『桜台教会の音を求めて』    No.97

 

 

中川 まり子

 

 

 宗教改革500年の記念の年と言うことで、7月に行われた

 

ルーテル学院大学チャペルにてのコンサートも「宗教改革

 

500年 ルターとバッハ オルガンコンサート」とのタイトルが

 

付けられました。ドイツのアイゼナッハで生まれた J.S.バッハ

 

は熱心なルター派の信者でした。アイゼナッハにはルターが

 

聖書を翻訳するために篭ったヴァルトブルク城があります。

 

ルターのコラールは、バッハに後年オルガン前奏曲の作曲をする

 

当り大きな影響を与えました。バッハはルターのことを同時代の人

 

のように思い、また神に仕える偉人、と尊敬していたそうですが、

 

同じ高校の先輩でもあったというのですから、縁の深さに驚きます。

 

 

 

 

 「神はわがやぐら」という讃美歌はよく歌われますが、ルターは

 

礼拝の中で会衆が自国語で歌うことができる讃美歌(コラール)

 

を作りました。ルター自身が作詞作曲したものの他、既存の

 

ラテン語の聖歌をドイツ語に訳したものや、旋律に歌詞をつけた

 

ものなどが今日ルターのコラールとして知られています。

 

 

 

 3年前、桜台教会のオルガンコンサートで演奏をして頂いた

 

 L.アヴァオ氏のヴィジュアルコンサートが東京オペラシティで

 

ありました。大オルガンでの演奏でありながら、最初のバッハの

 

「バビロン川のほとりで」 (ライプツィッヒ・コラールより)では少し

 

の音栓のみの使用で、澄んだ音色、独特の繊細な表現で神聖

 

な雰囲気を作り出しました。オルガンに近い2階席前方に居た

 

せいでしょうか、スクリーンに映る指の動きが先ならまだしも、

 

音が先でそのずれが何ともいえない違和感でした。奥様共々

 

親日家で前回より日本語が上手になり(かえって会話が

 

ややこしくなるのですが)日本食や、温泉も楽しみにして

 

おられました。

 

 

 『桜台教会の音を求めて』    No.96

 

 

中川 まり子

 

 

 

東京ルーテルセンター教会では1972年に辻オルガンが

 

設置され、2016年の秋にその楽器の修復作業が行われ

 

ました。6月3日にはそのお披露目の演奏会がありました。

 

私がキリスト教音楽院でオルガンを習い始めて最初に練習

 

に通い、レッスンを受けていた思い出深い楽器です。懐か

 

しい音色を廣野嗣雄氏の演奏で聴かせて頂きました。

 

当時は何も分からず、パイプオルガンに触れる喜びしか

 

ありませんでしたが、完成してわずか数ヶ月の楽器だった

 

事をこの度知りました。桜台教会に現在のオルガンを設置

 

出来た時を振り返ると、初心者に係わらず使わせて頂けた

 

有り難さが身にしみます。後の茶話会で戦後の多くの宣教師

 

や諸先生方の働きを伺い、また世界的オルガニスト達が育った

 

ことにも感慨深いものがありました。桜台教会でもこの環境を

 

若い方々に提供していきたいと思います。

 

 

 

11日(日)は「花の日こどもコンサート」が行われました。朝は

 

いつもの通りに9時から教会学校の礼拝を守り、交番や

 

消防署に花束を届け、一度家に戻り又お昼にはリハーサル

 

に教会へ呼び出され、2時からコンサート本番です。教師も

 

子供も家族も一日がかりで気力と体力を要する日です。今年

 

は出演者も多く盛り沢山になりましたが、プログラム最後の

 

賛助演奏まで皆静かに聴き入り、音楽の素晴らしさを参加者

 

全員で共有しました。しかし終了後に緊張から開放されると、

 

庭で走り回るエネルギーは充分残っているようでした。どの子

 

にも個性はあり、発揮の仕方もそれぞれですが、素敵な音楽的

 

センスを感じさせてくれたりすると嬉しくなります。一年間の

 

成長ぶりに各ご家庭の熱意が伝わり、今後も指導する機会を

 

与えられていることを仕合せに思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『桜台教会の音を求めて』    No.95

 

 

中川 まり子

 

 

 

6月11日(日)は「花の日こどもコンサート」 が開催されます。

 

毎年このコンサートに出たことで自信を持ち、見違えるほど

 

成長する子供たちの姿が私たちの喜びです。専門的な音楽

 

教育を受けなくとも、音楽を楽しめる人生を歩んで欲しいと

 

思います。

 

 

 

リベラル・アーツ(ヨーロッパの大学制度において、中世以降、

 

人が持つ必要がある技芸『実践的な知識・学問』の基本の

 

自由7科)の一つに音楽があります。アメリカのハーバード大学

 

では1636年の創立から220年後に西欧に習い漸く音楽科が

 

設立されました。「音楽で多様な価値観を理解する力を育む

 

こと」を目的としています。他の大学でも創立当初から教会の

 

礼拝や催しで学生が聖歌隊として歌い、室内楽団の活動も

 

音楽学科設立に寄与しました。音楽を専門的に学ぶだけで

 

なく教養として学ぶことを含め「音楽を学ぶとは何か」「芸術に

 

触れるとは何か」「芸術をとおして何を学べるのか」を問いかけ、

 

カリキュラムに反映しています。著名な音楽院でも「アーティスト

 

の人格形成をすること」を掲げています。

 

 

 

 

リベラル・アーツとして音楽を学ぶのは実技として楽器を習い

 

ステージで演奏することも含め学問としても深く、幅広く学び

 

ます。音楽専門の大学ではないので音楽家以外の人との

 

交わりがあり、音楽が得意でも医者になる人もいます。修士

 

課程を終え23歳になって精神的に落ちついてくる頃に、音楽

 

家を本格的にめざす環境に入るという考え方もあるのです。

 

 

 

日本では幼い時から技巧的な演奏をする事が評価されがち

 

ですが、年齢に相応しい音楽に触れて楽しむことが望ましい

 

と思われます。こうして身に着けた感性が、やがて音楽に限

 

らず豊かな人生の実りとなることでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『桜台教会の音を求めて』  No.94

 

 

 

 中川 まり子

 

 

 

イースターを迎え、明るい春の陽気に誘われて、

 

A.モーツァルトについて少しご紹介したいと思います。

 

モーツァルトは1756年1月27日 オーストリアの

 

ザルツブルグで誕生しました。当時のザルツブルグの

 

大司教は最高権威をもつ領主でした。宮廷楽団の

 

ヴァイオリン奏者であったモーツァルトの父は、息子に

 

クラヴィーア ヴァイオリン、さらに作曲まで教えました。

 

そして「神童」として売り込み、ヨーロッパ各地を周る

 

興行主、マネージャーとしてすべてを支配しました。

 

しかし、成長に伴い神童ビジネスは破綻し、モーツァルト

 

は宮廷楽団の一員として働くことになりました。

 

音楽家は身分が低く、音楽家の子しか音楽家にならな

 

かった時代です。

 

 

 

 

父に反抗心を持つモーツァルトは楽団からの退団を

 

望みますが、大司教のもとではその権利すらありません。

 

そこで、1781年ウィーンに出た際にわざといつまでも

 

戻らず、大司教を怒らせついに解雇され、晴れて自由の身

 

となりました。史上初のフリーランスの音楽家かも

 

しれません。しかし、王侯貴族の宮廷や教会、歌劇場に

 

雇われて作曲、演奏をするのが慣わしでしたので、

 

彼には仕事がありません。そこで、初めて自らに依頼

 

して作曲し演奏することを考えました。それまでの

 

演奏会は宮廷などに招待された人しか入れなかった

 

のですが、入場料を払えば誰でも入れる形にし、

 

人気を集めました。宮廷楽団の終身雇用の音楽家たちは

 

フリーランスで自由に生きるモーツァルトを蔑視し、

 

半ば嫉妬したようです。

 

 

 

 桜台教会のランチタイムコンサートも好評の

 

 うちに5月13日(土)には第6回を迎えます。

 

 モーツァルトの時代背景などを想像しながら当日は

 

 ぜひ生演奏でお楽しみください。

 

