人、麻薬の横行する中で最大限の改革を行い、経済的繁栄と共に大統領の給与半減を打ち出し、警護員の削減と様々な公正を指導し、メキシコに第二の革命が起きたと国民から多大な支持を得ていると言う。国境の壁問題も話題にされることなく、中南米からの不法入国者も厳しく取り締まられていると言われている。続いてカナダも米加二国間の直接的話し合いにより経済的にも成長すると予測されている。かつて中国の勢いそのままに親中国政策をとって失敗したオーストラリアも中国の「一路一帯」構想に騙されることなくその改善に大きく動いていることが報告されている。日本は直接的な言動は聞かれないが、政府は色々画策しつつ国際関係を見据えて同盟国外交を盛んに行っている。

 

   トランプ大統領を支える各大臣代表は共に教派を超えてクリスチャンであることを表明している。米国連代表のニッキ・ヘイリーは自らが福音派のクリスチャンであることをイスラエルにおいて表明し、米国の政策をトランプ大統領と共に積極的に改革する姿勢を宣言した。嘗ての似非パレスチナ援助を廃止し、二国間同士の実のある援助を実施すると話していた。一方的な国連加盟零細国への資金援助は民衆の救済にならず、反って戦いのための武器製造であった。戦火拡大のための反イスラエル構想の教育に使用され、テロリスト育成の一助となっているとの反省である。国連一辺倒でやってきた戦後日本の姿勢もその実態については、太平洋戦争の反省に立って、言われるままに資金を提出し、戦争仕掛け人の汚名を拭い去るべく盲目的民主的日本人の姿勢を貫いてきた。しかし世界の何が真の平和共存であるかを問うてきたことを踏まえて、将に戦後の一大総清算を行う時に来ていると言える。日本の問題は戦争責任に拘泥しつつ、アジア諸国、中でも戦争をしたことのない中国共産党の支配と韓国・北朝鮮による扇動活動にいかに対応するかが問われている。戦争の傷跡は被害国、加害国を問わず歴史を超えて絶えず話題にされている。それは今後も責任をもって負わなければならない。戦後は歴史を通して忘れ去られるものではない。今を生きる人間がなお将来に向かって負い続けなければならない罪の償いである。

  

 今年は明治維新150年を迎え様々な維新の功績が評価されている。しかし150年前とは言え明治維新も多くの悲劇を生んだ。特に戊辰戦争に代表される会津の悲劇は今日も随所に散見される。「勝てば官軍、負ければ賊軍」と語られた戊辰戦争の影響は負けた多くの奥越連合において今日もその負の影響が残されていると言う。戊辰戦争で戦死した奥越の人々の記念碑はおろか墓も不明である人々が多いと言われる。数年前まで会津の人々は賊軍であるゆえに道を歩く時も真ん中ではなく、端を歩くようにしつけられていたと言う。戦後生まれの私は戦後民主教育を受けた一人として国民平等思想に育てられた。賊軍は道の端を歩けなどと聞いたことはない。しかし会津の古老の人からその事実を耳にして改めて戦争の重さを感じさせられた。

  

   日本人は今後どう生きるか、国家はどう形成されなければならないか。少子高齢化の中で先細りの日本が語られ、そのために外国人移入が議論されるが、すでに日本での外国人移入は来日観光者数だけではなく、怪しい人々はいても30万人を超える資格移入者がいるとの事である。それは世界第4位に当たると言う。年金の問題はもとより社会保障、福祉の分野でもさらに充実した保証が期待されるところであるが、事態はさらに多くの不正を生み出していると報告されている。医療保障については帰化申請をした入国者は半年の滞在許可が与えられ、その間仕事に付くことさえ認められると言う。国民健康保険申請もできて医療費も安く済む。同時に外国人保険証保持者はその家族が入国した際、高額治療を受ける権利を有すると言う。おかしなことだが大勢の帰化希望する外国人家族が、許可も出ないうちに日本で入院治療を受け、そのまま家族で大勢住み着く事例が報告されている。多くは国民の税金から支払われているが、善良な日本人の多くは特別に関心を抱いていない。ある意味で不法移民ではあるが国防の塀を明確にしなければ社会不安につながると言える。日本の危機はそれだけではない。対馬には行ったことはないが、多くの韓国からの観光者が訪問しているそうだ。ある地域は旅館・土産物店で繁盛しているそうだが、日本人経営店ではなく、韓国から来た人々によって買い占められた建物を新築し、韓国からの観光客を迎えているそうだ。週に23回三千人の大型船が来て停泊するそうだが、税関係官が少なく十分に対応しきれていないと言う。また船上では免税品が多数販売され、旅行者は山ほどの免税品を買って帰国後自国で安く販売すると言う。酒たばこは言うに及ばず多くの高級品までそのようにして売買され、その利益で十分旅費は賄われ、収益もあると言うから止められないのは必然である。 北海道のニセコは既に中国人の町と化したと言われている。北の原野商法は安く買われて中国人所有になっていると言う。しかも大切な水源近くで彼らは将来に備えて日本の土地を確保しているとの事である。世界は大きく変わり、世界の船が津軽海峡を行き来し、北海道に寄港地を持ち、北極海を抜けて欧州航路を開いて貿易を盛んにしていると言う。最近聞いた話は千葉県でのことであるがある高校の卒業生は7割が中国人生徒で、文科省の許可を得て行う学校教育が中国語で行われ、優秀な卒業生が有名大学に進学しているとの事である。嘗て沖縄でのこととして同じ話を聞いたが、首都圏にもすでにそのような学校のある事を聞いて愕然とした。ぜひ良い人間教育がなされ、世界に有用な人材を輩出してもらいたい。しかし中身は中国共産党配下の反日教育であると言う。

 

 

 

 

 《慰めと励ましの言葉 72》 

           

      (桜台教会月報6月号より)

 

                  牧師 中川 寛

 

 

 

 不幸な事件が続出している。特にSNSの通信報道機器により、起こった事件はだれでも自由に拡散され、新聞やテレビ、ラジオで報道されるより先に一般人に伝達される。しかも公共放送がある種の意図的報道によって真相究明と言われつつ、歪んだ報道へと曲げられて伝達される。国際関係が緊張する中で、いわゆるフェイクニュースなるものによって社会的生命を抹殺される方向に向かう。これらの事件は国内外を問わない。もはやメディアは真実を伝えるものではないとの認識に立たなければ翻弄される。国会の委員会での野党と政府責任者との議論においても反安倍のためにむなしい論争が繰り返される。「射殺」されたと報じられたロシアのバブチェンコ記者生存のニュースにおいてはウクライナ国内で仕掛けられた殺戮計画への本人の対抗策として行われたものだと後日報告された。

 

 

 

 法と正義を超えて保身のために暴力行為を正当化するアメフット部の監督コーチにおいても、やるせないものを感じる。確かに指導において発せられる汚い言葉は激しいスポーツにおいてはよくある事でもある。私自身もラグビー部の監督コーチとして荒々しい言葉を何度も使ったが、それらは選手との信頼関係の中で、ルールを犯してまで強制するものではない。選手自身が実力を鼓舞し、克己心をもって自己成長に至る成果を期待してのものであった。信頼を裏切り、ルールを無視する行為に対しては厳しく指導したが、傍若無人に暴力をふるうのはやはり許されないことである。中学生、高校生と大学生では成長の度合いも感性も公平性も異なるが、中にはコーチの意図を理解しない従属型の選手もいる。残念ながら言葉の意味と意図を理解できない選手には時間をかけて直接納得できるまで手取り足取り教えてやらねばならない。それが指導者の務めでもある。社会的立場や地位が引っかかると事態はややこしくなる。大学生のスポーツはセミプロの立場でもあり、サッカー、野球においては中高生の時から将来性が買われ、各有名チームから嘱望される環境にあるものも多くいる。社会性を養いフェアプレーの精神を身に着けるためには幼少年時からの家庭での倫理的道徳的躾と教育が備わっていなければならない。大学生になっても善悪の判断がつかないスポーツ選手は早晩同じ罪を犯してしまうだろう。優秀な選手に育てるためにも正しい判断ができる人間として成長できるよう家庭で養育しなければならない。

 

 

 

 米国では大統領直々に優秀なスポーツ選手を全米から招いて表彰するとともに会食を行い、互いに学習し合えるチャンスを与えて育成している。ホワイトハウス主宰のスポーツとフィットネスデーとして全分野のスポーツ界から選ばれる、今年はゴルフのアーノルド・パーマー氏も表彰を受けていた。野球、フットボール、バスケット界から有名なプロの選手も招かれて、小学生や中学生の前で、今自分がある事の意味と背景を証ししていた。中南米から来て成功した選手たちも紹介されており、犯罪率の高い不法入国の若者たちに対して手本として紹介していた。

 

 

 

トランプ大統領の大手メディアへの反発から直接重要なことをホワイトハウスからYouTubeで放送している。またALSの重症者や障害と戦う人々を「生きるための行動への権利」なる大統領令を発して病者を激励している。その報道の中で北朝鮮との会談開催への折衝経過報告も行っている。徹底して自ら責任をもって政府重要事項を発表するのである。大統領予備選挙以来徹底してこの方針を貫いている。多くの支持者もまた直接大統領発表の声明や演説を聞いて誤解することなくその意図を理解している。日本に居ながらにして同時的にトランプ大統領と政権首脳の演説を聞く事が出来るのはありがたい。同時に不正確な日本の評論家の報告を聞くより正しいニュースをいち早く入手することができる。 インターネットの存在によってより良いニュースをいち早く手にすることができることは非常に楽しいことだが、同時にネット産業の広がりにより「ビッグデータ」なるものが悪用され、個人の生活を監視する全体主義的な国家の管理が実行されている。その第一は中国社会の取り締まりである。眼球による識別方法によって全住民が登録され、犯罪が起きてもその当人がどのような人物で、何者であるかがすぐに判明される。おかしな動きをする観光客も直ちに登録され、リストに挙げられたデータに基づいて厳しく監視され、尾行される。人々は自由な日本で旅行を楽しんでも、帰国後は再び厳しい監視社会で生きねばならず、帰国してもまた外国で生活したいと思うようになるらしい。若者たちはお金を稼いではまた海外旅行に出て一時の自由を楽しむと言う。

 

 

 

チベットではさらに厳しい監視が行われ、全住民は強制的に写真を撮られ、犯罪者探索に利用されている。チベット語は使用禁止、仏僧は反社会的存在として厳しく監視され、一般人はひげを伸ばすことが禁止され、民族浄化の一環として半ば強制的に漢人男性が女性家族に強制的に割り当てられると言う。女性家族を守るためだと言うが大抵はチベット女性との間に子供をもうけて生活改善を無理強いすると言う。悲観した若者の自殺が絶えないのも一部の人々により報告されている。嘗ての水爆実験場となった地域では放射能を測定することなく労働させ、多くの奇形児や障害者が生まれていると言う。中国政府はファーウエイの取引やZTEの通信機器貿易により、それらの商品を扱った携帯電話の情報を一括収集管理できるシステムを保持し、敵対勢力は勿論のこと、貿易使用商品の獲得や動静の管理に利用しようとしていたが、米国との貿易禁止でその下心が見抜かれてしまった。

 

 

 

南シナ海での軍事基地建設は航行の自由を禁止する政策で、日本など中東から原油を輸入している国にとっては公海上ではあっても通行の自由が禁止され、或いは通行料の支払いが要求されることも起こってくる。原油の高騰と共に物価高が心配される。中国の「一路一帯」政策は覇権の表れであることは明らかである。ドル基軸の世界を何とか元基軸へと転換しようとしているが、強い米国によってその道が阻まれている。またEUの中心国ドイツも中国離れがようやく目覚めて距離を置くようになったと言う。米国海軍の太平洋管区をインド・太平洋管区と改名したのもその意図が読み取れる。1980年代からの自由な国策による中国の強大化に手を貸してきた歴代前大統領の失策であったことを表明して、トランプ大統領は自国優先の標語をもってアメリカ復興を成し遂げているのである。

 

 

 

 残念ながら日本政府は米国の核の傘に身を置きながら拉致被害者救済を考え、北朝鮮との平和友好を準備していると言う。簡単なことではないが、今のところ米国に依存しなければ拉致被害者救済は困難である。同じキリスト者としてぜひ捉われ人を救済するためにひと肌脱いでもらいたい。戦後の日本の発展と共に、新しい東アジアの友好国を構築しなければならない。ロシアとの北方領土問題についても明確な目標とビジョンを示さなければならないと思われる。いま日本の国力と構想を担うべき世代は 40代50代の人々である。またその子供達を強く明るく豊かな知性と品性を持った人間に育てることは私たちの責務である。

 

 

 

 ねじれた国際関係の中で、命を優先し、平和と民主主義の秩序が維持される関係を構築することは最善の努力が傾注されても至難の業である。直接的に交渉に当たられる米国の担当者にはもっと聖霊の力が注がれるように祈りたい。私にとっては、もちろん日本人の悲願であることに変わりはないが、拉致被害者を一括して帰国できるように対処してもらいたい。近親、兄弟をも粛正し殺してしまう金正恩はどこまで自分の生命を賭して米国とのサミットに向かおうとしているのか、私は未だ読取れない。

 

 

《慰めと励ましの言葉 71》 

 

             牧師 中川 寛

 

   昨今の世界情勢はある意味で大きなうねりを起こしつつある。言うまでもなく韓半島の南北対話による新しい事態も同様である。隣国のことではあっても「北」との関係は様々な形で日本の政治・経済・社会・文化に影響を及ぼしてきた。特に米トランプ大統領の新体制により、中東シリアの状況と並行して東アジアでの動向が大きな緊張をもたらした。私はSNSを通じて新しい自国優先の米国の実情を論じてきたが、併せて時の経過と共に福音的キリスト教徒によるキャビネットの指導により、かなり良い方向に進むのではないかと判断してる。

 

 

 

 

   これについてはなお多くの知友にけなされてはいるが、副大統領や教育相また国務長官マイク・ポンペオをはじめ実にまじめな福音派のクリスチャン達がいることは、その基盤と働きにおいて大きく変わると思われる。米朝会談がどのように進むか。ただし国力軍事力においては比較できないほど差がありすぎる。否それ以上に私にとっては拉致された日本人の帰還が最優先である。聖学院卒業生の横田拓也君の頑張りに欠かさず祈りの支援を送っている。彼の背後にも神は大きな力をもって支えていて下さる。さらにこの時期、安倍政権にも頑張ってもらいたい。ただこの新しい動向をまだ古い目をもって見続ける人々が大勢いることは問題である。経済の回復と自国の自主防衛は戦後の体制から自立することにつながる。これは軍備を補強して大国になるのとは訳が違う。日本人の人間性の良さを失ってはならない。戦後73年目を迎え、米軍依存の体制に終止符を打つことが必要ではないか。 その方向をどう思うか、実は先日亡くなられた古屋先生にもう少し伺いたかったところであった。以前書かせていただいた書評を転載し生前のご指導に感謝したい。古屋先生もこの一文を草したとき、笑顔で感謝してくださったことを忘れる事が出来ない。

 

 

 

 

古屋安雄著 キリスト教と日本人 「異質なもの」との出会い(教文館) 書評

 

 

 

 