 

 

 『桜台教会の音を求めて』     No.93        

                 

                      中川 まり子

 

 

 フェリス女学院大学のホールで「フランスの響き、ドイツの響き

 

-オルガンと聖歌で綴る教会音楽-」という、受難節に相応しい

 

コンサートを聴く機会がありました。以前ご紹介したN.de グリニー

 

作曲ミサ「全能の父なる神よ」より 『Kyrie あわれみの賛歌』と

 

『Gloria 栄光の賛歌』14曲が演奏されました。太陽王ルイ14世

 

の統治下、フランスでは華麗なミサ典礼において、典礼文に

 

そって歌と交互に演奏されるというオルガン音楽のスタイルが

 

確立されました。各曲のタイトルはオルガンの音色の組み合わ

 

せ方を示し、ステンドグラスの薔薇窓のように色彩豊かな音色

 

が広がります。グリニーの洗練された様式美とミサのテキストの

 

深い解釈が、早島万紀子氏の信仰による演奏をもって再現さ

 

れ、会場は感動で満たされました。  続いて宮本とも子氏に

 

よる J.S.バッハ「オルガン小曲集」より受難と復活のコラール

 

(BWV618~BWV630)がバリトン歌手の聖歌と交互に荘厳

 

に演奏されました。識字率の低い時代にルターのドイツ語訳

 

の聖書が歌詞により民衆に広まり、1517年の宗教改革には

 

音楽の力が大いに取り入れられました。その200年後、ルター

 

派の伝統で日常的にコラールに親しんで育ったにバッハが、

 

宗教音楽家として単純なコラール旋律を基に沢山の名曲を

 

生み出しました。そして最後のバッハの教会カンタータ第82番

 

「私は満ち足りています」では、また早島氏の音色に空気が

 

一変しました。

 

 

 

 今年はルターの宗教改革500年の記念の年です。

 

歴史を振り返るとき、信仰と音楽の密接な関わりを改めて

 

思います。同時に信仰なくして音楽を追求することの困難さも

 

思います。新しい年度も、益々オルガンが桜台教会の伝道の

 

力となるよう努力したいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『桜台教会の音を求めて』     No.92

 

                  中川 まり子

 

 

 

 

「Landfill Harmonic ランドフィル ハーモニック」

 

(ゴミ処理場の交響楽団)をご存知でしょうか?

 

誕生した所は南米パラグアイの首都アスンシン近郊

 

のカテウラという町です。2、500の家族は日々持ち込

 

まれる1、500トン以上のゴミから、プラスチックや段ボール

 

を拾っては売る生活で、土地、水は汚染され、ギャングや

 

麻薬中毒者が徘徊するスラムです。ゴミのリサイクル事業

 

に携わっていた元音楽教師が、学校に通うこともままなら

 

ない子供たちに音楽の楽しさを教えようと活動を始めました。

 

手持ちのバイオリンはわずかなのに、習いたい子供は増える

 

一方。楽器は家を買うより高価だし、あっという間に盗まれて

 

しまいます。そこでバイオリンを見たこともない大工が

 

ドラム缶、フォークからバイオリンやチェロを、水道管、

 

スプーンからフルートを見よう見まねで作り、どんどん腕を

 

上げていきました。楽器はどれも拾ってきた缶の絵や文字

 

そのままの模様です。盗まれる心配もなく家に持ち帰り

 

練習することが出来ます。

 

 

 

 2012年にこのオーケストラの動画がSNSで世界中に

 

広まったことからドキュメンタリー映画の製作が始まり、

 

2015年に映画が公開されると世界ツアーが実現しま

 

した。ステージ上の子供たちは自信に輝き、町にも希望を

 

与えました。南米ではこのような音楽による福祉、教育活動

 

があちこちで行われています。

 

 

 

 音楽を習うと言うことは、テクニックを学びつつ、

 

 

実は練習により忍耐をおぼえ、努力すれば出来る喜び

 

を味わい、また共に演奏する一体感を経験します。

 

桜台教会の子供たちは歌うことを通して大人以上に

 

感性が磨かれていいます。もう分かっている、もう出来て

 

いると思わずに、ただ心をこめて歌うことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『桜台教会の音を求めて』     No.91

 

                  中川 まり子

 

 何世紀も前から、芸術は各分野で深いつながりがあり

 

ました。画家と音楽家はその個人的な交友関係により、

 

大きな影響を与え合いました。肖像画は音楽家の内面を深

 

く捉え、音楽家は絵画からインスピレーションを得、オペラや

 

交響曲の創作に繋がりました。画家レーピンは才能ある友人

 

ムソルグスキーが、アルコール中毒によりわずか42歳で亡く

 

なる間際の素顔を描きました。ルノワールは憧れのワグナー

 

を15時間の船旅に耐えシチリア島に訪ね、たったの35分間

 

ポーズをとってくれた間に描き上げました。カッレラは最愛の

 

長女を亡くしたばかりの、マーラーの静かな表情を捉えて

 

います。カッレラ自身も幼い長女を亡くしていました。また、

 

シベリウスはカッレラが亡くなったときオルガンのための

 

「葬送曲」を書いています。こうして数知れぬ名作が残されました。

 

 

 

 画家自身が音楽を愛し、どちらを職業にすべきか選びきれ

 

ない場合も多々ありました。ヴァイオリンを弾く画家は多く、

 

ルソー、クレー、ルドン、アングルなどが挙げられます。とくに

 

アングルはオーケストラにも属し、ソリストを務めることもあり

 

ました。グノーとピアノ連弾をしたり、パガニーニと弦楽四重

 

奏団を組んだりしました。「アングルのヴァイオリン」と言う

 

言葉も生まれ、余技、手すさびを意味しますが、実際に

 

すぐれた音楽家でもありました。

 

 

 

 

 モネは浮世絵を収集し、庭には日本式の池を造り、

 

睡蓮を題材に多くの傑作を残しています。関東大震災の

 

際には、日本の罹災者のためにチャリティーの個展を開い

 

ています。桜台教会のパイプオルガンも、弾かれる楽曲に

 

於いては様々な分野の芸術と繋がりがあります。自分の

 

興味のあることから少しずつ歴史を紐解いてみてはいか

 

がでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 『桜台教会の音を求めて』     No.90

 

                  中川 まり子

 

 

 

 クリスマスのシーズンを終えてひと月たち、一年で一番、

 

多方面に勉強できる時期です。2016年は、春はスペイン

 

から、秋もスロヴァキア、フランス出身のふたりのオルガニスト

 

を迎えて、2回のコンサートとマスタークラスを開催することが

 

出来、大きな恵みの年でした。

 

 

 

 私が出席させて頂いている早島万紀子氏のオルガン

 

講座では、昨年からはニコラ・ド・グリニーの「オルガン・ミサ曲」

 

を勉強しています。グリニーは1672年フランス・ランスの

 

音楽一家に生まれました。1693年から21歳にしてパリの

 

サン・ドニ教会のオルガニストを務め、1695年には祖父、

 

父共にオルガニストとして活躍したランスのノートルダム

 

大聖堂に迎えられました。この大聖堂は大戦でドイツ軍の

 

爆撃により大破しましたが、幸い15世紀に建造された

 

オルガンの損傷は軽く、戦後D.ゴンザレスにより大改修

 

されました。ここでは歴代フランス国王が戴冠式を挙げて

 

きましたが、グリニーが在席した当時はルイ14世の治世下

 

で、国王の戴冠式で演奏するという機会はありませんでした。

 

1695年に結婚し、7人の子供をもうけましたが、1703年に31歳

 

で亡くなりました。

 

 

 

 彼の作品は1699年に出版した「オルガン曲集第一巻。

 

(グレゴリオ聖歌の賛歌=来たれ、創造主たる聖霊よ=を

 

もとにオルガンと聖歌隊が交互に演奏する)」だけが残って

 

います。この作品はフランス・バロックのオルガン音楽の

 

頂点とみなされ、音楽的な知識の広さ、宗教的霊感の深さは

 

高く評価されています。 J.S.バッハもワイマール時代の

 

1709年から1712年の間に筆写譜を作成しており、

 