 本書は著者がその「あとがき」に記す通り、過去数年間に書かれたものや語られたものに補筆して出版されたものである。第1章「キリスト教と周辺の人々」、第2章「セイント・ジョンズに居た日本人教授」、第3章「中国と韓国のクリスチャン」は嘗て本誌『形成』で毎月次号が届くのを楽しみに読ませていただいた懐かしい論評であった。しかし纏められた一冊の書物として読み返してみるとまことに鋭い歴史批判であり社会・教会批判である。時恰も戦後60年を覚える節目の年、歴史的邂逅と同時に将来展望を開く含蓄あるキリスト者啓発書に出会えたことを感謝したい。本書は書名が記すとおりキリスト教(異質なるもの)に触れた近代日本人の歴史的生の局面を著者自身との個人的出会いを織り交ぜながら情熱的に綴られたものである。各章に記された時代に生きたキリスト者は夫々に各時代の日本キリスト教史を埋め尽くす実に興味深い人々である。教会史はこのような形で各人のモザイク模様を描きながら重層的に大きな神の救済の歴史へと織り込まれている。カイロス(神の時)が異教の地日本に滔々と流れ込んでいることを感銘深く体得させられるものである。

 

 

 

   古屋安雄は一般に『キリスト教国アメリカ』(1967年)を著して以来アメリカのキリスト教を論じる神学者との印象を与えてきた。本書と時を同じくして出版された『キリスト教国アメリカ再訪』においても同様の印象を持つ。しかし大木英夫との共著『日本の神学』(1989年)が上梓されて以来、古屋は『日本伝道論』『日本の将来とキリスト教』『日本のキリスト教』など日本をキリスト教化するために心血を注いでいる伝道者であることを証ししている。「神学者はまず伝道者である」との情熱が随所に感じさせられる。古屋は強い信念をもって「私には夢がある」と語る。説教においても諸論評においても、神学論文等々においても彼が繰り返し語ることは「時がよくても悪くても、御言葉を宣べ伝える」(Ⅱテモテ4:2)と言うことである。その先には欧米のキリスト教国に負けない「キリスト教国日本」を建設する理想がある。彼が語る「神の国」はその為の必然的な前提である。戦前、戦中、戦後を振り返る時、著者自身が納得できる信仰者の証しを見ることができなかった。不徹底なキリスト教信仰にくさびを打ち、本来聖書が人間に約束する真の祝福に立ち返り、嘗ての日本人キリスト者が果たしえなかった福音的信仰に立つ真の国民的自由と尊厳を位置付ける自立的キリスト者を模範として自らをささげているのである。著者はあとがきに「キリスト教を日本に確立するためにはあと数百年かかるであろう。」と記す。いま日本国民の1%しかいないキリスト者がせめて10%になることが当面の課題であると叫ぶ。日本のキリスト教の危機的状況を早くから指摘し、その宣教的使命に立って指導される姿はまさに神の勇士である。

 

 

 

 

 

  しかし日本をキリスト教化する使命を得ていても歴史的にキリスト者が福音により自立した民主的国家建設の一市民として、誰が見ても納得のいく証し人とならねばならない。宣教150年に満たない日本キリスト教会史において、戦後60年を迎えた今日、著者自ら漸く先輩牧師・伝道者達が戦争に反対し切れなかった理由を問い、ともにその責任を担う。将来に向けて一神学者のこのような真摯な神学的営為は多くの若き神学徒に燃える情熱的感化を与えるものである。プロテスタント福音主義は一般に諸宗教が単なる信者獲得に走り、反社会的暴力をもって宗教活動を展開するのとは凡そ異なるものである。キリスト教はイエス・キリストの十字架と復活による神の子の否定媒介の中にその真理を見る。そこに啓示される神はまさしく聖書が証しする徹底的唯一神である。ナザレの主イエスによる徹底的自己否定によって啓示された新しい神の真理がこの十字架教であり歴史的キリスト教である。超越者はこのお方を通してわたしたちに語りかける。古屋はあえてこの真理を「異質なるもの」と呼び、究極の真理に触れて新たに解放された近代日本を生きた先人を回想するのである。

 

 

 

 

 

   日本のキリスト者はなぜ戦争に反対しなかったか。高校三年生で軍隊に召集された古屋をただ一人感動させたのは「死ぬじゃない、生きてかえってこい」と言った年とった伯母だけであったという。学のある先生たちではなかった。立派な牧師・神学者たちが一様に口を閉ざし、教会では「嵐の際は窓を閉じる」といわざるを得なかった当時のキリスト教会は何であったのかを深く問うている。アメリカでは既に「良心的兵役拒否」の権利が認められていた。自由学園に学んだ著者はキリスト教国イギリスやアメリカには良心的兵役拒否の思想があると言うことさえ誰も教えてくれなかったと言う。安部知二の『良心的兵役拒否の思想』(1969年、岩波新書)はかつて筆者が神学校在学中に出た話題の本であった。軍国主義日本の、戦時中では考えられない上海でのセイント・ジョンズ・カレッジのリベラルな日本人教授達の働きは夢の世界ではないかと思わせられる。第4章の新渡戸稲造論は武士道が盛んに論ぜられる昨今、特に銘記して読まれるべきである。第5章は著者自身の母校を論じたものであるが、ミスター&ミセス羽仁の自由学園がキリスト教学校として如何に苦悩しつつ戦中・戦後を生き抜いたか、それは一キリスト教学校の歩みに留まらず日本キリスト教史の一断面を見事に論評していると言うべきである。第6章 賀川豊彦とグローバリゼーション、第7章 隅谷三喜男、第8章 キリスト教の幸福論、第9章 宗教改革の意外な影響 第10章 アジア学院 の各章は現代に生きるキリスト者の心強い伝道論として読む者に感銘を与える。本書を読み終えての感想は歴史的宣教を担う多くの同志と邂逅した気分である。著者が「私は絶望していない」と語る時、筆者もまたキリスト教学校で教える使命の重大さを実感するものである。      

 

  

 

    桜台教会牧師  元聖学院中高 宗教主任   中川  寛

 

 

《慰めと励ましの言葉 70》 (桜台教会月報四月号』より)

 

 

        牧師 中川 寛

 

 

 

   『アメリカ・キリスト教国の復活』などと言う言葉がその内あちらこちらで耳にする機会が増えるであろう。すでにそのようなことを国際政治の専門家が口にしている。また日経にも『アメリカ政治を動かす信仰パワー』なる表題をもとに「聖書の倫理・価値観・選挙でも争点に」とその歴史的起源を解説しながら専門的に概説する文章を載せている。その評価が大きく分かれるトランプ大統領が積極的にアメリカ再生のために経済政策、軍事政策、国際関係をはじめとして、先のオバマ大統領時代とは違って積極的に強い政策を打ち出してきたことがその根拠となっている。

 

 

 

 

 

   余り口にされなかったことだが、実は80年代からの自動車産業の停滞と中国を始め途上国依存の低価格、低賃金が大きく米国社会を蝕んでしまっていたのである。二年前から米国社会のホームレスの現状を紹介してきたが、ミシガン州を始め北部のいわゆるラストベルト地帯の町々は、家庭崩壊と共に低所得者層の人々には教育の機会すら奪われていた。主な産業が疲弊し、人々はその日暮しの厳しい日常を強いられていたのである。トランプ大統領が公約して産業を取り戻し、法人税低減により会社を復興し、給料を引き上げ、ボーナスまで出すと言う環境に代わってきたと言う。この現象についてはNHKドキュメントでも報道している。彼らに生活の希望が持てるようになったことを労働者のインタヴューで紹介していた。しかしまだまだ課題は山積されている。不法入国者の子供たちに対する対応がダッカ問題として議論され、入国制限が厳しくなっている。特にメキシコ国境からの不法入国者には高い壁を建設中ではあるが、すべてを閉鎖することはできない。不法輸入される麻薬とテロリストへの対策も国内の整備と共に全力を挙げて取り組まれている。先月号に記したMS13の脅威はつねにFBIが目をつけ、検挙と組織壊滅のために取り組まれている。教育ローンを抱える生活破産者問題も解決には時間がかかる。それにも増して教育の復興には10年、20年の歳月が必要とされる。およそトランプ大統領が二期その職務を引き継いでも問題はそう簡単ではない。人間が生きている限りそう、戦争や革命によってではなく、恒久的に取り組まれるべき改革の継続がなされねばならない。

 

 

 

 

 

   しかし米国社会は今ようやくその為の取り組みに着手し始めたばかりである。彼らは聖書の教える教育理念に基づいてそれを実行しようとしている。人間に与えられている基本的価値、自由と平等、尊厳と公平を取り戻し、民主的社会を形成するために再び動き始めたのである。それは実に希望に生きるキリスト教精神に裏付けられている。その根拠は全て聖書にあると言わなければならない。理想の国造りにはなお長い年月が求められる。わずか240年そこそこの歴史をもって完成されるようなものではない。しかし彼らは背後に聖書に基づく約束の理念を持ち続けている。これがキリスト教信仰と相まって米国を大きく発展させる力となっているのである。今やそれはユダヤ人に限ったことではない。その父祖アブラハムに約束された祝福はモーセ、ヨシュアに引き継がれ、サムエル、サウル、ダビデ、ソロモンに至り、王国崩壊後は預言者達に引き継がれ、やがてはイエスキリストの出現に至り、パウロによって異邦人世界に広められて今日に至っている。それは五千年に亘って教えられてきた新しい人間と社会の形成理念であると言わなければならない。

 

 

 

 

 

   日本人もまたこの契約思想に目覚め、新しい生き方を選び取ってきた。キリスト教神学教育を受けた者はこの事実をすべて確認しているはずである。福音と呼ばれる聖書の教えに従って、イエスキリストの存在を通して生き方を変えられてきたのがクリスチャンである。今日とりわけその責務を担っているのがキリスト教学校である。私は今その現場に身を置いているわけではないが、長年聖学院という恵まれた学校においてキリスト教教育の責任を担ってきた者としてその思いを篤くしている。

 

 

 

 

 

   実は先日女子聖学院で英語教師として長く教鞭をとられ、その後同窓会(翠耀会)会長の職を引き受けられたO先生の葬儀・告別式を桜台教会でさせていただいた。O先生は家内が女子聖学院高校入学と共に習った英語の先生でもあった。桜台教会に転会されてすでに30年近く経過していたが、先生から詳細にご経歴をお聞きすることがなかった。そこで葬儀に際してご長女からご略歴を紹介され、実に深い信仰に生きた師であったことを知らされた。O先生が英語の教師であられたこと、戦後ご結婚後ご主人と共にニューヨークで生活されたこと、また英国スコットランドのエディンバラを旅行され、宗教改革者ジョン・ノックスの教会でクリスチャンのご夫人と種々思い出深い信仰と教会についての話をされたこと等写真を見せていただいてご旅行の体験談を伺ったことがあった。

 

 

 

   しかし実はもっと驚いたのは2年前に教会に来られた高村光太郎・高村豊周(とよちか)ご兄弟とご縁の深い関係を持ったご家族であった事である。O先生は大正10年のお生れでお父上は東京美術学校(東京芸大)鋳造科教授であられた丸山不忘(本名義男)氏である。高村豊周氏の曽孫に当たる少年が礼拝に出られ、その一族は彫刻家として共に芸大出として名を馳せておられる。高村光太郎のご尊父は上野公園の西郷隆盛像をはじめ多くの鋳造作品を作られた高村光雲氏であるが、そのご子息達の鋳造を手掛けられたのが丸山不忘氏である。

 

 

 

 

 

   当時女子聖の校長となられた内藤淳一郎先生のご尊父内藤春治も同時期の教授で不忘、豊周、春治の三氏は親しい交友であられたと言う。嘗て小田信人先生から北村西望氏による『神を仰ぎ、人に仕う』との女子聖のモットーを記した色紙を頂いたが、長崎の平和公園にある『平和記念像』制作者のお嬢様も在校生で、北村西望氏はPTA会長を引き受けられたと伺ったことがあった。O先生が女子聖に入学されたのもお父上の関係から勧められたとお聞きした。不忘氏は北池袋の自宅に鋳金工場を持ち、後に練馬に転居するまで池袋で制作にあたられたとの事である。戦前は高村光雲、その後は高村光太郎・高村豊周による原型作品をすべて鋳造作品にされたそうだ。また戦後法隆寺大火により金堂と壁画修復のため東京芸大をあげて取り組まれたが、不忘氏は釈迦三尊像の大卓を制作担当された。薬師寺東塔相輪修復に当たられ最上位まで登られたと言う。長野県小諸にある懐古園の藤村詩碑は豊周制作後鋳金に仕上げたそうだ。日本女子大創設者の成瀬仁蔵の銅像もお二人の制作との事である。

 

 

 

 

 

   O先生は14歳で聖学院教会に於いて平井庸吉牧師から洗礼を受けた。聖学院教会は戦後滝野川教会と合併し現在地に移った。女子聖在学中は聖学院教会に学び、当時聖学院神学校の神学生たちと共に宣教師による教会活動に参加された。女子聖卒業後津田塾に学び卒業と共に戦争のため陸軍兵器本部に勤務され、終戦直後は富士見学園で英語教師をされ、人員不足から進駐軍勤務となり、中央郵便局で英文手紙の検閲官となられたと言う。また進駐軍勤務時代の先輩であったご縁から、三神正子さんの弟大井憲雄氏と結婚され、米国帰国後女子聖学院英語教師として奉職された。 

 

 

 

 

 

   O先生の教会生活は同世代のご友人と親しく交わる中で継続された。積極的に活動を推進なさるのではなく礼拝に人が集まる事を常に気に賭けられていた。O先生は英語と日本語の聖書を枕辺においてよく読まれていたと言う。旧約預言者サムエル記の言葉『しもべは聞きます。主よ、お語りください。』との言葉を愛誦聖句として信仰生活を全うされた。神は不思議なご縁をもって神の家である教会の活動を支えられ、常に私たちに広い交わりを提供していて下さる。まことに感謝にたえない。

 

 

 

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 69》(『桜台教会月報三月号』より)

 

 

 

   牧師 中川 寛

 

 

 

   今年の4月1日(日)がイースターに当たる。教会暦では2月14日(水)から日曜日を除く40日間を受難節(四旬節・レント)と呼ぶ。中世以来の教会の伝統に従って、キリストの受難を迎える時期をせめて清く正しく過ごそうとの思いから派手な儀式を控えてきた。40日間に亘る厳格な規律に従って日常を過ごすには耐えがたいとの思いから、各地でカーニヴァル(謝肉祭)か盛んに催されるようになった。フランス・イタリア・ドイツを始め中南米でも約一週間にわたって祭りが繰り広げられる。日本では節分の豆まきや奈良東大寺二月堂のお水取りが行われ、熱心な信者は松明の火の粉を被って魔除けの儀式を行う。昔、子供のころ親戚が持ち帰った灰の一部を見せてもらったことがあった。関西においては「春遠からじ」との季節感を現わす行事でもある。

 

 

 

   今年の灰の水曜日をニューヨークで過ごされた教会員が夜食事に出たところ、老若男女が額に炭をつけて歩いている姿を見たと報告して下さった。桜台教会ではその習慣をもっていないが、或いは同じ行事を守っている教会があるかも知れない。しかし日本で悔い改めのしるしとしての儀式で、オデコに炭を塗る習慣はないので今まで私は町でそのような人々に出会ったことがない。

 

 

 

   本当に悲しいことだが、受難節に入った2月16日(月)、アメリカ・フロリダ州で、青年による銃乱射事件が起こり、17名の死者が出た。大きな高校の退学者による犯行であったが、他に重篤の人々を含めて14名の負傷者がいると言う。また悲劇が起き、多くの若い高校生が犠牲になった。人々は銃が自由に手に入る米国社会の当然の悲劇と受け止めているが、やはり尋常のことではない。米大統領はフロリダ州の高校を尋ね、被害者や家族、関係者に哀悼の意を表した。大統領は今回の事件を契機に積極的に銃規制と再発防止の対策を取るべく、まずかつての被害者関係家族を含めて今回の被害に遭った高校生と家族をホワイトハウスに招き、痛みと悲しみの中にいる人々の意見を聞いて共に対策を協議した。その翌日には全米の州知事を呼び、共に可能な限りの銃対策について意見を交換した。

 

 

 

   日本のように銃剣等の凶器保持を認めない規制を行うべきであるが、歴史と文化、政治と企業の諸問題が銃規制を妨げている。各学校に銃に長けた退役者に依頼し、教師にも銃の取り扱いを可能にする準備をすること。また自動小銃のように連射可能の武器を保持させないこと。21歳以下の者への銃販売を禁止すること等が早急に決められるとの事である。また犯人は精神的病者との事でその対策には銃所持者と共にFBIの監視を強化すること等が話し合われていた。どこまで安全が確保されるのか未定であるが、教育相のベツィ―・デヴォス女史、ペンス副大統領も共に対策に決意をもって向かうとの表明をしていた。

 

 

 

 

 

   マルコ福音書5章には主イエスがゲラサ人の地で墓場に住む悪霊につかれた人を癒した物語が記されている。話によると彼は墓場を住処とし、夜昼絶え間なく大声で叫び、石で自分の体を打ちたたいたりしていたと言う。彼は度々足かせや鎖で縛られたが誰も彼をつなぎ留めておくことが出来なかったとある。恐ろしい狂人の様子であるが、彼の方からイエスに呼びかけ、「後生だから、苦しめないでほしい」と言った。イエスは『汚れた霊、この人から出て行け』と言って彼を正気にさせたと教えている。

 

 

   

 

 

 

    彼は「レギオン」と自称したそうだが、『大勢なのですから』と告げたとある。その名の通り、彼は多くの苦しみ怒りを持っていたに違いない。当時ガリラヤ湖東部はデカポリスと呼ばれ10の大きな町があった。ガリラヤ湖はティベリアスの海とも呼ばれ、ローマ皇帝直轄地となってたいた。政治的社会的混乱が続く中で、主イエスは幾多の価値観に翻弄され、愚弄されたユダヤ人をその精神的拘束、葛藤から解放され、一人の人間に変えられたのであろう。その後弟子の一人としてイエスに従うことを望んだが、家に帰り家族に自分の大きな変化を証しするようにと言われ、デカポリスの地方でイエスキリストを宣べ伝えたとある。

 

 

 

 

 

    フロリダ州パークランドは豊かなアメリカを象徴する恵まれた閑静な地域である。全米でも富裕層が多く、タンパはナショナルリーグ・アメリカンリーグの合宿地でも有名である。オーランドにはマジックキングダムがあり、ケープカナベラルは宇宙へのロケット発射台があり全米の先駆的都市でもある。そのような豊かな州ではあるが、一方マイアミがあり麻薬犯罪も多い。特に不法入国者が耐えない中、中米のエルサルバドル出身の若者たちで構成されたギャング集団「MS13」はニューヨーク、ロサンゼルスを中心に1万人を超える組織化が進んで凶悪殺人事件を次々に引き起こし、FBIが率先して取り組む組織であると報告されている。メキシコから入国する不法者の侵入を食い止めなければ、アメリカの強さは消えるとまで言われている。

 

 

 

 

 

   オバマ前大統領は口先だけで何も積極的に手掛けなかったが、その結果がさらに米国を悪くしたと言う。FBI2015年の記録では年間米国犯罪死者数100~200名以上の10都市が以上のように表示されている。ヒューストン、フィラデルフィア、アトランタ、ワシントンDC 、インディアナポリス、カンサスシティー、メリーランド州ボルチモア、ウィスコンシン州ミルウォーキー、メンフィス、デトロイト、セントルイスに及んでいるとある。

 

 

 

    日本の地上波ではほとんど報道しないが、実際は心と魂を病む多くの若者が犯罪に巻き込まれ、尊い人生を無にしている。その多くは家庭教育を放棄した米社会の結末であり、物質文明に浴くされた欲望の行く末と見ない訳には行かない。このまま放置すれば日本もまた同様の課題を担うことになる。魂の病は銃がないから心配ないとは言えない。集団殺戮の素材は様々な形で平凡な日常を危険にさらしている。高齢者が自動車を走らせるだけで危険が付き纏う。病気の場合もあればストレスから誘惑に負けて悪に走る事件も起こる。高齢者によるスーパーでの万引きが増え、金銭による人間関係の破綻、近親者への嫉妬、罵詈讒謗等々。人を誘惑する様々な要因に負けない生き方が求められる。その為にもみ言葉に親しむことが不可欠となる。自己の品位を罪をもって汚すことは信仰者が決して行ってはならない掟である。どこに神の知恵があるかを覚えて生きる事がすべてのキリスト者に求められている事である。

 

 

 

 

 

    海外の情報を私はBBC(英国放送)を通じて入手している。先日米国の福音宣教者ビリー・グラハム師が99歳で召天され、その送葬の式をワシントンDC国会議事堂内で30分にわたって執り行われた。大統領府は福音伝道者に最高の栄誉を現わしたと思う。米国は聖書の福音、イエス・キリストの愛に目覚めた人々の働きによって形成された国家である。これは米国が健全な国家の回復がなされるための大事な支柱となるものである。今は福音によるリバイバルが待たれている。40年前の古き良き教会の姿が回復されることが待たれる。幸い経済の明るい見通しが聞かれるようになった。かつて米国が風邪をひくと3年後に日本が風邪をひくと言われたが、今はほぼ同時に風邪をひく。回復には3年ではなく1年後にその様子が見えてくる。経済の回復は直接的には日本政府の努力にかかっているが、個々人は望みを失うことなくその兆しを待つことが求められる。若い働き盛りの方々には、頭脳も肉体も健康を維持しつつ、新しい課題に果敢に取り組んでもらいたい。桜台教会では15世紀前後のスペイン・イタリア・ドイツの聖画写真を教会案内に用いているが、聖書による題材は四百年、五百年経っても色あせる事はない。大きな恵みに生かされて、み言葉によって成長することが私たちの新年度の新しい課題である。

 

 

《慰めと励ましの言葉 68》 (桜台教会月報2月号より)

 

 

牧師 中川 寛

 

 

  昨秋私は宗教改革500年記念に際し、ルターと共にカルヴァンの『キリスト教綱要』が歴史におけるキリスト者の道標であることを再確認した。教会の歴史を通じて福音の確かさを神学的に確立した大著は教会が常に学ばなければならない必読の書である。幸いその要点を記した『カルヴァン神学入門』(G.プラスガー著)が宗教改革五百年記念の年に出版され、日本語で読む事が出来るようになった。不思議な縁だが、翻訳者の矢内義顕氏は早稲田大学教授で、秋から教会に通っている韓国人留学生A君の授業担当者であることが解った。A君はまだ洗礼を受けていないが、ホワイトヘッドの哲学を学び、その伝統を引くカリフォルニア・クレアモント神学大学にこの秋から留学予定だとの事で、教会に初めて足を踏み入れたのである。今春早稲田大学卒業と同時に、クレアモント留学を予定し、今は入学願書を出して返事待ちとの事である。私はぜひ良い道が備えられることを願っている。しかし私の本当の願いはクレアモントで学ぶにせよ、神学の如何なる学問であるかを知らずして、そのホワイトヘッドから演繹された「プロセス神学を」学ぶことについては必ずしも同意するわけではない。留学体験は様々な新しい人間成長の力にはなるが、得てして時流に迎合したアカデミズムを学ぶにすぎず、留学はしなくとも書物を通して知識を身に着ける事はさほど困難なことではない。神学と取り組む場合はまずその根幹である欧米の教会を導いてきた福音の真値を体得することが大事なのである。

 

 

 

 私は一時パサデナのフラー神学校に学んだが、その体験は多くの善良なキリスト者と教会に拠って支えられ、且つ豊かな実りを得る事が出来たと感謝している。帰国後奉職したキリスト教学校での働きと教会での活動の大きな力となった。その経験はすでに38年も昔のものであるが、そこで見出した聖書と教会の偉大な力は、今日世界を取り巻く様々な議論を見聞きする中でも、世界を動かす大きな力点となっている事を思わせられる。この力の源泉を学ぶことが何よりも大切なのである。『青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうちに。「年を重ねることに喜びはない」と言う年齢にならないうちに。』(コヘレト・伝道の書12章1節)との言葉の通り、高齢化が進み、多くの年寄りたちが「まだお迎えが来ない」と焦りとも諦めとも言えない言葉を発し、中には世を儚んで自ら入水自殺するインテリまでいる日々の暮らしの中で、生きる力を失っている現状を打破する道は、キリスト者が聖書と教会に基づいてもう一度生きる力と命を発揮しなければならないことを示していると思わせられているからである。

 

 

 さて前回カルヴァンが神認識は自己認識であるとの提題を最初に掲げて、キリスト教信仰の正当性を証明したことを記したが、第二の提題は聖書こそ神認識の場であると教える。『神学入門』第3章には以下の提題が掲げられている。

 

『正しい神認識と自己認識の場は聖書だ。聖書には、その内容に基づ

いて、卓越した地位が着せられる。ここにおいて神はその言葉を伝え

る。この洞察は聖書によって引き起こされ、他方、聖霊は聖書において

のみ認識されうる。聖書の二つの部分、つまり旧約聖書と新約聖書は、

両方ともに福音を証明する。』 

 

これは卓越した言葉であり、日本的、且つアジア的宗教観とは全く異なる宣言である。まことの神との出会いは聖書を通じて起こるものであると宣言する。そしてそれ以外の神認識は妄想であるとの認識である。特にプロテスタント教会が福音の再発見を通して確信してきた信仰の根拠がここにある。ルターが『聖書のみ』といった言葉がこの信仰の内容をそのままに現している。人間的な自発的宗教感情も超自然体験も、実は自己中心であり、一方的な自己独善の告白である。それはまた旧約聖書が律法書である通り、神の戒めを守りえない人間の深い罪のリアリティーを告発し、その罪を審くものとなっている。しかし新約聖書は福音において裁かれた人を赦し、再創造する新生の根拠が語られる。それがこの世にあらわれたイエス・キリストによって示され、その贖罪が不可欠であることを告げる。キリストの全き義において人を人として生かす新しい神の契約であることを証しする。さらに聖書が神に出会う場であることを規定することは聖書が聖霊によって神の権威の書であることを示す。同時に神の言葉である聖書は神ご自身において啓示の書であることを証しする。

 

 

 

しかしそこで私たちは以下の疑問にぶつかる。人の言葉によって記された聖書がなぜ神の言葉と呼ばれるのか。カルヴァンは個々の記された言葉が神の言葉であると言うのではなく、聖書を全体として読むとき、神の言葉であることが認識されると教える。彼は『聖霊は、聖霊が聖書において告知した真理と固く結び付けられているので、人が聖霊の尊厳にふさわしい畏敬と尊敬とをもってその言葉を受け容れるときに、初めてその力を発揮し、示すのである。』(綱要Ⅰ・9・3)と言う。

 

 

 

毎礼拝時に唱えられる信仰告白において私たちは次のように告白する。『旧新約聖書は神の霊感によりて成り、キリストを証し、福音の真理を示し、教会の依るべき唯一の正典なり。されば聖書は聖霊によりて、神につき、救いにつきて、全き知識を我らに与うる神の言にして、信仰と生活との誤りなき規範なり。』 聖書によらなければ正しい神認識は行う事が出来ず、それ以外の神告白は自然宗教ということになる。聖書の真理とその内容を通じて、私たちは正しい神認識に至るのである。聖書と教会は不可分離のものである。共に神の権威が隠されている場である。聖書66巻を通して神への認識が深められ、救いに至る神のみ心が示される。さらに聖霊の働く場としての教会がエクレシア(主の群れ)として神の栄光を示す。この教会の働きを通して礼拝共同体として説教と聖餐を執り行い、聖なる神の宮としての位置を確保するのである。その交わりの働きが信仰者としての聖なる命を育むのである。キリスト教文化はこの聖書と教会の豊かな救済の手段を通して神の栄光を現わす存在となる。日本のキリスト者は欧米文化の中心にこの告白の実態が渦巻いていることを学び取らなければならない。

 

 

 

 

慰めと励ましの言葉 67》 (桜台教会月報12月号より)

  

               牧師 中川 寛

 

 今年は宗教改革500年の記念の年であった。1517年10月31日以来、ルター・カルヴァンに代表されるプロテスタント教会の先駆者たちの働きを回顧しつつ、500年後の現代社会の混乱を思う時、人間の基本的人権と自由平等の理念が著しく誤解され、権利の主張だけが優先して、社会や国家の在り方についての真摯な成長が見られなかったのは残念なことと言わねばならない。科学文明の発達とそれに伴う機械化、IT化、AI化などにより便利で合理的社会が誕生したが、文明の真価が問われている。すべての事象が加速度的に発展してきたが、結果的には経済優先のマンモニズムが世界を支配することとなってしまった。持てる者と持たざる者との対立抗争が世界全体の不安要素となり、各地に様々な紛争、危機が発生している。

 

 宗教改革は確かに中世の封建的権威主義なるキリスト教世界の解放と改革に大きく寄与し、文明の進展に貢献したが、人間成長への貢献度は果たして正しかったかどうか、怪しいと言わねばならない。聖書の教える福音的自由は無神論者が唱える自由とは似て非なるものである。また社会改革とは共産主義者や社会主義者が資本家と労働者の転覆のイデオロギーをもって世界をかく乱した悪しき革命の正当化によって大事な赤子を湯水と共に捨ててしまった改革であったと言わざるを得ない。宗教改革者が福音の再発見と教えた神の権威が蹂躙され、人間性の傲慢さが人々を自由と平等の権利獲得競争へと駆り立てたのである。宗教改革の後、ヨーロッパは30年戦争を体験したが、旧新両派の和解と寛容の融和を得たにもかかわらず、文明は福音に生かされるキリスト者の信仰を廃棄、また軽視し、人間を動物的弱肉強食のみじめな環境へと貶めたのである。独善的欲求に支配された醜い人間の性は、エゴイズムの支配する愚かな動物に成り下がってしまった。現代の世界情勢においても、ある種の勝ち組と負け組に分離していると言える。しかし同時に危険なことは言うまでもなく戦後新興国として先進諸国と対抗する国々によって、紛争と戦争、とりわけ核の脅威のもと、大国志向の国々が武力をもって戦いを挑んでくる現実が我々を危険な状況へと追いつめているのである。政治経済の状況がやはりすべてに優先されて、文化も教育も歴史も歪められている。

 

  心あるキリスト者においてはこの難局を打破するために必死の戦いを展開している。私は敢てキリスト者の革命的働きが世界に希望をもたらすと言いたい。相変わらず日本のマスメディアは社会のフェイクニュースを通じてトランプ、安倍叩きに終始しているが、米国の指導的キリスト者は自国の不況からの立ち直りのために仕事を増やし収入を伸ばす努力を重ねている。働いている限り道が開けるとの強い信念をもって努力している。ホームレスが路上にあふれているのを見て誰も現状維持が良いとは思っていない。どこで銃や車を使ったテロが発生するかわからないことを誰も他人事とは思わない。おそらく米国本土に照準を当てたミサイル発射を絵空事と聞き流す米国人は少ないであろう。これらの現象は日本も同様であるがヨーロッパの国々においても危機は同じである。人々はしかし悲惨な戦争の廃墟から立ち上がった経験を持っているがゆえに、もっと根本からいかに生きるべきかを考え直さねばならない。   

 