後のバッハの曲にはグリニーの作品の影響が色濃く見られます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『桜台教会の音を求めて』     No.89

 

                 

 

                      中川 まり子

 

 

 

2016年10月は「オクトーバー・フェスティバル」として、

 

ジョイフルデーとふたつのオルガンコンサートを開催しました。

 

22日(土)はフランスのシャルル=メジエールの大聖堂

 

オルガニスト、ウィーリー・イポリート氏。今年の2月、パリで

 

L.アヴォ氏からイポリート氏演奏のCDを頂き、バッハの

 

トリオソナタを既に聴いていましたが今回、桜台教会の

 

コンサートでは会場と楽器の規模を考え、力強さと

 

愛らしさを感じさせる美しい音でトリオソナタ第6番を

 

演奏されました。コンサート終了後のサイン会には

 

買い求めたCDを持った方々の列ができました。

 

 

 

30日(日)は欧米を飛び回り活躍しておられる、

 

モニカ・メルツォーヴァ氏のコンサートでした。

 

それに先立ち、オルガンのマスタークラスの日を設け、

 

27日(木)は午前中のリハーサルに続き、個人レッスンと

 

即興演奏のグループレッスンをしていただきました。

 

通訳の労を執ってくださった中川あんな姉のおかげで、

 

夫々に充実した学びの機会を与えられました。本来

 

オルガンを学ぶ為に即興演奏は必須科目ですが、

 

日本にはその伝統がなく耳にする機会も余りありません。

 

昔から偉大な作曲家、演奏家は同時に即興演奏の

 

名士でもあります。

 

 

 

   30日のコンサートはバラエティに富んだプログラムで、

 

  私はアシスタントとして間近で音の選択、演奏のタッチ、

 

  表現などに接することが出来、しっかり沢山の事を吸収

 

   させてもらいました。最後の日本の歌による即興演奏

 

  では「ふるさと」「ちいさい秋みつけた」のメロディーの

 

  リクエストに応え、両方を盛り込んだ壮大な曲に仕上

 

  げて下さり、驚異的なテクニックと豊かな音楽性に感動し

 

  ました。そして、あらためて桜台教会のオルガンの無限の

 

  可能性を実感させてくれた両コンサートでした。

 

 

 

 

 

 

 『桜台教会の音を求めて』     No.88

 

                 

 

 

                       中川 まり子

 

 

 

少しずつ深まる秋はオルガンのコンサートをお楽しみください。

 

今年は10月後半にふたつ計画しています。昨年の秋から交渉

 

を始め、ようやく準備が整いました。M.メルツォーヴァさんは

 

昨年のバレンタインコンサートに続き2回目ですが、

 

W.イポリートさんは以前桜台教会でコンサートをされた

 

L.アヴォさんのご紹介です。どちらもヨーロッパ中心に

 

大変活躍しておられる実力者です。礼拝では聞く機会の

 

ないバッハの大曲、フランス古典、日本の馴染み深い

 

メロディーによる即興演奏など盛り沢山のプログラムが

 

用意されています。

 

 

 

 

 

7月の「オルガン弾き合い会」では新しく他教会の

 

オルガニストの男性が加わり充実した会になりました。

 

J.S.バッハ作曲「装いせよ、わが魂よ」BWV654を

 

心底幸せそうに演奏されました。終了後「メンデルスゾーン

 

はこの曲さえあれば何もいらない、と言っていたんだ」と

 

にこやかに、ご自分の事のようにお話になりました。

 

又このオルガンを弾きに来たい、と言い残して帰られました。

 

ところが、2ヵ月後に旅先で突然召されました。お仕事でも

 

教会の奉仕でも大変有能な方であったそうです。

 

全くの独学でバッハを弾ききったことに感服し、

 

何とも寂しい気分が続きました。9月の召天者記念礼拝では

 

同じコラールによるブラームス作曲「装いせよ、わが魂よ」を

 

弾かせて頂きました。

 

 

 

その召天者記念礼拝に高坂進氏が、昨年召されたお母様

 

である千恵子姉の残されたオルガンの楽譜を沢山お持ち

 

くださいました。以前は奏楽、聖歌隊で活躍された方の貴重な

 

財産です。早速次の礼拝で用いさせて頂きました。楽譜に残る

 

ちょっとした書き込みにも面影を感じ、こうしてささやかな事で

 

奉仕の業は受け継がれてゆくことを感じています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『桜台教会の音を求めて』     No.87

 

 

                  中川 まり子

 

 

 

「よく僕は音楽は分からないと云う人がいるのに気がつく。如何

 

なる意味で云うのかはこちらではわからないけれども、こちらで

 

勝手に解釈をしておく。思うに誰でも名人と言われる程の人の

 

かなでる、琴、三味線の音、ピアノ、ヴァイオリンの響きに対し

 

て不快を感じる人はいないだろう。だからして聞いて快いという

 

丈のことで誰でも音楽が分かるといえるのではないだろうか。

 

 

 

勿論その技巧的な部分といった様な理知的、批判的な意味で

 

は、どういうところがよいとか巧拙の区別がはっきりつかない。そし

 

て恐らく快不快が、聞こえてくる音自身と同時に或いはむしろより

 

多く、聞く自分の気持ちなり心構えなりによると思うと、極自然的

 

な素直な気になると時計のカチカチいう響き下駄の音も気持ち

 

良く聞くことが出来る様に思われる。更に進んで、全宇宙の物音

 

が快い音楽に聞こえることも決して起こり得ないことではないだろ

 

う。そうなったら、その人はある意味で最もすぐれた音楽家であ

 

り、最もよく音楽を理解していると云ってもよいだろう。若しもこの

 

意味で自分には音楽は分からぬと決めてかかる人があるとした

 

ら、その人の感性は素直でない反自然的にとらわれたと非難され

 

て良いだろう。一事が万事、このことは、音楽から絵画にも広げら

 

れ、更に何事にも素朴的に謙譲な偏見をいだかぬ、物事を率直

 

に受け入れ、万事に興味をもつことの出来得る態度と、ひねくれ

 

た、自らつくった厚い殻のなかに閉じ込んでしまうとする態度の相

 

違に迄帰納されても大した誤りに陥ることはないだろう。」 生誕

 

100年、音楽好き数学者河田敬義(父です)の若き日の文章で

 

す。せっかくの“芸術の秋”を堪能しましょう。桜台教会には素敵

 

なプログラムが用意されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『桜台教会の音を求めて』     No.85

 

 

                   中川 まり子

 

 

 

 もう15年前になりますが、2001年9月6日に「ミシェル・シャピュイ

 

オルガンコンサート」を開催しました。シャピュイ氏はフランス・

 

ドール出身のフランスを代表するオルガニストです。当時、

 

毎夏講習会の講師として来日しておられました。そこで、

 

オルガンビルダーの望月氏のご紹介で、教会でのコンサート

 

が実現することになりました。D.ケルン氏とシャピュイ氏が

 

懇意であったことが快諾の理由だと思います。前年の11月に

 

満70歳になられたシャピュイ氏がパリ国立高等音楽院教授を

 

退官するにあたり、フランス政府は200年前のフランス革命に

 

より壊されたままになっていた、ヴェルサイユ宮殿王室礼拝堂

 

のオルガンを、シャピュイ氏をオルガニストにお迎えするため

 

に新しく製造したのです。コンサートではブクステフーデの

 

作品が中心でした。中でも「暁の星 いと美しきかな」

 

(讃美歌346番のメロディー)が忘れられず、今月7月9日(土)

 

の「オルガン弾き合い会」で、同じコラールを弾きたいと思います。

 

5年後にも再びコンサートに御招きしました。昨年、シャピュイ氏

 

85歳のお祝いにはオルガニスト達のほかに、多くの来賓が

 

ドールにお祝いに駆けつけました。

 

 

 

 先月の「花の日こどもコンサート」では、どの出演者も精一杯

 

の力を発揮して、素晴らしい可能性を感じさせてくれました。

 

歌をうたう子ども達が多く、かなり古くからあると思われる唱歌が、

 

いまでも愛唱されていることは嬉しいことです。「赤い屋根の家

 

は、昨年歌った生徒さんに教えてもらい、皆で歌うようになりました

 