 この危機的な事態に対して信仰をもって生きるキリスト者はいかにあるべきかを根本的に問うことは大きな意義がある。すでに歴史において語られた福音的真理はなお健全である。ルターが語ったように『たとい明日世の終わりが来ようとも、わたしはリンゴの種をまき続ける。』との言葉通り、福音の業を捨ててはならない。危機の中で、否闇が覆う世界の中で行き先が見えない人生をいかに生きるかを問うたのが宗教改革者たちであり、福音的信仰を持って生きたキリスト教指導者達であった。私は説教者としての自己の立場を理解しつつ、どのような信仰をもって時代に立ち向かうかを考えた。答えは簡単であった。それは『主イエスを見上げ、主イエスについて語りなさい。』という言葉に終始した。また前途に暗雲が立ち込めた時、聖書に聞き、全能者なる神に従う道を選べとの指針を示された。人に聞いてはいけない。人のすることを見習ってはならない。特に信仰を持たない人々また聖書に聞くことをしないキリスト者の言葉には打算が渦巻いている。そうではなく殉教の聖徒たちに耳を傾ける事が大いに教えられ、慰められることとなる。福音は神に向かって背を伸ばし、自己に対して最善を示す。教会が常にその伝統に従ってみ言葉に聞き、聖なる聖餐と祈りと賛美が継続される時、宗教改革の伝統は引き続き神の栄光を求めて花開くのである。 

 

 今年4月に教文館から出版された『カルヴァン神学入門』(G.プラスガー著 矢内義顕訳)はジャン・カルヴァン(1509年~1560)の『キリスト教綱要』に準じてわかりやすく福音主義の神学とカルヴァンの信仰的施策を解説した書物であるが、私達の信仰のよって立つ根拠をカルヴァンの教えに従って解説した本である。フランスのカトリック支配を逃れてジュネーヴで宗教改革を成し遂げ、バーゼル、ストラスブールで福音主義改革を指導した。彼の始めたアカデミーから英国のジョンノックスが生まれ、スコットランドの福音的長老主義教会の体制は据えられた。またフランスのプロテスタントを始めオランダ改革派やハンガリーのプロテスタントにまで大きな歴史的足跡を残した。著者によれば人生の知恵は神認識と自己認識である。『神は、神がイエスキリストにおいて人間と世界の方を向く神として信じられるときに、正しく認識される。このことは、人間が神を認め、神に信頼し、神を信仰と行為とにおいて讃える事によって、行われる。人間は、自分自身には名誉のためのいかなる理由もないことを見出す時に、自己自身を正しく認識する。このことが、今一度、彼を神認識へと駆り立てるのである。』とのカルヴァンの提題と掲げて、人生の営みとしての神認識と自己認識について語る。ともすれば自分のことは自分が一番よく知っていると思い込んでいるが、実は聖書の教える三位一体の神を知ることなしに自己認識を持つことはできないのである。神を知るとは罪の中に生きる人間を知る事であり、他者に向かって生きる事の出来ない自己目的化した罪の自覚に至り、救いなき自己の現実から救済者なるキリストの贖罪が理解されるに至る。それ故に「キリストなしに救いなし」との教理が深く理解されるのである。この理解を通してキリストを再認識したキリスト者を教会人は「ボーンアゲィン・クリスチャン」と呼ぶ。

 

 カルヴァンの教えに従って神に全幅の信頼を置くキリスト者は徹底的に神の栄光を求めて神の栄光のために生きる。ここに積極的信仰の成果がもたらされる。それは単なるご利益宗教ではない。献身的な愛と秩序と平和を求めての働きとなる。また堂々と神に反する悪魔と戦う信仰の決断をくだす者となる。私はそれを福音のダイナミズムと呼んでいる。次第に期待され、驚きをもって展開されるキリスト者の指導者は聖霊による福音の熱意が冷める事はない。日本のキリスト者は欧米のキリスト教指導者に比べると、残念なことだがまだ幼児教育の域を出ていない。牧師の成長もさることながら、キリスト教諸機関が未成熟である故に、信仰に熱心でさえあれば、世俗の勢力に引きずられ、信仰の独自性を見失ってしまうのである。キリスト教教育においては信仰の真髄を示しつつ、キリスト者の特権と共に広く神が求めておられることは何かを考えなければならない。その点でも信仰の積極性はありとあらゆる生き方に反映するものである。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 65》(桜台教会7月号月報より)

 

 

           牧師 中川 寛

 

 先日千葉にお住いのご夫妻宅を役員の方々とお尋ねし、共に聖餐礼拝を持った。ご主人は今年92歳になられた。「予科練の生き残りですよ」と謙遜に話されたが、終戦と共に明治学院に学ばれキリスト教に触れて山手教会で洗礼を受け、練馬に移って桜台教会開拓期に小林吉保牧師、小林哲夫牧師と共に教会学校教師、教会役員として奉仕された。ご婦人は桜台幼稚園教諭として奉職された。幼稚園廃園の為あまり良い話はできなかったが、自宅にいても聖書を読み、教会を覚え「神さまの御用にお用い下さい、と祈っています」と話された。晴れた日には東京湾を隔てて富士山がきれいに見えると教えられたが、残念ながら雲り空であった。信仰をもって感謝しつつ、ご家族のお世話になりながらも家族、教会を覚えて日を過ごされていることは幸せなことだと私も感謝した。

 

 

 

  去る620日より千葉本町教会で「第44回東北アジア教会宣教協議会」が開催され、久しぶりに韓国台湾の先生方にお会いした。主題は『希望ある終末信仰』で講師は洛雲海(ナグネ)宣教師であった。日本側の参加者は少なかったが、会場教会のK牧師は家族、教会をあげてよい準備をして下さった。また各国の委員の牧師たちも充実したプログラムを準備されていた。韓国から牧師・信徒が25名参加、台湾からは牧師、信徒10名の参加であった。宿泊は市内のホテルで、元気な方は徒歩約10分を歩かれたが、私は参加されていた在日台湾教会のI牧師と車に乗せていただいて会場まで移動した。

 

 

  実はこの会に参加して大きな収穫を得た。講師のナグネ宣教師は日本基督教団からソウルのセムナン教会日本語礼拝牧師として派遣されている方でしたが、私が仕えた大阪教会と長居伝道所に住み、市川恭二牧師に仕えた方であった。私にとっては神学校卒業後最初の赴任した教会で4年間仕えた教会であったので思い出深い教会である。今も牧師は教育実習をさせていただいた岡村牧師で、T氏は役員で上京の際桜台の礼拝に出席して下さっている。平屋の長居伝道所は紛争時礼拝後シュプレヒコールを繰り返し、住宅街をデモして回られたので、教会活動には冷淡であったがその後の牧師たちが良く努力されて、今は長居教会となっている。ナグネ牧師は東京神学大学の後輩ではあるが、よく勉強されて神学者として活躍されている。また韓国からの牧師も若い方々は東京神学大学留学組で、良く活動されていた。 さらに聖学院時代の教え子であるK牧師のご長男はぜひ将来牧師として学んでもらいたいと祈っているが、実によく協力された。ほぼ生活を共にしたI牧師の双子のお孫さん達も聖学院の卒業生で、今は二人とも台湾の大学に留学中とのこと。聖学院時代を思い出してすぐにメールで写真を送信されていた。今後キリスト者として国際的に活躍されることであろう。 

 

 

  久々に足尾銅山の鉱毒事件で著名な田中正造氏の曽孫に当たるK君からメールがあり、ある結婚式場で総支配人として働いているそうだが、司式をされる牧師がかつて聖学院で共に協力していただいたH牧師だったことがわかり驚きであった。田中正造氏は亡くなる前、ズタ袋に村の少女からもらった渡良瀬川の小石と新約聖書を入れていたそうだが、聖書をよく読んでいたことは知られている。K君は野球部で活躍されたが、仲間たちは洗礼を受けて教会生活を送っている。機会があれば教会生活を進めたいと思う。幼少時から教会生活を通して聖書を学ぶことはきっと祝福されて、力強い人生を歩まれるに違いない。

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 64》(桜台教会月報より)

 

                             牧師 中川 寛

 

 今年は「宗教改革五百年」に当たります。

 

1517年10月31日、ドイツ・ヴィッテンベルク城教会の扉に「95か条の質問状」が掲示され、以後瞬く間にヨーロッパ各地に宗教改革の炎が燃え広がったのです。改革者マルチン・ルターの働きは、長い中世ヨーロッパ世界をを打破り、その後近代世界へと大きく切変えられました。カトリック教会もこの動きに対応し、いわゆる対抗宗教改革(カウンター・リフォメーション)として海外宣教に乗り出しました。ザビエルの渡来もその運動の中で理解されます。1582年(天正10年)には、巡察師ヴァリニャーノが引率した「天正遣欧少年使節団」が派遣されています。四人の少年、伊東マンショ(主席正使)、千々石ミゲル(正使)、中浦ジュリアン(副使)、原マルティノ(副使)が参加しています。

 

 

 

 千々石ミゲルは肥前国(長崎県)釜蓋城主大村純忠の甥千々石紀員(のりかず・ミゲル)は帰国後伴天連追放令(1587年)が出されて、棄教したと言われているが、しかしある資料によれば生涯教皇グレゴリウス13世に謁見した事、バチカンで体験したキリスト教文化を思い出して仲間たちを偲んだと言われている。1590年(天正18年)の帰国に至るまで、8年間にわたるルネッサンス華やかなヨーロッパを旅した最初の日本人として心にしみる感動の数々は決して簡単に忘れ去られるものではないであろう。時代の厳しさを思わざるを得ない。以後300年の禁教時代を経て江戸末期にようやくプロテスタントキリスト教が伝達されることとなった。

 

 

 

 教会は神の家族として全教会員共に感謝と喜びをもって豊かな交わりを形成する共同体である。聖書にある通り、『喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。互いに思いを一つにし、高ぶらず、身分の低い人々と交わりなさい。自分を賢い者とうぬぼれてはなりません。だれに対しても悪に悪を返さず、すべての人の前で善を行うように心がけなさい。できれば、せめてあなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさい。』(ローマ書1215-18節)との教えを心にとめてよい交わりを継続したいと願っている。

 

 

 

   4月から大変うれしいことに教会学校の生徒さんが大勢礼拝に出ている。子供たちは私たちの宝です。否、この世の宝です。子供たちは親のものでも家族のものでもなく、本当は神様から預けられているものなのです。古くは学校教育はルターによる宗教改革の結果誕生した制度ですが、子供たちを養育する務めは両親に課せられています。児童、少年少女は義務教育が課せられていますが、学校教育に任せる前に家庭において両親がその生育に責任を持たねばなりません。両親はその心の成長を豊かな愛情を注ぐことによって育ててゆきます。

 

 

 

  J.J.ルソーの『エミール』に教えられる通り、日々成長の段階に応じて両親は子供の成長にとって益する事柄を学ばせなければなりません。忙しい生活の中ではついつい自己判断や感情にゆだねて子供をしつけようとしますが、こどもは親の強制によって品性を身に着けることはないのです。将来子供たちは世のため人の為に働く人となりますが、その最高の目標は神様によって定められた生き方を身に着ける事なのです。ですから教会で聖書を学ぶ機会を多く持つことがよい父となりよい母となります。やさしさ、正しさ、我慢強さ、熱心さ、は感謝する心によって心に根付きます。私達はその根源をキリストの十字架に至る愛と赦しによって学びます。

 

 

 

  小さい時から祈りの訓練をし、自分の為に祈る事、感謝する事、愛する事、赦すことを言葉に出して練習することが、大人になって窮地に陥っても神と共に克服する力を発揮する事が出来ます。神様を知らない人は裏切りとののしり、復讐と反逆をもって対抗する事しか身に着きません。教会学校を通じて心にゆとりを得、友達との融和と激励を身に着けることになります。普通の生活では対抗、攻撃、反抗心が優先され、愛と赦しは時には偽善を生んでしまいます。聖書を通し、キリストの働きを通して本当に神さまが喜ばれることは何かを考えて身に着ける事が出来るのです。子供たちが興味を持つ事、それはまず自然の環境であり、日常生活の中で見聞きすることが中心になります。熱中している事柄を中断させないようにすることが集中力を養うことにつながります。少なくとも小学校の低学年においては言葉をもって話しかけるようにその行動を見守ることが求められると思います。小さい時に十分集中力を身に着けた子供は中学、高校の受験においても一人で集中して学習能力を高めます。物知りのこどもであっても心から集中力をもっていない子は大学受験においても中々成果が上がらないと思います。これらは長年中高生の教育に携わった私の経験から自信をもってお話しできます。

 

 

 

   さて70歳を超えて感じるところは日々経験する事ですが、何事にも適応できる体力を要請する事です。私は家族の教育費に余裕をもって対応できる環境にあったわけではなかったので、赦される限り精一杯働きました。40代ではクラス担任をしながらラグビー部を指導し、チャプレンとして任務を果たし、水曜日と日曜日は教会で働き、さらに神学校で授業も数コマ担当しました。おかげで銀行から沢山借金をしながら家族を支えました。健康で体力があったから可能であったと思います。小学生、中学生、高校生の体の成長期には十分な活動をすることが将来の活力を支えることになります。米国留学中に欧米人は数日徹夜しても頑張れる体力を持っていることに驚きました。食生活と運動量の違いであることを知りました。病気や障害がある場合は別ですが、問題がなければ子供たちにぜひ十分な体力をつけさせてもらいたいと思います。子供たち一人一人は皆違った存在です。しかも将来どのような働き人になるのかもわかりません。教会は一人一人を大事に育てます。

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 63》

 

 

牧師 中川 寛

 

 

 

 

 去る3月19日、礼拝に引き続き教会員であったT兄の

 

記念会が執り行われた。昨年12月23日、引っ越し先の

 

石垣島で膵炎が悪化し亡くなられた。享年61歳であった。

 

記念会には東京在住の親族の方々をはじめ、豊玉中学

 

時代の恩師、同級生の方々が参列され共に故人を偲んだ。

 

T兄は聖学院高校に進学され、その後電子工学を学び、

 

卒業後は種子島に渡りロケット工学を専門に、日本の宇宙

 

開発事業に従事された。聖学院を卒業された後洗礼を受けて

 

クリスチャンとして桜台教会の青年会で活躍された。後に

 

種子島での仕事を終えて長く西表島で自然保護と観光

 

の仕事に就かれていたが、先に召された御母上の介護の為

 

東京に戻られ、教会学校の教師としても協力して下さった。

 

御母上が召された後、昨年2月に石垣島に亘ることを決意

 

され、引っ越し先の近くに教会があるとの事で、あちらでの

 

教会生活を楽しみにしておられた。姉上の話によれば

 

体調を壊して教会生活も不本意ながら十分にできなかった

 

との事であったが、ご家族をあげて教会生活をされた

 

桜台教会でお別れの時を持ちたいとのご希望により、

 

納骨前に記念会を持つこととした。

 

 

 T兄は生前教会の愛唱讃美歌、愛唱聖句の登録を

 

されていて、記念会ではその賛美歌を歌い、残された

 

聖書の箇所から説教をさせていただいた。

 

その聖句から聖学院時代に身につけられ、信仰を温めて

 

生きてこられた足跡を知らされることとなった。高校時代の

 

同級生には献身して牧師になった者、洗礼を受けて

 

クリスチャンになった方々も大勢いたことを知らされた。

 

特に詩編の139編を愛唱聖書とされていたのには大いに

 

教えられた。その聖書の語るところは彼の人生そのものを

 

物語っている思いがした。

 

 

信仰者の目標としてその個所を紹介しておこう。

 