が、この曲はすでに親子でなつかしく歌える曲のようです。

 

こどもさんびかも、よく歌詞を覚えて歌ってくれました。

 

 

 

 

 『桜台教会の音を求めて』     No.84

 

                   中川 まり子

 

 

 

 去る5月8日(日)桜台教会創立65周年記念「デュオ・

 

コンサート」が開催されました。ヴァイオリンとピアノによる

 

演奏で、名曲の数々に、感動で涙がでたとの感想を

 

参加者の方々から頂きました。教会学校生徒として

 

亀田祐希ちゃんが花束贈呈の役を務めてくれました。

 

 

 

 5年前、教会創立60周年記念としてCDを製作しま

 

した。パイプオルガンの演奏を中心に、ヴァイオリン演奏、

 

教会聖歌隊、そして前年のクリスマスに結成したばかりの

 

こども聖歌隊も、こどもさんびかを3曲歌いました。小学3年

 

生以下の生徒たちが、わずかな期間に歌詞をすべて暗記

 

して緊張の録音に臨みました。きれいな発声にそろえるの

 

は難しいことでしたが、みな良くがんばりました。また、

 

ご父母の方々も大人の聖歌隊に加わってくださりおかげで

 

豊かな混声合唱となりました。皆様の全面的なご協力を

 

得てひとつにまとまり、5月の創立記念礼拝までに完成

 

させることが出来ました。さらに翌年の創立記念日には

 

再び全員集合し、CDの内容をすべて生演奏でご披露

 

しました。よくぞこれだけの事が出来た、と思えることの連続です。

 

 

 

 今年も6月12日(日)「花の日こどもコンサート」が行われます。

 

たった数分の出番でも大きな自信となり、その後の成長は

 

目を見張るものがあります。大人でも本番は思うように

 

いきません。まして子どもは観客がいるだけでびっくりして

 

しまいます。それでも懲りずに大人が励まして、またチャンス

 

を与えてあげることが大切です。16世紀の作曲家

 

フレスコバルディは「経験こそはあらゆる芸事の女主人

 

である」、また大リーグのバレンタイン監督は「経験だけは

 

教えられない」と言っています。勇気をもってステージに

 

立つ子ども達をどうぞ盛大な拍手で励まして下さるようお願い

 

します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『桜台教会の音を求めて』     No.83

 

 

                   中川 まり子

 

  

 

 

    日本中が待ちわびた桜の開花日。自然は雄大さ、

 

崇高さなど様々な印象を与えます。感じ方は人それぞれ

 

ですが、桜だけは誰もが美しいと言います。皆がそう言う

 

からでしょうか。

 

 

 

    美しい音楽、花々、絵画、映画、舞踊など感動する

 

対象は至る所に有ります。感動には純粋に自分が感じる

 

ものと、他人が良いと認めたので感じようとするものと二種類

 

あるように思います。15世紀頃から出版された楽譜などを

 

学ぶ時、必ずしも気に入るわけではありません。しかし長く

 

演奏されてきたからには価値があるのでしょう。バッハの

 

「マタイ受難曲」は死後100年もたってメンデルスゾーンに

 

より歴史的な復活上演がなされ再評価されました。ゴッホ

 

の名画は生前一枚(異説でも数枚)しか売れなかった

 

そうです。ドガの可愛らしい踊り子の像も、当初はあまりに

 

リアルで猿のようだなどと酷評されました。真実はどうなの

 

かと考えてしまいます。時代の先駆け故の不幸なのか、

 

或いは人は時代の流れの中で良いとされたならば受け

 

入れてしまうのでしょうか。

 

 

 

    オルガンのCDで世界のあちこちの教会のオルガン

 

の音を聞くことが出来ます。ドイツ・ドレスデンの再建された

 

聖母教会には2005年にケルン社のオルガンが完成しまし

 

た。ぜひ生で聴きたい荘厳な音です。私事ですが、油絵

 

を最近始めました。面白いことに、絵とオルガンの演奏には

 

同じ感想をいただくのです。どちらも持って生まれたものと、

 

日々の”感動“の積み重ねが大いに影響しています。

 

ケルン社の音色は規模にかかわらず世界中同じです。

 

ケルン氏が父親から受け継いだ音と信仰こそは、歴史上

 

に永遠に引き継がれてゆくはずです。詩篇の賛美が

 

永遠に続くように。

 

 

 『桜台教会の音を求めて』     No.82

 

 

 

                   中川 まり子

 

 

 

  昨年の4月に始まり、過る3月の「イースターオルガン

 

コンサート」をもって、オルガン設置20周年記念企画を

 

全て終了しました。奏楽に加えての準備に追いかけられた

 

一年間でした。

 

 

 

  およそ30年間コンサートを開催してきて、どのコンサートを

 

とっても楽なときはありませんでした。特に海外からの演奏家

 

をお迎えするのは日本人とは違う気遣いをします。リハーサル

 

の為に初めてオルガンに触れる日は少しでも緊張を和らげて

 

練習できるようにとサポートします。大教会の残響の豊かな

 

オルガンと違い、音がそのままむき出しになるのでミスなく

 

弾くこと自体がむずかしいのですが、どなたもケルン社の

 

オルガンの音色を気に入ってくださいます。また日本式の

 

挨拶ではどうも距離を感じるようなので、フランス流に挨拶

 

を交わすと老若男女すぐに仲良くなれます。コンサート開始前

 

は緊張感が漂い、終了直後は何かしらのミス、思い通りに弾け

 

なかった部分などが頭の中を駆け巡っているので複雑な表情を

 

しています。でもお茶会で歓談している内に自然な笑顔に

 

変わっていく様子に、主催者は漸くほっとします。

 

 

 

 

  コンサートはその同じ空間と時間、生きた音を共有すること

 

に価値があるのだと思います。そのことを知っている良い

 

聴衆が、良いコンサートを作ると言ってもよいでしょう。

 

殆んどのオルガン曲の演奏に本当に相応しい場は教会

 

だけです。ミスのない演奏を第一とするならCDで十分

 

です。この一年間の毎月の企画を支えてくれたオルガン

 

委員の方々、特に新しい風を吹き込み、さらにヴァイオリン

 

演奏をもって企画に華をそえてくれたた若い委員には

 

心からの感謝を致します。また気分一新してスタートします。

 

どうぞ良い聴衆として今後もおたのしみください。

 

 

 

 『桜台教会の音を求めて』     No.81

 

                 

  中川 まり子

 

 

 

2月の初め、思いがけず久々にパリに行く機会が与えられ

 

ました。出発直前に一昨年桜台教会でコンサートをされた

 

アヴォ氏に連絡をしたところ、ご自身がオルガニストを務

 

めるサン・エトワール教会のカヴァイエコル・オルガンで

 

レッスンをして下さいました。アヴォ氏の音楽への温かく

 

かつ厳しい姿勢から多くのことを学びました。また、

 

コンサートはマドレーヌ教会で弦楽四重奏、新しいシン

 

フォニーホールではオルガンお披露目の為の華やかな

 

 

演奏を聴きました。因みにフランスでは教会以外に

 

オルガンが入るのは非常にまれです。しかし、より素晴

 

らしかったのはコンセルヴァトワールのオルガン科の生徒

 

達によるコンサートでした。イタリアの一段鍵盤の可愛ら

 

しいオルガンで、 1617世紀の曲を見事に美しく聞か

 

せてくれました。

 

 

 

 今回は数年前にコンセルヴァトワールを卒業した娘

 

が恩師のレッスンを受けに行く、 というので急遽便乗

 

した形でした。レッスンはスコラカントルムという由緒

 

ある音楽院のホールで行われ見学させてもらいましたが、

 

ステージ正面のオルガンはフランクが弾いていたと聞き、

 

同じ空間にいるだけで感動しました。また日曜日は

 

ノートルダム寺院でミサに参列し聖歌隊とオルガンの

 

壮大な響きを何時間も浴び続けました。 

 

 

 ケルン氏からシャピユイ、メルカルト、アヴォ、

 

メルツォーヴァ、今井奈緒子、早島万紀子の各氏

 

そして2月に来日されたメンディサヴァル氏と、

 

皆さん良いオルガンを求めて紹介仕合い、研鑽を

 

積んでいます。私もお蔭様でパリでも良い機会を

 

もらい、素晴らしい楽器に触れることが出来ます。

 

 

 

 内外のオルガニストとのつながりも広がり、益々

 

当教会のオルガンの素晴らしさは世界の音楽家の

 

注目を集めることでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『桜台教会の音を求めて』     No.80

 

                        中川 まり子

 

 

 

  今月の220日(土)のコンサートはスペイン出身

 

のアリセ・メンディサヴァル氏によるオルガンコンサート

 

です。昨年2月のヴァレンタインコンサートで演奏された

 

モニカ・メルツォーヴァ氏は以前札幌のキタラホールで

 

ケルン社のオルガンの専属オルガニストを勤められま

 

した。そして以前モニカさんのコンサートを開催された

 

苫小牧弥生教会の木村姉の紹介で桜台教会での

 

コンサートが実現しました。そのコンサートの

 

折にとても良い印象を持たれたモニカさんは、

 

友人であるアリセさんに日本に行く折はぜひ

 

桜台教会で演奏する様薦めました。今回はアリセさん

 

とフランスの音楽院で共に学ばれた日本人オルガニスト

 

が間に入り交渉を進めて下さり、この度コンサートが

 

実現します。あちらこちらでオルガニストの

 

人間関係が良いつながりとして発展し、この20年間に

 

重ねてきた活動が、広く世界に尊敬すべき音楽家たち

 

との交わりをもたらしてくれました。

 

 

 

     1月30日(土)には第2回「オルガン弾き合い会」

 

が行われました。お互いが聞きあうという主旨ですが、

 

練習をすればするほど楽譜からの発見があり、

 

終わることのない戦いになります。7名の参加者が

 

集まりバラエティに富んだプログラムになりました。

 

それぞれの演奏から得るものがあります。

 

フレスコバルディは親切なことに、オルガンを学ぶ者

 

の為に楽譜に序文として演奏上の注意点を具体的に

 

書いています。その最後に「経験こそはあらゆる

 

芸の女主人である」とあります。この経験が一歩前に

 

進ませてくれるのだ、と自分に言い聞かせて日々

 

練習に励みました。今回も他教会の奏楽者との

 

交わりの輪が広がり、またインターネットで

 

催しを知り遠方からお越しくださった方も

 

おられました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『桜台教会の音を求めて』     No.79

 

                   中川 まり子

 

 

 

20151212日(土)にオルガンとヴァイオリン

 

によるコンサートを行いました。4月から毎月、

 

コンサート初め、様々な催しを楽しく実現させる

 

ことが出来たことは感謝です。

 

 

ケルン社はA.ケルン(190-1989)により創設

 

されました。「私達の工房は1953年ストラスブール

 

のオルガン制作家、アルフレッド・ケルンによって

 

創設されました。シュヴァイツァー博士に強く

 

励まされてのスタートでした。歴史的楽器に対する

 

多くの敬意と、シルバーマン、クリコ、カリネといった

 

オルガン製作の巨匠たちについての深い造詣から、

 

彼のもとには高い価値を持つ楽器の修復依頼が

 

くるようになりました。彼はまた、メカニカル方式

 

のオルガンへの復帰を粘り強く熱心に主張しながら

 

貫き通し、その作品は多くの賞や栄誉に輝いています。」

 

 「私達のオルガン工房の全工程(構想、デッサンと

 

図面製作、金属板の鋳造、パイプ製作、ケース製作、

 

メカニックの製作など)は、すべて私達の工房内で

 

行われます。その結果、すべての工程は完璧に把握、

 

管理され、全工程間の調整も完全に可能となるのです。

 

環境への配慮も怠っておりません。木工に使用する

 

木材は、計画的に植林されたフランスの森、特に

 

アルザスの森から伐採された原木を使用して

 

おります。また1973年のワシントン条約を遵守し、

 

象牙は使用しておりません。」「私達の情熱は、

 

音楽そのものへ捧げられます。オルガンが楽器の王者

 

であり続けるために、私達はあらゆる角度から

 

オルガン建造技法を蓄積してきました。」

 

(ケルン社ホームページより)

 

 

 

 

この様に立派な方々の情熱と平和への思いが込められた

 

桜台教会のオルガンが、創設の信念を引継ぎ、

 

信仰の証しとして鳴り続けるためには教会員一人

 

ひとりの協力が必要です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『桜台教会の音を求めて』     No.78



                中川 まり子



 街に遅れること約1ヶ月、教会は正しい日を待って


アドベント・クランツを出しました。「待ちに待った」


と言う言葉がありますが、それは抑えきれないほどの


嬉しさを表わしています。待つことで喜びが大きく


なるのです。こども聖歌隊は収穫感謝礼拝で「頌栄」


という大変美しい曲を賛美しました。子供でも琴線に


触れるものがあると難しくても挑戦して歌えるように


なります。どんどん力をつけ、毎週キャンドル・


サーヴィスの練習を重ねています。ぜひ聞いて下さい。




ヨーロッパでは、かつては“白鳥”など美しい物を


象徴する言葉を用いて詩を作り、実は隠語で、


とんでもない下品な内容を宗教曲として歌う、


という時代も有りました。一方、16世紀の


イタリアの曲を弾く場合は「フィグーラ 


figura」を学ぶ必要があります。


フィグーラとは修辞学と言う意味で、


古代ギリシャの演説の技法でした。言葉の彩、


として裁判で聞き手を説得するために、逸脱した


表現手段を使うことを言いました。音楽では、


例えばフレスコバルディの「聖体奉挙」では


キリストの苦痛を表わす半音進行、力が


失せる様を表わす疑終止、当時は禁止されていた


7度の進行など、まさに逸脱した手法が様々


使われます。十字架を表わす音形、涙を表わす


下降ラインの動きもあります。音符を音にした


だけの演奏は無意味で、これらを読み取り、


深い意味を音にして演奏することが求められて


います。もっとも、これはこの時代の音楽を


演奏する場合のことで、現代はこの様な決まりは


なく、何でも有り、と言えます。



 教会でこそ讃美歌を歌い、音楽に耳を傾けて


もらいたいと思います。


コンサート、クリスマス礼拝、キャンドル・


サーヴィスと、友人をお誘いするにも最適な


アドベントです。

 


 

 『桜台教会の音を求めて』     No.77



                    中川 まり子



 10月24日(土)桜台教会パイプオルガン設置20周年記念


「オルガン弾き合い会」を行いました。オルガンコンサート


とは違い、オルガンの演奏経験があり、このケルン社の


オルガンを弾いてみたいという方々を募集しました。


一人の方は本番の3日前に練習に来られ、その時生まれて


初めて本物のパイプオイガンに触れてとても楽しかった、


と喜んでおられました。他の方々は毎週、あるいは今回の


為に数回練習に来ておられましたが、また違う曲を弾いて


みたいとの意欲的な感想をいただきました。私も最後に


「愛するイエスよ、われらここにあり」J.S.Bach/BWV731


を当日集まられた一人ひとりを想い、オルガンへの


20年間の感謝をこめて弾かせていただきました。


今回の演奏者は、それぞれの教会の奏楽者でした。


お互いの音楽を分かち合え、意義ある会でした。


 偶然、秋から二つの講座がフレスコバルディ(1583-1643


を取り上げています。8月号で紹介しましたが、非常に才能


ある作曲家であり、オルガニストです。出版物の序文に


箇条書きで音符やパッセージなどの解釈、演奏上の


アドヴァイスを分かりやすく記しています。書かれている


音符の音価そのままに弾くのではないのです。「正しい


テンポの選択は演奏者の良い趣味と質の高い判断に


ゆだねられており、これこそがこの様式の音楽を演奏


する真髄をつかみとり完璧な域に達するために不可欠


のものである。」と。 講座では聖霊が降りてきて、頭の


上でとってくれるテンポで弾くこと、Today‘s tempo


弾くことを教えられました。瞑想に導く大切な要素と


なります。これからは、奏楽が心地よいテンポで弾かれて


いるかも、ご感想をいただければ、と思います。








 『桜台教会の音を求めて』     No.76

                    