詩編139編より主よ、あなたはわたしを究め わたしを

 

知っておられる。 座るのも立つのも知り遠くからわたしの

 

計らいを悟っておられる。 歩くのも伏すのも見分け わたしの

 

道にことごとく通じておられる。わたしの舌がまだひと言も語ら

 

ぬさきに 主よ、あなたはすべてを知っておられる。前からも

 

後ろからもわたしを囲み 御手をわたしの上に置いていて

 

くださる。その驚くべき知識はわたしを超え あまりにも

 

高くて到達できない。 どこに行けば あなたの霊から離れ

 

ることができよう。どこに逃れれば、御顔を避けることが

 

できよう。天に登ろうとも、あなたはそこにいまし 陰府に

 

身を横たえようとも 見よ、あなたはそこにいます。 曙の翼

 

を駆って海のかなたに行き着こうとも あなたはそこにも

 

いまし 御手をもってわたしを導き 右の御手をもって

 

わたしをとらえてくださる。 わたしは言う。「闇の中でも主は

 

わたしを見ておられる。夜も光がわたしを照らし出す。」 

 

闇もあなたに比べれば闇とは言えない。夜も昼も共に光を

 

放ち 闇も、光も、変わるところがない。あなたは、わたしの

 

内臓を造り 母の胎内にわたしを組み立ててくださった。

 

わたしはあなたに感謝をささげる。わたしは恐ろしい力に

 

よって 驚くべきものに造り上げられている。御業がどんなに

 

驚くべきものか わたしの魂はよく知っている。 秘められた

 

ところでわたしは造られ 深い地の底で織りなされた。

 

あなたには、わたしの骨も隠されてはいない。 胎児であった

 

わたしをあなたの目は見ておられた。わたしの日々は

 

あなたの書にすべて記されている まだその一日も造られ

 

ないうちから。 あなたの御計らいは わたしにとっていかに

 

貴いことか。神よ、いかにそれは数多いことか。 数えようと

 

しても、砂の粒より多く その果てを極めたと思っても 

 

わたしはなお、あなたの中にいる。どうか神よ、逆らう者を

 

打ち滅ぼしてください。わたしを離れよ、流血を謀る者。

 

たくらみをもって御名を唱え あなたの町々をむなしくして

 

しまう者。 主よ、あなたを憎む者をわたしも憎み あなたに

 

立ち向かう者を忌むべきものとし 激しい憎しみをもって

 

彼らを憎み 彼らをわたしの敵とします。 神よ、わたしを究め 

 

わたしの心を知ってください。わたしを試し、悩みを知って

 

ください。 御覧ください わたしの内に迷いの道があるか

 

どうかを。どうか、わたしを とこしえの道に導いてください。』

 

 

 これは偉大なイスラエルのダビデ王が詠んだ歌である。

 

全能なる神のご経綸にすべてをゆだね、その誕生の時から

 

人生の紆余曲折に至るまで、神のご支配に圧倒されつつ

 

信仰の確かさを感謝する詩である。かつてT兄は「咲島諸島

 

からは夜は南十字星が見え、日中は台湾も見えるんです。」

 

と話されたことがあった。中国との政治的問題を除けば、

 

「台風はあっても冬でも暖かく、自然に恵まれた最高のところ

 

す。」と話されていたことを覚えている。まだまだ活躍して

 

もらいたいと願っていたが、天上にある兄弟の霊を覚えつつ

 

善き交わりを感謝した。

 

 

 

 

 

  米国が疲弊した現実を改革するために多方面で

 

新しい方策を取り入れて国造りに着手している事情は、

 

大統領への反発やフェイクニューズに左右される中でも、

 

驚きをもって見直される。ペンス副大統領が自ら『わたしは

 

ボーン・アゲイン・クリスチャンである。』と表明する姿勢に

 

強いキリスト教精神を感じさせられる。中でも新たに選ばれた

 

保険・教育長官のベツィー・デボス女史の働きには大いに

 

期待されるところである。その就任の様子を実況放送で

 

見たが、改めてミシガン州での成功の実績を高く評価

 

されたデボス女史の評価の高さに驚かされた。彼女の

 

ご主人は「アムウェー」創設者の一人、リッチ・デボス氏の

 

長男で成功した実業家ではあるが、熱心な改革派教会の

 

長老として奉仕するミシガン州知事候補にもなった人である。

 

ベツィー自身もミシガン州のカルヴァン大学を卒業しており、

 

数年前までパサデナのフラー神学校の理事として貢献した

 

人物である。先にNHKで放映されたオレゴン州ポートランド

 

市のホームレスに落ちて行く米国社会は、かつて中流であった

 

大学出の家族の現状同様に。ミシガン州では数年前から

 

悲劇的な社会現象として、多くのクリスチャン達が大きな

 

復興への課題として取り組んでいた。彼女は学校に行け

 

ない子供たちの為に、多くのチャーター・スクール(認可学校)

 

を作り、奨学金を保証していたと言う。彼女自身多くの養子を

 

育て、米国再建の為には家族の復興が第一であることを訴え、

 

地域社会に健全なキリスト教的家族愛を育てる努力を

 

続けてきた。彼らの働きが功を奏するにはまだ時間が

 

かかるが、キリスト者としての強い信念に裏打ちされた

 

成果は必ず実現されることと思う。米国がわずか1%の

 

金持ちに支配され、多くの健全な働き盛りの中流であった

 

人々が、ここ20年の内に自殺者やアルコール中毒者、

 

薬物使用者で死者が1,2倍に増していると言う。この実情は

 

一般には報告されない。また日本においてはまだこれから厳しい

 

社会現象が起こると言われる。貧困女子問題、下流老人の

 

年金問題は他人事とは言えない社会問題である。大学生へ

 

の奨学金返済無用があっても、社会構造的に救済可能なのか、

 

地方の格差が著しい今日においては一時凌ぎとしか

 

思われない。私たちにできることは大きくはないが、そして

 

大きなことは望めないが、希望を捨てないで努力し続ける

 

ことが大きな証しになると思う。

 

 

 

 子供達への教育はまずキリストの学校において、

 

自信をもって聖書教育を行うことである。見える世界が

 

すべてではなく、見えない神が見ておられることを知らせる

 

ことが求められる。聖書の神は真実であって真理を告げてい

 

ることを教会は広く証ししなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 62》

 

 

  牧師 中川 寛

 

 

 

『皆さんに神のご加護を。米国に神のご加護

 

がありますように。』 これは去る228

 

米国大統領トランプ氏が行った最初の議会演説文

 

の毎日新聞に掲載された翻訳の最後の言葉です。

 

就任40日、大統領がどのような働きをするかは

 

まだ不透明です。軍事費増強により戦争の危機は

 

増したと言わねばなりません。『偉大なアメリカ』

 

を標榜する大統領の意図は世界を平和に導くとは

 

言えません。米国の力の復権のために「神のご加護を」

 

と結ぶのは余りにも傲慢であると言わざるを得ません

 

。一般に「God bless you.」は「神様があなたを祝福

 

して下さるように」との意味であって「神様があなたを

 

ご加護される」との確証ではありません。「アメリカは

 

今後神が祝福されるように努力しましょう。その結果を

 

神が祝福されることを願います。」との意味であって

 

、何でも神のご加護をもって終えるならば人間の努力は

 

不要になります。日本人の宗教意識が問題だと言う

 

べきでしょう。聖書が語る祝福は旧約族長物語にある

 

通り、老いた族長イサクが妻リベカの陰謀により双子

 

の兄エサウに長子の権を与えるべきところ、弟の

 

ヤコブに祝福を与え、兄エサウが父イサクに祝福を

 

願ったけれども与えられなかったのです。Blessing

 

(祝福)は「神のご加護」とは異質のものであって

 

単なる慰めの言葉ではないのです。

 

 

 

 私は米国の再生のために大統領自ら分裂した民主、

 

共和両党の議員たちに努力を呼びかけた最後に、

 

神による祝福を勝ち取りましょうとの宣言として

 

語られた言葉だと理解しています。それはやがて

 

トランプ政権の成果として実現されなければならない

 

事柄で、私自身この成り行きを見守って行きたいと

 

思います。対立するメディア攻撃に見られる通り、

 

また出席議員の服装や反応において確認される通り、

 

反対者の多い中での最初の議会演説ではあったもの

 

の、ウソの情報を流していたと、その動向を許さなか

 

った米国CNNの視聴者の70%を超える人々が歓迎を

 

もって演説を聞いたという結果報告には驚いた。また

 

選挙戦最中のトランプ氏のスピーチと違って好印象の

 

内容であったと思う。それが議会演説の作戦であった

 

としても120%の賛辞を与えた人までいたと言う

 

ことは今後の活動に弾みをつけるものとなったに

 

違いない。米国株価の上昇も3月中に暴落するとの

 

予測はあっても最上昇したことは間違いがない。

 

やがて米国の影響は日本にも及ぶであろうが、

 

良い影響を受けたいものだ。

 

 

 

 「トランプの神は聖書の神ではない」と厳しく

 

批判する米国主流派の神学校教授たちが激しい批判

 

を加えてはいるが、CNNやオバマ勢力に影響を受けた

 

印象を拭いきれない。米国福音派のリバイバル的覚醒

 

がトランプ氏を支持する勢力となっていることは事実

 

である。ノーマン・ビンセント・ピール牧師の

 

『積極的信仰』を不信仰の証しとして裁断することは

 

できないであろう。今や日本のキリスト教会は米国

 

大統領の信仰を否定するほどの余裕はない。自立し

 

自覚的宣教の使命をはたすためには祝福を勝ち取る

 

ために、あれもこれもしなければならない。十字架の

 

キリストが福音そのものである証しは教会においてこそ

 

明らかにされなければならない。ウォール街の議論では

 

なく貧しくとも絶えることのない宣教の努力が継続され

 

なければならないのである。

 

 

 

 暗殺された金正男氏の事件に見るまでもなく、

 

世界は魑魅魍魎(ちみもうりょう)跳梁跋扈

 

(ちょうりょうばっこ)する世である。善なるもの

 

が疎んじられ、不義なるものが跋扈する悲しい時代で

 

ある。人間としての品位と尊厳が軽視される時代は

 

社会の頽落の時代である。人生の目的を自覚し、

 

高貴な人間性を磨くことが求められる。そのためにも

 

教育の再生が促される。

 

 

 

 

 先日ハワイに住む孫達に会いに行った。まだ二歳に

 

なったばかりの孫娘が熱心にiPadをスラッシュして

 

好きな動画を見ていた。この歳の子がもうiPad

 

自分のものにしているのをみてショックを受けた。

 

レストランでの態度もおとなしく、他の客に迷惑を

 

かけないしつけは両親の努力の賜物であろうと感じた。

 

子供のしつけは教会でも同じである。礼拝の間中静かに

 

できる子は初めから静かにしているのではない。親が

 

時に応じて訓練し、讃美歌を共に歌う喜びの中で

 

自然に身に着けるものである。会衆が讃美歌を

 

楽しく歌っている姿を見て子供達も楽しく歌うことを

 

身に着ける。教会学校で訓練された子は将来世界の

 

舞台で自信をもって活躍する事が出来る。聖書の

 

話を通して何をなすべきか、良いことはどのような

 

ことか、しなければならないことは何かを学ぶ。

 

それは親が厳しく教育する事柄ではなく、周囲の環境

 

によって子供たち自身が自覚し見習ってゆくのである。

 

クリスチャンは自分の信仰の証しの為にのみ礼拝に

 

参加するのではない。教会に集うクリスチャンの模範

 

として子供たちが見習うのである。信仰の継承は

 

そのようにしてなされる。残念なことだが自分の

 

都合によって教会生活を送る者は信仰の継承が

 

できない。教会学校の再生と年配クリスチャンの

 

リバイバルが教会を活性化させる。牧師の家庭や

 

教会役員の家庭では信仰の良い証しができにくい。

 

教会員の悪口を言ったり、教会の問題点をさらけ

 

出して、教会は余りにも問題が多い場所である

 

ことを吹聴してしまっている。良い証しができる

 

ためには、人を判断するより天を見上げ、キリスト

 

を賛美する喜びを語らなければならならない。

 

桜台教会はやがて迎える創立70周年を前に

 

それを目指して宣教する。次年度から新しい企画を

 

提示し、ともに信仰の成長を目指したいと願っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 61》

 

 

   牧師 中川 寛

 

 

 

 去る1月20日(金)の第45代トランプ大統領の

 

就任式をCNNの実況中継で見た。予想以上に秩序だった、

 

感動を与えるものであった。トランプ夫人の持つ

 

リンカーンの聖書とトランプ家の聖書の上に手を

 

置いて誠実に大統領の職務を全うすると言う宣誓に

 

多くの人々が感動したようだ。しかし就任式においても、

 

その後の大統領の職務発動においても世界の大手メディア

 

の報道は反トランプに彩られている。日本の多くの

 

マスコミも同様である。様々な世界政治の報道には

 

いずれも報道の意図が表明されるものだが、今日悪意

 

ある報道や偽の情報が放たれ、庶民が聞かされている

 

情報の真偽がさらに深く疑問を抱かせるものになって

 

いる。トランプ政権は既に偽情報を流すものとして

 

大手マスコミを相手にせず、独自のSNSを使っている

 

。これは悲しい深刻な事態である。日本の報道もその

 

真偽は疑わしいものになりつつある。情報こそ正確で

 

なくてならないにも拘らず、メディアの発信する情報

 

が偏っていては国民が危機にさらされる。私は見な

 

かったが、NHKの実況中継も客観性を欠いていたと

 

言われる。議事堂前に広がる公園にはオベリスクの前に

 

至るまで大群衆が詰めかけていたが、あえてまだ空席

 

の目立つ就任式前に撮った写真をオバマ大統領の

 

就任式と比較して参加者が少なかったと公表した。

 

しかしCNNで見た限りやはり空白が目立つなどと

 

いうことはなかった。特に残念だったのは就任式

 

の通訳者の無知と語彙不足はCNNの通訳放送では

 

聞けるものではなかった。途中から通訳をやめて

 

しまったが、その方がよく理解できた。聖書の朗読

 

や引用についての教養の無さは嘆かわしいものであった。

 

 

 

 

 トランプ大統領のクリスチャンとしての有り様に

 

ついては選挙前からの諸演説において、必ずしも

 

手本とされるようなものではなかったが、しかし

 

就任演説ではキリスト教国アメリカの味を十分出し

 

ていた。旧・新教派を超えて牧師、聖職者、ラビに

 

至るまで聖書朗読、祈祷、祝祷を担当し、式後の

 

昼食会においても祈祷をもって開式し祈祷と祝祷を

 

もって閉会する様子は他に見られない教会方式と

 

なっていた。過去の大統領がどうであったかは知ら

 

ないが、就任式前に家族とスタッフ一同が教会に

 

集い礼拝をもって就任式に臨む姿は初めて見た。

 

たとえすべてが形式的であると差し引いてみても、

 

改めてキリスト教国アメリカがなすべき筋道を

 

手本として示していたように思う。保守派キリスト

 

教徒の支援を得たものと言われる中でも、彼が

 

若い時からノーマン・ヴィンセント・ピール牧師

 

の推奨した『積極的信仰』を身に着けてビジネス

 

マンとして努力した人物であることを思えば、

 

就任式でのビリー・グラハム二世の祈りが大きな

 

意味を持ったと思われる。今後どのような

 

キリスト教的手腕を発揮するかは見ものだが、

 

すでに教会人として政治に責任を持つべきである

 

ことを発言している。そのために福音派の政教分離

 

の原則を見直すべきであるとの発言も聞かれる。

 

すでに日本の非キリスト教系保守派は宗教法人法に

 

ある教会の非課税を撤廃せよと発言している。

 

これは他宗教にも関係する事なのですぐに議論される

 

ことではないと思われるが、反戦平和を主張する左翼

 

系キリスト者の活動を敵視する人々の言いがかりとも

 

受け取れる。

 

 

 

 過去8年間のオバマ政権が実施した様々な政策が

 

代えられようとしている。まだ暫くは大変化が起こる

 

と思われるが、しかしEUにおいてもその影響は大きい

 

と言われる。先日欧州を襲った寒気団によりイタリア

 

南部でも大量の降雪があり、アドリア海に面した

 

リゾート地に雪崩が起こり宿泊者をはじめ大勢の方々

 

が亡くなった。多くの国際世論は寒さに凍える難民

 

 

 

にイタリア政府は支援すべきだとの意見が発表され

 

たが、実はイタリア人自身が初めて体験する豪雪の

 

被害で、難民は米国のオバマ政権が生み出したもので

 

あるから米国が積極的に救援すべきだとの意見が発表

 

された。信じがたい報道ではあったが、昨年地震で

 

被災した地域の復興も放置された状態で、難民救済

 

を優先する余裕は全くないとの意見であった。

 

これはインターネットで報道された記事ではある

 

が理解できる。

 

 

 

 今やメディアの報道が信頼されない事実を含む

 

とき、私たちは冷静にその発信源と報道機関を

 

見極めなければならない。日本の国政についても

 

同様のことが問われている。対馬は韓国に近い

 

日本海に位置するが、その多くは韓国からの

 

観光旅行者に依存していると言う。韓国風の

 

旅館が立ち、土産物店や食堂まで韓国人の経営だ

 

そうだ。自衛隊が駐留し、訓練を行う山奥の高台

 

に韓国人の男女3名が観光と称して島全体の写真を

 

撮っていたという。多くは北の工作員が誘致運動を

 

して島の議員たちも韓国旅行社に依存する島の経済

 

では口出しできないそうだ。ある写真を見たが、

 

対馬にある旅行者歓迎の看板はハングルと共に

 

「東海に位置する対馬へようこそ」と書かれていた。

 

やがて「竹島」同様に対馬も占有されかねない実情

 

であるとの事。大手メディアは一切このような記事を

 

報じてはいない。池袋北口近辺がチャイナタウンと

 

化しているように、善良な日本人は犯罪が多発化する

 

中で日本脱出を志向するようになっているのかも

 

しれない。

 

 

 

 トランプ新大統領の本領がどのように発揮される

 

かはなお不透明であるが、わたしはその根底に福音的

 

信仰のあることを信じて大いに期待したいと思う。

 

平和ボケした日本人の事情に誰かがくさびを打ち込む

 

ことであろう。

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 60》

 

    

    牧師 中川 寛

 

 

 

 

 様々な感動を呼んだリオ・オリンピックが閉幕し、

 

引き続きリオ・パラリンピックが開催される。困難を

 

克服して四年ぶりに世界の各アスリートたちが競技

 

を競う。そして四年後には東京・オリンピック、パラリン

 

ピックが開催される。すでにその準備が着々と進め

 

られている。暗い紛争とテロの時代を迎えたが、世界

 

の人々が平和の祭典を成し遂げることには大きな

 

意義がある。人はどのような環境にあっても夢を

 

持ち続け、努力を重ねることが世界平和と発展に

 

結びつくことを覚えたい。同時に様々な不正も

 

暴かれ、時間はかかってもよい進展がみられるに

 

違いない。

 

 

 

 

 1964年の前回東京オリンピック開催時、私は

 

高校2年であったが、前年のプレオリンピックを

 

通じて大阪でマラソンのアベベ選手を見た。

 

またアフターオリンピックでは当時の新設長居

 

競技場で英国の美人ランナー、アン・パッカー

 

選手を見た。日本のアスリート達の熱戦の様子を

 

テレビ観戦したが、同時に直接外国選手の様子

 

を見ることができたのも世界に目を向けるきっかけ

 

になった。ぜひ東京では青少年たちに大きな夢を

 

描かせる大会を開催してもらいたい。教会も世界

 

の人々を招く礼拝の準備をしたいと考えている。

 

 

 

 

 この八月、教会関係のK婦人が亡くなられた。

 

先に亡くなられたご主人の葬儀を行った関係から

 

ご子息が八月初めに相談に来られ、主治医から

 

病状が進んでいるとの話を受けたという。いつも九月

 

の召天者記念礼拝にご家族で礼拝に参加され、

 

お孫さん達も卒園生であった関係から、バザーでも

 

協力して下さった方であった。話を伺って入院先の

 

病院にお見舞いに伺ったが、すでに人工呼吸器を

 

つけて眠っておられた。一週間後に息を引き取られ

 

葬儀を行った。改めて深く身に感じたことであった

 

が、一人一人の人生は推し量ることのできない

 

深く大きな歴史と伝統に支えられている。そして

 

どんな人も豊かに価値あるものとされているという

 

を覚えさせられた。

 

 

 

 

 お元気な頃、お目にかかって言葉を交わす中に、

 

K夫人は常に凛とした気品ある立ち居振る舞いを

 

される方だとの印象を持っていた。ご家族の話から

 

生前、茶道石州流の師範をされ、お茶の仲間と深く

 

親交を持たれたとの事であった。私は茶道に

 

ついては千利休と共に裏と表の関係しか理解して

 

いなかったが、石州流についての知識を深くした。

 

 

 

 

 

片桐貞昌(石州)は関ヶ原の戦い後、小泉藩

 

(大和郡山)の第2代藩主であったが、1665年

 

徳川家綱の時代に茶道指南となり江戸時代の

 

武家社会において、武士道を志す作法の一つ

 

として深く深く武士階級に浸透した流派である。

 

芭蕉の門人であった宝井其角もその流儀の茶を

 

たしなんでいたという。歌舞伎で有名な赤穂浪士

 

討入前夜の忠臣蔵外伝『松浦の太鼓』は私の

 

好きな演目の一つであるが、見事に武士道精神

 

が演出されている。

 

 

 

吉良邸隣の平戸藩江戸屋敷の松浦候が主催した

 

茶会の席で、赤穂藩と親しい俳人其角を罵倒し、

 

松浦候は、仇討ちをせぬ赤穂は、同じ山鹿の門下

 

であっても、赤穂藩は意気地なし、と卑下していた。

 

其角の友人、歌人でもあった赤穂浪士大高源吾

 

忠雄)は前日両国橋の袂で、大晦日のすす払い

 

の竹売りしていたところ、其角に出会い西国への

 

就職が決まり明日旅たちすると話した。宝井其角

 

はそれを聞いて、『年の瀬や水の流れと人の身は』

 

 

と詠んだが、大高源吾はこれに応えて、『あした待た

 

るるその宝船』と返したという。宝井其角が罵倒され

 

た松浦邸の茶会を去ったあと、隣の吉良邸から

 

山鹿の陣太鼓が響き、松浦候もその音を聞いた。

 

やっと赤穂浪士の仇討ちが行われたことを確認し、

 

松浦候は興奮して赤穂藩を褒め、喜んだという

 

内容である。茶道石州流は松江の松平藩、彦根

 

の井伊直弼らにも受け継がれて礼節を知る武士道

 

の精神的人格形成にも大きな影響を与えた。

 

 

 

 

 実はK夫人の家系から他に大きな武士の伝統を

 

学んだ。旧姓恩田と言われ、信州松代藩真田信安

 

に家老として仕えた恩田民親(木工もく)の末裔で

 

あることを教えられた。テレビでは真田幸村物語が

 

行われているが、信州に残った江戸中期の松代藩

 

真田家再興に努力された恩田木工については

 

直接歴史を学ぶ人か信州地元の人でしか知らない

 

のではないかと思う。しかし恩田木工の働きは注目に

 

値する。文献によれば次のように記されている。

 

恩田 民親(おんだ たみちか、享保2年(1717

 

- 宝暦121月617621月30))江戸時代

 

中期の松代藩家老百官名は木工。恩田木工

 

(おんだ もく、「杢」とも記される)として知られる。

 

宝暦7年(1757)民親は「勝手方御用兼帯」に

 

任ぜられ藩政の改革を任された。質素倹約を

 

励行し、贈収賄を禁止、不公正な民政の防止など

 

前藩主時代に弛んだ綱紀の粛正に取り組んだ。

 

また、宝暦8年(1758藩校「文学館」を開き文武

 

の鍛錬を奨励した。民親の取り組んだ公正な政治

 

姿勢や文武の奨励は、藩士・領民の意識を改革

 

した。松代藩は幕末期には8代幸貫は佐久間象山

 

を登用した。1847弘化4年)善光寺地震

 

起こり復旧資金の借り入れにより、藩債は10万両に

 

達した。9幸教は、ペリーの浦賀来航時に横浜

 

応接場の警備を命じられ、その後も江戸湾の第六

 

台場等の警備などを務めたことで、藩財政は破綻

 

寸前となった。先代幸貫が計画した新たな藩校

 

文武学校」を1855安政2年)に開校した。

 

1864元治元年)、朝廷から京都南門の警衛を

 

命じられ藩兵を率いて上洛し、禁門の変が起こると

 

参内して朝廷の守りについた。明治維新の際、松代

 

藩は比較的早くから倒幕で藩論が一致し、戊辰戦争

 

には新政府軍に参加して多大な軍功を挙げた。

 

1871明治4年)廃藩置県により松代県となり、

 

その後、長野県に編入された。』とある。夫人の

 

弟君が葬儀に伴われ、「姉が亡くなって寂しく

 

なった」と悲しまれたが、激動期を生き抜いてきた

 

ご家族の伝統は今後も消えるものではないだろう。

 

しかし夫人は決して自らの家系を誇ることはなかった。

 

ご子息によると『母は内助の功に徹して、父に対して

 

あれこれ言うことは全くなかった。』との事であった。

 

 

 

 今日各世界で女性の活躍には目覚ましいもの

 

がある。しかしそれは単なるウーマンリブとは違うもの

 

である。筋の通った立ち居振る舞いができる背後

 

にはそれなりに教育されてきた伝統がある。世の為

 

 

人の為に働くことは一朝一夕でなしうることはできな

 

い。せいぜい続いても三代までと言われるのも無理

 

からぬことである。かつて新渡戸稲造は『武士道』を

 

発表したが、内助の功を語る婦人について次のよう

 

に記している。『娘としては父のため、妻としては

 

夫のため、母としては息子のために尽くすことが

 

女性の役割であった。男性が忠義を心に、主君と

 

国のために身を捨てることと同様に、女性は夫、家、

 

家族のために自らを犠牲にすることが、たいへん名誉

 

なことであるとされた。自己否定があってこそ、

 

夫を引き立てる「内助の功」が認められたので

 

ある。』 かつてはそれが良妻賢母の教えであった。

 

今働く女性を前に同じことは言えない。しかし家族の

 

伝統は様々な場で培われることに違いはない。

 

悲しいかな今日では葬儀も簡単に済まされて

 

しまう時代であるが、冠婚葬祭を通して実は人は

 

精神的に深く養われているのである。物質主義

 

やエゴを主張する新自由主義も実は人間の本当

 

の豊かさを刈り取ることになっていないかを反省

 

しなければならない。多くの友人に恵まれている

 

ことを感謝する。

 

 

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 59》(『月報7月号』より)

 

 

牧師 中川 寛

 

 

 

 英国のEU離脱についての選挙結果には

 

驚いたが、しかし難民を抱えたEU世界の実体

 

を知らされるにつけ、各国の経済的社会的現状

 

が将来の不安を生んでいることが理解される。

 

英国の離脱決議も実行されるのは二年後との

 

事であるが、世界経済がどのように推移するかは誰

 

にもわからない。一時の株価暴落によって300兆円

 

ものお金が消える世界は理解しがたいが、やがて

 

社会にも反映される事であろう。グローバルな

 

世界に縛られている世界の現状では金融業界

 

は一番左右されることになる。或いは持てる者

 

の悩みと言うべきか。その日暮らしの小市民に

 

すぎない私達には尽くす手立てなどないが、

 

せめて日本の将来を考え、世界の未来を志向

 

する政治家に立ち上がってもらいたい。あらゆる

 

利権にあぐらをかいて政治的権力を行使する

 

人々には天罰が降るとあえて予告したい。政治

 

資金規正法による常識を超えた金銭感覚に

 

生きる人々の実体を知らされ、減税を断行せよ

 

と叫ばなければならない。富を持たざる小市民

 

はせめて正義を貫き良心を尊重する生き方を

 

貫きたいと思う。

 

 

 

 

 

 それにつけてもクリスチャンが神を畏れ真実と

 

公平、正義を求めて生きる価値観を身につけて

 

いるはずなのに、その信仰が子孫に継承され

 

ないのは残念なことである。教会との結びつき

 

を曖昧にしてきた結果である。西洋の自由主義

 

と共に信仰の自由を放置したことが家庭崩壊を

 

生み倫理の規範を持たないまま成長して瓦解

 

する結果となる。封建時代への復古主義は是と

 

しがたいが、武士道に裏打ちされた日本人の

 

精神的健全さはそれなりの価値を持っていた。

 

終戦後は天皇制と復古主義は否定されたが

 

キリスト教的精神文化が継承されなくなって

 

混乱を来した。教育勅語は『朕思うに~』から

 

始まるゆえに天皇優先の勅語であるが、モーセ

 

の十戒、山上の説教、主の祈り、キリスト者の

 

生活訓等聖書に基づく教訓を学べば、

 

教育勅語よりはるかに優れた教えであること

 

が分かる。キリスト者はそれらの戒めを軽んじ

 

てきた。信仰は個人の自由との思い込みにより

 

聖書の絶対性を解いてこなかった。『修身』とは

 

まさに身を治めることであるが、中国では君子・

 

貴人・大人の教育の為には『四書五経』【四書

 

とは大学・中庸・論語・孟子、五経とは易経・

 

詩経・書経・春秋・礼記(らいき 儀式作法の

 

書)】を学ばせた。士族の家庭においても

 

「修身」を重んじた。また古くから日本では

 

修身・斉家・国家安寧』(身を修め、家を整え、

 

しかして後に国が安定する)との教えがあった。

 

しかし戦後教育は戦争に結びつくものとして

 

すべて古い教育を否定し、新しい自由主義

 

なる道徳倫理を教えることになった。聖書は

 

最も古い人間教育の書であり人生の教導書で

 

あるが教会もまたこれを軽んじた。

 

 

 

 先日聖学院で開催された『教会と学校との

 

懇談会』に参加した。聖書科の教師が文科省

 

の決定した「道徳」教科の推進に危惧を抱いて

 

いたが、かつて聖学院院長であった小田信人

 

牧師は、戦後義務教育課程においてキリスト

 

学校の道徳教育は「聖書」をもって行う事を

 

主張し、中学校における教科としての「道徳」

 

に聖書の教育を認可させた。それ故に私の

 

教員免許は「宗教」であり、「聖書」を教える

 

のである。私は教科としての聖書を教授して

 

きた。聖書の教授は日本の道徳教育に先立ち

 

世界の人間形成の規範として受容されている

 

ことを確認すべきである。キリスト教の経典を

 

教えることに異議を唱える者がいても。かつての

 

文部省が道徳に代わる教科として「聖書」を認可

 

している事実を認識しなければならない。これは

 

日本文化・教育への戦いの足跡であり、福音の

 

勝利のしるしである。

 

 

 

 

 

 