                                                       中川 まり子

 

 

 926日(土)早島万紀子氏によるオルガンコンサートが開催

 

されました。20数年前までケルン社の工房のあるストラスブール

 

の教会でオルガニストを勤められ、新宿文化センターにケルン社

 

のオルガンが設置されるに伴い、専属オルガニストを勤められる

 

べく帰国されました。それ程ケルン氏からの信頼も篤く、桜台教会

 

のオルガンへの思い入れも強い早島氏以上に、今回の「オルガン

 

設置20周年記念コンサート」に相応しいオルガニストはいなかった

 

と思われます。そして、楽器の特性を活かす選曲で、色彩豊か

 

な音色を響かせ会衆を魅了しました。

 

 20年振りに教会のオルガンに触れられた印象を伺うと、礼拝堂

 

に馴染み、空間そのものが楽器になって響いているとのこと。

 

コンサート当日は、「20年前は生まれたばかりの赤ちゃんだった

 

オルガンが、成熟し艶のある音を出す乙女に成長し嬉しい」と

 

述べられました。また、演奏していて楽器が日頃十分に活用

 

されていることを感じるとの事でした。桜台教会のオルガニスト

 

として、この20年間のオルガンの用い方、管理が間違えて

 

なかったことが証しされ、ほっとしました。

 

 

 1995年91日、一度解体された楽器を詰め込んだ

 

コンテナが教会に到着し、設置が始まり、一部パイプが入り、

 

6日には初めての音を神さまに奉げる奉音式をしてお祝い

 

しました。23日にはオルガンの鍵がケルン社から正式に

 

牧師に渡されました。翌日、初めて聖日礼拝の奏楽に用い、

 

続けて奉献式を行いました。およそ7年に亘る募金活動、

 

ケルン社と委員会との度重なる交渉が、神さまの導きを

 

得て実現しました。今では海外の演奏家からも注目を

 

集める存在になりましたが、今後も礼拝に於ける瞑想と、

 

賛美の助けを第一の御旨として用いてゆきたいと思います。











 『桜台教会の音を求めて』     No.75

                    中川 まり子

 

 8月22日(土)「オルガンのお話と演奏」の第二回目を

 

開催しました。楽器のお話を聞き実際にストップや鍵盤に

 

触れて音を出してみました。思ったより軽く大きな音が出せた、

 

との感想でした。オルガンの扉を全部開けると子供たちも

 

盛んに内部の写真を撮りました。そんな中、一人の母親は

 

お子さんに「こんな素晴らしい機会に 恵まれて幸せね」

 

と語りかけておられました。最後にバッハの曲を聴いて

 

頂きましたが、一人一人が熱心に見学された事が伝わる

 

感想を述べ て下さいました。

 

 

 今後は子供向けに加え、ご要望により11月 には大人

 

向けの見学会も計画しています。又、9月26日(土)

 

には桜台教会にオルガンが設 置された、20前のクリスマス

 

コンサートでも 演奏して下さいました早島万紀子氏をお迎え

 

してオルガンコンサートを開催致します。20年を経た楽器

 

への評価も楽しみです。

 

 

 今年はルイ14世の没後300年の年です。1638年に

 

生まれ、5才の時にはルイ13世 の死去により国王となり

 

ました。ルターの宗教改革以前、16世紀のヨーロッパで

 

権威を持っていたのは教会の教皇やローマ帝国の皇帝でし

 

 

た。しかし、宗教改革以後はその権力は弱まり独立性を高め、

 

主権国家と呼ばれるようになりました。ルイ14世は権威を

 

表す為にヴェルサイユ宮殿の建設を始め、1682年にパリ

 

から宮廷を移しました。”太陽王”と呼ばれた王は、

 

宮廷内では貴族同士でファッションを競わせ、自らルイヒール

 

という高い靴を履きバレエを踊り、オペラ等音楽も発展させて、

 

当時フランスはヨーロッパ諸国の憧れの存在でした。

 

ところで、桜台教会のオルガンの金色に輝く装飾は、

 

“ルイ14世の紋様” とお気づきでしょうか。











 『桜台教会の音を求めて』     No.74

                    中川 まり子

 

 

  7月22日(土)にパイプオルガン設置20周年記念 

 

夏休み特別企画!「オルガンのお話と演奏」を開催しました。

 

桜台教会の子供達の他に練馬区内の教会から子供達と付き添い

 

の方々がみえて、礼拝堂の2階は満席でした。子供向けの分かり

 

やすい解説を、設置当時の写真を見ながら聞き、参加者一人

 

ずつ好きなストップを引っぱり、音を鳴らしてみる、という

 

経験をしました。見るだけではなく、実際に自分の手で楽器に

 

触れることで、興味は格段に増します。最後にバッハの

 

「トッカータとフーガ 二短調」の演奏を間近で聞いてもらい

 

ました。子供達の目は本物に接すると本当にきらきら輝きます。

 

 

 前号では16世紀のイタリアの先進的音楽家として

 

ジェズアルドをご紹介しました。同時代、ジロラモ・

 

フレスコバルディ(1583-1643)はイタリアのフェラーレ

 

という宮廷のある地で生まれ、ルッツァスキに学び、

 

ジェズアルドの影響も受けました。1607年にS.Maria in

 

Trastevere教会のオルガニストに就任、同年パトロンに

 

随行してブリュッセルへ行き、翌1608年にはローマのサン・

 

ピエトロ寺院のオルガニストに選出されました。

 

また1628年からはフィレンツェのメディチ家宮廷の

 

オルガニストをも兼任しました。



 出版に関しては、1608年に初めての鍵盤音楽である

 

ファンタジー第1巻、1615年にトッカータ第1巻

 

「チェンバロのためのトッカータとパルティータ集 第1巻」

 

を出していますが、これが飛ぶように売れて同年、翌年、

 

1928年にも増補版がでています。9月26日(土)の

 

パイプオルガン設置20年周記念「オルガンコンサート」

 

で早島万紀子氏による演奏がありますが、毎月行われている

 

早島氏によるオルガン講座では、9月からはフレスコバルディ

 

を勉強します。












 『桜台教会の音を求めて』     No.73

                   

                     中川 まり子


 パリでは雲の流れが速い為か、傘をもたもた開いている間に


雨は止んで閉じれば降る、の繰り返し。気がつけば誰も


さしていない。子どもたちも、校外学習にでる時はフード付


ジャケトを着て、雨の中2列に並んで歩いていました。


勿論先生も傘なしで。


 さて桜台教会では先月6月14日は雨も上がり


「花の日こどもコンサート」が開催されました。


<パイプオルガン設置20年記念特別企画!>として


小・中学生がオルガンでの演奏にもチャレンジした事は


貴重な体験でした。



 16世紀のヨーロッパではイタリアの音楽が優れた発展を


続け、世俗音楽の代表であったマドリガーレは上品で洒落た


音楽へと変わりました。フランスの庶民の音楽シャンソンは


下品な内容のものでしたが、イタリアに入ってカンツォフランセ


となり、カンツォーネとなりました。



C.ジェズアルド(1561~1613)はイタリアの貴族で、


激情的な詩を自ら作詞し、禁止されていた半音階を用い、


ルネサンス的な無調性で統一感のない曲を作る、


時代の最先端をいく作曲家でした。


1586年侯爵令嬢と結婚するが妻の不貞を知り、


同じく貴族である相手もろとも惨殺し、赤子の我が子まで


殺してしまいました。しかし、ジェズアルドは貴族ゆえに


追われることもなく修道僧となり、宗教曲の作曲を始めました。



  1611年には恋の痛みを十字架の痛みに変えて同じ手法で


マドリガーレを発表し、再婚するも孤独な中で詩篇51番による


「ミゼレーレ」を書きました。殺人犯として有名な反面ルネサンス


音楽の表現主義的で大胆な半音階的技法の作曲家として


名高く、近年になり現代音楽と共にFM放送で盛んに


紹介されている。その時代ならではの背景を知ることは、


音楽史の理解に親近感を持たせてくれます。







『桜台教会の音を求めて』     No.72            

                                               中川 まり子

 