  《慰めと励ましの言葉 58》(『月報6月号』より)

 

 

牧師 中川 寛

 

 

 

 

 

    先日G7サミットが閉幕し、米国のオバマ大統領が

 

  広島の平和公園に足を延ばし、原爆資料館の見学と

 

  原爆慰霊碑に花輪を飾った。現役大統領としては

 

  71年目にして最初の人となった。戦争の様々な弊害

 

  が今日も多くの人々の人生を狂わせている。どのような

 

  ことがあっても戦争を起こしてはならない。不戦の誓い

 

  を持ち続けたい。米国大統領の広島訪問については

 

  様々な議論が飛び交った。その基本は謝罪はあるか

 

  とのことであるが、現役の米国大統領が謝罪するはず

 

  がない。45年8月6日の朝、祖父を失った私も謝罪を

 

  望んでいたわけではない。今更謝罪されても私たち

 

  の現実は変わらない。それより被爆地に足を運ぶこと

 

  の方が重要なのだ。

 

 

 

 

    米国は日本の終戦後も世界戦争を継続して

 

  いる国である。その国の責任者が71年前とはいえ、

 

  被爆国日本に謝罪するなど、世界の笑い者になる

 

  以外の何者でもない。謝罪するなら初めから戦争

 

  を仕掛けなければ良いのだ。しかしミリタリー優先の

 

  国家形成をしてきた米国がかつての敵国に謝罪す

 

  れば、将来にわたって米国は窮地に落とされてしま

 

  う。それでも謝罪を要求するなら、それは平和的

 

  展望を開くことのできない戦争愛好者になるだろう。

 

  現に各地域で戦う米国の存在が曖昧になるととも

 

  に、被害を受けた様々な国々が当然黙ってはいな

 

  いからである。

 

 

   

 

    まず被爆地を訪問して、かつて普通の人々が

 

  突然その生活を破壊され、地獄の惨状を味わわ

 

  されたか、またかつての惨状から広島長崎の

 

  人々、また日本国民がどのように立ち上がって

 

  きたかを見て、知るべきなのである。多少とも

 

  この残虐な世界をともに共有することが大事

 

  なのである。米国は今後も核爆弾を使用しない

 

  と言う約束はない。しかし広島長崎を訪問すれば

 

  直ちに核戦争を引き起こそうとする野心は制限さ

 

  れるのではないかと思う。

 

 

 

 

 

    オバマ大統領が真剣な表情で献花する映像は

 

  それなりに世界最高の為政者として緊張と決意

 

  に満ちたものであったと思う。その演説の内に核

 

  削減の決意は表明されていたが、勇気だけでは

 

  実現しないだろう。スピーチの後のヒバクシャとの

 

  握手と抱擁においてこそ謝罪と核廃絶の思いの

 

  表れがあったと思う。恨みを超えて敵国のヒバク

 

  シャが大統領を迎え入れるその心情こそ偉大な

 

  ものであった。

 

 

 

 

 

    日本人は被害を受けてもおとなしく、消極的な

 

  人種だと思われているが、もしそうなら戦後の

 

  目覚ましい復興と発展はなかったであろう。他の

 

  人種とは違った高い倫理性と向上心を持つ民族

 

  であることを自覚すべきであろう。

 

 

 

 

   戦時国際法に照らしても民間人への無差別

 

 攻撃であった原爆投下は赦されるものではない。

  

 東京大空襲や終戦間近か地方都市への空襲も

  

 同様である。また東京裁判における戦犯者への

  

 不公平な判定についても断じて許しがたいものが

  

 ある。戦争は軍関係を相互にやり合うことであって

   

 無辜の市民への虐殺行為は許されるものではない。

 

 

 

 

    謝罪は責任が伴うと共に相互に裁き合う結末を

  

 得る。謝罪があったから相互の関係が友好的にな

  

 るとは限らない。本当に赦された経験を持つ者の

  

 みが敵を許すことができるのである。キリスト教国

  

 であったはずの米国内において、大統領の広島

  

 訪問を良しとしない事情は目に見えて貧相な国民

  

 性を表明していることではないだろうか。しかし

  

 米国の国内事情はともかくも、オバマ大統領が

  

 被爆地を訪問し、歴史的なスピーチを行ったこと

  

 は是としたい。戦争の悲劇は終わらないが、反戦

  

 平和運動をもって平和が実現できるものではない。

  

 平和への意思が平和を生むのである。

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 57》(桜台教会『月報5月号』より)

 

 

    牧師 中川 寛

 

 

 千回を超える余震の続く熊本地震は今なお大勢の方々に

 

避難所暮らしを強いている。健康の被害は更に人々を苦しめ、

 

将来に対する不安の度を増している。私達は一刻も早く余震が

 

治まることを祈り続けている。直接的にはヴォランティア支援に

 

出かけることはできないが、様々な形で応援している。21年前

 

の阪神淡路大震災以来、東日本の災害に続いて今回もまた

 

日頃余り地震災害を予想していない地域で起こった。関西で

 

育った私は大きな揺れを経験したことが無かった。三鷹の寮

 

にいて、東京での小さな地震を経験して表に飛び出し、友人

 

達から笑われたことがあった。伊豆の新島では地鳴りのする

 

地震を経験し、動物の悲鳴を聞いて多少の怖さを経験した

 

が、島の人々は日常の事としてさほど慌てた様子はなかった。

 

しかしその後、火山の噴火を経験した大島や三宅島の方々に

 

おいては、離島避難しなければならない困難を経験される事

 

となった。小さな奉仕ではあるが、常に相互扶助の精神をもって

 

人々の救援援助の為に協力することを惜しんではならないと

 

肝に銘じている。特にゴールデンウィークに当たり被災者の

 

方々に平安が得られるように祈りたい。

 

 

 

 

 しかし人の不幸に乗じて泥棒や詐欺を働く輩は赦せない。

 

困難に乗じて悪を働く人々には必ず天罰が降ると明言したい。

 

そんな中、嬉しいことがあった。礼拝に来ていた求道中の青年

 

が牧師と挨拶を交わして別れた後に、自分のマンションの部屋

 

の鍵と自転車の鍵の付いたキーホルダーが無くなったと再び

 

戻ってきた。本人は自転車を固定して礼拝堂に入ったので

 

他に落ちている場所は無いと10分近く探し回ったが、果たして

 

発見できなかった。それは彼が私に受洗を申し出た直後で

 

あったので、私も何とか見つかるようにと必死で祈った。最近

 

のマンションの玄関の鍵は共同なので、住民全体に迷惑がか

 

かる。さらに交換の為に金額も高くなる。全員がほぼ諦めかけ

 

ていた時、念のために交番に届けておいた方がよいと御婦人

 

からアドヴァイスがあり、近くの交番に届けることにした。教会

 

では午後役員会があり協議案に集中したが、約1時間後に

 

ご本人が大喜びで教会へ戻ってきた。開口一番、どなたかが

 

教会の前の通りで鍵を拾い交番に届けておいてくれたと言う

 

のである。彼は自転車を置いた後、向かいの自販機で飲み物

 

を買った際落としたのではないかと自分の足跡を振り返った。

 

どなたか知らないが殊勝な方に皆感謝した次第である。一瞬

 

彼は地獄から天国に入った気分であると感謝して帰って行った。

 

 

 

 

 もう一つの話題も香港からの留学生の嬉しい報告である。留学

 

生の呉君は最近教会へ来た求道者であるが、熊本での地震の

 

実情を知り、中国人旅行者が日本語が分からず困っていた時、

 

SNSを通じて日本語に通訳して日本人に見せるとどこに行けば

 

良いかを教えてくれると言う翻訳のヴォランティアを始めた。

 

実際は日本人がどう伝えて良いのかわからなかったようだが、

 

旅行中の中国人にも安心できる手助けになったと言う。バク買

 

いやモラルの無さで批判されることの多い中国人旅行者では

 

あるが、震災の中でも安心できる情報を提供してあげることは、

 

人間同士の平和への大きな証しである。今後文化交流がさら

 

に進む上で、教会員は少なくとも『善』と言われることについて

 

は積極的に実行したいと思う。

 

 

 

 

 今教会では可愛いベィビー達が次々に与えられている。都会

 

での子育ては若い夫婦に負担がかかり様々な困難に遭遇して

 

いるが、是非、若いカップルの良い交流がなされ、継続して互

 

いに協力し合い、育児の手助けになる機会を提供したいと願

 

っている。

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 56》(桜台教会月報4月号より)

 

牧師 中川 寛

 

 

 

   昨年の秋以来教会の新しい展開を模索しつつ、他方桜台幼稚園

 

の閉園処置が不透明のまま、都税事務所から教会が無償の賃貸契約

 

している幼稚園使用地に対して2年分の固定資産税を課税するとの

 

通知を受けていた。その額約五百万円と言われていたが、今年2月に

 

なって四百七十余万円の請求書が届いた。教会の財政は赤字続き

 

で自転車操業の中、降って湧いた様な多額の税金支払いに困惑し

 

ていたが、逆に幼稚園から園舎を借りているとの無償の契約書が

 

あれば宗教法人は本来無税であるとの民法に従って処置すること

 

が出来るとの話を聞き、幼稚園側に話して契約書を作成した。

 

受難週の出来事であったが、都税事務所から桜台教会に対す

 

る固定資産税の課税は無税扱いとするとの連絡があり、年度末

 

の慌ただしい時であったがホット胸をなでおろした。教会の課題

 

がすべて解決したわけではないが、新しい活動の方針を確定す

 

るためにも今後の決断が求められることとなった。ぜひ皆さんに

 

教会の課題を覚えて祈っていただきたいと願う。

 

 

 

 

 

   イースター礼拝では信仰告白式があった。主イエスが言わ

 

れたように『幼子のようにならなければ天の国に入ることはでき

 

ない。』との言葉の通り、Aさんの立派な信仰告白を聞いて

 

出席者一同心から感謝した。教会員であろうとも各自は

 

信仰の度合いを推し量ることはできない。しかし福音に

 

生かされ、神への信頼に生きる信仰者を神は選び分かち、

 

豊かな祝福をもって支えておられることを知らせてくださった。

 

茅ヶ崎に住むY姉が久しぶりに礼拝に出席され、お目出度の

 

吉報を知らせてくださった。また多くの子供たちが礼拝後

 

エッグハントをし、楽しい愛餐の時を持った。久しぶりに

 

礼拝に参加された求道者の方々や初めて桜台教会に来られ

 

た方々など新しい夜明けを告げるイースターの礼拝を共に

 

することが出来た。年配の方々も礼拝に出たいとの願望を

 

もって日曜日を過しているとの事であった。確かに礼拝出席者

 

が少ないことはある種のさみしさを覚えるものではあるが、

 

できるだけ多くの方々を覚えて、平安と祝福が与えられる

 

ようにと牧会祈祷をささげている。

 

 

   私は日曜日の夜Ustreamを使って米国の日曜朝礼拝の

 

様子を学んでいるが、イースター礼拝で会衆が『キリストは甦

 

られた!』と声を合わせて語り合っている姿に触れ、時代を超

 

えて主の復活を喜ぶ共同体の在り方を学んだ。米国の教会も

 

礼拝の様子は様々で、共通しているところは聖歌隊で歌う方々

 

に高齢化が進んでいることや礼拝出席者が減少しているとこと

 

である。普段の礼拝では空席が目立っている。説教者は絶え

 

その問題を受け止めているようだが、様々な理由で礼拝に

 

参加できない人々が増えていることに変わりはない。

伝統的な賛美歌を歌うところもあれば、ギターを弾いてゴスペルで

讃美しているところもある。黒人教会では手を挙げて体を震わせて

讃美するところも少なくない。改革派や長老教会、メソジスト派

やバプテスト派の教会観の違いも鮮明である。ルーテル派は

信徒が司会を担当している。できることならインターネットで

配信できるような準備もしたいと考えているが、やはり礼拝に

共に集って互いの顔を見、声を掛け合って、初めて生きた

神の家族としての交わりが保たれることを覚えたい。特に桜台

には有難いパイプオルガンの響きがあることを感謝したいと思う。

自然の音が直接五感にひびく美しいオルガンの音色が小さな

子供の時から肌に伝えられることは何と幸せな事かと感謝

したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 54》(桜台教会月報3月号より)

 

        牧師 中川 寛

 

 

 

 今年の2月末、友人知人の死とご家族の死亡連絡を受けた。又自死した若い大学生の母親からも連絡を受けた。彼はうつ病で苦しんだ後電車に飛び込んだとの事であった。特に学校での働きを長く続けた私には普通の方より人間関係が多くあり、感謝と共に責任を感じることも多い。バス事故で多くの大学生の尊い命が損なわれたニュースもあったが、まだ若い多くの可能性を持つ若者の死は特に心が痛む。

 

 

 

3月に入って聖学院関係の方の葬儀が続いた。お一人は学校でくも膜下出血の為倒れ、五日後意識が戻らないまま亡くなられた。現役の数学のS先生で、前夜式には生徒と共に保護者の方々が大勢弔問に参加された。寒い夜であったが同僚の教員達がよく奉仕された。定年まで数年を残しての死は本人は元よりご家族、学校にとっても大きな損失であった。大学卒業後母校に奉職され私も随分世話になった。35年前、中学校は生徒不足で中学担当の教員が、遠く近く生徒募集の案内書をもって公立小学校への訪問を重ね何とか中学校を維持してきた。『やる気、本気、根気』の三気主義を掲げて教員が率先して校外授業に出かけ、その下見には若いS先生が常に率先して自動車を提供された。クラブ活動対外試合などでの生徒引率で担当教員が引率出来ない時も自分の責任のように自ら引受け責任を果たされた。長く進路指導部の責任を持たれたが、3年生が大学合格発表なるときれいな字で短冊に祝合格と大学学部名を書いて廊下を張り紙で一杯にされた。理科大卒の数学担当で、ややこしい会議の議論が行き詰った時には必ず論理の筋を通して事柄の解析をして議事進行に寄与された。同期の卒業生仲間からもその頭脳明晰さには一目を置かれ、裁判官になられた卒業生の保護者から頭の良さを褒められていたことを思い出す。まだまだ学校にとっても重要な役職を担う方であったのに残念でならない。

 

 

 

もうお一人の卒業生はもとNHKのスポーツアナウンサーとして活躍された西田善夫さんである。彼は母校を愛し通された。ある時滝野川教会での説教の奉仕をさせて頂いたが、西田さんは役員として接待して下さり、礼拝前の一時、祈祷室で礼拝の為と聖学院の為に熱心にお祈り下さった。キリスト教学校がこうした卒業生の熱心な信仰に支えられて祈られながら教育活動が進められていることを実感として味わうことが出来て感謝した。ノンクリスチャンの教員の多いキリスト教学校ではあるが、卒業生の祈りが学校を支えている事実は実にすばらしい。聖学院ならではの事であろう。西田さんのアナウンサーとしての働きや横浜サッカー場場長としての働き、話術の巧みさについては私が述べるには及ばないが、ラジオを聞きながら西田さんの声を聞くと安心して実況に耳を傾けた。実業界においてもその働きの広さ深さは葬儀で捧げられた献花のご芳名から納得されるものである。聖学院の卒業生には共通した誠実さがある。皆真面目に精一杯職務にまい進し社会に良い感化を残される。同窓の方々に報道関係の方が多いのも西田さんの存在が大きいものであったと思われる。ご遺族の皆様に主の平安と慰めを祈りたい。

 

 

 

 聖書に基づく生き方は崩れることが無い。常に魂の在りかを神においているためである。先の見えない厳しい時代ではあっても様々な良き知恵に導かれて栄光のために用いられる。先日オルガン委員会で教会の働きが世界の方々に注目されていることを知った。今年もヨーロッパからオルガン演奏の申し込みが続いているとの事。楽しみである。