5月10日(日)は桜台教会創立64年記念礼拝に続き、


オルガンとヴァイオリンによるコンサートが開催されました。


教会の誕生日であり、母の日でもありました。演奏の準備


をするのは容易ではありませんが、コンサート本番では  


演奏中に何度も「感謝します」と言う言葉が胸に湧いて


きました。音楽が身近にあること、それは人生の中の幸運


    のひとつです、その中でもオルガンという楽器を通して神を


    賛美できることは感謝です。更にはケルン社の最上の楽器


    を与えられたということは教会への大きな恵みです。




今回も終了後、来会者の一人の女性の第一声は


「来てよかった!」 高齢の母親を連れてくるのはさぞかし


 大変だったことと思います。その日の夕方、その母親を


 訪ねると「あの空間にいられて、天国だったわ。」と


 感激して話してくれました。神様を近くに感じてもらえた


 なら嬉しいことです。他にも母と子で楽しんでくださった


 方々が私ども母娘を含めて10組位、また一人での参加


 でも母親の立場の方々が大勢おられ“母の日”の贈り物に


 なったなら幸いです。



福島県出身の詩人、長田弘氏は東京都内の病院で手術を


受けることを決め、準備のために一時帰宅した15分後に


3.11の震災に遭いました。大手術と震災を経て書いた


詩に「・・・いつも考えるようになった。ほんとうに意味ある


ものは、ありふれた、何でもないものだと。魂のかたちを


した雲。樹々の、枝々の、先端のかがやき。すべて


ちいさなものは偉大だと」(猫のボブ)。その2年後の


「奇跡-ミラクル-」と言う詩集では「幸福とは、


単純な真実だ。必要最小限プラス1」とあります。


必要最小限に信仰も含めると、私のプラス1は“賛美”です。


皆さんのプラス1は何ですか。










 

 『桜台教会の音を求めて』     No.7

                   


                                中川 まり子


   今から300年前に誕生したドイツの名窯「マイセン」をほとんどの方は


 ご存知でしょう。17世紀、ヨーロッパでは中国の磁器や日本の伊万里など


 が盛んでしたが純白で薄く、艶のある硬質磁器の製作に列国の王侯


 貴族、事業家はしのぎを削っていました。東洋磁器の蒐集家であった、


 ザクセンの選帝侯でポーランド王を兼任していたアウグスト王(1670-


 1733)は錬金術師を監禁して製造法を研究させ、ついに1710年


 「マイセン」が誕生しました。後に王はパイプオルガンの製造を要求します。


 磁器は鐘、パイプ、フルートには適しても、18世紀の技術では正確に音を


 合わせることは無理でした。



    270年を経、2000年にマイセンの技術者Zepnerがようやくパイプの


 製造に成功し、ドレスデンのオルガン製作所イエームリッヒオルゲルと


 マイセンの2社でとうとうパイプオルガンを完成させました。楽器は梨の


 無垢材で覆われ、扉はマイセン磁器。48cm~112㎝の磁器のパイプが


 22本、木管36本、金属管170本からなり、ペダルはありません。また


 415Hz,440Hz、465Hzとピッチ(音の高さ)を変えることも出来るの


 です。その楽器はマイセン工場のショールームにありますが、日本にも


 2007年”ららぽーと横浜“に磁器製のカリヨンとパイプオルガンを融合


 させた世界初の楽器「KUJYAKU」が設置されています。城をマイセン


 の磁器で造ることを望み、すべてをマイセンに賭けた王は「余の人生は


 罪の連続であった」と言っていますが、オルガン製作を命じたことに当時


 の教会の存在、文化、権威の表わし方など様々感じさせられます。



   4月4日のパイプオルガン設置20周年企画  「イースターオルガン


 コンサート」は“本当に来てよかった!”と多数嬉しい感想を頂きました。 






 

 『桜台教会の音を求めて』     No.70

                    

                     中川 まり子

 


  2015年の9月で、教会にオルガンを設置して満20年となります。礼拝堂に


馴染み、ますます美しい響きとなりました。この間皆さんのご協力を得ながら


コンサートを重ねてきましたが、残念ながらこの地域の方々にはまだ身近な


存在とはなっていないようです。そこで、オルガン委員会で話し合い、この


4月から毎月コンサートあるいは見学会などを通して、オルガンの音を聞い


てもらい、楽器の存在を身近に感じてもらおうということになりました。もしも


旅行に行き素晴らしい風景に感動したり、歴史的な建築物、大聖堂などを


見学した時、きっと家族や友人にも見せてあげたいと思うことでしょう。


ですからこのオルガンの音色を聞いて今までに一度でも慰められたり、勇気


けられた方は、どうぞご家族、友人、或いは近隣の方々にもお勧めくだ


さい。今後も委員会で色々なアイデアを出し合いながら進めていきたいと


思います。




   ピアノを習い始めると、どんな初歩的な段階でも暗譜して弾くことを


訓練され、これだけは音楽大学の学生になっても鉄則でした。ところが


オルガンは殆んどの場合、コンサートでも楽譜を譜面台に置きます。


それは、音を変化させるための操作上の、また別の段の鍵盤に移動する


という演奏上の指示などが書き込まれているからです。しかし、いつまでも


楽譜に頼っているような後ろめたさを感じていました。ところが最近、常に


楽譜を置いて演奏していた偉大なピアニストのリヒテルは、そのほうが


想像が広がる、と説明していたと知りました。これを聞いてにわかに自由


な気持ちになれました。聞いている方にも想像の翼を広げていただける


ように楽器を鳴らすことが出来たらと思います。


 『桜台教会の音を求めて』 No.69

                         中川 まり子

 


 2月14日、モニカ・メルツォーヴァ氏による「バレンタイン オルガ


ンコンサート」が開催されました。スロヴァキア出身でパり国立高


等音楽院を卒業後、2003年から1年間札幌コンサートホール


Kitaraの専属オルガニストとしてケルン社のオルガンを弾かれま


した。



 今回は札幌でのコンサートの後に東京のサントリーホールで演奏


をされるとの情報を苫小牧の木村陽子さんが下さり、Kitaraホー


ルの事業課の篠原朗子さんが間を取り持ち、招聘のための書類


作りなどの労をとってくださいました。私は約半年間モニカさんと


度々細かい打ち合わせのメールを交換してきました。



 12日はサントリーホールでお昼のプロムナードコンサートがあり、


中川牧師と楽屋に挨拶に行き、翌日のリハーサルの確認をしまし


た。


 13日は厳しい冷え込みの朝から望月氏親子によるオルガン調律


があり、午後からのリハーサルは和やかな雰囲気の内に進みまし


た。


 14日の当日もお昼前から練習と打ち合わせをしました。急遽、


私が譜めくりなどのアシスタントをしました。変則的な拍数の、テン


ポの速い現代曲に緊張しましたが、ま近にいることで音の選び方


など、とても勉強になりました。圧巻は得意の即興演奏です。今回


は「椰子の木」と「雪の降る街を」の楽譜を直前に渡しました。2曲


を取り混ぜて元の曲の雰囲気を活かしつつ、美しく演奏されまし


た。アンコールもスロヴァキアの民謡で即興演奏をされました。一


人の音楽家を迎えることで果てしなく世界は広がります。また、各


教会の奏楽者の間にも新たなつながりが出来、学びの輪が広がり


ます。教会の皆様のご奉仕にも好印象を持って、名残を惜しみつ


つ、翌朝日本を発たれました。

 


 『桜台教会の音を求めて』 No.68

           

                             中川 まり子

  