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 53》  (桜台教会月報2月号より)

 

牧師 中川 寛

 

 

 

 

 

かつて長男が早逝した時、彼の中高生時代の遺品を

 

整理していて西武の清原選手の写真やグッズが

 

沢山出てきた。勿論それらは処分したが、

 

覚せい剤所持の現行犯で逮捕された事件を知り、

 

PL時代から注目していた大物スラッガーで、

 

岸和田出身者でもあったので私も多少の関心を

 

持っていた。

 

薬物に走る人々にはそれなりの理由はあるので

 

あろう。しかし反社会的犯罪であること、

 

またダルクの人々を通じて聖学院中高の教師時代

 

毎年特別講演を実施し、「あなたは人間を止め

 

ますか」との覚せい剤についての恐ろしい誘惑

 

について教えてきたにもかかわらず、有名人の間

 

からこのような事実が明るみに出て、次々と

 

逮捕者を出す現実に教育はいったいどうなって

 

いるのかと思わざるを得ない。今日の社会的虚構

 

をもっと深くあばくことが求められる。個々人の

 

人間は本来孤独なものであるが、その深みに

 

はまらないために魂の教育と信頼できる人間関係

 

の構築が求められる。

 

 

 

 

 

キリスト教学校においてこそもっと積極的に

 

良い手本を示し、若い時から本物に触れる感動

 

の教育を提供して行かなければならない。

 

日本社会には孤独な魂を活性化する福音が無い。

 

宗教においても同様である。人々に注意を喚起

 

することはできても、残念ながら良い模範を

 

体験させる場が無い。大人各自がその精神に

 

生きる努力を失っている。ある年配の評論家

 

は「戦後日本の全てに失望している。日本のみ

 

ならず世界に失望している」と言う。

 

 

 

 

しかし私はそうは思わない。

 

昨年の秋以来昨年の秋以来新しい

 

 目覚めを経験している。一つは昨秋英国で行われた

 

ラグビーワールドカップ2015で不屈の三勝を挙げた

 

ジャパンラグビーの出現である。南アフリカとの対戦に

 

勝利した試合のビデオは何度見ても不可能を可能に変え、

 

我々に新しい生き方を示唆してくれる。もう一つはNHK

 

朝ドラの主人公「広岡浅子」の生き方である。朝のドラマ

 

では展開されないが、60歳を超えて大阪教会で洗礼を

 

受け、クリスチャンとして書き残された著書『広岡浅子

 

人を恐れず天を仰いで「復刊一週一信」』(新教出版社)

 

は百年前の書物とは思えない新鮮さを提供し、ドラマと

 

は比較にならない質の高い内実を私達に語りかけている。

 

企業人としての多忙極める日常生活にあって、彼女は次の

 

ように記している。

 

 

 

『黄塵万丈(こうじんばんじょう)の大都会に居を

 

 占めている者は、色々な社会の暗黒面が目につき、

 

気にかかり、さてはこれがために心痛し、かつ憤慨

 

し、悲哀を催すことがある。多忙の身はようやくに

 

して一週一日の聖日に教会に出席して礼拝すること

 

によって、心の塵やあくたも穢れも洗い清められる。

 

これによって心の雑念を払い、礼拝の間は少なくとも

 

聖別を覚ゆるのであるが、たちまちにして六日の間は

 

また塵にまみれ、穢れに泥み、朝に夕に神に接し

 

キリストに交わらんとしても、あらゆる雑念汚思の

 

ために耐えきれない感じがする。けれども、神は

 

卑しき者の祈りにも耳傾け、かつは心に鴻大なる

 

恩恵を与えてくださる経験をするのである。

 

夏の天地自然の懐は、俗事に忙殺され疲労し切って

 

いる人心を抱擁しようと待っている。そこに神の黙示

 

とインスピレーションを与えんとしておる。かかる

 

天地自然の間にあって、思索し、瞑想にふけり、更に

 

祈祷に思念を凝らすことは、我らクリスチャンにとって

 

いかに楽しく喜ばしいことであろう。』(92頁より) 

 

 

 

 

 

教会生活を通じて『聖なるもの』との触れ合いを

 

経験することが魂の再生の原点である。先日桜台教会

 

で開催された「オルガン弾き合い会」で7名の方々に

 

よる演奏会が催された。直接肌に触れ、響きわたる

 

オルガンの音色は作曲者の目指す曲質と演奏者の

 

真心と傾聴する聴衆の聞く姿勢に大きく共鳴し、

 

聖なる至福の時を提供し、聖霊の祝福を実感する

 

場となった。感謝である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《慰めと励ましの言葉 52》


     牧師 中川 寛



  8月以来書きたいことが書けないでいた。その理由の


第一は約一カ月に亘る入院生活の所為である。変形性股関


節症による痛みを除去するためにラグビー部OBの整形


外科医の勧めに従った。経過は良好で手術した右の股関節


の痛みは消えた。今は手術していない左の痛みが増して


いる。歩きすぎたり、重い荷物を持った後は必ず左足に


神経に痛みが走る。良い機会を得て早い時期に左側の


手術をして頂こうと思っている。実は右足が術後1.5㎝


長くなった。執刀医によればそのうち縮むとの事であるが、


約12センチの大腿骨置換手術で、見た目には約10センチ


に切り傷が残るが、やはり大手術だったそうだ。多少ビッコ


で歩いてはいるが、痛みのない生活がこれほど有難いとは


思いもしなかった。世話になった方々には感謝である。


足の長さの違いに気付いたのは4日目にベッドから降り


て立ち上がった時であった。足の長さの違いによって


以前記憶していた平衡感覚がずれて目眩を覚えるほど


であった。両足で立ってはいるが奇妙な感覚で存在の


不安を経験する事となった。入院中はずっとその感覚


が消えなかった。『しっかり立ちなさい。』と言われた


事態が実は足元が定まっていないことにより、不安と


目眩を惹き起こすことになるとは70歳を前に恥ずかしい


思いを持った。人生を間違いなく生きるために、両方の


足でしっかり立つことがどれほど恵まれていたかを感謝


した。4人部屋に入院したが出入りの激しい部屋で


あった。34日間は長期入院と言えるが、それでも


一度も顔を合わせない同室の方がいた。彼はもっと


長く入院して歩くための治療を受けているようで


あった。また様々な障害をもって入院されていて、


看護師さんが始終呼び出されたり、深夜に検診される


姿を見て医療に従事される方々の努力の一端を垣間


見ることが出来た。

   


  病院の紹介によって今回の手術で障害者の申請を


した。股関節置換手術は以前は「障害度4」であったが


片方だけで「障害度6」となり、両方手術の場合は


「5」になるとの事であった。区役所の職員の方々も


とりわけ優しく対応して下さったように思われた。


杖は用心のために常に持ち歩いている。しかし杖なし


で歩くのであちこちに忘れがちである。医療環境が


進んで大変ありがたい経験をすることが出来た。

 


  11月に入って療養を兼ねてハワイの長女宅へ


出かけた。有難いことにプールに入ってリハビリを


続けることが出来た。しかしハワイの事情も多々知ら


されるにつけて、こちらも努力しなければ強く生きて


行けない現実を思った。ホームレスは相変わらずで、


全米でハワイ州が一番多いそうだ。本土からホームレス


の人々が片道チケットでハワイに来ると言う。温かい


ので暮らし良いとの事だが、ホノルルの子育て中の方


によると、近くの公園では子供たちを散歩に連れて


行けないと言う。ワイキキの並びにはきれいな公園


があるが「ゲイパーク」と呼ばれて夕方から夜間は


同性夫婦が集まってきて気持ちが悪いと言う。


とりわけ大きな問題は4年前の東日本大震災に


よって引き起こされた津波で流されたゴミが半端


でなく、ハワイの各海岸に流れ着いて砂浜の掃除


に合わないとの事であった。温暖化の影響かゴミ


の影響か人食いサメの出現で、オアフ島でも被害に


遭った人が出て注意を呼び掛けているとの事で


あった。それでも美しい虹と夜空の星の輝きは


自然の美しさを誇っていた。またある友人の誕生


パーティーに行く機会を得てハワイの方々の交友


関係の豊かさに与かった。ハワイは狭い社会だと


言うが、人々は世界を相手に広く活躍している人々


が多い。世界の情報を交換し合いつつ、そして多く


の場合クリスチャンの交わりを保ちつつ、彼らは


日常生活を神と国家と家族のために努力している姿を


見せてもらった。ホノルルにある日系人教会の


マキキ聖城キリスト教会も日系人の子連れのママ


達が、子供達への日本語教育と共に情報を交換


しつつ安全に生活ができるよう良い交わりを


続けていた。



さて、新しい日本社会の出発の時が来たように


思われる。直接的には企業に従事しているわけ


ではないが、9月のラグビーワールドカップ


英国大会で果たしたジャパンの成果は今後の


日本人の在り方を示しているように感じた。


まさかと思われる三勝一敗の醍醐味は今後の


日本社会の行方を暗示する刺激的な教訓を


見せてくれた。エディーHCと共に活躍した


ジャパンラガーメンの成果は、世界を驚かせ、


新しい日本人像を明瞭に抱かせたものと


なった。50年前、初めて花園の芝生の上で準


決勝を戦った高校時代には想像もしなかった


新しい時代の幕開けである。古い思い出しか


持っていない私ではあったが、ワールドカップ


にはオリンピック同様、従来通り参加する事に


意義があるとの思いしかなかった。体格、経験、


実力が余りにも違いすぎたラグビーの世界で、


まさかと思う成績を残した。南アを倒し、


サモアを倒し、アメリカに勝利したその善戦


ぶりは古いイメージしか持たない私の思いを


撃破した。スコットランドには敗れたが、しかし


それもまた日本の現状を自覚させるものであり、


合わせて次回につながる戦いであった。どんなに


強くなっても、優れた実力を持つ選手がいても、


15人の集団で三勝挙げることは至難の業で


あるが、チームがまとまり激しい練習を経て


高い目標を持続し、成し遂げた成果はまさに


不可能を可能に変え、新しい風をまき散らした。


「ジャパン・ウエィ」なる方策が世界に認められ


ることとなった勝利の成果である。

 


  中高時代にクラブ活動を通じてラグビーに触れ、


その後聖学院中高でラグビー部創設と仲間たちとの


プレーを共にしてきたことは実に大きな私の人生の


成果であった。キリスト教的、聖書的精神に裏打ち


されたラグビーはその人生においても自己犠牲の精神


をもって社会に貢献する人々を育成し、企業の成功の


秘訣を提供する。高校時代に全国大会出場を狙える


練習を積み重ねた経験から見ても、ワールドカップ


を狙うチームにとってもその激しい練習を二度と


味わいたくないと思わせるものであったようだ。


コーチの姿を見ることも避けたくなるほどで、


しかし勝利を手にした瞬間にはその思いは感謝に


代わっている。高い目標を掲げて限界まで鍛えぬいた


時にその報酬として何ものにも変えがたい宝物が


授けられるのである。それはどのような人生に


おいても大きな財産となって各人を支える


ものとなる。優れたコーチとの出会いも人生を


大きく左右する。教育も同様である。

 


  ジャパン・ウエィなるジャパンラグビーを通して


教えられたことは「7Sの目標設定」である。


フィジカル&マインドストレングネス、スピード、


スタミナ、スキル、ストラタジー(戦術的に賢く


戦えるチームになる)、スピリット(何を目指すか)。


これらを総合的に組み合わせて引っ張ってくれる


実力あるコーチがいたならば、必ず成果は得られる。


小国日本が正しい存在を世界に披瀝する為には、


今後ジャパンラグビーが大きなカギを握っていると


言えるのではないか。私はこの秋なお大きな


ヴィジョンを与えられて感謝している。


一人一人が日本を担う気概をもって日々努力する


ことが今求められているのである。









 


《慰めと励ましの言葉 》 (桜台教会「7月号月報」より)


                     牧師 中川 寛

 

    自国防衛の為に集団的自衛権の論議が繰り広げられている。


報道機関を批判の対象として言論の自由の論戦が張られている。


民主国家としての権利と責任が問われる政治的状況であるが、


戦後民主主義教育()を受けてきた者として、日本国憲法に即して


平和国家建設の義務教育を経、教えられるままに学んできた教育


機関で、様々なねつ造と偏向の上に反戦平和と教えられてきた


ような気がする。政治的諸問題については70年安保の時代、


革マル全共闘のデモに参加を呼びかけられたことがあった。


神学生がとも思ったが友人の呼び掛けに応えた。


体が大きく頑丈なガタイであったので最前列に加わって


『反帝反スタ』と書かれたヘルメットをかぶりデモをした。


すると一緒にスクラムを組んだ全共闘執行委員らしき人物から、


『そんなに強くにぎるな』と言われた。もし機動隊が出動したら


すぐに逃げられないからだと言う。正統なデモをしながら、また


どんな事態になっても自己責任を果たす覚悟で命を賭けて


デモに参加しているのだと思っていたにも拘らず、いつでも


逃げる準備をしていた連中と知って腹立たしくなった。


スクラムを組むのはラグビー部上がりの練習を積んでいた


ので最後まで逃げないようにギュッと体をつかんで、最後まで


離さないようにデモに参加した。終了後彼は逃げるように


私から離れて行った。以後活動家の本心を知ってデモに


参加するのは馬鹿らしくなって政治的活動は止めた。



    最近はパソコンで政治的活動の実態を見ることが出来る


ようになった。 様々な学者・評論家の討論を見ることが出来る


ようになり、いわゆる反日活動家の実体を見るにつけ70年


時代の同じグループが同じように罵声とシュプレヒコールを


繰り返しているのを見て嘆かわしく思った。平和運動の


美辞麗句を並べながら、その実態は嫌悪すべきものである。


歴史の有難さはその虚偽と作為がやがてあばかれ、その責任


が公平に問われることである。種々のイデオロギーに支配され、


人道主義なる美辞麗句に振り回されながら、最後は生活の為に


生存が確保されればよいとのエゴイズムが暴露される。


悲しいかな人間の罪の実体である。



    私は母方の祖父たちが広島原爆で一瞬にして消えた実話


を持っている。爆心地の近くで住んでいて、家もろとも消滅した


のだと言う。母は2週間後家族を捜す為廃墟と化した広島に


戻り、先に家族を探していた兄たちに『ここにいてはだめだ。


早く大阪へ帰れ。』と叱られてなくなく大阪に戻ったと言う。


その当時放射能の危険をどの程度教えられていたのかは


知らないが、私たち家族は無事戦後を生きて来た。その後


学生時代から私は「被爆者の救済無くして戦後はない」と


平和運動にも参加した。聞くところによると沖縄では軍の命令


と称して集団自決で家族を殺害した家族に、一人に付き毎年


200万円程の補償金が出ていると言う。4人の死者がいたら


毎年800万円の補償金で教育資金にも十分にあったと言う。


東京では大空襲で死んだ家族への補償はない。戦災で


無碍に殺戮された一般国民への補償は聞いたことが無い。


確かに声を出さなければ保証もされない戦後政策である。


しかし私は『人はパンだけで生きる者ではない』との聖書の


教えを教訓としつつ、平和社会実現の為に使命を果たしたい


と願っている。今日の不安な社会風潮にも心しなければ


ならない。何の責任もない一般市民に思わぬ危害を加える


事件事故が多すぎる。先日向かいのアパートの住民が


自殺していたようで消防士と警察官が来て窓を割って侵入、


確認した。残念!