  昨年の7月に桜台教会でコンサートをされたリオネル・アヴォ氏


がフランスの有名なオルガン誌『Orgues』にひと夏の間滞在した


日本各地での体験を、4ページに亘りリポートしました。


来日して最初のコンサートは、東京オペラシティでの“ヴィジュ


アル オルガンコンサート”で4台のカメラで手元、足元をスクリー


ンに映す形式でした。大勢のサラリーマンがお昼休みに聞きにくる


こと、日本での労働時間の長さにもおどろいたようです。桜台教会


に関しては、「Thé vert à lissue du concert」(コンサート


が終わったあとの緑茶)と題して印象を述べています。オペラシ


ティでのコンサートを終えた夕方、桜台教会に夫人と見え、リハー


サルはその日の夜までと翌日の本番直前の午前中に行われまし


た。


「東京の、桜台の小さなプロテスタント教会における翌日のコン


サートのおかげで完全に気分を一新したこと。プログラムのイヴ・ラ


ファルグの小パッサカリアでは“静かに”の指示に合う美しいブルド


ン8の音を見つけた。ミシェル・シャプュイは日本で一度ならず私


を導き、氏のサインはここの礼拝堂の入り口にもあった。牧師と奥


様はとても熱意にあふれ、リハーサルの間にもお弁当を用意してく


れた。 途中省略― コンサートは土曜日の午後開かれ、アン


コールにはクリストフ・マルシャンの[Saltarello]を弾いたが、それは


コンサートのあとの緑茶をめぐっての交わりが証明するように、大変


快かった。」



 桜台教会の“おもてなし”は定評があります。当たり前のことと


思って行っていることですが、よそでも同じというわけではないよう


です。この楽しい交わりに是非積極的に加わって下さい。

 

 



 


 

 『桜台教会の音を求めて』     No.67

                  

                    中川 まり子

 

 2014年も世界中の教会と共に、クリスマス礼拝をも


てた事を感謝いたします。礼拝後の祝会では、今までとは


違う小さなピアノで「もろびとこぞりて」の伴奏をしまし


た。私事ですが40年前に愛用のグランドピアノを実家に


残して結婚しました。大阪から再び東京に戻ったとき義父


がアップライトのピアノを買うように勧めてくれました。


嬉しくて楽器店に飛んでいったのはきのうのことのようで


す。今年、グランドピアノが3階ホールから消え、これを


機に昨年の夏に家から運びました。子育てにもレッスンに


も活用したこのピアノが、神さまの御用をする日が来るな


んて考えたこともありませんでした。信仰深く、優しかっ


た義父の笑顔と共に祝ったひとときでした。



 24日は音楽礼拝のキャンドルサービスが行われまし


た。点火は中2と小5の姉妹が担当してくれました。こど


も聖歌隊は中1と小2のふたりでしたが、見事に美しい二


重唱を聞かせてくれました。日頃の真摯な姿勢が本番に表


れるのだと思います。「音楽家は、自分自身が感動しなけ


れば、聴き手を感動させることはできない。」(カール・


フィリップ・エマニュエル・バッハ)



 また14日には『クリスマス コンサート』が開かれ


ました。アドベントクランツの蝋燭に火がともり、ポイ


ンセチアが並ぶ美しい礼拝堂で名曲に加え、クリスマス


の曲、楽しい曲がヴァイオリンとピアノの芳醇な響きとな


り会衆を包み、本当の待降節を体感するときを与えられま


した。良いものを共有したあとは、お茶会でも心地よい交


わりの輪が広がりました。2015年はオルガン設置20


年の記念の年です。2月14日「モニカ・メルツォーヴァ


バレンタイン オルガンコンサート」をご期待ください。 

 

 

 



『桜台教会の音を求めて』 No.65

 

                 中川 まり子

 

 

 

 テレビで偶然異様な光景を目にし、度肝を抜かれました。形、大きさはチェロのようですが、肩というより胸で支えてヴァイオリンのように弾いているのです。バッハの無伴奏チェロ組曲1番でしたが、次に演奏する3番は高音があるからと、なんと5本目の弦を足しました。歴史に消えた幻の楽器「ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ」でした。春から、楽器と楽譜の起源からの変遷を学んでいます。楽譜は1320年頃にイングランドの修道院に収められた羊皮紙に書かれた<ロバートブリッジ写本>が始まりです。フランスの修道士が息抜きに作ったらしき、エスタンピーという舞曲です。

 

 

 さて紀元前数世紀には北アフリカに、ローマの円形劇場の音響の原理を用いた水オルガンが存在し、当時としては音の大きな楽器だったので闘技場で使われました。その後ヨーロッパでは消滅しましたが、中世のビザンチン帝国には残り、8~9世紀にフランク王国に贈られ、世俗世界から教会のものとなり、又プラトンの思想がアラブ世界から再びヨーロッパにとりいれられルネサンスとなりました。12世紀初頭には水オルガンではなく、また鍵盤ではなくレバーを引いて音をだすオルガンになりました。“聖なる音楽”は「理性」と「精神」を持ち、科学的システムで音程を合わせ、歌手は記録されたものを歌い“俗なる音楽”と区別されました。教会に設置された比較的規模の大きなオルガンは鍵盤上平面にパイプを並べ、音は一つに混ざり、常に大きな音で鳴っていました。ローラーボードという方式で、どのようなパイプの並べ方でもタッチやアクションがそのまま伝わるようになったのが1441年で現在まで仕組みは変わりません。

 

 

 

 

 

 

  『桜台教会の音を求めて』    No.64 

 

                

                 中川 まり子

 

 

「万軍の主よ、あなたのいますところはどれほど愛さ

 れていることでしょう。主の庭を慕って、わたしの

 魂は絶え入りそうです。命の神に向かって、わたし

 の身も心も叫びます。あなたの祭壇に、鳥は住みか

 を作りつばめは巣をかけて、雛を置いています。

  万軍の主、わたしの王、わたしの神よ。

  いかに幸いなことでしょう

  あなたの家に住むことができるなら

  まして、あなたを賛美することができるなら。」

 

               (詩篇84)                                                       

 

 

 この、最後の行を読むとき何とも言えない安らぎと仕合せを感じます。外国に行く楽しみのひとつに、

教会を訪ねることがありです。パリではひとりで歩き、時間がいつでもたっぷりあったので、扉が開いてさえいれば平日でもひんやりとした大聖堂に入りました。大小の蝋燭があり、各自献金して火を灯し、ゆっくりと祈る場所がありました。どんな観光よりも平安が与えられ、本当に大切にすべきことを考えることが出来ました。もっとも、歩きつかれてへとへとで座りこんでいることもしばしばありました。それにしても、この石造りの天井も見えないほどの大きさには、何があっても守られるという安心感と、神の偉大さを容易に感じさせてくれものがあります。

 

 このような所で降ってくるのは力強い神の声、慰めの天使の声としてのオルガンの音です。パリのサン・セヴラン教会で弾きつつ感動しました。たとえ少人数の礼拝であろうとも、奏楽者は神の前に身をゆだねて来る者と共に賛美するありがたさを、共有することを大切にしてゆきたいと思います。

 

 

 

 

  『桜台教会の音を求めて』    No.63 

 

               中川 まり子

 

  

 1995年に桜台教会にパイプオルガンを設置し、来年は20周年の年を迎えます。オルガンという楽器は環境を整えれば数百年でも使えますので、きちんと記録を残す責任があると思います。8月の猛暑の一日、オルガン委員の藤井智子役員のご協力を得て、今までに行った全コンサートの資料等をファイルしました。予算もない中、素人ながらも知恵をしぼり夢中で企画、運営をした30年近くを共に振り返りました。

 

 19年前の9月、オルガンが完成し教会をあげてお祝いをしたものの、ケルン社への支払いには1,000万円ほど足りず、オルガン委員会として通常会計から借金をしました。以来、毎年50万円を返済してきました。資金難で今年はいよいよ無理かと思われる年もありましたが、働きを理解してくださる方の指定献金に助けられ、今年の7月には繰り上げ返済し完了しました。主の支えなくして成し遂げられたでしょうか。新たなスタートに皆様のご支援をお願いします。

 

 これまでに教会コンサートには、日本人に限らず海外の演奏家も、来日の機会に合わせてお招きしました。コンサートの前日、又は数日前に初めてお会いし、ベストコンデイションで本番を迎えられるよう、リハーサルにも付き合います。誠意を持って対応すれば良い結果と喜びが得られ、またひとつ人生の財産となります。前回の演奏者のL.アヴォ氏はご自身のCDに「あなた方の美しいオルガンでのコンサートの思い出に。私はあなた方の厚いもてなしと心地よい微笑みをけっして忘れません。かたい友情をもって。アヴォ」とサインしてプレゼントしてくれました。オルガンを通して世界に広がる主にある交わりこそ、次世代に残すべき宝です。